耳をつんざくような激しいアラームが鳴り響く。そのタイミングとやらは、柵格子を潜り抜け、丁度、渡り廊下に出た瞬間と重なる。
いずれにしても、こうなることは想定していたが……
『警告! 警告! ターゲットらは警備網を掻い潜った模様。繰り返す。ターゲットは警備網を掻い潜った模様。直ちに警備体制を再編し、中央管制棟、及び、エアポートへの通路にバリケードを配置せよ!』
「どうしよう? カタリナ」
「大丈夫、クルミ。こうなることは、想定内だから。ねぇ、マスター?」
「とりあえずはな。だが、ここから先は、更に気を引き締めないとな。カタリナ、彼女の護衛、頼んだぞ?」
「任せてください」
しかし、そうは応えるものの、肝心のクルミは事態の深刻さに動揺を隠せない様子。焦りと、クライヴとカタリナ。2人を巻き込んでしまったような罪悪感から、居ても立っても居られないようだ。
「ごめん、あたしのせいで。こんなことに」
だが、そこで、カタリナが振り向き、それを否定。
「そんなことないよ。だって、あの場所に居たって、いずれ……」
「何度でも言うさ。俺もカタリナと同じだ。でないと、自分から十天将を捨てることはなかったさ」
「けど……」
それでも、2人のことを思うと息苦しいのか、表情は暗いまま。そんな親友に、カタリナが彼女の両肩に手を置き、語りかける。
「そんなことはない! そんなことは」
「カタリナ……」
「寧ろ、私はその逆だもの。そんな罪悪感、無視だよ、無視。親友が実験体にされる様なんか、見たくも想像もしたくないもの」
続けてクライヴも
「俺とカタリナは、真実に近いものを知ったからな。だから、背を向けた、と言うのが理由さ。弟子の親友だから。そんな理由では動かないさ」
そう、俺は。いや、カタリナもだが。クルミに纏わる真実の片鱗を知っている。クルミが保護している機関の裏の実態。
それが非人道的であり、かつ、今の十天将は、その片棒を担いでいる。正義に忠を尽くす身であり、それはまさに自分の忠義に従ったまでにしかならないからだ。
それが、このような危険な賭けに出ていたとしても。
「クライヴまで。……あたしは」
「大丈夫だよ。だから、最後まであたし達を信じて。お願い」
「……分かった。そこまで言うなら」
「クルミ……」
だが、うかうかしていられないこともある。だから、クライヴは2人に促す。
「ともかく、先を急ごう。深掘りはその後だ」
「そ、そうだよね。……あたし、頑張るよ」
「クルミ……」
「だから、2人とも無事ていて。約束だよ」
差し出される小指。そこに、カタリナ、クライヴは、各々の小指を差し出しては、頷き誓いを立てた。
「とは言え、エアポートのある方面を確認しないとなりませんね」
「そうだな」
答えては、辺りを見渡す。ここは、第3区渡り廊下であることには間違いない。ただ、
右が左か?
間違えて反対側へ行っていたら大変だけに、近くに案内板がないか探してみた。
エアポートへ行くには、中央管制棟を仲介する必要がある。だから――
「これだ」
「ありました?」
「詳しくは書いてないが、これでどちらに行くべきかハッキリしたよ」
ベンチのある反対側。そちらの方面にて、
案内図には、
現在地:第3区渡り廊下
→:第2区駐車場
←:第3区駐車場・中央管制棟
と明確に。
「なら、早速、行きましょう」
「ああ」
クルミを連れて、中央管制棟を目指す。
途中に大きな植木鉢を挟んで、ベンチがそこにあった。
ちょっと休もう?
と言い出したが、状況が状況だけに急を急ぐ。当然、断った。それから、スライドドアを抜けて駐車場へ出る。
2階式だけに、下の階には何台もの車・バイクが停めてあり――
「あれ、自販機じゃない?」
クルミが示す方向。一階の駐輪場の中に、その自販機があった。
「あ、ほんとだ……」
「確かに」
「ねぇねぇ、ちょっと寄り道しない? ベンチで休むのが無理なら、飲み物を買うくらいなら」
「そうだな〜」
(飲み物くらいなら〜)
そんなことが脳裏を過ぎる。ただ、下に降りるにせよ、その順路を辿ればエレベーターを使うしかなく。
万が一、エレベーターで閉じ込められたら、と思うと、リスクは避けられそうにない。
リスクを取るか、否か
迷う中、
「やっぱり、だめ?」
不安そうな顔で問いかけできた。
「う、ううう〜ん……」
悩む、非常に悩ましいものだけに。そんな中、カタリナは、ふと下に降りるエレベーターの前へと歩み寄る。
「きっと大丈夫だと思いますよ」
「え?」
クライヴ、クリミと揃って彼女の方へと振り向く。カタリナはこちらを向いて
「緊急事態だけに今までの使えないエレベーターと違って、このエレベーター。そんなのお構いなしに稼働しているみたいなので」
と違いを説明。しかし、それでは確証は得られなく
「だからと言って、乗っても大丈夫と言う保証にはならないが」
「確かに。でも、今までの経緯からして、向こうの皆さんは、こちらの位置まで把握してないと思います。だから」
「だから? つまり、何を言いたいんだ?」
「要するに、私の推測からして、このエレベーターは、管制棟からの司令から独立した非常用エレベーターではないのかと」
「非常用エレベーター? んなバカな。罠かもしれないぞ。それこそ――」
「それこそ?」
「……」
クライヴは悩んだ。今の今まで、水分補給の一つや二つして来なかったことを。こんな事態に不慣れなクルミに、これ以上、水分補給なしで無理ができるかどうかを、だ。
そんな時である。
「やっぱりいいよ。我慢するよ。だって、危ないんでしょ?」
「ん、ん〜。まぁ〜」
「なら、先を急ごう。これ以上は――」
――とその時だった。
「え?」
ふらっ
自分でも不思議に感じたのだろう。体の力が抜けたかのように、先を急ごうとしたクルミがよろけたのである。
「おおっと!」
「クルミ⁉︎」
カタリナは驚き。近くにいたクライヴは、咄嗟に彼女を支えた。
「えへへ、どうしちゃったんだろう? あたし」
「ったく、仕方ないな」
もう、この時、答えがはっきりしていた。休むなり、水分補給するなりする必要があると。
「カタリナ、クルミとここで待っていてくれないか?」
「え? いいですけど」
「ありがとうな」
そうお礼を述べるや、クルミのことはカタリナに任せ。クライヴは、エレベーターに乗ることにリスクがあることを承知の上で、ある行動に出た。
「ま、マスター。いくらなんでも」
「無理だよクライヴ。流石にそれは」
