帰還に失敗した堕ちた英雄がオラリオに行くのは間違っているだろうか? 作:匿名希望
「ん、ふぅ……!」
「んん?」
「起きたか、ベル」
「ナニヲシテイラッシャルンデスカ」
「撫でてる」
膝の上に寝転がらせた春姫の耳と尻尾を触る柊。
柊の膝に乗る春姫の豊満な胸が形を変えるが、嘘みたいだろこいつ耳と尻尾にしか興味ねえんだぜ?
「…………っ」
柊に耳の裏を撫でられピクンと震える春姫。ベルはなんだかイケナイモノを見てしまったかのような気持ちになる。
「お、大人だ…………!」
これが、歓楽街。
ちげえよと突っ込むものはここにはいない。
「柊さんは、昔狐を飼ってたんですか?」
「ああ、あっちの方がふわふわだが、毛の滑らかさはこっちが上だな」
そこ毛はありませんけど、と春姫の喉を撫でる柊に言いそうになった言葉を飲み込むベル。
春姫は気持ちよさそうに尻尾を振ってるから良いのかな………………良いのかな?
「クラネル様は、柊様とは昔からの……んぅ………知り合いなのですか?」
「え、あ………はい。と言っても生まれは違うんですけど………」
柊はある日ゴブリンに襲われているベルを助け、その御礼に住み着いた。もちろん柊は根が真面目なのでベルを助けたことにたいしてあくまで一宿一飯しか受け取らず、その後祖父に色々頼まれていたが。
「柊さんはすごいんですよ! ゴブリンはもちろん、村に迷い込んだブラッドサウルスの群れをあっという間に!」
「まあまあ、よろしければ詳しく聞かせてもらえますか?」
「はい! 柊さんが村にいた頃だけの話で一晩は語れます!」
何せベルにとっては最も身近な英雄なのだ。
柊さんが
柊さんで
柊さんなら
柊さんゆえ
柊さんなので
延々語るベルに目をキラキラさせる春姫。因みにヘスティアに同じことをやった時は微笑ましそうに慈愛に満ちた目を向けていた。
リリやヴェルフに出会いを聞かれた時は2人がギブアップするまで語り続けていた。
クルルは嬉しそうに聞いてバッサバッサと翼を動かし尻尾をドスドス地面に叩きつけて興奮していた。
春姫は尻尾を振っている。
命? ヴェルフとリリがやめとけ、と止めた。
「特に最近なんて
「ああ、それなら私も観戦させていただきました」
「いいなぁ、僕は当事者だから…………後から見れたら良いのに」
柊が窓の外に耳を向け音で眺めていると慌てた様子で走り回るリリを発見した。ベル様とか言ってるから歓楽街で姿を消したベルを探しているのだろう。
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「じゃあ春姫さんも英雄譚が大好きなんですね!」
「はい。この店に来てからは、新しい物語にはもう会えないかと思っていたのですが柊様のご厚意で………」
そう言えば本棚の本は割と新しい。
聞けば窓の柵に結んであったリボンはお気に入りの客に対して『客を取らずにあなたを待つ』という意味があるらしい。
払いが良い客を抱えた遊女にのみ許される特権だ。
「沢山の物語の舞台となるオラリオには憧れていましたが、この場では新しい物語にはあえませんから………柊様には感謝です」
「オラリオに憧れていたということは、春姫さんはオラリオの出身ではないんですね」
「はい、私は極東の生まれです。柊様は、違うのですか?」
「生まれは極東とも呼ばれる場所だが幼少期から別の国に攫われた」
「え…………」
まあ皆殺しにしたが。とは言わないでおこう、ベルも春姫も楽しそうだし。
「その国の誰よりも強くなってやったがな」
これは本当。あの国にも強いやつが居ないわけでは無かったが、そいつ等が群れをなしても柊の方が強い。
というか人の為に戦えるやつが表立って戦い、その結果人々の思念により強化される特性上強者は柊視点で見ればまともか、他人を怯えさせるクソ野郎。
そしてまともな奴程柊相手に本気を出せないし、クソ野郎は人の命より自分の命を優先して背中を見せる。
全員が一致団結したら、流石の柊も装備融合を使わねば危なかっただろう。
「極東って、どんなところなんですか!?」
「海に囲まれた島国です。春には満開の桜、夏には蝉の声、秋には鮮やかな紅葉、そして冬には真っ白な雪が積もります」
「俺が父さんと母さんから聞いてたのと変わらんな………」
名前の付け方だけではなく、気候も似ているらしい。実はそこが自分の故郷だったりするのだろうか?
