秋晴れのとある日、ボンゴレ本部に一通の脅迫状が届く。
『十代目の隠し子を預かっている。返して欲しくば指定する場所へ一人でこい』
けれども、ボンゴレ十代目ボスである沢田綱吉にはまったく身に覚えがない。
「意味がわからない! 誰だよ!」

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十代目の隠し子

 ──嫌な予感がする。

 九代目に封印されていた超直感が目覚めて早六年、家庭教師様のスパルタ教育によってどうにか慣れることができたそれが、今朝から警告を発していた。

 警告とひとことで言っても、その内容は様々、時に違和感として、時に気分が悪くなるような体調不良、危険度が増すと頭をかち割らんとする痛みになったりもする。

「痛み止めをお持ちしましょうか」

「ううん、平気。そういうんじゃないんだ」

 獄寺隼人の気遣いはありがたいが、これはファミリーが危機に陥るような警告とはまた別のもので、以前にも経験したことがある。沢田綱吉は唸りながら、感覚の糸を手繰り寄せて答えを探す。

「なんて言うか──雲雀さんと骸が任務先で喧嘩したとか、ザンザスの機嫌が悪くて城の一部が大破したとか──そういうのに近い気がするんだけど」

「つまり、内輪揉めですか」

「そうじゃなくて──今回、あいつらは関係ないはずだから──」

 上手いこと言語化できないでいる綱吉を哀れに思ったのか、隼人は「すこし早いですが休憩にしましょう。昼食になさいますか?」と気を紛らわすための提案をしてくれた。これがリボーンだったら間違いなく「うだうだ言ってねぇでその時になるまで仕事しろ」と尻を蹴られる。生徒だからこそ、わかる。絶対にそうなるに違いない。

 妄想に涙しながら、綱吉は隼人の優しさに甘えることにした。

 準備ができたからと呼びにきてくれた隼人と執務室を出る。

「あれ、そっちなの?」

 食堂へ続く廊下は階段を下って右折だけれど、何故だか隼人は左折した。いたずらに微笑む彼について行くと中庭に出た。

 この時期は青々とした葉を茂らせている桜の木の下に、昼食がセッティングされている。

「ささやかですが、気晴らしに。ワインもいかがですか」

 感激のあまり、綱吉は涙をこらえながら「泡が良いな」と、さらに、甘えた。

 リボーンにバレたら「調子に乗ってんじゃねーぞ、ダメツナ」とやはりひと蹴りにされそうな優雅な昼食を楽しんだのだから、午後の仕事は気合を入れて片付けねばならない。だというのに、足が重たい。

「どうかなさいましたか」

「──不幸の電話がくる気がする」

「不幸の電話──と、言いますと、よくない知らせが?」

「うーん──面倒な予感」

 メイドが食器を下げに来てしまったので、綱吉は仕方がなく職場に戻ることにした。綱吉がいつまでも居座っていると彼女達の仕事が終わらないからだ。けれど、石の廊下を歩く足取りはとぼとぼと切ない。ボンゴレ本部の長い廊下も永遠とはいかず、倍の時間をかけて辿り着いた。

 ボスの威厳のためらしい無駄に上等な執務椅子に腰を降ろすと同時に、執務机の上に置いてある電話が鳴る。

「ぎゃー! 出て! 俺やだから!」

 綱吉がみっともなく騒ぎ立てると、隼人が素早く受話器を取った。

「はい、こちら執務室」

 十代目の執務室にかかってくる電話は外線ではない。必ず執事室からの経由で来るようになっているのだ。

「──はあ? いや、そんなはずはない」

 珍しい「はあ?」だった。出会った当時の隼人の言い方だ。つまり、素が出てしまうほどの何かが起こっているということ。

 隼人が訝しげに綱吉を見る。嫌な視線だ。今すぐ窓から逃げ出したい。

「少し待て──綱吉さん、一応の確認ですが、隠し子に心当たりはありますか」

「隠し子? 誰の?」

「あなたのです」

「はあ?」

 綱吉渾身の「はあ?」を聞いた隼人は、すぐに電話に戻り「そんな事実はない」と断言してくれた。けれども嫌な予感は晴れない。

 内線を終えた隼人は、ひとつ息を吐いて綱吉に向き直った。

『十代目の隠し子を預かっている。返して欲しくば指定する場所へ一人でこい』

 ──という旨の脅迫状が届きました。と、眉間に皺を寄せながら報告する隼人に、綱吉は頭をかかえて叫んだ。

「意味がわからない! 誰だよ!」

 

