美少女の幼馴染が「好きな人が出来た」と言っていたので勝手に失恋してたら、実は好きな人が俺だった件について   作:水垣するめ

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夏色サイダー!君が好き!

 ぐるぐると、困惑している。

 さっきの晴海の顔が頭から離れない。

 

 俺は歩きながら、さっきのことを思い出しては自己嫌悪に陥っていた。

 

 仁川先輩との約束の場所である中庭は人気は少なく、木々や草で周囲からの視線を遮れるのでこうした話をするときにはうってつけだった。

 中庭につくと、もう仁川先輩がいた。

 仁川先輩は変わらない微笑で、俺に手を上げる。

 

「やあ」

「どうも」

 

 俺は仁川先輩に対峙する。

 

「昨日から古川さんが落ち込んでるみたいなんだけど」

「え?」

 

 予想だにしていない話の切り口に、俺は一瞬何を言っているのだと思ったが、すぐに理解した。

 これは、言外に「俺の彼女に何かしたのか?」と問うたのだ。

 

 やっぱり晴海はこの人と──。

 頭が痛い。喉がカラカラに乾いている。

 

「君、何か彼女に言ったよね」

「……そうだとして、それが何か先輩に関係あるんすか?」

 

 せめてもの強がりで、俺はそう答える。

 

「あるに決まってるじゃん。俺は古川さんに告白したんだし」

「……っ!」

「じゃあ逆に聞くけど、君は関係ないの?」

「……俺は、関係無いですよ。ただの、幼馴染なんで……」

「へぇ、そうなんだ。とてもそうは見えないけど」

 

 あくまでも余裕ぶってそう言う仁川先輩に、俺は腹が立ってきて、つい声を荒げた。

 

「さっきから何なんですか! 何が目的なんです!」

「だから言ってるでしょ。古川さんのこと──」

「知りませんよ。彼氏なんだから、あんたの方が近いだろ! いちいち俺に聞かなくたって──!」

 

 なんでそんなことを聞くんだ。

 晴海と付き合ってるんだ。俺に聞くより本人に聞いてくれ。

 もう限界なんだ。

 俺を追い詰めないでくれ。

 

 そう願いを込めて俺は叫んだ。

 

 しかし、返ってきた返答は予想だにしないものだった。

 

「は? 何言ってるの? 俺、古川さんと付き合ってないけど」

 

「…………え?」

 

 俺はポカンとして声を上げた。

 

「だ、だって最近告白したって……」

「告白したけど振られたんだよ。別に告白したからって付き合ってるのとイコールじゃないでしょ」

「いや、でも、それじゃあ……」

 

 顔がサーッと青くなる。

 仁川先輩と晴海が付き合ってないのだとしたら。

 

「俺はなんてことを……」

 

 その言葉は後悔と共に口から零れ出た。

 仁川先輩も「知らなかったの?」と呆れ気味だ。

 

「好きな人が落ち込んでたんだ。原因に話を聞きたいと思うのは当然だろ? というか、それぐらい、させてくれ」

 

 自嘲気味にそう言う仁川先輩に俺は謝る。

 振られたのだとしたら、随分と俺は失礼なことを口にしていたことになる。

 

「す、すみません。俺知らずに──」

 

 しかし仁川先輩は手で制止する。

 

「やめてくれ、そんなことを言われる方が傷つくから。それより古川さんのこと、何とかしてよ」

 

 そう言われて俺はハッと思い出す。

 

(そうだ! 今すぐ晴海のところに行かないと……!)

 

「すみません! 先輩、俺晴海のところに行ってきます!」

「待って!」

 

 踵を返し駆け出そうとした俺に仁川先輩が叫ぶ。

 焦りながらも振り返る俺に、仁川先輩は「最後にさ」と言った。

 

「キミ、古川さんのこと好きなんだろ?」

「はぁっ!? そんな違っ──!」

「違うなら、さっきの顔は何なんだよ」

 

 つん、と冷たい声だった。

 俺は息を呑んだ。

 仁川先輩の表情はさっきまでの余裕そうな笑みとは違い、真剣だった。

 しかしすぐにフッと表情を緩めて、いつもの微笑へと戻った。

 

「もう自分でも気づいてるんだろ、古川さんのことが好きだって、さ。じゃなきゃ、あんな苦しそうな顔にはならないよ」

 

 先輩の言葉に俺は雷に打たれたように固まった。

 仁川先輩の言うとおりだった。

 

 そうだ。

 本当は気づいてる。

 必死に見ないフリをしてきたが、晴海のことでこんな気持ちになるのを恋と呼ぶことなんて、心のどこかでとっくの昔に分かっていた。

 

 それでも見えないフリをしてきたのは、関係が変わるのを恐れたから。

 晴海に拒絶されるのが怖かったからだ。

 

 拳を握りしめる。

 

 もう逃げるのはやめて、認めるんだ。

 

「……そうです」

 

 声を絞り出して、俺は認めた。

 仁川先輩は満足そうに頷く。

 

