今年のクラシック最終戦は、圧倒的なパフォーマンスを発揮したディープインパクトがまさに他のウマ娘を蹴散らす勢いで勝利し、ダービーと菊花賞、文句なしの二冠を達成した。
こうなると一部で「やはりダイナファントムとの激突を見たかった」と言われるのは致し方がないとしたものではあるのだが、しかしクラシック級でありながらシニア級混合の王道中距離GⅠたる秋天に挑むダイナファントムのことも、ファンたちは等しく期待を持って見ていた。
いや、むしろディープインパクトよりも一足早く、シニア勢との戦いに挑むダイナファントムのことは、まさしくこの世代が、或はダイナファントムとディープインパクトの二人が、同世代のみならずシニアのウマ娘たちとの間においても抜きん出た存在と称することができるかどうかの、一つの試金石であると見ていた。そう言う意味では、ディープインパクトの菊花賞の次週である府中二千メートル戦は、彼らファンにとっては等しく注目に値するレースでは、間違いなくあった。
何となれば、その年のこのレースに出走するウマ娘たちも、まさに綺羅星の如くのタレント揃いであったからだ。
前年の秋シニア三冠達成者、ダイナファントムとは別のルートでイギリスに遠征し、インターナショナルステークスで二着と好走して強さを見せたゼンノロブロイがいた。
そのゼンノロブロイを宝塚記念で撃破した、「お転婆娘」としてもファンたちから根強い人気を誇るティアラ路線のウマ娘、スイープトウショウもいる。
二年前のジャパンカップを、九バ身差というGⅠ最大着差タイとなる記録で逃げ切ってみせた古豪、タップダンスシチーもまた、捲土重来を期してやってきていた。
そこには脇役などほとんどいない。全員が主役たるほどの存在感を持って、ダイナファントムのことを迎え撃たんとしていたのである。
そして当週の木曜日、注目のウマ番が発表される。
ダイナファントムに割り当てられたのは、五枠九番*1である。十八人立ての中では丁度ど真ん中と、良くも悪くも普通の番号を引き当てていた。気になるのはタップダンスシチーだろうか。つまりダイナファントムよりも内枠の三枠六番で、はっきりとした逃げ、ともすればかのジャパンカップのような大逃げすらも演じることのできるそのウマ娘は、同じ逃げを使う彼女からすれば十二分の警戒を以て当たるべき相手であると言えた。
府中二千メートルという、スタート地点から二コーナーの入りまで百三十メートルほどしかないコース形状による圧倒的な内枠有利の環境も、その状況を後押ししていた。
ただ兎も角も、決まったことは決まったことである。配られたカードの中で勝負をせねばならないことは誰においても同じで、それは彼女たち競走ウマ娘にとっては、どこまでも当たり前のことであった。
その日のダイナファントムは、周りの誰もが気軽には触れ得ぬほどの気迫を周囲へと放っていた。
不遜だと、傲慢だと、そう余人は語るやもしれない。しかしそれは、今に至る彼女を取り巻く全てのものの、まさに結実としてそこにあった。
夏を越え、怪我を負った同室の友達に、シーザリオに、誓った。
菊花賞の日、見せつけるような鮮烈な勝ちぶりで二冠を飾った終生の好敵手に、バトンを渡された。
自分のことを目標だとまで言って、憧れだとまで言って、同じチームに自らのことを売り込んできた後輩に、恰好悪いところなど、見せられるはずもない。
何よりも自分が、ダイナファントムという個人が、海外帰りの初戦であるこのレースで、自らの存在をこの国の全てのファンの人たちに、刻み付けたいと考えていた。
日本のウマ娘レースにおける悲願を成し遂げた自分は、ウマ娘レースの故郷にて勝利を勝ち取った自分は、それが断じて偶然でも、適性によるものでもなく、実力によって成し遂げたものに相違ないのだと、だれが見ても分かる形で証を立てたかった。
それは己の中に宿る強い欲求であり、そして何としても成し遂げられねばならない、義務であるとすらも考えていた。
それほどの覚悟を以て、彼女はその日曜、十月最終週の週末に、この府中のレース場へとやってきていた。