2人が静止するのも無理はなかった。なんと言ってもクライヴは、手すり越しで、下の階に飛び降りようとしていたからである。
いわゆる、普通に考えれば、10数メートルある高さから飛び降りるようなことは、ある意味、自殺行為に等しいようなものだからだ。
いくら、かつては十天将だったからとは言え、今はその力は半ば奪われている。それだけに、普通の人間並でしかない自分は、なんてバカなのだろうとさえ考えが過った程だ。
しかし、これしかないと思っていたのも事実。2階に引き返すのにエレベーターを使うのはやむを得ないとして。
往復、計2回使うとすると、感知された側から2回目に乗った際、緊急停止され。あわよくばエレベーターの中に閉じ込められる。
なんてリスクが、より大きかったのだ。だから、使うとしたらせめて一回。この一回で、終わらせたらと思った次第である。
ただ、まぁ、一回でアウト。緊急停止を喰らい閉じ込められるリスクはなくはないが……。
「大丈夫だ、大丈夫」
「でも……」
しかし、クルミの心配に応えるかのように
「直で飛び降りる訳ないさ。んことしたら、ただでは済まないからな」
「じゃぁ、どうやって?」
「トラックさ、トラック」
「トラック?」
「そう、トラック。それも背の高い上に、積荷があるトラックな」
「積荷って。……あ、ちょっと!」
彼女の言葉を聞かずして、クライヴは、その積荷が積まれたトラックとやらの上に目掛けて飛び降りた。
一瞬だけ、ふわっ、と吸い込まれる感覚に。直後、ばふっ、と柔らかい何か? 例えるならそう、藁の山にダイブしたかのような感慨になったのだ。
つまるところ、クライヴは無謀な降下ダイブした訳ではなかったのだ。ちゃんと計算してのことであり、それは勿論、ことなきを得たに等しかった。
慌てて掛けよる2人の目線が、着地したクライヴの方へと向く。トラックに積まれた資材の山。
その正体が〝藁″という訳ではなかったが、中途半端に梱包され柔らかいままでしかなかった砂袋の山の中にいた。
けど、落下時の高さが高さだっただけに、中には衝撃に耐えかねて破けてしまったものもあった。
「ビックリしたよ! 大丈夫なの〜?」
とクルミ。クライヴはOKサインを見せては、無事であることを示した。
「さてと……」
砂袋の山を掻き分け、それからトラックから降りる。直後、
ズキッ!
膝が軋むような痛さを覚えた。
(やっぱり。ちと、無理したみたいだな)
しかし、2人に心配かけまいとして、痛みを誤魔化すことに徹した。
それから程なくして……
駐輪場の中へ、整然と並べられたバイクを横切り、自販機の前へと来た。
いろんな種類の飲料水があったが、無難にお茶にしといた。本当は2人の好みを聞けば良かったが、なんだかその時間が勿体無く思えてしまったのである。
飲み物を購入した後、エレベーターへと真っ先に向かった。スイッチを押し、すぐに扉が開く。
(何もなければいいのだが……)
嫌な予感がしてはいたが、とりあえず上に上がるしかなかった。
エレベーターに乗って、2人の元へ戻って来た。
「はい、これ」
手渡す。
「ま〜、無難ですね」
とカタリナ。しかし、
「え〜、お茶? 他になかったの?」
「悪いな。なんか、焦っていたものだから」
すると、渋面なクルミにカタリナが宥める。
「ま〜。いいじゃないの、クルミ。危険を冒してまで買いに行って来てくれたんだからさ」
「ま〜、そうだけどさ」
そう言い残すや、これ以上の文句を飲み込むかのように仕方なく飲み始めた。
クライヴもまた、飲み始める。
「ふ〜。やっぱ、なんだかんだで生き返るわ。……っ!」
いきなり、ズキッ、と膝の痛みが。自然と体が傾げてしまい、カタリナから心配されてしまう。
「大丈夫です?」
しかし、
「平気平気。少し、衝撃が強かっただけだから」
とその場を取り繕ってみせた。
「無理しないでくださいよ」
「大丈夫だって」
そんな中、
「うげぇ〜。やっぱり、このお茶、苦手」
「あははは……」
クルミの反応を見て、苦笑いするしかなかった。
いっときを過ごしたい駐車場を後にして、再びの渡り廊下の先。スライドドアを潜り抜けた先は、蒼の大地が広がる屋外だった。
気流の流れが激しいのか。吹き込んでくる風はかなり強く。幾多の突風が襲って来ては、クライヴとカタリナは大丈夫にしろ。クルミは無事で済むはずがなかった。
「も、もう立ってられないよ、カタリナ」
「大丈夫、私が後ろで押さえててあげるから」
「で、でも……」
「さすがに無理はないかもな」
先程のことを思い出しながら、一言、クライヴは話す。
そう、先程……
この強風の最中、体が一回り軽いクルミのこと。風除けとして、クライヴと並んで歩いていたカタリナの後ろで歩いていた彼女は、想定外の横殴りの風に煽られ、吹き飛ばされそうになったからである。
風除けに2人を壁がわりに使ってはいたが、なんとも皮肉なもの。本当に危なかったことを思い出したのだ。
「何かないか……」
立ち止まってからに、腰ベルトの辺りを探し始める。
「どうしたんですか? マスター」
「いや、安全器具になり得るものがないかとね」
「安全、器具ですか〜。あ、そうだ! 私の魔法なら」
「魔法?」
「ええ、試してはないですが。確か、この強風も、ある種の魔法による攻撃と思えば、と」
「ん〜、その発想か……」
「やってみます」
「カタリナ?」
戸惑うクルミに、カタリナは量の掌を重ね合わせた。
「てだすけになるか分からないけど、少しでもリスクが減らそうならってね」
そして、カタリナを中心に魔法陣が展開され始め、サークル状の黄緑粉末のような魔法が渦を巻きながら競り上がって来るや、スペルを――
「シールド!」
「うっ」
クルミを中心に、鐘の鳴るような無機質な効果音と眩い光が一瞬。直後、六角形ブロックで構成された白球体が、彼女を包み込んでは、2、3秒。経つかたたないかのうちに消失した。
「まだ、未熟かもしれないけど。どう?」
出来具合を尋ねてみる。二、三秒の沈黙。それを経て、少し驚いたようで
「止んだ。風が止んだよ、カタリナ」
「よかったな、クルミ」
「うん。ありがとう、カタリナ」
「役に立てて光栄、かな」
少し、頬を赤らめたようだ。
「さ、先を急ごうか。まだまだ、油断ならんしな」
「うん」
「ええ」
踵を返すと、改めてクライヴは前方にあるであろう中央管制棟を見据えた。
再び歩き出す3人。クライヴとカタリナ、2人の表情はやや険しくなる。無理もないのかもしれない。
何かに遮られているのであろうか?
