戦闘描写の中に、胤舜の人間性の魅力を込めてみました。ピクシブでも投稿しています。
「いざ、参る!」
快活な声の主は、紫の法衣を纏う、額に十文字の傷の目立つ若き僧侶。
ランサー、宝蔵院胤舜が十文字槍を水平に構えた。
右掌は槍の末端である石突きを包む。左肩を前にした半身、股を開いた低い姿勢。
この構えこそ、上段、下段、あるいは正面。どんな攻撃がこようとも、槍は円錐を描くような動きを以て受け流す宝蔵院流槍術の基本である。
とはいえ、それは乱世の日本における中で野戦闘技術であった。
一方で、古今東西の英雄が集うこのカルデアでの任務は、同じく戦う敵もまた多種多様。
物の怪や猛獣、遥か先の時代の兵士、あるいは古代の魔術師、挙句の果てには異邦の神仏とさえ刃を交えなくてはならない。
研鑽が必要だ。
槍術をより高みへ至らせるための、経験を。
そう考えた胤舜は、最近多くの英霊と模擬戦闘を行っていた。
「槍術ってのは面白れえな。神秘を纏っているわけでもねえのに、一歩でも近づけば致命傷を受けるっていうのが、遠くからでも分かるぜ」
対するは、筋骨隆々のバーサーカー。
獅子のごとき金髪、褐色の肌に残る歴戦の傷跡。
荒々しい闘志を放つ二刀流の王こそ、ベオウルフ。
「俺が踏み込めば、その足を斬られる。手を延ばせば肘、迂闊に剣を出せば絡めとられるって直感が教えてくる。こうして立っているだけでも、この俺が身震いを覚えるとはな。ただの殺気じゃない、これが剣気ってやつか」
「そう褒められると照れ臭いな。では、ベオウルフ殿。貴殿はどう攻めるかな?」
「今の俺なら、ごちゃごちゃ考えずにこうするさ!」
ベオウルフは両手に剣を構えたまま、躊躇なく真っ直ぐに接近してきた。
命知らずか。単なる兵であれば、胤舜はその致命傷となる部位めがけて槍をつきさすだけで勝利していた。だが
「硬いな!」
その肉体はそれ自体が金剛に似た鎧でもあった。
ただ槍を突き刺した程度では貫けない。
次に来る赤き剣もまた、単なる鋼と異なる魔剣・赤原猟犬(フルンディング)であり、頑丈さに加えて、剣自らが相手の急所を正確無比に突くよう所有者の腕を操る。
一度でもまともに打ち合えば、無名の十文字槍の刃が折れ曲がることは想像に容易いと、胤舜は悟っていた。
然して、その神秘の力に対して、技の技量によって凌駕することこそ、彼の宝具の神髄である。
元より全身を頑丈な甲冑にて包む武士がいた時代、その相手をいかに討つかで発展したのが、彼の槍術。
『朧裏月十一式(おぼろうらづきじゅういちしき)』
元は己が考案した武芸、考案した十一の技の型を用いたそれは、宝具となることで完全なる防御と、そこから繰り出される一撃へとランサーを導く。
この技が果たしてどこまで通じるか、その先を見据えようとしていた。
ぐるり
穂先は赤き魔剣に触れた途端、大きくうねった。
確実に脳天めがけて動いていたその軌道を柔らかに逸らし、ベオウルフの振るった右腕は空を切って地面へと下がる。
油断はできない。相手はかの宮本武蔵と同じく二刀流。一撃を外せば、もう一つの青き魔剣が次に迫る。
この僅かな隙を縫うように、僧兵の指先は機敏に動きベオウルフの喉元の中心へ槍が伸びる。
常人ならば避けることのできぬ速度。だが神話の時代を生きた戦士に常識は通じない。ただの直感をもって、首を右へ逸らす。刃はベオウルフの奥へ通り過ぎ
「突けば槍、薙げば薙刀———引けば鎌」
槍は伸びた後、勢いよく引かれた。
十文字槍は両刃、鎌のように内側にも鋭い刃がつけられ、放たれた槍が手元へ戻るときにも攻撃の動作となり、相手の肉を刈り取る。
剣より短いとはいえ、その刃は相手の首を間違いなく跳ね飛ばすに十分な長さであった。
「ふんッ!!」
ベオウルフは首の筋肉に力を入れて硬くする。
この技を避けられぬのなら、この屈強な肉体を持って耐えるのみ。
例え必殺の技であろうと、即死から致命傷にまで落せば良い。
