記憶障害の発作を起こしたスルトが、ドクターを頼る話。
ソシャゲ苦手な私でも気づけば3ヶ月が経ち、好きなキャラもたくさん増えました。
二次創作から離れて久しいですが、せっかくハマってるんだからと拙いながらも楽しんで書いたので、読んでくれると嬉しいです。
供給足りてない人に刺さればいいな。
※このssはpixivさんにも投稿してます。
ここはロドス、高層の廊下。
オペレーターの部屋などもなく、グレーの合金に覆われた床と壁がずっと続く。
面格子の窓を覗けば、朝日を遠ざけるように雲海が広がっていた。ロドスに勤めるなら一度は感嘆する光景だが、今はどうでもいい。
ただ味気のない通路を走る。
定期的に天井を過ぎるナトリウムランプが途切れたころ、私は大きな両開き戸の前に立っていた。
「ドクター、いるか」
質問ではなく半ば確認のように、答えを待たず真鍮のハンドルを引く。
年季の入った扉が軋んだ。
「あぁ。いるけど……先に開けるのはやめてくれないか、スルト」
ペンを止め、山積みの書類の向こうから私に苦笑いを見せるのはロドスの最高指揮官、ドクターだ。
「べつに、あんたも分かってるだろう」
「そういうことじゃなくてだな」
もしアーミヤが見てたらとか、肩をすくめて色々言っているが知らん。
私はどこぞのシャチと違って、平時はノックしてから開けている。
構わずに扉を閉め、後ろ手に鍵をかけた。
外の雑音は消え去り、ドクターが紙をめくる音が聞こえる。
ここにいるのは私と彼だけだ。
「スルト?」
ドクターが一直線に私を見つめてくる。
それは普段閉めない鍵のことか、あるいはこんな朝の四時に訪ねてきたことの咎めか。
否、そのどちらでもない。
「……すこし時間あるか?」
そう訊くと、彼は察しがついていたのだろう。
椅子から立ち、両手を広げて答えた。
「いいよ。おいで」
そしてドクターがそばのソファに腰掛ける。
私は吸い込まれるように、横に座り込んだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
今から半年前、秘書になって1週間。
あれはドクターの前では初めての発作だった。
症状なら何度も経験しているし、ロドスに入職後も医療部門には世話になっているが、最近は何もないからと少し油断していたんだろう。
昨日と変わりなく秘書業務の勉強のはずだった。
夕方。
まだ慣れない書類整理を終えて、食べたアイスの棒を捨てる。
そしてドクターのデスクに書類の山を分けた、その時。
「うっ」
拍動。そして視界が揺れた。
一瞬足元がフラつくが、手でバランスを取ってなんとか転けずに済む。
これくらいならまだ、なんとかなるだろう。
そう高を括った私はドクターからの呼びかけにも適当に返し、平然を装う。
彼に迷惑はかけまいとして……そう、秘書に任命された日に
「自分のことも自分でやれないのか」
なんて言ってしまったものだから。
なおさら仕事の邪魔はできないと、助けを求めずにひとりでソファに戻ろうとした。
それがいけなかった。
「どうして火山にソファが……」
ふと口をついて出た意味不明な疑問。
もちろんここは火山などではなく、ドクターの執務室だ。
しかし脳裏には、ドロドロの溶岩に焼かれる人間たちの叫びが強烈にフラッシュバックする。
記憶のなかの光景と、執務室が重なる。
「何これ? ……あ」
途端に、無数の記憶が奔流となって押し寄せる。
思わず頭を抱えてうずくまると、いつの間にかドクターがそばにいた。
私を支えるようにして横に立つ。
「スルト。今どこにいるか分かるか?」
「私は」
答えようとしたが、言葉が出なかった。
私はどこにいる?
いま何をしている?
