オカルト研究部は、学校一の変人と、その狂信者の巣である。

「鞍馬君!公園の池にネッシーを探しに行くぞ! ついてきたまえ!」
「はい! 先輩!」

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オカルトを探求する者は、好奇心旺盛でなくてはならない。


未知への挑戦

 

 

 狭い部室の、薄汚れたコンクリートの壁に、今日も先輩の明るい声が響いていた。

 

「鞍馬君! 私は昨夜、UFOの観測に成功したぞ!」

 

 同年代の中でもひときわ小柄な体躯、さらりと流れるポニーテール、熱意のこもった瞳。僕の尊敬する天使(あまつか)先輩は、可愛らしさと美しさを兼ね備えたお方だ。こんなにも素晴らしい方が部長なのに、何故に我が「オカルト研究部」は二名しかいないのか、甚だ疑問である。

 

「家のベランダで、二時間くらい『ミョンミョン』と唱えていたらね。一瞬ではあるが、東の空に緑色の光が(またた)いたのだよ!」

「素晴らしい忍耐力です、先輩。UFOも先輩に会えて、さぞ嬉しかったことでしょう。」

「そ、そうかな。えへへ……」

 

 その尋常じゃないオカルト好きと、熱のこもった話ぶりで、先輩はこの高校で一種の名物のような扱いをされている。クラスメイトに聞いたところによると、「オカルト合法ロリ」との異名まで付いているそうである。なんとも失礼な話だ。

 

 ちなみに、僕は「天使の狂信者」だそう。こちらには、全面的に同意するほかない。

 

「UFOの光は実に綺麗だったよ。鞍馬君にも見せてあげられればよかったのだが。」

「お心遣い、痛み入ります。今度、試してみますね。」

「じゃあさ! 今度、鞍馬君もまた一緒にやろうよ! 出現しやすい時期とか——」

「先輩、口調が崩れていらっしゃいます。」

「おっと、失礼。」

 

 先輩の独特な口調は意識的なもので、感情が高ぶったりすると、しばしば崩れて素に戻ってしまう。なんでも、「オカルトの探究者らしさ」を出したいのだそうだ。細部に至るまでのこだわりには、感服するばかりである。

 

「それで、どうだい?」

「もちろん、先輩のお誘いを断るはずがありません。是非、ご一緒させてください。」

「よし! じゃあ、早速屋上へ行くぞ!」

「今からですか? まだ日が高いですよ?」

「ふっふっふ。まだまだだね、鞍馬君。UFOは昼間に目撃された事例も、実は数多くあってだね……。」

 

 人差し指をふりふりしながら話し出す先輩に耳を傾けながら、僕はそっと自分の胸に手を当てた。僕は、先輩が大好きだ。だけど、この気持ちを恋愛感情なんて、不確かで不純なものとは思わない。この気持ちは、一種の信仰心。僕は、天使先輩を、崇拝している。

 

「さあ行くぞ、鞍馬君! ミョンミョン!」

「はい先輩! ミョンミョンミョン!」

 

 

 

 

 

〇▼〇

 

 

 

 

 

「見たまえ、鞍馬君!」

 

 そう言いながら天使先輩が部室に入って来た時、僕は備品の「月の石」を磨いていた。

 

「どうしました、先輩?」

「ほら、コレ!」

 

 いつも以上に上機嫌な先輩は、ごそごそと鞄から何やら小物を取り出した。先輩の手のひらの上で、筒状のものがキラリと光っている。

 

「これは……望遠鏡ですか?」

「その通り。だけど、コレはただの望遠鏡じゃない。なんと、『未来の自分が見える望遠鏡』なんだ!」

「未来の自分、ですか?」

「そうだとも! 興味深いとは思わないかね?」

 

 先輩の言葉に、僕はじっと望遠鏡を見つめた。表面に先輩の好きそうなごちゃごちゃした装飾が付いている以外は、何の変哲もない望遠鏡にしか見えない。これが、どんな理屈で未来の自分なんてものを見せてくれるのか、さっぱり見当がつかなかった。

 

 だけど、目をキラキラさせている先輩に、僕が否と言えるはずもなかった。

 