まるで分厚い壁のような濃霧が、彼らの行く手を遮っていたのだ。通れなくはないのだが、視界が一層悪くなるのは避けられそうもない。
「カタリナ、油断するなよ」
「ええ」
2人の手が、柄に伸びる。両名は、本能的に感じ合っていたのかも知れない。
記憶を手繰り寄せるに、警告が施設内に知らせ渡ったあの時。あそこから発せられた言葉には、中央管制棟とエアポートへの警備強化が呼びかけられていた。
そのこともあり、クライヴ達が向かう先には、必ずと言っていい程、敵が待ち構えているのは間違いないはずだと確信していたからだ。
或いは、この濃霧の滞留を考えるに、障壁を伴う〝何か″を設置しているのかもしれないと。
万が一、後者だった場合、万事休す、は避けようがない。そんな中、
「どうしたの? クルミ」
2人の後方を歩いていたクルミの異変に気付いてか、カタリナが呼びかけた。つられてクライヴも、そこで足を止めて振り返る。
「なにか、嫌な予感がして……。これ以上、進んじゃいけないような気がして」
「クルミ……」
「それは俺も同じさ」
「じゃあ、別のルートから――」
「いや、このままだ」
「で、でも……」
クライヴは、クルミに歩み寄った。歩み寄ってからに、彼女の頭に優しく掌を置いて、安心させるような言葉を投げかける。
「そんな顔するなよ。何のために俺と
「……」
横へと向く目線。誰を向いたか想像するまでもなく……
「そ、そうだよね」
「ああ、そうとも」
元気付いたように見えたクルミに、自信たっぷりと頷いてみせた。
「なら、信じているからね」
「言われなくとも」
――と、その時である。
っ!
気配、気配を感じたのである。それも、滞留する濃霧の先から。
「カタリナ」
「ええ」
彼女も察知していたらしい。先程までとは違い、その様子から緊迫感が見て取れた。
「クライヴ?」
異変に気付いたクルミが、問いかけて来る。背にある斧の柄を握りしめて、前方を見据えながら指示を出し――
「悪い、クルミ。少し荒ごとになりそうだ」
「え? 荒ごとって?」
状況が掴めず、困惑するクルミ。今度はカタリナが
「クルミ、離れていて」
「あ、ううん……」
まさに言われるがままである。そんな中、クライヴは濃霧の先にいるであろう、気配に話しかけた。
「出てこい! そこにいるのは分かっている」
「え? そこって? 誰かいるの?」
すると、やや間を置いて、濃霧の中から、人影が姿を。それも、2人と見て――。遂に、その正体が明らかとなった。
「やはり。君達がここに来ることは、少しばかり想定外だったよ」
そう喋るは、兵士装甲姿の2人の帝国兵ではなく。2人の間から、立体投影された男から投げかけられた言葉だった。
「ラディッツ……」
ボソリッとクライヴが名を口にする。それを聞いたカタリナが、驚いた様子で問いかけてきた。
「知り合い、ですか?」
と。しかし、クライヴは答えず。代わりに、ラディッツと呼ばれた男から、誇らしそうな笑みを見せた。
「名を知っていると言うことは、それなりに十天将の間柄でも知れ渡っていたようだね」
「知っているも何もな。嫌でも耳に入ってくらいだ、無謀な特攻隊長がいるとな」
「無謀な、か〜。別な言葉にして欲しがったね。ともかく、君達の抹殺と機密の少女の奪還を命じられているんでね。僕としては、そこの少女を渡してくれるなら、見逃してもいいと思っているんだがね」
「ふん、無理な要望だな」
――とそこで、カタリナが何やら思い出したらしく
「あ、思い出しましたよ、マスター。帝国軍の中でも一際、無謀な一兵卒がいるとかいないとか。確か、帝国の尖兵将、とか巷で有名になっていたような」
「正解だな、カタリナ。そして、目の前にいるのが、本人、というわけだ。ま、無謀な奴だけに、毎回、ゾンビのように湧いて出て来るくらい鬱陶しいレベルだがな」
要求の否定、更にその皮肉を言われたからに、ラディッツは冷静を装ったかのように冷徹な表情へと変えると、何処腑に落ちたように
「ふん、ゾンビのように、か」
と一言、ポツリ。続けて
「……ともかく、要求を呑まないと言うなら仕方ない。それに、確か、力を奪われているんだっけか? まずは彼らに君達の処遇を任せようじゃないか。頼んだよ」
そう言い残すや、他人任せのまま投影機から姿をくらましてしまった。
「ちょっと! 言うだけ言って逃げたの?」
と慌てたクルミ。しかし、クライヴはそれを否定。
「いや、逃げてはないと思うな」
そして、ブラスターを構える帝国兵2人を見据えて
「たぶん、試すつもりなんだろうな、俺らで。随分、舐められたものだがな。……カタリナ」
「ええ」
クライヴの合図に、クライヴ、カタリナ。両名はクルミを守るべく武器を抜き放った。
勝負は一瞬で終わったようなものであった。一時的にクルミを巻き込んでしまうかに見えたが、流れ弾は予め張っていた
殺すまでもなく。ブラスターを破壊し、気絶させるだけに留め、無力化できたのだから、技量的にも申し分なかったと言えよう。
「流石だな、カタリナ」
「マスターこそ」
「んなことないさ。……さ、先を急ごうか。クルミ」
「え、う、うん」
?