ただ一寸でも生き残りさえすれば、胤舜を左の魔剣で叩き潰して勝利できる自信がベオルフにはあった。狂戦士には、例え死に追いやられるようと、その死期を超えて暴れまわるための「戦闘続行」というスキルもあるからだ。
ざくり
赤赤しい血が首元から派手に飛び散った。
ベオウルフは表情を崩すどころか、ギロリとさせながら歯をむき出し笑ってみせる。
そのまま青の魔剣を胤舜に叩きつけ———
「効かぬな」
朧裏月十一式は、その戦士が命の最期に繰り出す技すらも想定している。
マスターの用いる魔術的な表現に寄せれば、「即死無効状態(1ターン)と回避状態(1回)を付与」といったところか。その絶技は、巨人グレンデルを屠った怪力の技すら華麗に交わして見せた。
ベオウルフが前を見たとき、胤舜は既に最初の間合いまで下がっていた。
剣を振るうには遠く、槍では十分当たる歩幅である。
「フハハハハ、いいねえ!!」
重傷のベオウルフは笑う。剣技では到底敵わない。なら己の領分に持ち込むのみ。
戦士は両手の魔剣を手放し、この近距離で自身の出せる極限の宝具を繰り出そうとする。
『源流闘争(グレンデル・バスター)』
ただ己の膂力のみで、根源的な戦いを強いる宝具。
技ではない。拳で殴り、足で蹴るという、その単純な暴力故に、見切りをつける技術、回避の加護、胤舜の持つ「避け」のスキルが無効化され、一度でも食らえば霊核が砕け散るまで逃れられぬ連撃が繰り広げられる。
(来るか……!)
だがそれは、胤舜のほうとて同じであった。
彼の朧裏月十一式もまた、必殺の一撃が繰り広げらるまで終わらぬ、自信の能力を最大限まで高める宝具である。彼の技はまだ、終わりではない。
お互いに、闘志は加速し、この一瞬で燃え上っていた。理性が飛ぶ。
「「いくぞ」」
ぶつかる原初の拳と武芸の槍の連撃。
荒ぶる獅子の如き猛る手足が暴れ、飛燕のように槍が舞う。
赤く爛々と光る眼。奔るベオウルフの脚は止まらず、胤舜のもとに迫り続ける。
胤舜はその足さばきで身体を左右に振り、最小の動きで拳の届かぬ距離を取り続ける。
「————————!!!」
黒く強靭な腕は、砂塵が舞い散るほどに脚は止まらず伸び、槍を弾き、石突きを何度も受け止め、血が飛び散り続けながら。肉体は熱で猛り、蒸気により煙を上げて黒く染まっていく。
鬼神、仁王、あるいは阿修羅。憤怒の相を浮かべし仏像数あれど、怒るように笑うこの狂気を宿した表情は、ここにしかない。
宝具により一層硬くなった狂戦士の肉体は、指先一つ触れただけで、十文字槍の鎌一つを叩き割った。
猛獣となったベオウルフに対し、胤舜は血を垂らしながら、思考を風無き水面がごとく冷静となっていた。
脳内は、身体が一つ動くうちに、三手先を想定し、十手先で仕留めるために敵の動きを導く。
心臓や腹を刃で割こうにも、この槍では黒化した皮膚を傷つけられぬ。
狙うは肉体の腱、関節、筋の薄い急所。
左の脇下に全力の一撃を十度叩き込むことで、ようやく左腕がだらりと下がる。
が、狂戦士の回復力か、それとも腱を斬る程度の常識では神代の肉体を止められぬのか、10秒もすれば再び左の拳が飛んでくる。
加えていくらその身が武芸を積もうとも、槍のほうが耐えきれない。槍をくるりと返して槍先とは反対側、石突きでベオウルフの左目を点いたが、逆に槍の柄にひびが入り、一尺ばかり砕け散った。
(それがどうした)
僧兵は、常に明鏡止水。
槍が砕けたくらいで落ち着きを失い、次の手がなくなることもない。
そうだ、最悪槍が一欠片の木屑のみとなろうとも、この僧兵は技を繰り出し続けられる。
彼が人類史に名を遺したのは、誰かを殺めたわけでも、武功を成したからでもない。
むしろ誰と戦ったという逸話のないのが、宝蔵院胤舜である。
そのランサーとしての本質は、人間として一生をかけて磨いた武芸という「技」に他ならない。
勝つのは力か技か。
互いに限界が近づいている。
