東西南北、そして、中央……。
その5つに区分けされた空域――バルラ・グランデ空域。その東部より、辺境に位置する田舎の島――ザングリア島にて。
彼方まで広がり、黄昏色に染まる〝蒼の界面″と呼ばれた、膜のような蒼色の大地と、黄昏の大空。流れゆく綿雲が織りなす景色は、今日という日の終わりを迎えようとしていた。
けれど、日が沈むにはもう少しだけ時間があり、その僅かな時間を使って、目の前の十字の墓碑に想いを馳せる。
墓碑と言っても、誰か埋葬されている訳ではなく。いわば形だけの墓。だけど、僕の心にはいつも〝君″がいて。
今は亡き君は、僕の親友であり。その親友と交わした約束は、今なお色褪せてない。
ここは特別な場所――クレセント岬。
僕の隣にいるフードの彼女が見つけてくれた、いわゆる秘密の場所。麓の村――ラシュアンの住民ですら、あまり知られていない岬であった。
そして、雲と雲の隙間から差し込む夕陽が、まるで柔らかいカーテンのように墓碑を照らす光景は、まさに神秘的と言わんばかりである。
「そろそろ行こう? もう少しで日が沈むし」
「……そうだな。……じゃ、行くよ、リク」
亡き友の名を口にするや、踵を返すと共に墓碑に背を向けた。彼女と共にその場を後にする最中、
「それにしても、暗くなる前に帰れるかな? オイラは心配だぜ」
宙を漂う古びた茶褐色の本が、不安を口にした。名前はブック、僕の相棒だ。
「大丈夫さ、道は分かるんだし」
「それでもよ〜」
すると、フードの彼女――セーラは
「なに、心配がってのよ。それに、道中、モンスターが現れたって、私の相手じゃないわ。こう見ても、腕には自信あるんだし」
「あははは…… 、た、確かに」
腕捲りするセーラに、僕は苦笑いするしかなかった。実力の程は実際見てはいないが、1人でモンスターが徘徊する森を出歩く辺り、何かとモンスターを相手に護身術か何かを会得しているのだろう。
そう、想像するしかなかった。けれど、皮肉なことに、疑いの目を向けられることに。
「あ、今、疑ったでしょ?」
「い、いや、別に……」
「じー、……怪しいな〜」
ジト目で見つめられ、思わず唾を飲み込んだ。対してブックはと言うと、そんな様子のセーラを歯牙にもかけず、彼女の言葉を全然信じていないだけに
「へ、まっさか〜」
100%、疑ってかかったのである。でも、僕としては、ブックが感じたことには、なんだか共感できるような気がした。
一方、セーラは、そんな疑い深いブックに、両手を腰脇に当てながら前のめりで食って掛かり――
「なによ! この私の言葉が信じられない訳?」
不快感を露わに。しかし、ブックはそれでも
「だって信じられるも何も、全然そんなとこ、見たこともないぜ。ましてや、弱っちそうに見えるし」
「むっ、ソレ、どういう意味よ?」
「どう言う意味も何も、見たまんまって、奴さ」
その瞬間、僕は内心、あちゃ〜、と思った。無理もない、彼女にとって背丈を匂わすような発言は――
それもそのはず、
「なっ! それって、私がチビだから雑魚だとでも言うの? それを言うなら、あんたよりもマシよ。この古本が!」
「ふ、古本だって⁉︎ オイラは古本じゃねぇ!」
コツンッ
突拍子にキレたのだろう。ブックは感情の赴くまま、セーラの額を本の角で軽く小突いた。
「イッター! 何するのよ‼︎」
「お返しだからな」
「このぉー」
遂にキレ出してしまう。けれど、側から見ていた僕は、今までもそうであったが、このやり取りには、正直、ため息しか出ない。
何回も何回も見た光景、同じパターンだけにだ。呆れてしまう僕をよそに、仕返しとばかり掴み掛かろうとするセーラ。
だけど、結局のところ、ブックが空高く逃げてしまうだけに手が届かず、逃げたもん勝ち。
それが毎度の決まりパターンで、今回も同様。悔しさを露わにするセーラは、
「ずるい、ずるいよ」
地団駄を踏んだ。
「へへーん、だ」
勝利を誇ったかのように、ブックは彼女を見下すに至り
「やれやれ……」
呆れていた僕は、側から物を言う気にはなれず。自然と白い目でみるしかなかった。
――と、その時である。
空高く舞うブックの背後で、鳥のようなモンスターが襲来してくるのを目撃。咄嗟に僕は叫んだ。
「っ! ブック危ない‼︎」
「え?」
しかし、時すでに遅く――
表紙を返すように背後を振り向くと同時に、ガシッ、と鷲掴みされたブックは、慌てて助けを乞うた。
「わ、わ、わー。何しやがんだ! た、助けてー!」
「ブックー!」
僕は叫んだ。しかし、対してセーラは
「へっ、ざま〜ないわね」
と非情な言葉を吐き捨てるに至った。そんな2人の元を去るようにして、モンスターに拉致られたブックは、そのまま森の奥へと消えてしまい。慌てた僕は
「追いかけよう」
先手を打って森へと向かって走り出そうとした。しかしそこで、彼女が動かないことに気付いた僕は、焦りと苛立ちを滲ませ
「行かないの? セーラ」
と問いかけた。それに対してセーラは、その気になれないのか?