ともすれば気負いとすらも言える、威圧感にも似た戦意を帯びているダイナファントムの存在が、府中二千メートル戦の出発地たるポケットの中、漂う空気を引き締める。
レースへの慣れが齎す、シニア級のウマ娘のある意味肩の力の抜けた雰囲気というのは、混合戦に見られる特色の一つではあるのだろう。それでもこの日ばかりは、はっきりとその青鹿毛の大柄なウマ娘が醸し出すひりついた気迫というものに、誰しもが影響されていた。負けん気がどこまでも強く、他のウマ娘の威圧には反射的とも言っていいほどの苛烈さで反発する気性であるスイープトウショウでさえも、その空気に当てられるかのように粛々と、自らに割り当てられた十四番の枠へと収まった。
天皇賞という名前は、シニアのウマ娘たちの中で古くよりその栄誉を伴って謳われ続けてきた。
春秋双方ともに二マイル戦として争われていたものが、秋の距離短縮によって、その位置づけは確かに変わった。
されど、いやだからこそ、王道の中距離戦としてこの距離のレースを勝ったという実績は、その後のウマ娘のキャリアに計り知れない価値を生むことになった。
故にこそ、負けられない。誰もが欲して、手を伸ばす。
大外十八番、重賞五勝の強豪たるバランスオブゲームがするりとゲートに納まって、秋シニア王道初戦、宿命の二分間たる秋の天皇賞は、今まさに始まりの時を迎える。
そして次の瞬間、ゲートが開かれたその時に――
『十八人、目指すはただ一帖の楯の栄誉! 天皇賞・秋、府中二千メートル小細工なし! ――今、スタートしました!』
彼女たち十八人のウマ娘の只中で、何かが
錯覚とは到底思えない。ゲートから飛び出したウマ娘たちが、一斉にその発生源を見る。
そこにあったのは、瞬く間に
当のダイナファントムの胸中は、まさしく無心というのが正しかった。
他のウマ娘のことなどどうでもいい。気にする必要もない。向き合うのはただ自分自身であり、そして自分自身がどれほどの走りを演じることができるのか、それだけが今の彼女の全てであった。
稽古、つまりトレセン学園の中のトレーニングにおいても、山元の調整場の時も、兎に角日本の野芝の感覚を取り戻すことには苦心した。あちらの芝で「土を掴んだ」感覚のままに進もうとすると、日本のコースでは上滑りする。その二つの摺り合わせをどう都合するかというのは、常に気にしなければいけないことであった。
しかしそれはいま、確かな結果となって表れている。
一完歩目で洋芝の路面の如くに土を掴み、二完歩目でそれを大きく蹴りつつも野芝の反発で大きく前に出て、三完歩目で十分に前傾になった身体がその加速の恩恵を受けつつも力強く推進する。結果、イギリスへの遠征の前よりも、ダイナファントムは明らかにその加速力とトップスピードに改善がみられていた。
しかしその結果は、尋常のものではない加速は、ダイナファントムの内心にほんの少しだけ焦りにも似た感情を生じさせた。
――これは速すぎる。自分自身の作り出したペースに相違はなくとも、どう考えてもそれは事実だった。
何となればその尋常でない加速によって後ろの何もかもを置き去りにしたダイナファントムが、そのまま一気に内に切れ込んでハナを取り切って向こう流しに入った丁度その頃合い、テンの三ハロンのタイムは、自らの肌感覚が正しければ三十四秒と少し、コンマ五ほどもかかっていないのだ。
二千メートル戦の入りとしては、それはいかにも速い。クラシックの一戦目で自分自身の出したテンのタイムは三十四秒七、恐らくそれから半秒ぐらいは速かった。
それは普通ならば、どこかで息を入れなければ確実に潰れてしまう、破滅逃げにも等しいペース配分だと言えた。ただ後ろも負けじと三バ身ほどの場所に食らいついてきている。ペースを下げることができるかは何とも言えないところだろう。
しかしそうであっても、その憂いというのは本当に一瞬のことであった。
なぜならばそれほどの異常なペースで走れば必然的に出てくるはずの息の乱れというのが、自らの中に全くと言っていいほどに見られなかったである。