胤舜も先ほど肩に拳をかすられ、肩甲骨が折れたばかりか、右半身がまともに動かなくなっている。
立っているだけで失神しそうな激痛を受けながら、それでもなお美しく流麗に槍を振るう姿は、身心共に神仏に達した英霊だからに他ならない。
この絶命を前にした状態にあってもまだ、胤舜は己の技をより高みへ至らせるための模索をしていた、その槍にかける執念こそ、ベオウルフの狂化と似て非なる狂気であった。
だが、もしここにもう一人、胤舜の姿を見る者がいればこう問うただろう。
なぜ彼は、ああも愉しそうに笑っているのか。
狂戦士の自制が吹き飛んだ目とも違う。
その瞳には死線の中でも、無邪気な童のように光が差し、爽やかな笑みが浮かんでいた。
武を鍛えながら修羅に落ちず、人を殺さず恨まず。技を極めながら、人であり続けた僧兵。
———後世、宝蔵院流には奥義が一つ伝わる。
相手を睨み力を込めるのではなく、微笑む目を持つことで無駄な力を抜き、身心を自由自在とする奥義、「大悦眼(だいえつげん)」。
胤舜が生来のうち最も才能があったとすれば、それは槍の威力ではない。
ケルトの朱槍や円卓の聖槍による大砲が如き一撃には及ばず、印度の金槍や中華の神槍の武芸相手に必ず勝てる技も持たない。
だが、古今東西の英霊の中、勝負の中で誰より純粋爽快に笑い続ける槍兵がいるとすれば、それこそが宝蔵院胤舜なのだ。
彼にしか至れぬ境地の中で、今その槍は最期の一突きを繰り出したのだった。
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「と、いうわけだ。拙者の私情にてすまないが、槍が壊れては槍兵などとは名乗れんのでな、お主に素材を調達すべく、『れいしふと』に同伴させて欲しいのだ」
翌日、胤舜はマスターにそう頼み込んだ。
彼の背後にはもう一人。
「いいけど、村正がいるのはなんで?」
「ああ、この刀鍛冶殿には槍の穂、鋼の部分を新造して欲しいと頼みこんだのだ。すると、『刀ってのは刃だけじゃねえ、柄の事までしっかり理解しないと満足のいく品が作れねえもんだ』と、素材探しに同行してくれる運びとなった」
「檜でも樫でも何でも良いが、儂(オレ)は凝り性でな。関わるからには一から十まで見ておきたい。それに新たな木材を見つけられるんってのに、囲炉裏で待ちぼうけなんざ阿呆の鳥好きってもんだ!」
そう言って、からからと笑う赤髪の青年。
しかし今の話を聞いて、マスターは気になった。
胤舜はあえて伏せていたようだが
「ねえ、結局最後はどちらが勝ったの?」
「うん? そうさな……結果はどちらでも良かった。勝敗を付けることが目的ではないしな」
そういう胤舜に、マスターは「ああ、そういえばそういう人だった」と納得する。
彼の槍は技を極めるために生涯振るわれた。争いのためでない。
よって本当に勝敗などどうでも良かったのだろう。
もし勝ちたい者があるとすれば、それは昨日の自分にのみと答えるだろう。
「? マスター、その表情はなんだ」
「いや……うん、胤舜は、本当に立派なお坊さんなんだなって」
目をぱちくりさせてから、胤舜は快活に笑った。
武芸ばかりの己が、そう褒められるとは予想だにしなかった。
「ふははは!! 全く、そう来たか……いいかマスター、あまり拙僧を見習ってくれるな。何しろ『槍』しか能のない拙僧だ。それを「立派なお坊さん」などと褒めるのは、他の立派な坊主相手に失礼すぎるからな、ハハハ!」
今日もまた、爽やかな声が廊下に響き渡った。
設定はFGOの他、宝蔵院流槍術のサイトを参考にさせて頂きました。
ゲーム的な設定とリアル路線のバランスを模索しながら書きましたが、い加賀でしたでしょうか。書くことでサーヴァントへの理解を深めているので、不定期に誰かしらの短編と私なりの解釈を込めてかきたいなと思います。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。