「ふんっ、いい気味だ」
鼻を曲げて、ソッポを向くに留めた。
「セーラ……」
促す。だが、
「私は行かないよ。それに、さっきのモンスターはロックバード。巣の場所も目処がついているし。それに収集癖があるだけで害なんてないから大丈夫よ」
「……で、でも〜」
と、それでも僕は心配。意固地になっているのだろうか。動く気ないだけに、仕方ないから、セーラをその場に残して1人で森へと。ブックを探しに向かった。
1人で人気のない森を出歩くのは、初めてかも知れない。やはり、セーラがいるのといないのとで大違い。それだけに、そこまで鬱蒼としていて薄暗い訳ではないものの、正直、心細かった。
どこに行ったのだろうか?
僕は呼びかけてみた。
「おーい‼︎ おーい! ブックー!」
それから、やや間を置いて――
しかし、待てど待てど、どうやら声は返って来ない様子。このことに対して、
奥深くへ行ってしまったのだろうか? それとも――
セーラは大丈夫とは言っていたが、やっぱりどうも信じられない。次第にブックの身に何かあったのかも。
そんな焦燥感が込み上げてきた。そんな中、更に先に進めば、
「分かれ道?」
小川に沿った歩道の延長線上にて、二手に分かれた道が現れた。一つは、そのまま奥へ。もう一つは、ちょっとした登り階段となっていた。更に、分かれ道の中間。そこには木札があり――
ついでに、確認してみると
・← 湖方面
・→ ラシュアン方面
と、判断がつきずらい様相を醸し出していた。僕はここに来て迷い始める。
来た道を戻るべきか? 否――
と。
「参ったな〜、どっちに行けば……」
出来るなら、一回でブックと再会したい。だけど、そう考え占った結果、今まで立ち入ったことのない湖方面へは行きたくない。
まさに、判断がつきようがなかったのだ。だが、それでも意を決して動く。なにか判断基準となる物は――
手当たり次第、周りに何かないか?
目配せしてみた。すると――
「これでいいか」
特にめぼしい物が見つかった訳ではない。ただの、それも森の中ならどこにでもある木の枝。
道端に落ちていた木の枝を、僕は拾ったのだ。占うつもりで、木の枝が倒れた方向に進もうかな。
けれど、意を決したとは言え、できれば湖方面だけは勘弁して欲しい。そんな思いを込めて、木の枝を垂直に立てた。
手を離す。そして、倒れた方向は――
「……マジがよ」
ため息が出た。斜めに倒れたものの、その倒れた方向は、まさに湖方面だった。
「仕方ないか」
僕は諦めて、そちらの方面へとブックを探しに行こうとした。――と、その時、背後からいきなり声をかけられ――
「反対だよ、巣があるのは」
え?