先程の戦闘が、あまりにも呆気なかっただけに驚いていたのか? 彼女は呆然としていたらしく、やや反応が遅れ気味であった。
けれども、
「そうだね。先を急ごう」
どことなく、クルミの反応が気になる次第である。
――中央管制棟
「ち、万事休す。か」
先手必勝のように内部へ突入した側から、クライヴらは足止めを余儀なくされたようだ。
ここを通過しない限り、エアポートへ行くことはできない。それだけに歯痒い気分になる。
「どうするの? これじゃ――」
「流石に、これはやむを得ないな。だが、幸か不幸か。障壁の向こう側の方々は、こちらに気付いていないようだ。2人とも、壁の影に身を潜めろ」
「了解。クルミ、私と共に」
「分かった」
魔法障壁を挟んで、クライヴとは反対側の壁の隅にて、カタリナとクルミ、両名は向こう側に気付かれないように身を潜めた。カタリナがOKサインを送り、クライヴはただ頷く。
「さて、どうするか……」
魔法障壁は、恐らく中からでしか解除できないであろう。武器で強引に破壊するのも、流石にやるだけ無駄なような気さえする。
そんな中、中から帝国兵達の会話が聞こえて来た。
「応答せよ! A班。応答せよ! 一体どうなっているのだ? バリア展開は完了間近だと言うのに」
苛立つ管制官が、語気を荒げた。
「第3区の包囲網も、突破されたとなるとまさか……」
「バカを言え! 突破された報告を受けてから、そんなに時間経ってないぞ。それに、バリア展開完了も95%がた来ているのだ。何か、トラブルがあったと見るべきだろう。引き続き応答を促すのだ!」
「りょ、了解です」
このやり取りを聞くに、彼らは事態を、俺たちの動向を的確に理解しきれていないと見ていいだろう。
何度も応答を促しても無駄なのだが……
「くっそ! こうなったら仕方ない。監視ドローンを、一機、A班側に手配しろ。目視した方が早い」
「了解です」
それから、しばらくして――
「対岸に配置していたドローンを呼び寄せました。映像を切り替えます」
「……こ、これは! なんてことだ」
「長官、これは?」
クライヴ側からは見えない。だが、事態の深刻さに青ざめる様子が、遠くからでも見て取れた。
「くっ、君達が想像する通りだ。奴らはここに来ている。皆、大至急、武器を手にするのだ!」
「了解」
――と、その時である。皆が席を立ち上がるその刹那、エアポート方面への出口からであろか。
人の背丈よりもやや高い2つの植木鉢を挟んで、一際見栄えが良いスライドドアから、1人の男が姿を現した。現してからに、間髪入れず慌てふためく管制官達に向かって喝を入れた。
「馬鹿者ども‼︎ 狼狽えるな!」
「っ! ラディッツ少尉殿」
一同の視線が、一瞬のうちにその男に集中。即座に席を立っては、一同揃って敬礼をした。
一般的な兵士特有の装甲服でなく、ベルトを引き締め翡翠色の小さなマントを着こなした、若干ラフな格好。耳先が尖っているだけに、エルフ特有さを醸し出していた。
軍人特有だけに表情は険しく。しかしそこには、頼もしい限りのオーラが漲っていた。
サッと掌を見せ、敬礼を解くよう促す。
「味方兵がやられたのは想定のうちだ。それに、君達が束になったところで勝ち目はない。即座に武装を解くのだ」
「し、しかし。ここを突破されては、あとがないのでは?」
だが、
「あとはあるさ。この私を、なんだと思っているのだ」
「さ、策があると?」
そして、もう一人も
「元、とは言え、あの十天将の一角ですよ? どうやって」
「ふんっ」
不敵な笑みを見せる。他方、障壁越しで遠くから様子を見ていたクライヴは、ラディッツの不敵な笑みに、まさかな〜、と思い至る。異名が異名だけに。
当然ながら、管制官達は首を傾げる。そんな中、ラディッツは一言。
「奇策はあるさ」
と。続けて
「ともかく、これ以上の犠牲は許さん。皆の者は、この場を離れるに徹せよ! 異論はなしだ」
「わ、分かりました。……皆、訊いたか? 撤収だ! 撤収っ。早く取り掛かるんだ」
「了解しました」
管制官の隊長らしき者は、ラディッツに言われるがまま、一同に呼びかけたのである。
色々と作業中もあったのかも知れない。卓上、或いは、椅子の上にブラスター類を置き捨てるや、省みずして撤収作業に入った。
ラディッツは一言
「それでいい」
そう言い残すと踵を返し、ボソリと
「〝あの方″の手を煩わずまでもない」
意味深な言葉を残し、来た道へと戻って行った。
次々に逃げていく管制官。その様子を見ながら、最後に残した言葉に、クライヴは思い馳せる。
「あの方、か……」
ラディッツの野郎がライバル心を激らせるだけは、あるのかも知れないな。帝国軍の底力、十天将の力を借りるまでもない。
そんなところなのだろう。
「ねぇ、どうするの?」
3人以外、誰もいなくなった管制室に、クルミが疑問を投げかける。
「どうするも何もな〜」
残されたままの障壁の前に歩み寄ると、どう切り抜けるか試作を張り巡らせる。
「対銃火器用の防壁。物理攻撃では、歯が立ちませんね」
「ああ。それに、不用意に触ったら、軽い怪我じゃあ済まないしな」
「じゃあ、どうするのさ? 別の道を探して引き返すの?」
「ふ〜ん、それは無理な選択肢だな」
クライヴは辺りを見渡し始める。壁面に、障壁を解除できるような装置かなんかないのかと。
そんな中、カタリナがふとした一言を
「髪が揺れている」
と。
「え? 今、なんて」
「え? 髪が揺れている、と。それが?」
カタリナの一言に、妙に引っ掛かったクライヴは、その言葉から想像を膨らませて行った。
(揺れている。……揺れる。風? か。いや、マグレか? あ、いや、しかし……)
「マスター?」
「クライヴ?」
不思議そうに見つめる2人。そんな2人を尻目に、クライヴは天井付近を見回した。
すると、
「……やはりか」
突破口を見つけたような物言いをした。
「あそこなら、向こう側に行けるやも知れない」
「え?」
カタリナ、クルミ。揃って、クライヴは指で示した箇所に目を向けた。その箇所、その箇所とは、まさに――