混濁した記憶のせいで、処理が追いつかなかった。
「手、貸してくれるか」
そう言ってドクターが私の手を取る。
ゆっくりソファに戻ると、なにやら冷たいものを持たされた。
「君はスルトで、私はロドスのドクターだ。それは分かるか」
「スルト、ドクター……あぁ」
「大丈夫だな? 手元が冷たいのは分かるな」
「それは、わかる」
ドクターは頷いて続けた。
「スルトはここ、ロドスのオペレーターだ」
「さっきまで君は好物のアイスを食べながら、私と一緒に仕事していた」
「今持たせたのは、君が前に好きと言っていたバニラアイスだ」
スルトは私の名前。
ロドスはこのドクターが勤める製薬会社で、私もオペレーターとして働いている。
そして私はアイスが好き。
「それ、食べながら聞いてくれていいぞ」
「……わかった」
言われたとおりにアイスを口に運ぶと、濃厚なバニラの風味が鼻に抜ける。
この味は覚えている──そう、前に好きと言っていたというのはこれのことだ。
龍門までふたりで買いに行ったし、なんなら私はさっきもこれを食べていた。
そうして一本ずつ、記憶の糸を編んでいく。
ドクターと一通りのことをさらうと、彼は苦しいのか少しだけマスクを緩めて息をついた。
「ここまで分かったか」
「……うん」
よしよし、とドクターが呟く。
「君は他でもないスルトだ」
「チェルノボーグで私達と出会い、仲間として生きてきて、いま私と話しているのは全てこの君自身だ」
アイスを持ってない右手を、彼の両手で包まれる。
冷えたアイスと彼の体温、そして言葉が、まとまりのない私を輪郭づける。
そうだ……。そうだったな。
私は黙って顔を上げ、ドクターと目を合わせる。
顔はバイザーで隠れて見えないが、それでもまっすぐに私と向き合う眼差しは感じられる。
「ドクター」
「あぁ」
だんだんと他の、私ではない私の記憶が薄れていく。
この部屋の本棚やソファ、ローテーブルに散らばった書類が目につく。
溶岩に灼かれる人間も、大きな剣に貫かれる獣も、ここにはいない。
ようやく記憶が、この私に追いついてきた。
「……すまない、あんたの仕事を止めさせて」
まだ全てを振り切れてはいないが、まとわりつく無数の記憶はかなりマシになった。いつもよりずっと早く回復できた。
しかし自分のことは心配するな、なんて態度を取りながらこれだ。
恥だし申し訳ないと思うのは当然だった。
「なにを。これも私の仕事のうちだ」
だが、ドクターは笑って答えた。
「大事なオペレーターなんだ。初めこそ少しは驚いたが、記憶障害については医療部門から聞いていたから分かった」
だから悪いと思うな。
そう言って、右手をさらにしっかりと握られる。
「で、アイスは美味しいか?」
「……うまいに決まってるだろう。あんたと買いに行って正解だった」
それは良かったとドクターが分かりやすく笑う。本当によく笑う男だ。
最後の一口を飲み込み、ほとんど露わになった木の棒に視線を移して、私は彼に礼を述べた。
「ありがとう、ドクター」
「……珍しいな、俺のことをドクターとは」
「なんだ。いつもの呼び方じゃ礼にならないだろ」
「べつに気にしなくても構わんが……ともあれ君が楽になれたようでよかったよ」
そうやって彼もまた、カップアイスにスプーンを立てる。
というか素の一人称、私じゃなくて俺なのか……なんて関係ないことを考えながら、いつのまにかそんな余裕を取り戻せたことに気がついた。
ふと彼のアイスに目をやれば、それは以前に私が勧めた新作で。
「……フン」
「どうした、スルト?」
「なんでもない」
私の頼れる人間が、ひとりに増えた日だった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「なぁ、あんた」
半年前のあの日を思い出しながら、横に座っているドクターに喋りかける。
「ん?」
「今度は私のお気に入りの店に連れていってやる」
「ほんとか」
彼は声を輝かせた。
「あぁ。ずっと通ってるが、誰かと行くのは初めてなんだ。期待しておけよ」
「君が言うならよほど美味しいんだな。約束しよう」
当然だ。
そう返して彼に向き直る。
「それと、今日も助かった。感謝する、ドクター」
というのは発作のことだ。
あれからドクターは、記憶障害で悩んだり医療部門を頼れないことがあったりすれば私のところに来いと言ってくれた。
今日は夜中にふと目が覚めて、真っ暗な部屋を見たら発作が起きそうになったから来たところだった。
どんな小さなことでもいいという、それは同じく記憶に悩み苦しんでいるドクターなりの気遣いなんだろう。
「どういたしまして。もう大丈夫か」
「あぁ、おかげで楽になったよ」
「なら良かった」
彼がアイスを食べ終わるのを待って、私は机に積まれた書類を見る。
「この調子だともう一睡もしてないな?」
「……そうだな」
よく見れば、雑に開けられた理性回復剤の箱が書類で隠すように置かれている。
まったく、この男は人の心配をするのに自分のことは労らないのか。
まさに医者の不摂生というやつだ。
「こんな時間に起きているだろうと訪ねる私も私だが、あんたは頑張りすぎだ。私も手伝うからすこし休め」
そう言って私は立ち上がる。
食べ終わったアイスの棒を捨てて、書類の束を取った。
「それは助かる。だがまだ休むわけにはいかないんだ」
「じゃあさっさと終わらせるぞ。それと明日は休みを取れ」
同様に書類を仕分けはじめたドクターが、そんな急に言われても、と頭を掻く。
ケルシーがなんだの、アーミヤから許可が降りないだのと。
他のやつがどう言うかなんて、今はどうでもいいだろう。
「……アイス、約束してくれるんだろ」
「え、明日行くのか?」
間抜けな声だ。
「嫌なのか」
「そんなことはない」
「じゃあいいだろ。今日頑張ったら休むんだ」
ドクターは少し考えこんで、
「まぁなんとかするか」
と両頬を叩いた。
そうだ、それでいい。
「まったく、あんたは賢いのか馬鹿なのか分からないな」
「なんでそうなる」
「……フン、自分で考えろ。すぐに聞くな」
「そういえばご法度だったな。すまんすまん」
そんなことを言い合いながら二人で机に向かった。
太陽はすっかり昇り、いつも通りの時報と艦内アナウンスが流れる。
今日もまた、ドクターとの仕事が始まる。
読んでくれてありがとうございました。
次はスカジにしようかな。気が向いたら書きます。