ビクリッとして、咄嗟に振り向く。
「セーラ! いつの間に」
「いつの間に〜、じゃないよ。……仕方ないから、見に来たんだよ。しょうがないから、付き合ってあげるよ」
「いいのか?」
「良くないよ。でも、クラウドが探したいって訊かなさそうだから。だから、その代わり、ちゃんとお礼をしてよね?」
「ごめん、ありがとう」
頭が上がらない。貸しが一つできた中、セーラと共にブックを探すこととなった。
ラシュアンへの帰路に着く。その道中、
「この辺かな」
「あれ? どこ行くの?」
いきなり道から逸れ、茂みの中へ入り込んだことに、僕は戸惑いを隠せない。
「いいから、着いてきて」
「……」
渋々ながら、僕は着いていくことにした。
茂みの中では足元が見えない。何がいるかも分かったものじゃない。服のあちらこちらで枝葉をつけながら、なんとか先を進むセーラの後を追う。
「道? こんなとこに?」
唐突に現れた道に、僕は驚いた。だけど、どうやら人が作ったような感じではない。どちらかと言うと、自然にできたような、枝葉が折れ曲がるような感じでできた、歪な道だった。
「獣道だよ」
「獣道?」
そう言われてみれば、なんとなく納得いきそうだ。
「あ、待ってよー」
構わず先に進むセーラの後を追いかける。更に進むこと暫く、彼女は一本の木の前に来るや、そこで立ち止まった。
上を見上げる仕草に、僕は問いかけた。
「セーラ?」
すると彼女は
「ここら辺かな」
そう一言。こちらに振り向くや、
「確かこの辺に、あの
「巣って……」
僕は見上げる。巣、らしきものがあるのかどうかを。だけど、見上げてみれば、木々の枝葉が乱立していて非常に分かりにくい。
だから、瞬間的に埒が開かないと思い――
「おーい‼︎」
僕は叫んだ。だが、その途端、セーラがいきなり掴みかかってきて――
「な、なに大声出しているのよ‼︎」
怒涛の勢いで迫って来た。
「な、何って。その方が見つけ出しやすいと思って――」
語気を強めるセーラに驚き、すっかり狼狽えてしまう。しかし、構わずセーラは捲し立て――
「バカじゃないの‼︎ ここは野生のモンスターがうじゃうじゃいるのよ。そんな大声出したら――」
と必死の形相を垣間見せた。――と、その時である。頭上の乱立する枝葉の隙間から声が聞こえて来て――
「もしかして、そこにいるのはクラウドとセーラ?」
懐かしき声に、僕とセーラは同じ反応を見せ、声のした頭上に目を向けた。木々の間、そのどこかにいるのかも知れないが、目視で見つけ出すのは難しそう。
僕は呼びかける。
「ブック? どこにいるんだ? おーい‼︎」
セーラは制止しようとしてはいたが、僕は構わない。そんな中、ガサガサ、と葉音が耳に入って来て――
「静かに!」
口を手で遮られた。セーラの態度が一変しているのを見て、事態の深刻さを肌と感じる。
すでに臨戦態勢のセーラ。張り詰めた空気が漂う中、僕は常備していたホルダーに手を当てがう。
まさか、このような事態になるなんて。リクの形見のリボルバー、ここに来て使うハメになるとは思ってもなく。
正直、形見だけに複雑な心境だった。
ゴクリッ
唾を飲み込む音が、よく聞こえる。
「セーラ、大丈夫なの? なにも武器を持ってないけど」
すると、彼女は得意げに
「心配無用、これでも一応やれるから」
「一応、って……」
正直、かなり不安でしかなかった。だけど、現実問題、逃げようにも、逃げれそうになく。不気味な足音は、すぐそばに。
その正体とやらが、僕とセーラの前に露わになって――
「げ、オ、オオカミ⁉︎」
第一声、僕はそう印象付けた。そう、オオカミ。まんま、その言葉が当て嵌まるように。
しかし、その体躯とやらは、まさに大の大人、それと、子供一人を足したかのように。
それくらい巨体だった。さらに、運が悪いことに連れもいて。まさにこの状況、一気に絶体絶命であった。
「ど、どうするんだよ? セーラ」
青ざめる僕は、そんな弱気を吐きつつ、ちらっと彼女を見る。一方、セーラはと言うと……
「2匹、2匹ね〜」
