「チョコ食べる?」
────嗚呼、これは夢だ。在りし日の、今は遠き昔の思い出。
「ミルク味が良いです!!」
私の、藤丸立香の甘い初恋。彼はいつも大量のチョコレートを常備していて、私が部屋を訪れる度に食べさせてくれて。
けれど、私にとってチョコは彼と話すための口実で。何よりも大切な、かけがえのない二人きりの時間を過ごせる数少ない空間。
「えっ、美味しい!!!」
途中からは、チョコレートが美味しすぎて初めの目論見も薄れていっていたけれど。
彼を好きになったキッカケはひとつには絞れない。確かに言えることは、気付けば彼の姿を探していた。その時にはもう、私は彼に恋をしていた。
彼……怜さんは、私と同じ日本人で、カルデア職員の1人だった。
ドクターのような重役では無くて、ごく一般的な職員だった。ヘルスケアの観点から、ドクターの補佐役を務め、その他雑務が彼の仕事。
けれど彼の存在は皆が知るもので。特別愛想が良いとか、そういうことではなくて、けれど時折見せてくれる笑顔は周りを惹きつけるものを備えていて。
「特異点の修復が終わったら何時も俺の所来るけど、俺の部屋そんなに良いか?」
「えっ!?」
「別に何も無い部屋だし。まあチョコならあるけど。お前のサーヴァントに独占するなって怒られそうだよ。清姫とか」
「そ、そんなことはないと、思います……はず」
嘘だ。清姫ならやりかねない。というか殺りかねない。音もなく背後に忍び込んで丸焼きにしそうな予感が凄い。そう考えたら、怜さんの命の危険を感じたために四六時中隣にいなければ、と考え付き、ならお風呂も……と考えた辺りでぼふんっと顔が沸騰する熱を感じる。
「こわ……」と横で呟く怜さんの顔を見れない。
空調は完璧なはずのこの部屋で、それでも私の顔は猛暑日並に熱が籠っていて両手でパタパタと風を扇ぐ。
怜さんからの微妙な視線から逃げるようにチョコレートの包みを三つほど開いてから一気に口に放り込む。少し固い口溶け。蕩けるような舌触りではなくて少しざらついた、けれど不快では無い美味しいチョコレート。
ビターチョコを手に取ったはずなのに、何故か甘味を感じてしまう。
自然と綻ぶ頬。この空間でだけは、私は人類最後のマスターでは無くて、恋する女の子になれるから。
「もう五つも特異点を修復したんだろ? 凄いよ、立香は」
「そう……ですかね?」
「気難しいサーヴァントと縁を結んで力を貸してもらう。お前だから出来た偉業だよ。普通の魔術師じゃ逆に殺されて終わりだ」
怜さんの手を見る。
細く、けれどしっかりとしていて、整えられた爪がとても映える。
私の手なんかよりもよっぽど大きくて。その手の甲にはなんの痕もない、綺麗な手だった。
「尊敬してるよ」
「ぁ……ありがとう、ございます」
嗚呼。これは夢だ。その事実を再確認する。
彼の目線が私に向けられていて、言葉を掛けられて、表情を見せてくれて。
なんて幸せな夢なのだろうか。なんて残酷な夢なのだろうか。
「イシュタル」
いつから彼が私の名前を呼んでいると錯覚していたのか。
彼の瞳が私にだけ向けられていると思い込んでいたのだろうか。
────これは『みんな幸せのハッピーエンド』を迎える物語では無い。
どちらかが消え、どちらかが生存する殺し合い。
決して彼は私達側に与することは無く。
彼は彼の世界を、私は私達の世界を守り、取り戻すために戦うのだろう。
夢の景色が回る。
キャンバスに絵の具をぶちまけたようにぐちゃぐちゃなものになって。
「さぁ……根源を見せてやる」
熱を感じて、風を感じて、孤独を感じて、喪失感を得た。
巡り、廻り、また環る。
「俺はカルデアじゃない」
転々と景色が変わる。
今までの記憶。過去の再生。彼の温度を感じて、けれど視線は向けてくれない彼の姿。
さらに奥へ。彼から逃げるように奥へ、奥へ。
そうして辿り着いた終着地点は、なんてことは無い円卓だった。
顔の見えない誰かが座っている。円卓というものは私も知っているものだ。
けれど、それは私の知るものとはかけ離れたもので。
『グランドセイバー、此処に』
その剣は、星の輝きそのものだった。
『グランドランサー、此処に』
その槍は、何物よりも鋭く、紅い。
『グランドアーチャー、此処に』
その肉体は、万物を弾く鋼となった。
『グランドライダー、此処に』
その舟は、世界を運ぶ方舟となった。
『グランドアサシン、此処に』
その男/女には、顔が無い/有る。
『グランドキャスター、此処に』
その瞳は、万物万象を見通す神の瞳だった。
『グランドルーラー、此処に』
その剣は、世界を扇動する旗となった。
「────殲滅しろ」
円卓は平等でなくてはならない。
その根底を軽々と覆すかのように、彼は玉座の上から世界を滅する号令を呟く。
(嗚呼────)
そんな彼の視線は、もう……私に向けられることはなかった。
そして────────
大西洋異聞帯・オリュンポスにて。
「行け」
跡形もなく機体を破壊され、機能を停止した機神を背に、キリシュタリア・ヴォーダイムは人生においての最大級の警戒をその男へと向ける。
「何者だい……キミは」
従えたサーヴァントは既に座へと還っていた。全てが蹂躙された。
数ある異聞帯の中でも戦力という面においては頂点に近しい彼の異聞帯は一人の男と、彼に従う三騎のサーヴァントによって以前までの姿は消えてしまっていた。
計画の達成間近で突如乗り込んできた男に、キリシュタリアは問いを投げかけなければならなかった。
なればこそ、その男の返答は決まりきっていたのだろう。
「ただのマスターだ」
キリシュタリアが展開した魔術の全てが、その男が従える厳のようなサーヴァントの持つ弓で撃ち落とされる。
目を見張るキリシュタリア。彼の目を焼き焦がすかのような星の輝きが収束していく光景を目にして、キリシュタリアの意識は途絶えた。