 

 全く身に覚えがなくとも、超直感が綱吉に行けと命じている。仮に、無関係の子供がなんらかの理由でボンゴレ十代目の隠し子として拐われているならば、見過ごすわけにもいかない。だが、なんだかしっくりこない。嫌な予感は依然なくならず、これは一般人を巻き込んでしまった時の警告とはまた別物。正体不明の警告は綱吉を悩ませたが、悩んだところで見過ごすなんてできない男なのだ。

 南イタリアにある小さな港町、地中海性ハリケーン、メディカーネで受けた被害がまだそのままになっている埠頭は、木片などが散乱しているから地元民の立ち入りは禁止されている。人目にふれず悪いことをするにはぴったりな場所だ。

 命の危険はないからと、大通りに止めた車に隼人を待たせて、綱吉は脅迫状の指示通り、一人でやってきた。

 町の復旧に資金をまわしているから、積荷の倉庫になっていたこの建物にはメディケーンの爪痕がくっきりと残っている。このいつ崩れてもおかしくない建物に隠れる場所はなく、超直感を前にすれば、隠れたところで不意打ちなんて通用しないのだ。

「出てこいよ、言われたとおりに一人で来たぞ」

 そう問いかけると、現れたのはスーツを着た男達だ。どこの所属かは知らないがマフィアらしい。

「それで、俺の隠し子ってのはどこにいる? まったく身に覚えがないんだけど」

「誤魔化したって無駄だぞ、あのガキは自分でおまえの息子だって証言したんだからな」

 隠し子とやらは男の子であるらしい。

「ボンゴレ十代目の私生活なんて、それこそ本物のガキじゃなきゃ知らねぇだろ」

「その情報が本物だって証拠は?」

「最近ハマってるのは蜂蜜で、朝メシでパンに塗ったり、就寝前に茶に入れて飲んでるそうじゃねぇか。仕事の息抜きにやるのは日本の音ゲー、入浴剤も日本の温泉の素をわざわざ輸入してんだろ?」

 なんということだ。男がニヤつきながら述べた情報はすべて合っている。

 ボンゴレ本部がある小さな町にはオリーブオイルや生ハム、絵葉書などの他にもハチミツが特産品になっているのだ。これが濃厚な味わいで美味い。ただ甘いだけじゃないからジャムのように食べても良し、紅茶に入れたら香りも味わいも引き立って、頭の中から仕事を追い出し心地良く眠ることができるのだ。

 ここ数年でスマホゲームとして大きな発展を見せた音ゲーは、何も考えないで済むから隙間休憩でついついやってしまい、何度か隼人に没収されたこともある。そんなことで無心になるより執務椅子に体を預けて目を閉じるほうが休めると、隼人の正論には勝てた試しがない。

 入浴剤は、ディーノが百の日本の温泉を巡ってきた土産だと百種類寄越したものだった。

 どういうことだろう。隠し子にはまったく心当たりがないにも関わらず、綱吉の私生活が筒抜けになっているだなんて。背中を嫌な汗が伝っていく。

「その顔、心当たりがあるようだな」

 心当たりはある。だが、まったく身に覚えがない。

「その子供はいまどこにいる」

「心配しなくとも会わせてやるさ。死ぬ前にひとめな」

 男たちは一斉に拳銃をかまえる。それでも綱吉が感じているのは命の危険ではなく、強烈な違和感だった。

 四方向を拳銃で囲まれながら建物の奥へと移動する。

 ボンゴレ十代目の私生活を知る男の子──一体誰だと言うのだ。心当たりがない以上、誰かが十代目の隠し子をでっち上げた可能性はある。その場合は、ボンゴレ本部に盗聴器の類が仕掛けられている、もしくは近しいところに内通者がいることになる。後者の場合、綱吉が口に入れる紅茶も蜂蜜も厨房にあるからキッチンに出入りするシェフやメイドが容疑者となる。が、超直感はそれを否定している。