やや汗ばんでいた様相であった。そんなセーラに不安でしかない、不安でしかなく……。ブックを助けるどころじゃないような。
そんな気がしてならなかった。
「いったん、逃げた方が〜」
しかし、
「大丈夫だよ、このくらい。ただ、クラウドを守り切れるか怪しいだけで」
「ぼ、僕が⁉︎」
それって、自分がセーラの足枷ってこと? もし、そうなら、真っ先に逃げないといけないのは、僕なんじゃ〜。
そんな予感がする中、セーラは強がりを見せた。
「だけど、心配しないで。こう見えても、私、武術を嗜んでるから」
「ぶ、武術を?」
聞いたことがなかった、武術なんて。だけど、一人で野生モンスターが右往左往している森を出歩いているあたり、多分、そうなのだろう。今はそこに賭けるしかないようだ。
2匹の、凶暴な大型モンスター――ウルフハントは、こちらに殺意を剥き出しながら、ジリジリと間合いを詰めにかかる。
「悪いけど、巻き込まれないように、ゆっくりと距離を空けてくれない? それも、敵に背後を見せないように」
「わ、分かった。で、でも、セーラを一人にさせないからね。こう見えても備えはあるから」
そう言い残すと、ゆっくりとセーラを残して後退り始めた。その中で思う。セーラだけ、前線に立たせる訳にはいかない、と。
それだけに、いつでも反撃できるよう、リボルバーがしまってあるホルダーに手を当てがった。
セーラとウルフハント達との間合いが、徐々に狭まっていくのが見える。狙いはやはり、近くにいるセーラか。
そんな予感がした。――と、ここに来て、足元を見ないで後退りしていたのが仇となったのか?
っ!
ドサッ!
蔓に足元を掬われ、尻餅をついてしまった。一方、僅かばりの隙に対して、その間隙を、ウルフハントは見逃す訳なく。
堰を切ったようかのように、半ば硬直した状態を打ち破らんばかりに、ウルフハントは攻勢に打って出た!
がるぁ――‼︎
「のわ!」
雄叫びを上げ襲い掛かる一頭に、慌てて手で庇う。だが、その刹那である。
「させるか‼︎
バコ――ン‼︎
ぎゃん‼︎
っ!
意外な悲鳴が聞こえて来ただけに、庇った手から恐る恐る現実を直視する。直視して――
え?
するとそこには、先程まで僕を襲わんとしてたであろうウルフハントが、大木に横たわっているのを垣間見た。
ありえない光景に、
一体なにが?
たまらず困惑した。
「セーラ、なにを?」
そこで彼女は、一言
「蹴り飛ばした。それだけ」
「それだけって……」
やはり、分からなかった。けど、事態はそんな悠長に疑問を浮かべる余地などない。蹴り飛ばされた相棒に取って代わるように、もう一頭が、更に殺意を剥き出してきたのである。
改めて僕は、リボルバーの銃口を向ける。今度こそ、意表は突かれまいとして――
そんな中、蹴られて横たわっていたウルハントも、ぬくッと起き上がって来て。今度こそ二の舞を受けまいとして相対する。
「やっぱり、一発じゃあ効かないわね」
「どうするの? セーラ」
「正直、出方によってはクラウドまで庇えきれないかも」
「僕を庇うって? じゃぁ、さっきは僕を――」
その直後である。対峙する二頭が、同時に牙を向けてきた!
「クラウド!」
「分かっている!」
刹那の間に疑問を振り払って、反撃態勢に入った。
がるぁあああ――‼︎
襲いかかる二頭。1匹に窓を絞ったセーラは、叫ぶ!
「掌底破!」
一撃が繰り出される。一方、対して僕も叫び――
「食らえ‼︎」
ズド――ンー……‼︎
一発の弾丸を発射した。銃弾は顔面に命中したかに見えた。しかし、 一瞬、怯んだものの、僅かばかり血飛沫を上げただけで
え?
何事もなかったように、再襲来をかましてきた。反射的に、横に飛び退るが、
くっ!
すれ違いざま、脅威の鋭牙が肩に掠り、ダメージを余儀なくされた。
「クラウド!」
彼女は叫ぶ。
「大丈夫、掠っただけだから」
それだけ言うと、再び持ち直した。ウルハントは翻し、再びこちらと向き合う。だが、すぐに襲いかかる様子を見せず。
まるで隙を窺っているのだろうか?