「うん。それだけ聞けたら満足。じゃあ、早く古川さんのところに行って」

「ありがとうございます」

 

 仁川先輩は余裕そうな笑みで手を振る。

 その余裕ぶった態度に、俺は最初とは違って感謝して駆け出した。

 

 

「ごめんなさい。私、好きな人がいるんです」

 

 振られた理由はそれだった。

 実はなんとなく振られるだろうな、と予想していたので、玉砕したのにどこか平静だった。

 自分の好きな人なんだ。その人の想い人なんて何となく分かる。

 彼女の好きな人とは、毎日二人で帰っている彼のことだろう。

 

 部活の時、何度も古川さんは彼のことを話していたので、幼馴染であることも、彼女に一番近い存在であることも知っていた。

 幼馴染で、親友で、ずっと一緒だったことを聞いた。

 

 学校の部活の一先輩如きが入る余地もない関係。

 

 想いを伝える前に、自分が失恋したのだと悟った。

 なぜ自分の立ち位置があそこじゃ無いのだろう、と何度も考えた。

 

 俺じゃ絶対に届かないなんて、分かっていた。

 

 なのに告白したのは、どうしようもなかったからだ。

 自分の好きという気持ちは誤魔化しようがない。

 

 だから、自分の気持ちにケジメをつけるために告白をした。

 予想通り振られて、どこか安堵した自分がいた。

 

 よかった。これでやっとあの眩しいほどの関係を見て、報われない想いに苦しまなくて済む、と。

 

 そうして自分の気持ちに整理をつけたはずなのに。

 その後すぐにその関係にヒビが入った。

 

 傷ついている彼女を見て、「今ならあそこに入り込めるんじゃないか」なんて考えた。

 俺が恋敵の彼にとって代われるんじゃないか、なんて夢を見た。

 

 けど、その涙が誰のために流れているのかを考えて、伸びた手はすぐに引っ込んだ。

 

 古川さんの元へと駆け出して行く彼を見送ると、振っていた手は行き場を無くして、下ろした。

 

「何とかしてよ。俺じゃ無理なんだからさ」

 

 君なら、伸ばせるはずなんだ。

 生憎俺じゃ届かなかったけど、君は誰よりも彼女の隣にいるんだから。

 

 そんなことを考えていると、途端に視界がボヤケた。

 

「やっぱり、キツイな……」

 

 いくら余裕ぶったって、失恋は辛い。

 せめてもの意地で後輩の前では何でもない様子を見せていたが、そんな虚勢ももう限界だった。

 

「早く次見つけないと」

 

 その呟きは、中庭に吹いた風が攫って行った。

 

 

 廊下を駆ける。

 

 冷房のついていない夏の廊下は暑く、五分も走り回っているとすぐに汗が出てくる。

 目的地は決まっている。

 こういう時、晴海のいそうな所は分かっている。

 

 ガチャン!と乱暴にドアノブを捻って、スチールか何だか分からない扉を開いた。

 

「晴海!」

「…………アオ?」

 

 晴海はプールサイドに座っていた。足をプールの水にちゃぷちゃぷとつけて、赤くなった目元を指で拭っていたところだった。

 俺は晴海の側まで歩いていって、プールサイドの側に立った。

 晴海は俺を見て驚いた表情になった。

 

「なんでここが──」

「当たり前だろ。幼馴染なんだから」

「アオ──」

「ごめん」

 

 俺は頭を下げた。

 誠心誠意謝る。

 

「ごめん、俺、晴海の話全然聞いてなかった。酷いことも言って晴海を傷つけた。本当に、ごめん」

 

 頭を下げたまま、晴海の反応を待つ。

 少し間があって、晴海が口を開いた。

 

「顔、上げて」

 

 俺は言われたとおりに顔を上げる。

 顔を上げると、晴海は俺の目の前に立っていた。

 そして晴海は俺のことを少しの間ジロっと睨んでいたが、フッと顔を崩した。

 

「許してあげる」

 

 イタズラっぽいその笑顔が可愛くて、俺はドキっとして顔が赤くなった。

 晴海のことが好きだと自覚した瞬間、晴海がとてつもなく可愛く見えてきた。

 プールに反射した光が、ちかちかとして、目を細めた。

 

「……私も、ごめん。二つ隠し事してた」

「え?」

 

 晴海に見惚れていて反応が遅れた。

 

「一つ目は、先輩のこと。告白されたこと、アオには隠してた。ごめんね」

「あ、いや、それは幼馴染だって知られたくないことだってあるだろうし、俺の方が──」

「違うの!」

 

 晴海が叫んだ。

 

「アオだから、隠し事したくなかったの!」

 

 俺はその言葉の意味を掴みきれなかった。

 

「な、なるほど……?」

「いや、その反応は分かってないじゃん」

 

 晴海が頬を膨らませて怒る。

 

「ご、ごめん」

「はぁ……いいよ。アオはいつもそんな感じだったし。──だから、私が踏み出そうって思ったし」

「え、なんて?」

「しらなーい」

 