「……非常に、興味深いです。少々、突拍子もない気もしますが。」

「はっはっは。オカルト探究の第一歩は、常識に囚われないことだよ!」

「なるほど、至言ですね。ちなみに、どちらで入手されたんですか?」

「昨日の帰りに、鞍馬君と別れた後、不思議なお婆さんから貰ったんだ。『今のあなたに必要なものだから』とね! やはり、私はオカルトを引き寄せる体質なのかもしれないな!」

「……」

 

 僕は頭を抱えた。先輩は少し、いや、かなり危機感が薄いところがある。普段は割と普通の女子高生並みの警戒心はあるのだが、オカルトが絡むといきなり幼女になってしまわれるのだ。そのために僕は、先輩とはいつも一緒に下校をして、周囲に目を光らせているのだが、分かれ道からのほんの数十メートルを狙われるとは予想外だった。

 

 僕は、鼻歌を歌いながら望遠鏡をクルクル回している先輩に言った。

 

「……今日から、先輩の家の前までお送りしてもよろしいですか?」

「ふぇっ!? も、もちろん良いけど……あっ、何だったら部屋にもあがってく?」

「いえ、そこまでは。完全に、僕のわがままですので。」

「そ、そう? 私は歓迎するけどなー……」

 

 先輩の鼻歌は、先ほどより上ずって聞こえた。少しだけ気まずい空気を払拭するように、僕は口を開いた。

 

「それで、望遠鏡から、未来の先輩は見えたのですか?」

「あっ、いや、実はね。まだ試してはいないんだ。流石にちょっと怖くてさ……。でも、部室なら鞍馬君がいるし、何があっても安心だね。」

「それは……光栄です、先輩。」

「よし、じゃあ早速、覗いてみようじゃないか。」

 

 不意打ちに僕が胸を抑えている横で、先輩は望遠鏡をいじくりだした。

 

「この横のダイヤルで、何年後の未来を見るか選択できるみたいだ。最大で十年後だね。」

「割とおおざっぱですね。」

「まあ、このくらいの方がオカルトらしくていいじゃないか。えーっと、ダイヤルを回した人の未来が見えるとお婆さんは言っていたな。よし、まずは三年後の私を覗いてみようか。」

「ちょ、ちょっと待ってください」

 

 ダイヤルを合わせ、覗こうとした先輩を、咄嗟に僕は制した。

 

「危険です、先輩。まずは、僕が試しに覗かせてもらいます。」

「えー! 私が最初に覗きたいのにー。」

「お願いします、先輩。万が一があって、先輩の目に傷が付きでもしたら大変ですから。」

「あっ、そ、そういうことか。流石だ、鞍馬君。じゃあ、頼もうかな……」

「はい。任せてください。」

 

 聡明な先輩は、すぐに納得して双眼鏡を渡してくれた。ただ、それでも少し怒っていらっしゃるのか、顔が赤かった。僕は申し訳ない気持ちになりながらも、望遠鏡をのぞいた。

 

「うーん……」

「ど、どうだい鞍馬君? 何か見えるかい?」

「いえ。真っ暗ですね。どこか塞がっているんでしょうか。」

「えっ、本当かい?」

「ええ。どうぞ、ご覧になってみてください。」

「ありがとう。……うーん。本当に真っ暗だなあ。」

 

 先輩はそれから、望遠鏡を振ってみたり、目を凝らしてみたり、色々と試していたようだったが、突然声を上げた。

 

「あっ! 見えてきた!」

「本当ですか!?」

「ああ。どうやら、夜だったみたいだ。暗闇だから、真っ暗に見えたんだな。やっと目が慣れてきたぞ……」

「じゃ、じゃあ本当に三年後の先輩が……。」

 

 今更ながら僕の脳内を、「三年後の先輩」がじわじわと埋め尽くし始めていた。先輩は、一体どんな風になっているのだろう。髪は切るのか伸ばすのか、服の趣味は、性格は、しぐさは。何通りもの先輩が頭の中を駆け抜けては消えていく。どの先輩も可愛くて、美しくて、楽しくて、でも、僕の知らない、どこか遠い先輩だ。

 

 そんな先輩の隣に、僕は——。

 

「ああ、どこかの室内みたいだな。カーテンの隙間から、かすかに月明りが漏れてる。私と、誰かもう一人が、何かしているな。」

「! もう一人、ですか。」

「うん。こんな暗闇で、何をごそごそと……ん?」

「どうされました?」

 

 僕が、「もう一人」に自分でも驚くくらい動揺していると、何故か突然、先輩は固まったまま動かなくなってしまった。

 