額から、緩やかな線を描くように血を垂れ流しながら、今度こそ仕留めようとせんばかりに様子を窺う仕草を見せ始めた。
掠った左肩がヒリヒリする中、僕は再びリボルバーを向け直し――
その直後、背後から気勢がこだま!
「終わりだ‼︎」
ギャン‼︎
断末魔であろう悲鳴が、森中に轟いた。
「クラウド!」
セーラが叫ぶ。数コンマ遅れて、もう一頭も襲い掛かって来た!
がるぁあああ――‼︎
「今度こそ!」
しかし、タイミングを見計らいトリガーを引いたはいいが
カチッ
え?
空振り。弾丸が出ずして、不発に終わったのである。まさか、弾切れ?
脳裏をよぎるものの、それも一瞬。視界いっぱいに襲い掛かるウルフハントが、牙を剥いたのを垣間見た。
避けようもない中、驚愕に頭が真っ白になり――
「食らえ‼︎」
ドカッ!
がうぅ〜
突如、謎の落下物の直撃を受け、意表を突かれたウルフハントは堪らず怯む。
「ブック⁉︎」
遅ればせながら、その正体に気付く。ブックは叫ぶ。
「今だ! クラウド」
「え? あ、うん!」
迷っている暇などなかった。即座に、弾倉を開き確認するや、弾丸が入っていることを確認。
素早く装填するや、僕は叫ぶ。
「助かったぜ! ブック」
バ――ンー……‼︎
今度こそ、今度こそである。瞬間的に放たれた弾丸が一直線。再びこちらを向いたウルフハントの片目に直撃。
目を抉ると共に大ダメージを与え、それが致命傷となろう。断末魔を上げ、その場に崩れ落ちた。
「ナイスだ! クラウド」
ブックが褒める。しかし僕は、
「ブックのお陰だよ。ありがとう」
感謝した。だが、これで終わりのはずがなく、
「っ! セーラは?」
今更ながら、ウルフハントとの決着が付いていないであろうセーラの方に、僕らは視線を投げかけた。
対するセーラはと言うと――
互いに動かぬ両者がそこにいて。かなり慎重姿勢で襲うタイミングを、最後のウルフハントが測っていたところであった。
けど、セーラの方は、構えたまま微動だにしない。まるで、
〝いつでも来い!″
そう言わんばかりに。
戦いに慣れてない僕は、息を呑む展開にハラハラしていて。同時に、この局面において動じない彼女の姿に、正直、驚いていた。
いつものセーラとは、全然、様変わりしているようで。だけど、この硬直状態が、いつまでも続くはずがなく。先に痺れを切らしたのは、ウルフハントだった!
肉を引き裂く犬歯を剥き出しに、飛び掛かるウルフハント。だが、セーラは待ってましたとばかり、華麗に捌いた。
背後をとった刹那、チャンスとばかり間合いを詰め、そのまま――
「掌底破‼︎」
衝撃波を伴った強烈な打撃を繰り出し、自分よりも巨体なモンスターを吹き飛ばす。それはまさに、見た目の小柄さでは判断しようがない、まるで怪力のような様であった。
呆気に捉われる僕をよそに、吹き飛ばされたウルフハントは、そのまま動かぬ屍と化した模様。ピクリとも動かなくなった。
ふぅ〜、
と軽く息を吐くや、クルリと翻って笑みを浮かべた。
「ね? 問題なかったでしょ?」
「え? あ、うん……」
僕とブックは、揃ってキョトンとしていた。
〝腕には自信があるから″
この光景を目の当たりにしただけに、納得しざるを得ないかも。そんな感じだった。
日が完全に沈み、黄昏から夜へと移り変わりゆく中、ようやく村々の灯りが見えてきた。
下山の最中、森の中はすっかり暗闇に包まれてしまい、ランタンの灯を頼りにしないとならなかった。しかし、運が良かったのか?