「もう着くぞ」

 海風が吹きつける半壊の廊下を進んだ先、扉の外れた部屋に足を踏み入れた綱吉は、その子供を、見た。

「どうだ、ボンゴレ十代目。これでもまだしらを切る気か?」

 出会った当時よりも成長したものの、まだ幼いと言えるその体。黒髪と特徴的なもみあげは変わらない彼のチャームポイントだ。

「──おまえかよ!」

「ちゃおっス」

 そこにいたのは、綱吉の元家庭教師であり、現ボンゴレお抱えの殺し屋、リボーンその人で、あった。

 空いた口が塞がらないとはまさにこのこと。唖然としながら、綱吉は首を傾げる。

「おまえ、何してんの?」

「人質だぞ」

「はあ?」

 リボーンはトレードマークのスーツ姿ではなかった。ボウタイブラウスにサスペンダーズボンという、良いところのお坊ちゃんみたいな格好をしている。

「いやいや、意味がわかんないって。おまえが俺の隠し子ってどういう設定? そもそも年齢が合わないだろ。おまえが俺の子供って、えーっと、十四歳で流石にそれはないよ」

 アルコバレーノの呪いが解けた時、綱吉は十四歳だった。あれから六年が経ち、赤ん坊だったリボーンの肉体は順調に六歳相当まで成長している。

「マフィアのボスたるもの、子供の一人や二人いなくてどうするんだ」

 久しぶりに聞いたリボーンの横暴に生徒時代を懐かしんだのも一瞬、綱吉は声を張り上げた。

「そんな非常識、知るか!」

「非常識なもんか。実際、よくある話だぞ」

「え、怖っ、裏社会やば、マフィア怖っ!」

「おまえだぞ」

 日本語でやりとりをしていると、突如、一発の銃声が響いた。半野外のような場所で、一般人に聞かれたらどうするつもりなのか。

「最後にひとめと言っただろうが! なんだてめぇら!」 

「親子じゃなくて、家庭教師と生徒だ」

 人質の正体もわかったことだし、超直感は最初から綱吉の命の危険を知らせていない。リボーンは丸腰であったが、一丁を蹴り上げてやれば──彼は丸腰でも十分に強いけれど──最強のヒットマンとなる。

 制圧にはそれほど時間をかけなかったが、半壊だった建物がさらに崩壊を進めてしまった。

「どうするんだよ、リボーン。そのうち崩壊しちゃうぞ」

「責任を取ってボンゴレで修理するしかないだろうな」

「なっ、元はと言えばおまえが人質になんてなったからだろ。何考えてんだよ」

「デスクワークで鈍ってねぇかの抜き打ちチェックだぞ」

 ボンゴレ十代目を継承したことで家庭教師の契約は終えたというのに、綱吉の口から出るのはそんな事実ではなく、昔と変わらない小言で、あった。

「ほら、帰るぞ」

「はいはい」

 両腕を伸ばすリボーンを抱き上げたところで、綱吉は気が付いた。

「──これじゃない? おまえがこうやって俺に運ばせるからだよね?」

「六歳の肉体なんて体力の付けようがねぇんだ。黙って運べ、ダメツナ」

 赤ん坊の容姿の頃から綱吉の肩に乗って移動していたリボーンは、肩に乗れるサイズでなくなってからは綱吉の右腕に尻を乗せるようになった。我が物顔でボンゴレのボスを乗り物扱いするのはリボーンのみ。

 ──つまり、リボーンを十代目の隠し子だと誤解した連中は、綱吉に抱きかかえられるリボーンを目撃したのだ。

 場所はおそらく、いや確実に──表向きの企業、ボンゴレカンパニーが取引している日本の真珠メーカーの新作披露パーティに違いない。

 

 

 マフィアと言えど、どんぱちだけが仕事ではない。資金調達のためのフロント企業、九代目が趣味でやっていた慈善活動はそのまま引き継いでいるし、綱吉の趣味であるバイク収集は技術者への支援という形で活かされ、今後はレーサー教育にも手を伸ばすつもりでいる。