いや、両親曰く柊の生まれた世界にはエルフも獣人も妖精も居ない。
「あまりお屋敷から出してもらえませんでしたが、お庭には四季折々の草木が植えられておりましたので、そのお庭を見て回るのが私の密かな楽しみでした」
お屋敷………やはりいいところの育ちなのだろうか?
なんというか、所作の一つ一つが洗練されていて綺麗というか萎縮してしまうというか。滲み出る高貴さが隠せて──
柊が血だらけで走り回るガマガエルをその並外れた四感で体の脂肪の
頭を撫でられ気持ちよさそうにうっとりとした表情を浮かべた。
こう……き………こ、こう……こうき? 好奇………工期?
何か作ってたっけ?
うん、なんというか、あの顔を見て嗚呼やっぱりこの人は娼婦なんだな、と思った。
なお娼婦のやることじゃねえと突っ込む者はここにはいない。まあ見ようによっては娼婦との
「春姫さんは貴族
「はい。父は朝廷で高い地位のお役職を頂いております。幼い私は沢山のお手伝いの方にお世話になっておりました」
しかし5年前、勘当された。
神に献上するはずの神前の食材を春姫が食べてしまったのだ。手打ちにすると怒りに震える春姫の父を宥めたのは
初めて訪れた時から大層春姫を気に入っていたらしい。
ついでに言うと、春姫が食べてしまったと言うが春姫は寝て起きたらそんな事を言われて混乱した。しかし口元には食べ物がべったりついており………
「一寸法師かよ」
「一寸法師? 一千童子とは違うのですか?」
「ああ、小さい身を嘲笑われていた所を助けて職を与えてくれた姫に惚れ、手に入れるために自分が大切にしていた………ということにしたうちまきの米を口元につけ家から追い出され自分だけはついていくとか恩着せがましくついていき最終的には姫を手に入れたクソ野郎の物語だ」
母はこの話を初めて聞いた柊に「…………すごい顔するわね」と引き、以来語らなくなった。だが、声も顔も思い出せないのにこんな内容ばかりは覚えている。
因みに母曰く「私は原点派よ、シンデレラでは目玉を抉るわ」と言っていた。子供に聞かせるなよそんな話…………。
「それは………いや、確かに僕もその商人が怪しいと思いますけど」
「え? え?」
「春姫さん、疑わなかったんですか?」
「狐は人に懐くと人にすり寄るからな」
「そんな野生を忘れた狐みたいに…………」
とはいえ、娘の言葉も聞かずあっさり商人に渡されたあたり、父親も春姫が嫌いだったのだろう。
「あれ、でもその人が春姫さんを好きだったならなんで歓楽街に……」
「え、えっと………それで私は、その方に連れられる道中モンスターに襲われ、盗賊の方に助けられ…………オラリオで歓楽街に売られたのです」
「え、売られ………え!?」
別段珍しい話でもない。アルミアも借金返済に当てられ売られた身だ。
「そんな、人を売るなんて………!」
「クラネル様はお優しいのですね。確かに売られた時は不安でしたが、島国育ちなので大陸には憧れていましたし………皆さんも良くしてくださいます」
姉女郎やアマゾネスのアイシャ達……それに、イシュタルも自分を必要だと言ってくれた。
柊はイシュタルの姿など知らぬが集めた情報から、常に力を求めているのは解っている。そんな女神が欲しがる力………。
どっちにしろレベルを2〜3は落とさないとイシュタルの標的であろう【フレイヤ】の戦士達に蹂躙される程度だろう。
まさかその程度で勝てると思っているほど頭がお目出度いとは思えない。まだ秘策があるのだろうか?