それまでのダイナファントムは、トレセン学園の平坦な芝トラックコースで二千メートルを一杯で走って、一分五十七秒というのが概ね限度のタイムであった。つまり、一ハロン当たり十一秒七ということである。それはイギリス、というよりはシーザリオの帯同としてアメリカに渡る前、ディープインパクトにダービーで敗れた直後ぐらいに記録したタイムであった。
そして実はその後、イギリスから帰ってきてから凡そふた月ほどの時間が経過した今この時まで、トレセン学園のトラックで同条件のタイムを計ってはいなかった。何となればダイナファントムは自らの走りの感覚を野芝に再度適合させることの方により重きを置いていたからである。
故に彼女はどちらかといえば六ハロンの終い重点の追い方を好んでいたし、ならば福井トレーナーはどうかと言えば、彼女はむしろ新参の、そしてデビューの近いウマ娘たるフサイチパンドラの面倒をずっと見ざるを得なかった。結果として彼女は、その表情に申し訳なさは浮かべつつもダイナファントムに自主的な調整を依頼していた。つまり、ダイナファントムの本当の意味での現在地を改めて測るということは、チームの中の誰もがしては来なかったのである。
それははっきり言って、チームとしての方針決めのミスであったが、ただ何にせよそれまでのハロンタイムは十一秒コンマ七が限度で、それよりも一秒近く早い今のペースはオーバーもいいところのはずであった。だから本当であればこれほどの速さで三ハロンもの距離を駆ければ、必然的に息が乱れ始めて、ペースを落とさざるを得なくなるのは必定だ。
だというのに今のダイナファントムは、まだ一向に自らの息遣いに限界を感じない。肺も、頭も、身体のどこも、負担を感じることすらもなかった。
どういうことかと、彼女は今の自分の走りを不思議に思う。しかしすぐに、構わないかと考え直した。
それで走り切れるというのであれば、特に問題ということもないからである。ダイナファントムのすべきことには、何一つとして変わりはなかった。
ただし外野から今のダイナファントムの走りをしっかりと観察できるものがいれば、恐らくはこう言うであろう。
つまりダイナファントムの走法は、イギリスから帰ってくる前とあととで、やや変わっているのだ。洋芝で走った経験から、野芝の反発力のある路面でも地面を掴んで蹴る感覚を保ちつつ、それを正しく方向を揃えて行うことで、野芝の特性をも最大限に受けることができる。そういう走りに、彼女のフォームは変わっていた。
今の彼女は、それまでの「ストライド走法の中に一部ピッチの掻き込みを取り入れる」やり方から、「ピッチ走法でありながらストライド走法の如くに歩幅を大きくとる」ことができるように、その走りが進化していた。その結果が、この場に現れていた。
一向に落ちる気配のないペースを察知したか、後ろが付き合いきれないとばかりにペースを落とす。ただそれに構うことなく、そしてプレッシャーから解き放たれたダイナファントムは、リードをさらにさらに広げながらも悠々と先頭を行く。自らの背後から存在感が遠ざかっていくのを理解しつつも、巡航速度を落とすつもりは欠片もなかった。
そして、大欅の前、三コーナーの入り口、前半の千メートルを通過する。ダイナファントムたちが聞くことのできないスタンドのスピーカーを通して、場内にそのタイムがアナウンスされた。
『そろそろ第三コーナー前、前半千メートルを通過して――ご、五十七秒六!? 五十七秒六です! これは速い、これは速い! ダイナファントム、ここに来て
悲鳴すらも上がった。五十七秒六とは、トゥインクル・シリーズのファンの誰もが忘れることのできない一つの悲劇を想起させるタイムだ。
つまり七年前の十一月一日、一枠一番から大逃げを打った快速ウマ娘サイレンススズカが、大欅の手前、第三コーナーで発生した左脚の骨折から競走中止、そして競争能力喪失による引退を余儀なくされた因縁の天皇賞秋の千メートル通過タイムが五十七秒四であり、今回計時されたタイムというのはほとんどそれに近しかった。
それに続く二番手以降の集団は一団固まっていて、その先頭はダイナファントムにとっては共同通信杯以来となる対戦相手たるストーミーカフェであった。それをマークするように外目斜め後ろにタップダンスシチーがつける。ゼンノロブロイはやや離れた四番手五番手辺りを機を窺いながらじっくり進めていた。