〝排気口″
子供がなんとか入れそうなくらい、小さな通気孔だったのだ。
「? 通気孔?」
「ま、そんなところだな」
「名案ですね。だけど、入るには小さすぎて……」
「そうだな。ただ」
「え? なんであたしを見るのさ。……まさか、入れ! と言いたいんじゃないでしょうね?」
「他に選択肢はないな」
「お願い、クルミ」
「お願い、って。でも、でもでも、入れたとして、向こう側に着いても、何も役に立てないと思うよ?」
「構わないさ」
「構わないって……」
渋面になるところを見ると、言葉には出さないまでも、気が進まなさそうには見てとれた。
「お願い……」
「……、分かった、分かったよ。あたしが行けばいいんでしょ? あたしが」
「ありがとう」
「感謝するよ。逆に助けられたようなもので」
二人からのお礼。クライヴならまだしも、
通気孔の真下に歩み寄る。こちらを振り向いて、指先を下に向ける。何を強調しているのか、すぐにできた。
「俺が手伝おうか?」
しかし、
「クライヴは、ダメ! カタリナ、お願い」
「分かったわ」
「え? なんでだよ。俺の方が力もあり身長も高いのに」
理解できず、ブツクサ文句を吐き散らかした。
通気孔の中へと入ってから暫くして――
管制室の天井、それもダクトの出口より。突然、嵌めてあった金網が外れては、そのまま下に落ちた。
その直後、ひょっこりと顔を出す者――クルミが現れる。覗きながら辺りを見渡し。それでいて怪我をしないよう慎重に、その場に着地した。
「大丈夫か?」
とクライヴ。
「平気。でも、降りる時、怖かったかも」
「ま、無理もないな」
「で、それで、あたしはどうしたらいいのさ?」
「障壁を解除するんだ。確かそこに、それっぽいようなコンソールがあるはず。探してみ」
「コンソールって……。どれもこれも、似たようなものばかりだよ。それに、真ん中に、なんかよく分からない映像みたいなものが投影されているしで」
そう言いながら、不思議そうなものを見つめるかのように、映像に見入ってしまいそうにあった。
「クルミ、ちょっとこっちに。……おーい!」
「あ、ごめん。てっきり」
カタリナの呼びかけに、我を取り戻したクルミは、二人の元へと歩み寄ってきた。半透明の障壁越しからではあるが、
「説明が下手で悪いな」
と前置きした上で
「たぶん、あそこにあるコンソールを弄れば障壁は解除されるはずだ」
「なんかそれ。ざっくばらんすぎて、かえって分かりづらいですけど」
「仕方ないだろう。
「ねぇ、どうしたらいいのさ?」
戸惑いを隠せないでいた。無理もないのかも知れない。どこにあるか分からない解除キーを探すことなんか。
それに時間がないのも事実ではあるし、で。
「ともかく、どれでもいいさ。どれか一つを決めて、どれでもいいから操作したら解除できる筈だからさ」
「……分かったよ」
腑に落ちないだけに、渋面なんだろう。渋々、コンソールの方へと向かった。
「マスター、いいのですか? 万が一、リスクが高まるようなことがあれば」
「別にいいさ。どの道、引き返せるわけじゃあるまいし。こうなったら、出たとこ勝負さ」
「引き返せないことは重々承知ですけど、それでは、あまりにも無責任――あっ!」
「お、上手く行ったようだな」
今まで、二人の前に立ち塞がっていた障壁。それが事切れるような羽音を立てて、突如として消失したのを垣間見た。
「ありがとう、クルミ」
「でかしたぞ」 ゴリゴリ……、と重たいものを動かす際の摩擦音を立てながら、マンホールの蓋が開けられた。当然、その間も警戒は怠らない。その中で、地上の様子を探るように、少し頭を出して覗き見た。
辺りを見渡すクライヴに、
「どんな感じです?」
カタリナが問いかける。
「帝国兵の声があちらこちらから聞こえて来るが、今のところ、近くにはいないようだ。それに、空気が澄んでいるみたいだな」
帝国兵の声が聞こえて来る辺り安心はできないのだろうけど、臭いのと煙が充満した環境よりかはマシなことに、クルミ自身、少なからずほっとした気持ちになった。
「早くここから出よう!」
「ちょっと待て、そんな焦るな。安全かどうか少し確認して来るから、それまで少し待ってろ」
「……は〜い」
早まる気持ちがあっただけに、クライヴの言葉を受けてトーンダウン。少し残念な気持ちになった。
やや間を置いて……
頭上の穴からクライヴが顔を出すと、グットサインを示した。
「クルミ、大丈夫だって。行こう」
「うん」
カタリナ共々梯子を上り、ようやく地上に這い上がった。
安全地帯と言えど、そのスペースは僅かな場所でしかなく。ただ単に右往左往している帝国兵達にとって、それは死角になる場所ではさかなかった。
だから、見つかれば、当然、その安全地帯とやらも意味をなさなくなる訳であり――
「あまり、音を立てるなよ」
クライヴのお達しがあってのことであった。
積み上げれた木箱を物陰として利用して、そこから覗き見れば、わんさか帝国兵がいて。
〝ネズミ1匹足りとも逃さない″
そんな気概が垣間見えるくらい、厳戒態勢が敷かれているのが見てとれた。更に輪をかけて見れば、戦闘車両らしき車両も何台かあり。ここを通過しようなんて、とても思える気にはなれなかった。
それだけに
「うわ〜」
かなり、ドン引きしてしまった。
「どうするんですか? マスター」
「ん〜、どうするも何も、ここを通過しないと始まらないんよな。それに、向かう先はあそこだからさ」
「非常口、ですか?」
「ああ」
クルミもまた、その方向を見つめる。その場所たるや、まさにこの厳戒態勢が敷かれた道路を横切った先。対岸にある非常口だった。
「ただ、実際にはあの非常口ではない。さらにこのトンネルの先にある非常口が、本来向かうべき場所だがな」
「でも、結局、ここを通過することには変わりないんですよね?」
「まぁな」
「で、でも、さすがに無理だよ。こんなに警戒されているんじゃ、とても通れる気には……」
「そうですよ。私もクルミの意見には賛成です」