 このように、裏社会の組織でありながら表社会との繋がりを持つボンゴレは、イタリア産の真珠を輸出している関係で、十代目が日本人ということもあり、そのパーティに招待されたのだ。

「へぇ、今時は男もパールを身につけるんだ」

「真珠ブランドが女性だけのものじゃないってイメージ戦略を頑張ったのよ」

 ブラックドレスを見事に着こなすビアンキの豊かな胸元に輝く大ぶりの真珠。彼女の美しさはもはや当たり前で、いまさら驚くこともないけれど、こうしてドレスアップした姿は何度見ても素晴らしい。

 新作発表の場であるから、ドレスコードは真珠だ。ビアンキはネックレスと指輪、綱吉はタキシードに合わせたネクタイピンやカフスと想像していたが、用意されたのはネクタイの上を横切る二連のネックレスだった。

 そして、子供用のタキシードを着こなすリボーンの首元、蝶ネクタイの下にも小ぶりな真珠がある。

 このパーティに招待されたのは綱吉だが、同伴にビアンキが来ることになると、彼女がリボーンを望んだのだ。子供なら人数を追加してもかまわないと主催の許可を得て連れてきたものの、どうやらこのパーティに子供──見た目だけは六歳児──はリボーンだけのようだ。

「思ったよりも人が多いな」

「日本のトップメーカーだもの。リボーン、はぐれたら大変だから」

 そう言ってビアンキはリボーンを抱き上げようとしたが、そうすると彼女のネックレスを隠すことになってしまう。

「ビアンキ、俺が変わるよ」

 抱き上げると、リボーンは慣れた様子で綱吉の右腕に座るのだ。

「右腕だけムキムキになりそう」

「なめんじゃねぇぞ、だったら世の中の親は全員ムキムキじゃねぇか」

「ははっ、たしかに」

 会場内にただ一人の子供というだけあり、リボーンは他の客達に可愛がられた。日本開催なだけあって日本人の客──綱吉でも見たことのある日本の芸能人やアスリート──は多く、日本人の綱吉が連れていたことで周囲に親しみを振りまいたのだろう。真珠の映える子供をかまう大人たちは、その可愛らしい口から「ボスたるものもう少し威厳を」と小言が飛び出すなんて考えもしないだろう。

 彼らはビアキンを連れる綱吉を見ても、彼女を妻だと勘違いすることも、腕の中の子供を息子と勘違いすることもない。当たり前だ。日本人の彼らからすれば、綱吉は見た目通りの若社長なのだから。そして表の人間は、綱吉が十四歳にして父親になった可能性を想像することもない。

「可愛らしい坊やね、親戚の子ですか?」

「ええ、まあ、そうですね」

 このような会話が表社会の日本人の当たり前で、ありえない勘違いをしでかした彼らは、正真正銘、裏社会のマフィアなのだった。

 

 

「どう、リボーン」

「なかなかだぞ」

「それは良かった。ボンゴレが全額負担して港を復旧させた甲斐があったよ」

 赤チェックのテーブルクロスに並ぶ熱々のイワシのチーズパン粉焼きは、グツグツと音を立てて、オーブンからやってきたばかりであることを知らせている。

 満足そうなリボーンに倣い、綱吉もナイフとフォークを持つ。パン粉はサクサクで、チーズはとろり。地元客に愛される店でテーブルマナーを気にするのはそれこそマナー違反で、綱吉はふーっと吐息で冷ましながら口に運んだ。

 美味しい。リボーンがこの一皿を食べに通うだけのことはあり、赤ワインにとても合う。

 あのパーティで超直感が動かなかったのは、命の危険が伴わないのと、誘拐された目的の半分がリボーンの悪ふざけであったからだろう。

 リボーンが綱吉のデスクワーク訛りの抜き打ちチェックをしたかったのは本心だろうが、港を戦場にして崩壊を進めることで、ボンゴレの資金で港を再生させるというのが、残り半分の目的というわけだ。

 この一皿八ユーロのイワシのチーズパン粉焼きのために──

「美味かったぞ、パパ。会計よろしく」

「会計はするけど、おまえのそれマジでやめろ」


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