 最後の部分が聞き取れなくて、俺は聞き返す。

 しかしツーンとした晴海にはぐらかされてしまった。

 そして晴海は「それでね」と言って真剣な表情へと戻った。

 

 頬は紅潮し、目は潤んでいた。

 

「二つ目は、私の好きな人のこと。この前、あんな言い方したけど私が好きなのは──」

「あー、晴海、待って」

「え?」

 

 真剣な表情で話し始めた晴海の言葉を遮ると、まさかここで遮られると思っていなかったのか、晴海がポカンとした表情になる。

 

「晴海が一つ言ったから、次は俺に言わせて」

「いや、アオ──」

 

 晴海の言葉を遮って俺は話し始めた。

 今言いかけていた晴海には申し訳ないが、晴海の好きな人を聞く前に、これはどうしても言っておきたかったのだ。

 

「晴海、好きだ」

「だからアオ、って──はぇ?」

「好きだ」

 

 お互い無言で数秒間見つめ合う。

 先に言葉を発したのは晴海の方だった。

 

「うそ……」

 

 晴海は信じられない、といった表情でふるふると首を振った。

 

「嘘じゃない、ほんとだ」

「うそ、うそうそうそ」

 

 俯いて口に手を当てた晴海は何度も首を振る。

 そしてふらふらとよろめいて、プールサイドに足を引っ掛けた。

 

「あ」

 

 晴海がそんな声を出しながら体勢を崩す。

 俺は晴海の腕を掴もうと手を伸ばした。

 ギリギリまで手を伸ばす。

 手を掴むことには成功した。

 しかし水でプールサイドが濡れていたせいだろう、俺も足を滑らせた。

 

 二人でプールへと落ちていく。

 水面はきらきらと反射して、小さな波がゆらゆらの揺らめいている。

 晴海と目が合った。

 びっくりして見開かれた瞳は水面と同じようにキラキラと輝いていた。

 

 スローモーションの世界の中、手をつないで二人は落ちていく。

 

 ばしゃん!と大きな音を立てて俺達は水の中に落ちた。

 青い水の中ををごぼごぼと泡が上っていく。

 それはシュワシュワと鳴る炭酸のようで。

 まるで、サイダーの中に落ちたみたいだった。

 

「ぷはっ!」

「げほっ、げほっ! 晴海! お前何して──」

「アオ!」

 

 俺がボーッとしてプールに落ちた晴海を、激しく咳込みながら叱ろうとすると、晴海が急に俺に抱きついてきた。

 

「は、晴海!?」

 

「すき!」

 

 晴海が大きな声で叫んだ。

 

「私も好き! アオが好き!」

 

 俺は呟く。

 

「…………うそだ」

「ほんとだよ。私アオが好きだもん」

 

 晴海も俺のことを好きだなんて、ちっとも予想していなかった。

 なので晴海の言葉が俄には信じられず、俺は頭を振る。

 

「うそだよ。だって──」

「ねぇ、また私のこと無視するの?」

「っ!」

 

 ハッと我に返った。

 そうだった。

 また晴海の話を聞かないまま自分で話を進めてしまうところだった。

 

「ごめん」

「いいよ」

 

 晴海はニコッと笑う。

 

「でも、じゃあ晴海の好きな人って俺なの?」

「え? そうだけど……他の誰だと思ってたの?」

「全然別の人を好きなんだと思ってた……」

「えぇーっ!?」

 

 晴海が叫ぶ。

 

「じゃあなんで告白してきたの!?」

「振られる前に告白しようと思って……」

「信じられんない! なんでそうなるの!」

「いや、だって、あんな顔しながら「好きな人が出来たの」って言ったら、俺じゃない別の人だと思うじゃん!」

「あれはアオがいつまでも私のこと異性として見てくれないから意識させようと思って言っただけで、そんな意味無いよ!」

「……じゃあ、全部勘違いだったってこと?」

 

 晴海は頷いた。

 なら、今までの俺が悩んでたことは、全部思い違いの取り越し苦労だったことになる。

 

 晴海は呆れたように頭に手を当てるとため息をつき、頭を振った。

 

「まさかここまで鈍いなんて……」

「う、ごめん……」

「はぁ……いいよ。アオがこれだけ鈍いから私から行動しよう、って思ったんだし。もう気にしない」

「ありがと──」

「だから、これからはそんなアオでも分かるようにガンガンいくからね」

 

 晴海が勝ち気な笑顔で俺を指差す。

 それに対して俺もニッと笑って答えた。

 

「ああ、よろしく頼むよ」

 

 遠くの空には入道雲が浮かんでいる。

 空はどこまでも青く、まるで海のように見えた。

 夏の暑さにうんざりすることもあるけれど、こうしてプールに入ればその暑さも忘れられる。

 

 こうして盛大な勘違いから始まったお話は幕を閉じた。

 しかし、まだ夏は終わらない。

 たった今、始まったばかりなのだ。




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