「だけどな〜、他にルートはないんだぜ。目指すべきエアポートは屋上にあるし。そのために、上の階に上がらないといけないし。上がるとなると、非常口から非常階段を使わないと話にならないわけで」
「うむむむ……。それなら、ゲートを越える前に言ってよ」
「全く同感ですよ、マスター」
「悪いな、事前告知なしで。だが、そう言うことだ。いずれにせよ、こう言った事態は避けて通れない訳だし。まぁ、ここに来る前に、ゲート前のエレベーターを使う手もあったかもしれないが、流石にエレベーターを使ったとして、かえって警戒されて閉じ込められてしまっては、それこそ袋小路な訳だし」
「やむにやまれず、ですか〜」
「そんなとこだな」
「あたし、いやだよ。こんなところ通るなんて」
「クルミ……」
遂に嫌気が刺してしまったクルミに、カタリナが心配そうに声を掛けてきた。そして、彼女の気持ちを案じてか
「一旦、引き返しませんか? 戻って下水路を伝って別ルートから地上に出れば、多分、抜け道の一つや二つ、見つかるかもしれませんし」
「そうするか?」
「そうしましょうよ、マスター」
だが、しかし、クライヴの表情は先のことを見通していたのか、険しく。その渋面からか
「だがな〜」
と前置き。してからの
「そいつは難しい気もするんだよな」
と言葉を濁した。当然ながら、疑問が湧き立つ。
「え? なんでよ」
同じく、カタリナも疑問に感じたらしい。彼の返答に注視した。
「まだ、確かめてはいないからなんとも言えないが、下水制御装置が切られているかも知れないとな」
「下水、制御装置?」
顔を顰めては、更に疑念が強まった。だけど、カタリナはその意味を知っているのだろう。
「もしかして、私達を完全に閉じ込めるために? とか」
「ああ、そう言うことだ」
そこで、横から割り込むようにしてクルミが口を挟んだ。
「ねぇ、どう言うことなの? その〜、なんとか装置とか、あたし達を完全に閉じ込めるとか」
――とここで、クライヴが手で制して
「まった! 静かに」
クルミの言葉を遮った。訳がわからないまま
「ねぇ、どう言う――」
更にそれでも言葉を続けようとする。だが、そこはカタリナの出番。口元に人差し指を立て
「しー、だよ。帝国兵がこちらの存在に気付きかけている」
その言葉を受け
「え?」
たまらず言葉を押し殺した。遠くから足音が聞こえて来る。それも1人だけだが、
「どうした? 勝手に持ち場を離れて」
「あ、いや、声がしてな」
「声? 誰の」
「女の声がさ。更に、その女とヒソヒソ話しているような感じで聞こえて来てな」
「女? ヒソヒソ話? 気のせいじゃないか?」
「いや、気のせいじゃないと思うけどな」
「じゃ、なんだって言うのだよ。てか、どっから聞こえて来たんだよ? それ」
「ほら、あそこから」
「え? 歩道からか? あそこには誰も居ないはずだぞ。――てか、おいっ、勝手に」
足音が近づいて来る。こちらの存在が見つかるのも時間の問題ときた。
「ま、まずいな……」
さすがのクライヴも、これには焦りを感じずには居られない様子。
〝いざとなれば″
そんなことでも思ったのか、背に担いだ大斧に手が伸びる。一方、カタリナの方も、柄に手が伸びた。
一歩一歩、階段を登ってくるような足音が、緊迫した空気の中、唯一無にして聞こえて来る。
戦闘はま逃れそうもない。2人の覚悟が滲み出て来て――
「そこの君達、何をしている? 勝手に持ち場を離れるな!」
ドスの効いた低い声が、別の誰かの声として聞こえて来た。
「た、隊長」
慌てて答える兵士の声。
「ん? なにか、気になることでもあったのか?」
「あ、いや、声がしまして」
「声が? だと。なんの?」
「女の声です。それも、あそこから」
「女の、声? だと。……ばかな。んなの気のせいに決まっているじゃないか」
「あ、いや、しかし。確かに――」
「君、上司の私を疑っているのかね?」
「あ、いや、そう言う訳でも……」
「じゃぁ、なんだと言うのか? まさか、例の侵入者でも紛れ込んだと言うのかね?」
「あ、は、はい。そんなところです」
隊長の威圧に負けて、思わずと言ったようなところだろう。そのような感じが、当てずっぽらしからずして見てとれた。
だけど、そんな部下に対して半信半疑ながら隊長は切り返す。
「ふ〜ん、なるほどね。そこまで言うか。確か、マンホールの蓋を開けるためのスパナは、錆びつきすぎて脆かったんだよな? 使えものにならないくらいに」
「あ、はい。脆すぎていて今にもへし折れそうなくらいに」
「そっか。で、そいつはどうした?」
「どうした? と言われましても、一応、処分しましたよ。ゴミ箱に」
「どこのだ?」
「え? どこって……」
「いいから答えるんだ。これは重要案件だぞ。……なにせ、機密の少女を掻っ攫った反逆者絡みだからな」
「そ、それは……」
――と、その時である。どこからともなく、缶を蹴り倒したような音が。動揺を押し殺すことに必死のクルミ達の傍ら、隊長を含め、その場にいた兵士一同に緊張が迸った。
「誰だ⁉︎ 出てこい! そこに居るのは分かっているんだぞ」
隊長の怒号が、トンネル内を木霊する。あまりにも大きな声に、他に散開していた帝国兵が、こぞって隊長の元へと集まり始めた。
「さ、さすがにまずいな……」
想定外のことに窮地に陥っていたクルミとカタリナを代弁するかのように、焦燥感を抱いたクライヴが言葉をこぼした。
〝ジャキ――ン……!
抜刀した際の剣と鞘が擦れるような金属音が、更なる緊張を増幅させていく。クライヴとクルミの間にいたクルミが、積み上げられた木箱の隙間から、外の状況を除き見ようとする。
足音が近づいて来る。
「マスター……」
「ああ、いざとなれば」
カタリナやクライヴも柄に手を当てがい、臨戦態勢を取り始めた。この状況下、これだけはハッキリしていた。
〝このままでは、戦闘は避けられない”
と。
次第に近付き、遂には階段を登り始める足音まで。発見されるのも時間の問題、そして、戦闘は避けられそうに見えた。
――が、その時である。何かが木箱の隙間から飛び出しては、
チュウ、チュウ!