「えっ、あの、これって」

「先輩? どうされました?」

 

 先輩は何かぶつぶつと呟きながら、プルプルと震えていた。その顔はじわじわと赤くなり、段々と震えが大きくなっていく。

 

「先輩、大丈夫ですか? 体調が悪いようでしたら保健室へ——」

「うわああああ! 私はこんなことしないー!!」

「ちょっと、先輩!?」

 

 奇声を挙げながら走り去ってしまった先輩に、僕はしばし呆然と立ち尽くしていた。そして、我に帰るや否や、先輩を追って走り出すのだった。

 

 なお、体力のない先輩に追いつくのは容易だった。その後は、何故か一切目を合わせてくれないどころか、口をきいてくれない先輩を、丁重に家までお送りするのだった。

 

「……送ってくれて、ありがとう。また、明日ね。」

「はい、先輩。また明日よろしくお願いします。」

 

 

 

 

 

〇▼〇

 

 

 

 

 

 次の日。オカルト研究部の部室は、珍しく沈黙で満たされていた。

 

「……」

「……」

 

 どこかもじもじして、目を合わせようとしない先輩と、そんな先輩の見たこともない様子に動揺して、何を話したらいいか分からなくなっている僕。二人の間のテーブルに、気まずさだけが積もっていく。

 

 やがて僕は、意を決して口を開いた。

 

「……先輩。」

「なっ、なんだい?」

「先輩の昨日からの態度の原因が、僕には分かりません。ですが、無理に聞き出すつもりもありません。ただ僕は、いつも通りの先輩に戻ってほしいと思っています。」

「……」

「そのために時間が必要なら待ちますし、力不足かもしれませんが、相談に乗ることだってできます。僕にできることなら、なんだってしますから。」

「……本当に?」

「はい。僕は先輩に嘘をつきません。」

「……うん。分かってた。」

 

 先輩の口調に、少しだけいつもの調子が戻ったのを感じて、僕は内心で胸をなでおろしていた。そんな僕の目を、先輩は何かを試すように、じっと見つめていた。

 

「じゃ、じゃあ。一つ、鞍馬君に質問したいことがあるんだけど……」

「質問ですか? 分かりました。何なりとどうぞ。」

「ありがとう。えーっと、その。」

 

 少しの逡巡の後、先輩は紅潮した顔で言った。

 

「鞍馬君は……『わんわんプレイ』についてどう思う?」

「えっ? わんわんプレイ?」

 

 あまりにも予想外の言葉に、僕はフリーズした。それから、頭の中で十回は同じ言葉を反芻したけれど、出力された言葉もまた、同じだった。

 

「わんわんプレイ……?」

「そう。わんわんプレイ。」

「わんわんプレイ……。」

 

 高校の部室内でするには、あまりにも不適切な会話だ。いや、一周回って適切なのだろうか。

 

 僕はほとんど無意識に息を吐くと、部室の天井を見つめた。だけど、当然そこにはいつもと変わらない殺風景な白色があるだけで、この状況に対処するためのヒントなんて書かれているはずもなかった。僕は頭を抱えた。

 

「……まずは、確認させてください。先輩の言う、その、それは、犬を楽しく散歩することだったりしますか? もちろんこの場合の犬は、正真正銘の犬、哺乳綱食肉目イヌ科イヌ属、学名Canis lupus familiarisのことですけど。」

「いや。鞍馬君も薄々分かっているだろう、それのことだよ。その、男女がする、アレ。」

「……なるほど。」

 

 何が「なるほど」なのかは、僕自身にも分からなかった。

 

 再び沈黙を挟んでから、僕は覚悟を決めて口を開いた。正直なところ、予想していたどの場合よりも、状況は悪い気がしていた。

 

「それで、その、わんわんプレイについてどう思うか、というご質問でしたね。」

「うん。率直なところを聞かせてほしい。」

「……愛があるなら、良いんじゃないでしょうか」

「愛」

「ええ。他人に迷惑をかけない限り、人は自由です。ですから、その……わんわんプレイをしたところで、第三者が何か言うのは筋違いでしょう。本人たちのやりたいようにすればいい、と僕は思います」

「なるほど。愛があればアリ、か」

 

