美少女の幼馴染が「好きな人が出来た」と言っていたので勝手に失恋してたら、実は好きな人が俺だった件について   作:水垣するめ

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幼馴染の好きな人

 

 夏休みの星が良く見える夜に、俺は幼馴染の古川晴海(ふるかわはるみ)に呼び出された。

 

「なんだよ、こんな遅くに……」

 

 せっかく漫画を読みながら夏休みの夜を満喫していたのに、メッセージで邪魔された俺、葉波蒼人(はなみあおと)は悪態をつきながらもスマホの画面を閉じ、ベッドから起き上がった。

 

「ちょっと外行ってくる」

 

 リビングにいた母親にそう告げる。

 

「あら、どうしたの?」

「晴海が聞いてほしいことがあるって言っててさ。タイヤ公園まで行ってくる」

「あらあら……そう。行ってらっしゃい」

 

 母親は何か思い当たったような顔で、意味ありげにそう言った。

 俺は理由が分からなかったので、それを特段気に止めることはなく、「んじゃ、行ってきます」と言い外へ出た。

 

「あっつ……」

 

 玄関の扉を開けると、夏特有の暑さとむわりとした湿気が多めの空気が肌に触れた。

 呼び出されたのは、近所の公園。

 よく晴海と他愛もないことを話す時に使う公園で、タイヤの遊具があることからタイヤ公園というあだ名がついている。

 

「ってか、ほんとに暑すぎる……」

 

 公園までの道を歩きながら、夏のしつこい暑さに俺はうんざりとした息を吐いた。

 

「無理だ、サイダー買おう」

 

 夏の暑さに両手を上げた俺は、公園に行く前に自販機へ寄り、冷たい飲み物を確保することに決めた。

 お金を入れて、ボタンを押す。

 ガゴン、という音と共にペットボトルが出てきた。

 シュワシュワと音を立てているそれを取り出し、公園へ向かおうとしたが。

 

「……あいつの分も買ってやるか」

 

 もう一本、晴海のためにサイダーを買ってやることにした。

 

 そしてまた歩き出す。

 すぐに公園についた。

 公園のベンチには亜麻色の髪のミディアムボブの少女が立っていた。暑いからか、部活のTシャツと短パンでかなりラフな格好をしていた。

 晴海だ。

 俺は近づいて手を上げる。

 

「よ」

「あ、アオ……」

「ん」

 

 俺はペットボトルを差し出した。

 晴海はそれを見て不思議そうに首を捻って聞いてきた。

 

「これなに?」

「俺の奢り」

「ほんと!? やったー!」

 

 奢りと聞いた瞬間、はしゃぐ晴海。

 

「お前、ほんと現金な奴だな……」

 

 そんな晴海に呆れながら、俺は晴海の横に腰を下ろした。

 

 ペットボトルの蓋を開けると、プシュ、と炭酸が抜ける音が鳴った。

 俺達はサイダーを飲んで、一息つく。

 

「それで、何の相談なんだ?」

「え?」

「え、じゃねぇよ。メッセージの文面見りゃ何か相談があるってまるわかりなんだよ。何年幼馴染やってると思ってんだ」

 

 晴海は見透かされていたことに照れ臭そうに笑った。

 

「アオは何でもお見通しだね。やっぱり幼馴染だ」

「まぁな」

「ねぇ、覚えてる? 小学校の私たちのが出会った時のこと」

「覚えてるよ。一年生の時、お前、一番最初の授業なのに教科書忘れて泣きかけてたよな。今でも思い出すよ」

 

 あの時、隣の席だった俺が机をくっつけて教科書を見せてやったのだ。

 晴海とはそれから小学校、中学校、高校と一緒で、もう十年近くこうやって隣にいる。

 幼馴染。親友。

 俺達の関係を表すならその言葉がぴったりだろう。

 晴海が隣にいるのは俺にとっては当たり前で、息をするように自然なことだった。

 

「ちょっ、それは……!」

 

 恥ずかしい過去を掘り返されて、晴海が焦ったようにわたわたと騒いだ。

 俺はそんな晴海の様子を見て笑みが零れた。

 

「ははっ」

「もー、なんでそんなこというの! ……でも、アオはいつだってそうやって私のことを助けてくれたよね」

「…………急になんだよ」

 

 いつもの溌剌とした性格に似合わず、湿っぽいことを言い始めた晴海に、俺は少し違和感を覚えた。

 俺の質問に、晴海は少し沈黙した後、夜空を見上げて、口を開いた。

 

「私ね、好きな人が出来たの」

「え?」

「だからさ、出来たの。好きな人」

 

 好きな人。

 

 耳の中でそのフレーズが反響した。

 

 ドクン、と心臓が跳ねた。

 なんで? 晴海に好きな人?