「っ!」
「隊長‼︎」
1匹のネズミが、抜剣した隊長達とすれ違い、何処へと逃げて行った。
「ネズミ?」
注視していた帝国兵の1人がぼやく。
「……ふん、なるほどな」
何かを納得した様子、ほっと一息つくや、静かに納刀した。
「隊長」
「どうやら君達は、先程のネズミ一匹に踊らされていたらしいな。或いは、ストレスからか」
「では?」
「何も変わらんよ、何も。……とりあえず、2人揃って休め。任務続行はそれからにしろ」
「し、しかし……」
「疑いが晴れない、ってか?」
「あ、……い、いえ、何も」
「なら、そうしろ。それに、敢えて言っとく。これは命令だ」
「……わ、分かりました」
その言葉を最後に、クルミ達から複数の足音が遠ざかって行った。
ともかく難局は乗り越えた。ほっとしたのも言うまでもない。しかし、警備が厳重な現状は変わりはなく。
輪をかけて、更に警備体制が強化されたことが容易に想像できた。
「で、どうするの? クライヴ」
「どうするも何も、変更はない」
「でも、さっきの件然り、これ以上、危険は冒せないよ?」
「同感です、マスター。ここは引き下がるべきですよ」
「うむ〜、言いたい気持ちは分かる。だが、戻ったところで下水路を伝って通るのは、無理な気もしなくはないからな……」
「そんなの、行ってみないと分からないじゃない」
「……行ってみないと、ね〜」
「そうですよマスター。クルミの意見には、一理あります」
「一理ね〜」
そこでクライヴは、黙してしまった。きっと考えているに違いない。色んな可能性について。
だけど、彼は首を縦に降らなかった。
「……悪いな。やっぱりその案は、却下だ」
「え? なんでよ」
納得いかなさ過ぎただけに、ここは食って掛かる。一方、クライヴとは師弟関係以上に親子関係に近いカタリナは、彼が心底悩んでいたことを見抜いていたようだ。
「……やはり、追っ手、ですか?」
「……まぁな」
横目で彼女を見た後、一拍置いて彼は答えた。カタリナは溜め息をし、肩を落とす。
「仕方ないですね。そうだろうとは、推測していましたが」
「悪いな」
「え? な、なんでよ? 追っ手、なんて爆破工作で振り切ったんじゃなかったの?」
すると、クライヴは
「確かに振り切ったさ、確かに。だが、帝国軍はそんなことでは諦めないさ。必ず追跡してくる。特に〝あの女”が指揮する部隊は、尚更」
〝あの女”
それは誰の事かは、当然、クルミには分からない。分かるはずもなかった事案であった。
首を傾げるクルミに変わって、カタリナが申し出る。
「親友は必ず守ります。だから、安心して潜入調査して下さい」
「悪いな、カタリナ」
「ちょ、ちょっと。それ本気で言っているの? ……ねぇ、カタリナもだよ」
「ごめんね、クルミ。私達には時間がないのよ。追っ手が迫っている筈だから、このまま袋小路になる訳にはいかないのよ。だから――」
「そ、そんな……」
「んな、悲しい顔するなよ」
「悲しい顔するなって、む、無理に決まっているでしょ。万が一、見つかりでもすれば、と想像したら」
「ふん、だよな。その気持ち、痛いほど分かる。だが……」
彼は前を見た。見て、目指すべき場所を見定め、鋭い眼光を研ぎ澄ませる。それは、まさに覚悟を決めたような、真剣そのもの眼差しであるだけに。
そして、振り返らずして――
「あとのことは頼むな」
「ええ。……それに、マスター」
「ん?」
「ご武運を」
その言葉の意味。その重みをひしひし感じると、ふんっ、と軽く鼻で笑い。
「当然だ」
決め台詞を吐いた。
振り返りはしない。けれど、カタリナは、うまくクルミを匿ってくれる筈だろう。今は、それを信じるしかなかった。
向かうべきは、対岸にある下水制御室。そこまでの道のりなのだが、いかせん発見される訳にはいかなかった。
騎士として培った潜入スキルを活かし、気配を消して帝国兵達の目を掻い潜っていく。
ハッキリ言ってかなりの修羅場だ。見つかれば戦闘は避けられない。それに、今は十天将だった頃とは違う。
あの時は、一騎当千と言わんばかり力が漲っていた。だけど、〝奴”に根こそぎ力を奪われてからは、人並み以上に実力があるだけであり、銃撃の包囲網を1人で突破することは正直言って自信ない。
けど、現役だった頃に磨かれたスキルは、決して無駄ではなかった。だから、今、こうして役立っている訳であり――。
中央分離帯を超えるべく、柵を乗り越える。
(あと少し、あと少しで……)
はやる気持ちが、ゴールに近付けば近づくほど高まっていった。
やがて対岸に、無事に歩道への階段に辿り着く。
ここを登れば、あとは下水制御室への扉。
最後の最後まで気を抜けない中で、無事に辿り着けたことに、やや安心したような気持ちにはなった。
そして、扉の前に立つ。中に入れば戦闘は避けられない。そのことを念頭に、クライヴはゆっくりと背に担いだ大斧の柄に当てがった。
やはりと言うべきか。下水制御室への入り口には、簡単に入れないよう細工してあった。
指紋認証パネルが取り付けられており、関係者以外、入れない仕組みとなっていたのだ。
むやみやたらに破壊したところで破壊音に勘付かれ、立ち所に窮地に追い込まれる。
それだけは避けたいクライヴは、指紋認証パネルの裏側へと手を伸ばし、元々、あった施錠キーと今回取り付けられた指紋認証パネル装置との間に手を入れてみた。
「やはりか……」
指先で触れた箇所には、幾つかのコードが伸びているようだった。工具はないが、代わりに大斧がある。
抜刀すると、斧の刃の端を隙間に、それもコードを幾つか巻き込むような形で差し込み、そのまま勢い付けてスライドさせてみせた。
ブチブチブチ……
何本か切断するような感触が、伝わって来る。同時に、指紋認証パネルの電源も落ちてしまい。
納刀し、これで、楽々、侵入できるようになった。
静かに扉を開けて入る。
中は狭い通路。それも、人が1人半通れるくらいしか幅のない通路だった。普通は、整備士以外立ち入ることがない場所。当然、クライヴとしては、初めて入る場所であった。
壁面がコンクリートに囲まれており、足場が鉄網板で敷かれている。そこから垣間見えるは、幾つかの配管であり、それ以上、どこへと向かって伸びているかは、分からなくなっていた。
奥の扉前に辿り着き、そのままそっと扉に掌を当てがう。その瞬間、中から何人かの声が聞こえてきて――
だけど、何を話しているのかまでは定かではなく。だが、そんなことはどうでも良くて、やる事は一つしかない。
騒動を聞きつけて増援でも呼ばれたら厄介。
そう意を決して、いざ突入する。柄に手を当てたまま、
ガチャンッ!