モンスターに襲われることはなかった。だけど、正直、怖かったかも。もし、襲われていたらとしたらと思うと。だが、今は一安心。なにせ、目の前に村の明かりが見えているから。
柵に囲まれた村、その裏口。そこに1人の老婆が、しゃがみ込んでいた。ちょうど暗がりにいるせいか、老婆は誰なんだろう? 不審に思った。だけど、セーラは誰なのか、すぐに分かったみたい。
「おばあちゃん」
親しみを込めて、呼び掛けた。一方、老婆はこちらの存在に気付いたのか?
「おお、セーラちゃん、それにクラウドまで。無事で帰ってきてなにより」
「お、オイラは?」
「ん? おー、ブックくんまで」
「それ、わざとだろう?」
そこで、僕はおばあちゃんのことを察して
「ブック!」
「分かった、分かったよ。気付かなかっただけだろう」
先程言った文句を撤回するに至らせた。真っ先に駆け寄るセーラは、ずっと待っていたであろう老婆の身を案じて。
「こんなに遅くまで。無理しなくていいのに」
そう言いながら歩み寄り、体を支えてあげる。しかし、老婆は気丈にも振る舞い
「別に、このくらい大丈夫じゃ。それより、3人とも無事に帰ってくれてよかったわい。あたしゃあ、てっきり……」
「心配かけてごめんね。今度から、早めに墓参りすることにするから。……ほら、クラウド、ブックも」
「え? オイラも?」
僕はすんなり向かったが、ブックは渋々と歩み寄った形であった。心配かけたことへ、詫びを入れる形となったが、そこで疑問が湧く。
「でも、婆さん。どうして、僕たちの身を案じて?」
すると、老婆は
「いつも墓参りするのは見かけているけど、ここに来て嫌な噂を耳にしてのぅ」
「嫌な噂?」
僕とセーラは、同時にそのキーワードを気にしてか。顔を見合わせた。互いに聞いていないらしい。疑問符を掲げた。
再び老婆と向き合い――。と、そこで、先にセーラが
「どんな噂なの?」
尋ねた。老婆は口元に皺皺な手を当てがい
「それはそれは恐ろしい噂じゃて。なにも、森の中で巨人のような人狼がでたとか出ないとか言う」
「巨人のような?」
再び僕とセーラは顔を見合わせ。それでもって、ブックの方も見た。老婆は自分で話していることが怖くなったのか
「あ〜、恐ろしや恐ろしや。見てみ、この手を」
そう言うなり、痩せこけた片手を見せてくる。
「震えているじゃねぇか」
とブック。僕だけじゃなく、セーラも同じように見えたのだろう。その手は、ぶるぶる、と小刻みに震えていた。
「ありがとう、おばあちゃん」
「僕からも礼を言うよ」
「さて、行こうか? クラウド」
「うん」
そう返事するなり、夕飯の支度するため再び歩き出す。その際、別れの挨拶として
「……ありがとうね」
「気をつけるんじゃぞ」
そんな最後のやり取りを残した。
「人狼のような巨人か〜」
思い当たる節はない。どちらかと言うと
「セーラはどう思う?」
「ん〜、分からないな」
「木材を運ぶために、いつも森に入っているんだよね?」
「そうだけど、人狼野ようなモンスターなんて見たことも聞いたこともないかな」
「そっか〜。……ん? ブック?」
様子が変な気がしたので、そう声を掛けてみた。
「え? あ、いや、なんてかな? ちょっと考え事をな」
「考え事?」
「まあな」
すると、セーラは意地悪っぽく
「へ〜、古本が珍しく。ね〜」
「っ! オイラは古本じゃねぇやい!」
ドカッ
「あいた‼︎ 何するのよ」
「チビのくせに生意気なんだよ」
「あー、言ったな! チビって」
「何回も言ってやる! チビ、チビ、このチビスケ!」
「ムキー‼︎ めちゃくちゃに破いてやるんだから、覚悟しなさいよ!」
「へへー、捕まえられるものなら捕まえてみろ!」
そう言うなり、高く、高く上昇。当然、セーラとしては、流石に届くはずがなく。悔しい怨嗟を撒き散らす光景が、そこに。側からやり取りの一部始終を見ていた僕は、ため息しか出ず。
「それにしても、巨人のような人狼、か〜」
戯れる2人をよそに、僕は頭の隅にでも、そのキーワードを覚えておくことにした。