 

「ど、どういうことだよ」

「そのままの意味。好きな人が出来たんだよ。異性として」

「……え」

 

 俺は呆然とした。

 晴海に、好きな人が、出来た。

 

「だ、誰──」

 

 誰なんだよ、と言おうとして、口をつぐんだ。

 その人が誰かを知って、何になるのだろう。

 

「そ、っか、……おめでとう」

 

 俺はなんとか祝福の言葉を口にした。

 晴海は寂しそうに笑った。

 それが俺には別れを告げているように見えた。

 

「うん、ありがとね」

「……」

「今日はそれだけ言うつもりだったから。じゃあね」

 

 晴海はベンチから立ち上がった。

 そして口をつけただけのサイダーを持って、家まで帰っていった。

 俺はただそれを見送るだけだった。

 

 

「──い! おい! 蒼人!」

「え?」

「急にボーッとしてどうしたんだよ。お前なんか今日変だぞ」

「……ああ、いや、すまん」

 

 俺の前の席に座っている友人の久保哲也(くぼてつや)は、呆れたようなため息をついた。

 今はどうやら昼休み時間のようだ。

 朝登校してからの記憶が無い。

 いつの間にか時間が飛んでいたらしい。

 

「それで、お前聞いたか? 晴海ちゃんの話」

「は? 晴海の?」

「そうそう、最近晴海ちゃんが告白された──」

「はぁ!?」

 

 ガタン! と俺は机から身を乗り出して哲也の肩を掴んだ。

 

「うわ、蒼人!?」

「く、詳しく教えてくれ!」

「今教えるから! 落ち着けって!」

 

 哲也から引き剥がされ、席に座り直させられる。

 

「晴海ちゃん、同じ水泳部の仁川(にかわ)先輩から告白されたらしい。今、結構話題になってるぞ」

「それいつだ!?」

「昨日だけど」

「なっ!? なんであの人が!」

「明後日から夏休みだろ? 夏休みに入る前に彼女作りたかったんじゃねぇの?」

 

 俺は頭をグシャグシャとかきむしった。

 晴海の所属している水泳部は、正式には男女で別々の部活だが、どちらも人が少ないので一緒に練習することも多く、今や殆ど同じ部活として認識されている。

 そしてその仁川先輩は水泳部に属しており、同時に学校一番のイケメンとしても知られていた。

 しかし、俺が一番ショックを受けたのはそこではない。

 

「そりゃお前、晴海ちゃん可愛いし。めっちゃ元気で性格良いし当然だろ。はぁ、あんないい子がお前の幼馴染なんて信じられないよ」

 

 哲也はため息を吐いたが、俺も信じられなかった。

 

「ってか、お前知らされてなかったの?」

「……………ああ」

「…………そっか、なんか、ごめん」

 

 そう、ショックだったのは学校一といわれるイケメンに告白されたことではない。いや、それも確かにショックなのだが、本当にショックなのは、晴海から告白されたことを聞いていなかったことだ。

 

 幼馴染でも、所詮は他人だったのだろうか。

 

「……ちょっと屋上行ってくる」

「俺も──」

「哲也、ありがとな。けど、ちょっと空気が吸いたいだけだから」

「……はぁ、わかったよ」

 

 哲也は気を遣ってくれたが、俺はどうしても一人になりたい気分だったのでそれを固辞した。

 屋上の扉をガチャンと開け、俺は屋上へと足を踏み入れた。

 屋上には常に風が吹き、夏とはいえ暑さが気にならない。

 俺は屋上にごろんと寝転がった。

 屋上には、落ち込んだ時にくる。

 そして、こうして寝転がって空を見上げると、もやもやした気持ちも少しは晴れた気がした。

 

(晴海は付き合うんだろうか)

 

 俺はハッと気がついた。

 そうだ。昨日晴海は「好きな人が出来た」と言っていたのだ。

 このタイミングでそう言ったということは、当然もう二人は付き合って──

 

 俺の中で全て繋がった。

 ズキン。

 俺はそこまで考えて、心が痛んだ。

 

「何だよこれ……」

 

 なんでこんなに心が痛いんだ。

 晴海は幼馴染の筈なのに。

 別に恋人が出来たって関係無いはずだ。

 なのに心は痛い。

 なんでこんな──

 

 昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。

 それで思考は打ち切られ、俺は立ち上がった。

 

「…………はぁ」

 

 

 ブン!と大きな音を立ててバットが空振った。

 