音を立てて入室した側から、気配に気付いた帝国兵達は一斉にこちらを向く。その数3人。まさに、何かの点検作業、真っ只中だった。
「き、貴様は!」
「問答無用‼︎」
皆一様に銃を構えるその刹那、大斧を抜刀したクライヴは、すかさずブーメランの如く、半円を描くように投げ飛ばした。
ブォオーン‼︎
と風を切るような不気味な音を立てて、ライフルを構える帝国兵達に殺到する。
「ぐはっ」
「うぶっ!」
「ぎゃあ‼︎」
薙ぎ払うようなイメージで、奴らの胴体を切り裂いては、血飛沫と断末魔を呼び起こした。だが、やり過ぎた感は否めない。
血の海に沈む彼らをよそに、そのブーメランと化した大斧は、装置の一部までをも勢い余って切り裂いてしまったのである。
見事、超高速で回転飛来し戻って来た大斧をキャッチしたクライヴは、内心やらかしたと思った。
制御装置は4つあるが、その2つが斬撃痕を残し、そこから火花を散らして破損。見た感じ、再起不能であった。
けれど、もう2つは無傷。早速、その装置へと歩み寄った。
「……どうも、排煙システムも備えているみたいだな」
装置は2種類の役割を、制御する形で役割を担っていた様だ。排水制御に排煙制御。2つとも排出モードになっていただけに、クライヴの予想は半ば的中した感じはあった。
つまるところ、あのまま地上に出ず、下水路を伝い歩いて行ったところで、排水に邪魔されて先へ進めなかったであろうと。
そして、もう一つ腑に落ちたことも。と言うのも、ゲート前に辿り着いた際に、トンネル全体が煙で充満していたことを思い出したからである。
〝煙の充満″
と言う工作は、きっとこの制御装置から行われたに違いない。そう確信に至ったからであった。
ともかく、やるべきことは変わりない。排水制御システムを操作し、封鎖モードに切り替えた。
それからもう片方も、同じ容量で行い、重厚な鋼鉄が足元で蠢くような音を立てて、生きている制御装置での作業を終えた。
「これでよし、あとは引き返すだけ――。……?」
そこで〝何か″を視界に捉えては、クライヴは惹きつけられるように歩み寄った。
それは、机上に置かれた物であり、不思議と手にとってみた。
「見たところ、カードタイプの何かだな……。まぁ、いいか。頂くとしよう」
きっと何かに使えるかもしれない。そんな予感が脳裏をよぎった。
2人の元へ引き返さなければ。しかし、ここで見つかってしまっては、想像に難くない惨事が目に見える。
それだけに、恐る恐る扉を開けて見ては、外の様子を覗き見た。トンネルと制御室の間に通路を挟んでいるとは言え、先の騒動が外部に漏れているかも知れない。
場合によっては……
そんなことが脳裏を過ったが――
「……」
先程までと変わらない、いつもの警戒体制の光景がそこにあった。
「しめた。バレてないみたいだな」
油断できない状況には変わりないが、ほんの僅か、胸を撫で下ろせたような気がした。
あとは、隙をついて対岸へと向かうだけ。だが、そこで1人の帝国兵が隊長と思われる者を呼び出した模様。
その帝国兵の眼前には、何かの装置の様なものが配置しており――
「まさかな……」
不意に嫌な予感が過った。急がなければるまいて、トンネル内に出ると、身近な階段に身を潜めた。
耳を澄まして見れば、隊長と思われる声が聞こえてきて――
「大至急、制御室前を包囲せよ! 何者かによる侵入がなされたと見ていい」
「まさか!」
敵は全て片付けたかに見えたが、どうやら騒動を勘付かれたようだ。かなり危機的な状況。物陰から除けば、続々と帝国兵が集まって来るではないか。
銃火器を手に続々とこちらに、見つかるのも時間がなくて。一旦、階段を登り返し、再び歩道上に出る。
ゲート側と真反対へ進むべきか?
或いは
ゲート側へと向かい、そこから人の目を欺いて路上に降りるか?
まさに、二者択一であった。ただ、どれをとってもリスクがある。一番、怪我のリスクが少ないのは、勿論、前者。だが、そのルート上には、対岸同士で監視ロボが互いに神経を尖らしている。
片方、黙らせたところで、同時に対岸にある監視ロボに発見されるのは関の山。結果は、……想像するまでもなくて。
怪我のリスクは十分承知であるが、クライヴが取った選択は後者。ゲート側と向かい、タイミングを見計らって飛び降りようとする。
高さ10m前後、発見されるよりかはマシ。覚悟を決め、複数人が階段の登り口に入り見えなくなったところで、勢いよく飛び降りる。
ぐぬっ!
着地時の衝撃に、思わず呻き声が。だが、動ける分には支障はなかった。続々と警戒モードで階段に集結していく帝国兵を尻目に、クライヴは彼らの目を盗んで対岸を目指した。
背後から、敵襲撃を知らせる声達、敵の居所を探し合う声達が不気味に聞こえて来る。
全く意に介さずスルーするのは無理があったが、ようやく対岸の歩道上に出たクライヴは、マンホールへと向かった。
クルミとカタリナの姿が見当たらないことに、一瞬、心配にはなるものの、2人はうまくやり過ごしているであろう。
そのことを信じるしかなかった。
二人からのお礼。しかし、感謝されたことに少し照れているのか
「マグレよ、マグレ。ともかく、先を急ぐんでしょ?」
「そ、そうだな」
頬をやや赤ながら、少し慌ただしくクライヴとカタリナ、双方に先を急ぐよう促した。