 先輩は何かを噛み締めるように、うんうんと頷いた。先ほどとは打って変わって、なんだか先輩の方は、この話題にノリノリな様子だった。

 

「回答ありがとう。だけどね、君のそれは一般論だろう? 正確には、君自身の意見ではない」

「それは……そうかもしれません。」

「うん。私が聞きたいのは、()()()()どう思うかなのだよ。もっと直接的に言うならば……君は、わんわんプレイをしたいかな?」

「……僕が、したいか。」

 

 先輩はずいと体を乗り出して、僕の目を見つめた。その瞳は、オカルトが関わった時と同じように、強い関心で輝いていた。そんな先輩に応えたい、その思いだけが、恥ずかしさで逃げ出したい僕の内心を抑えていた。

 

 クラスメイトからこんな質問をされたら、きっと適当に躱して終わりだろう。だけど、天使先輩を崇拝する僕に、そんな不誠実な真似ができるはずもなかった。

 

「……少しだけ、時間を下さいませんか。」

「うん、大丈夫だよ。」

 

 だから僕は、真剣に考えた。わんわんプレイについて。それは多分僕が初めて、わんわんプレイと真正面から向き合った瞬間だった。首輪、リード、仮初の主従関係……それらが僕の頭の中を瞬いては消えていった。

 

 やがて考えをまとめた僕は、先輩の目をまっすぐ見て言った。

 

「お待たせして、すみません。お答えします。」

「いや、かまわないさ。無茶な質問をしている自覚はあるよ。それで、どうだい?」

「……したい、と思います。ですが今の僕には、それが本心からなのか、それとも思春期の旺盛な性欲が見せるまやかしなのか、正直分かりません。でも、一つだけ言えることがあります」

「なんだい?」

「するなら、好きな人とします。僕は、好きでもない人とわんわんプレイに耽ったりはしません。これだけは確かです」

「ふ、ふーん……好きな人、ねえ。そっかそっか。」

 

 僕の回答に、先輩は小さく頷きながら、一応は納得したというように立ち上がった。そして、棚のクリスタルドクロを叩いて、オカルト雑誌『マー』をパラパラ捲って、鉢植えのマンドラゴラに水をやり始めた。その様子を僕は、戦々恐々としながら見守っていた。なぜなら、これは先輩が何かしら暴走する前触れだったからだ。僕の回答はまずかったのか、どう答えるのが正解だったのか、そんなことをグルグルと考えていた。

 

 そんな僕に、先輩は突然ピタリと止まると、紅潮した顔で言った。

 

「じゃあ、鞍馬君はシたいんだね!」

「えっ」

「首輪とリードは恥ずかしいけど……昨日ちょっと調べたら、ネットで買えるみたいだし。いつも真面目な君にしては意外だと思ったけど、よく考えたらアリかもしれないし!」

「せ、先輩! 落ち着いて下さい! 話が見えな——」

「だ、だって! 鞍馬君が私とわんわんプレイしたいって!」

「は」

 

 刹那。僕の脳裏に、ソレは雷のごとく飛来した。暗い部屋の中、耳と尻尾を付けた先輩が、僕に上目遣いでこちらを見つめている。四つん這いになった小柄な体から、熱く媚びるような声色で小さく「ご主人様……」と——。

 

「ぐはっ」

「く、鞍馬君!?」

 

 不埒な想像を咎めるように、僕の右手はひとりでに頬を捉えていた。信仰心のこもった良いパンチだった。おかげで目が覚めた。崇拝する天使先輩を、妄想でだって汚すわけにはいかないのだ。

 

「あり得ません。」

「うん?」

「僕は、絶対に先輩とわんわんプレイなんてしません! 絶対です! 先輩に首輪やリードを付けるなんて、あり得ませんから!」

「……えっ?」

 

 先輩が石になったかのように固まったけれど、僕にそれを気にしている余裕は無かった。今も気を抜けば、熱っぽい視線を向ける先輩の姿が——。

 

「考えるな僕。考えるな僕。考えるな僕。考えるな僕……」

「……じゃあ、あれは鞍馬君じゃなかった? というか鞍馬君は私と、したくないの? 私のこと嫌いなの? でも、前に聞いた時は私のこと好きだって言ってたし……」

 

 なにやらブツブツと呟き続ける先輩と、自分で自分の頬をはたき続ける僕。オカルト研究部の混沌は、夕暮れと共に深まっていくのだった。


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