「おい葉波! なんだ今の空振りは!」

 

 放課後、部活中。

 あの後、昼休みからもずっと調子が出なかった俺は、バッティングのために投げられたボールを空振ってしまった。そして運悪くちょうど顧問の蔭山先生に見られてしまったようだ。

 

「すいません!」

「ちょっと来い!」

 

 俺は帽子を脱いで顧問の元へと小走りで向かう。

 蔭山先生は厳しい先生だ。

 俺は怒鳴られるのを覚悟した。

 しかし、蔭山先生の声音は、思ったよりも厳しいものではなかった。

 それどころか、どこか気遣うような雰囲気まである。

 

「どうした、葉波。お前らしくないな。何かあったのか?」

「……すみません」

 

 本調子じゃない理由は自分でも分かっていたが、どう説明していいのか分からず、ただ謝った。

 

「恋愛か?」

「は?」

 

 蔭山先生から予想していなかった言葉が飛び出したので、俺はつい聞き返してしまった。

 そしてすぐに理解すると否定しようとした。

 

「いや、あの……」

「隠そうとしなくていい。顔にでかでかと書いてあるからな。先生もそんな時があった」

「は、はぁ……」

 

 顎を撫でながらうんうんと頷かれた。別に俺の恋愛話ではないのだが、適当に話を合わせておく。

 

「こんな時に練習に身は入らないだろう」

 

(これは、もしかして、今日は帰らせてくれるのか?)

 

 俺は少しテンションがあがった。

 確かにもう今日は練習に身が入る気がしないし、心の整理もつけたいのでこのまま帰りたい。

 俺は急に親切になった蔭山先生に尊敬の念を抱こうとして──

 

「よし、取り敢えずグラウンド百周走ってこい」

「え!?」

「こういう時は走るのが一番なんだ。いいから走ってこい」

 

 有無を言わさずランニングへと向かわされる。

 

(いつもの練習よりキツくなってんじゃねぇか!)

 

 さっきまでの尊敬の念を俺は撤回した。

 グラウンドを走っていると、野球部の面々から野次を飛ばされた。

 哲也も混じって笑っている。

 

「おい、アイツ走らされてんぞ!」

「何やらかしたんだ〜!」

「もっとスピードあげろ〜!」

 

「うるせぇ!」

 

 結局、部活終了まで俺は走り続けた。

 五十周へと突入したところだった。

 体は疲れ果てていてが、ずっとあったもやもやしていた気分は不思議と晴れていた。

 確かにこういう時は走るのが一番だ、と納得させられた。

 

 そして片付けを終え、制服に着替えた俺は部活仲間と別れ、正門前まで向かった。

 正門前まで来て俺ははた、と気づいた。

 正門前まで来たのはいつも晴海と帰っていたからだ。

 けど、今晴海は──

 

 しん、と心が冷たくなるのを感じた。

 

「…………帰るか」

 

 俺は踵を返し、一人で帰り始めた。

 もうすっかり暗くなっている道を、一言も発することなく俺は黙々と歩く。

 いつもなら、晴海が部活であったことなどをとめどなく話して、俺はそれに相槌を打っていた。

 だからか、余計に寂しく感じられた。

 

「ちょっとちょっとー!」

 

 急に後ろから大声が聞こえた。

 振り返ると、晴海が俺に手を振りながら走ってきているところだった。

 俺のところまでくると、膝に手をついて息を整えて、少し怒った表情で俺を見た。

 

「なんで何も言わずに先に帰っちゃうの! いつも一緒に帰ってたじゃん!」

 

 何も言わずに、という言葉に、俺は少しイラッとした。

 俺は晴海から目を逸して応える。

 

「……別に関係ないだろ。早く帰りたかっただけだ」

「いや、関係無いわけないじゃん! だって私たち幼馴染なんだよ?」

 

 ぷちん、と頭の中で何かが切れた。

 関係無い?

 お前だって俺に何にも言ってないじゃないか。

 

 幼馴染なら、なんで仁川先輩のこと言ってくれないんだよ。

 

「…………何がだよ」

「え?」

 

 ハッ、と俺は笑う。

 

「仁川先輩に告白されたんだろ?」

「っ! ……それ、は」

 

 晴海はビクッ! と身体を竦ませ後ずさる。

 その動きに合わせて亜麻色の髪が揺れた。

 

「なんで俺には何も言ってくれないんだ? 幼馴染なんだろ?」

 

 晴海は答えない。

 

 心はどんどんと冷えていく。

 これが悲しいという感情なのだろうか。

 

「………俺って、その程度か?」

 