ヘスティアが借金を返す日が遠くなるし、そもそもヘスティアは下界を楽しみに来ている。
もういっそ事故に見せかけて殺しておくか? でもまだ証拠がない。
記憶でも奪うか………神相手に精神操作は効かないか。酒を使えば別だが、あれは渡す気はない。
「春姫さんは、歓楽街から出たいと思わないんですか?」
「……そう、ですね………先程言った『一千童子』………鬼に囚われた姫を人より小さき身の武士が助け出すお話………」
「その姫のように、外の世界に連れ出して欲しい………そう思ったことは御座います。ですが、今となってはその物語を開くことも躊躇われます」
「………どうして」
「私は、娼婦ですから………」
あらゆる英雄譚において破滅の象徴。有名なのは『ビルガメスの冒険』に出てくる『淫蕩のバビロン』でしょうか、と儚げな笑みを浮かべる春姫。
「ハッ………」
と、柊が何故か鼻で笑い春姫がムッと頬を膨らませ睨む。
「何が『淫蕩のバビロン』だ、引き合いに出すのも憚られる」
「わ、私だって殿方を手玉にとるぐらい………」
「無理だろ。どうやるってんだ」
「………し、尻尾で…………」
あれ、春姫さんって娼婦じゃないの?
そんな不思議そうな目を向けるベル。視線に耐えられなくなった春姫は柊の背後に隠れた。
揺れる尻尾が見える。なるほど、誘惑される。うん、これは娼婦。
「と、とにかく娼婦たる私には救われる価値がないのです」
「そ、そんなこと! 救われるべきでないことなんて、絶対ありません!」
柊はあると思ってる。
「英雄は春姫さんみたいな人を絶対に見捨てません!」
見捨てない性格でも、見捨てる権利はあるだろうな、と柊は思う。
まあ柊は世話になった娼婦全員に一生かかっても使い切れない金を渡して救ってるんだが………。
因みに金に溺れて腐るようなら好きにしろと言ってある。
まあ、彼女達の性格からして、暫くの生活分しか受け取らないだろうが。残った分を好きに使えと、それが報酬だと言って素直に契約したあたりあの豚も同じことを考えていたのだろう。
「そろそろ刻限です、参りましょうお二人共」
「俺は普通に出ていくがな。別に追われてねえし」
と、柊は窓から出ていく。残され困惑するベルに、春姫はニッコリ微笑んだ。
「柊様によろしくお伝えください」
「あ、はい……」
ダイダロス通りに続く道で、春姫は頭を下げる。
本当にこのままでいいのか、そんな言葉が出かけるベルは、しかしその言葉を飲み込む。
何も出来やしない。彼女の現状を変える力がない。何をすれば良いのかもわからない。
何も言えないベルに、春姫は静かに微笑んだ。
ベルは逃げるようにその場から去った。
「言い忘れていたが」
「ひゃん!?」
柊が上から現れる。
空中通路の床……春姫から見れば天井に垂直に立っていた。
「彼奴はお人好しだから、あまり惑わすな」
と、何処か責めるような言葉。柊にそのような感情を向けられるのは初めてだ。
「彼奴はお前を救いたいと………違うな、救わなきゃなんて思ってやがる」
「それは、優しい方なのですね………」
「傲慢なだけだ。英雄が全て救えると思い込んでんのさ………だから、英雄を目指してる自分にもそれが出来るかもと頭の隅に過ぎらせる。何もかも救える英雄なんているかよ」
ましてや、と続けながら地面に降りる柊。
「もう直消えることを受け入れるどころか、むしろ望むような………救われる気の無いガキなんざ…………」
「…………なら」
と、春姫は問いかける。
駄目だ、巻き込むなと心の底で思いながらも、どうしてもその言葉が溢れてしまった。
「死にたくないと言えば、柊様は春姫を助けてくださるのですか…………?」
それはつまり、【イシュタル・ファミリア】を敵に回してくれということだ。そんなこと、言ってはならないのに。
「気分が乗ればな。今のお前は、乗らねえ」
「………それは、何よりです」
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その頃のベル。
「ここ、何処?」
迷子になっていた!