 その呟きは、晴海へというより、最早自分に向けたものだった。

 

「っ、違う! そんなことない! アオは──」

 

 さっきから俯いている俺は、もう晴海がどんな顔をしているのかも分からない。

 晴海の前にいるのが辛い。

 俺は早く帰ろうと、別れの言葉をねじ込んだ。

 

「……ごめん、もう帰るわ」

 

 最後にひねり出した言葉は夏だというのに、寒々しく響いた。

 俺は振り返り歩き始めた。

 後ろから晴海が「アオ!」と呼ぶ声が聞こえたが、俺は振り向かない。

 

「…………」

 

 歩調はどんどんと速くなっていく。

 

「………………クソッ!」

 

 最低だ。

 完全に八つ当たりだった。

 俺は晴海の中で大きな存在だと勝手に思い込んで、思い上がって、そして筋違いの怒りを晴海にぶつけてしまった。

 

 無様で最低すぎる。

 

 自己嫌悪で口の中に苦味が広がっていく。

 それを噛み締めて俺は家へと帰った。

 

 

「なぁ、昨日より顔色が酷くなってないか……?」

「……ちょっとな」

「何でそんなことになったんだよ」

 

 机に突っ伏しながら答えると、哲也は呆れたようにため息をついた。

 今は終業式を終えてHRの前の時間だ。

 

「お前、晴海ちゃんと喧嘩したの?」

「……」

 

 いきなり核心をつかれて俺は黙った。

 哲也はその反応を見て、信じられないとばかりに首を振った。

 

「はぁ!? ほんとに喧嘩したの?」

「……そうだよ」

「何やってんだよ……。どうせお前が何かしたんだろうけどさ……」

 

 哲也の俺に対しての酷い言い草に少しイラッとしたが、本当のことなので何も言い返せない。

 

 本当に酷いことをしたのだ。俺は。

 

「葉波くん、いる?」

 

 名前を呼ばれた。

 顔を上げて声の主の方を見た。

 

「…………っ!」

 

 教室の扉の前に仁川先輩がいた。

 ガタッ! と俺は思わず椅子から立ち上がった。

 仁川先輩は俺を見つけると、ニコリと笑いかける。

 余裕の態度だ。

 俺は扉の方まで向かう。

 話しかける声はついトゲトゲしくなった。

 

「…………何か用ですか」

「ちょっと話したいことがあるんだけどさ。HR終わったら中庭まで来てくれない?」

「話って?」

「古川さんについて、ちょっとね」

「……へぇ、分かりました。中庭ですね?」

「ああ、よろしく。それじゃ」

 

 仁川先輩は微笑を崩すことなく去っていった。

 

 そしてその後つつがなくHRも終わり、いよいよ夏休みに突入した。

 各々が友達と話し込んだり、部活の準備をしている中、俺は無言で教室から出た。

 

「待って!」

 

 いきなり手を掴まれた。

 振り返ると、手を掴んできたのは晴海だった。

 

「昨日のこと、ごめん」

「え?」

「私、アオに隠しごとしちゃったから」

 

 違う。

 それは違う。

 晴海は悪くない。

 悪いのは俺なのだ。

 昨日言った幼馴染だから隠しごとをするな、なんてのはただの俺のわがままでしか無い。

 

「違う、俺が悪かったんだ。幼馴染だからって、隠しごとするなってのは勝手すぎるのに、それを晴海に押し付けて……本当に最低だ……」

 

 言いながら、自分が情けなくて俺の視線は下へ下へと向かっていく。

 

「ちがう、ちがうのアオ……」

「違くない。だって──」

「ねぇ、なんで私の顔を見てくれないの?」

 

 ハッとして、顔を上げた。

 見上げた晴海の顔は、今にも泣きそうな表情になっていた。

 そうだ、俺、昨日から何回晴海の顔見てたっけ──?

 

「なんで私の話を聞いてくれないの」

 

 晴海は悲壮に顔を歪めて、涙を一粒溢した。

 息が詰まる。

 俺は今まで晴海に対して何を──。

 

 晴海が涙を浮かべた瞳で俺を睨みつける。

 

「アオなんてもう知らない!」

 

 晴海は駆け出した。

 

「待っ──!」

 

 俺は手を伸ばす。

 しかし今更晴海の手を掴もうとしても遅かった。

 駆け出した晴海は、その運動神経を活かしてもう廊下の向こう側まで行っていた。

 

 伸ばした手を下げる。

 廊下はしん、と静まり返って、孤独感を一層引き立てた。

 

「……」

 

 俺は仁川先輩の待つ中庭へと向かった。

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