しかしそれは、ダイナファントムから凡そ十五バ身は後ろのことである。つまりダイナファントムを除いた前半千メートルの通過タイムは一分丁度と、オーバーペースともいえるハイペースで飛ばすダイナファントムとミドルで進めるそれ以外という両極端な構図が、そこには映し出されていた。
後ろを二秒以上引き離しながら、ダイナファントムが大欅を通過する。スタンド前から隠れる形で大欅の陰に入った彼女の姿に少なくない観客が思わず息を呑んだが、しかしそれは全くの杞憂である。傍目には全く変わることのないペースで、ダイナファントムは元気に一人先頭を走っていた。
当のダイナファントムとしても、七年前に起こった悲劇のことを今この瞬間に思い出すことはない。それよりも、今の自分の脚の残り方の方が、よほどに大事であった。
彼女は自覚する。もはやずっとこのペースで走り通しで、殆ど息を入れる間もなかった以上、最後の三ハロンでスパートをかけるのはさすがに不可能である。
それでもバテて落ちてしまうということはない。今自らが刻んでいるペースとほぼ変わりないぐらいの上がりは出せるだろう。さらに言えばこのカーブを曲がりきるためにほんの少しだけ落としているペースの恩恵で、振り絞るようなスパートぐらいならば出せないわけではない、ともダイナファントムは自己分析していた。
カーブを曲がるついでに、ちらりと後ろを見る。足音がまるで聞こえない以上、距離関係を知るためにはそうするしかないのだ。そしてそれが、後続との距離を彼女に報せた。
目測で、恐らく十七、八バ身ほど。三、四コーナーの中間、凡そ残り八百メートル程度の場所で、それである。つまり彼女たちはこれからの残り四ハロンで、下手をすれば三秒もの距離を詰めなければダイナファントムを捉えることができないのだ。
つまりダイナファントムがハロン十一秒七刻み、三十五秒一で上がるならば三十二秒一を、もう少し早く、十一秒五刻みで三十四秒五を出せるならば、なんと三十一秒五もの脚を使わなければならない。
流石に後者ほどの二の脚を残せるほど、今のダイナファントムには余裕はない。それでも三十五秒はギリギリ割れるだけの末脚は残っている自負があった。それは何度も稽古で、そして実戦でレースを走った経験が物語る、足の疲労や息苦しさの程度に裏打ちされた感覚に他ならなかった。
つまりここからの一ハロン、第四コーナーを通る間に後ろはどれぐらい差を詰められるのかを勝負だと考えるはずだ。
そう考えた時に、いつかの感覚がよみがえった。
つまりそれは、ここで敢えてペースを落として差を詰めさせるのはどうか、という一つの「打診」である。
あのレース、イギリスのターフの上で感じた「内なる声」とその存在は、己の中のものとしてダイナファントムの認識に根付き始めていた。
「意思」というほどには確固たる実存を持たず、一方でその全てをダイナファントムというウマ娘に帰属させるのもまた難しい。それでも確かに自らに宿るものであるのだと、それは理屈ではない理解であった。
だからペースを落とし、後続に追走を強いて、それでもまたじわりとペースを上げながら彼女たちを引っ張りこみ、負担を強いながらもギリギリ追い縋らせたところを、根性と二の脚で一気に突き放せば勝てると、それが「勝ちパターン」だと、ずっと囁き続けていた。
自覚はある。クラシックの前哨戦、ディープインパクトとの二戦目の弥生賞、結果としては敗れたとはいえ、ダイナファントムは一度、明らかに脚色の違ったはずのディープインパクトを差し返している。アタマ差を、逆に抜かして半バ身差になるところにまで捲っているのだ。
それは間違いなくダイナファントムにとっては武器で、そしてあの時、ニューベリーレース場の最終直線において見た「景色」も、曰くの「領域」も、恐らくは自らのその性質に起因するものであるのだと、それもまた理由もなく直感していた。
確かに、有力な勝ち筋だ。いや、確実性を求めるならば、寧ろそうあるべきなのだろう。
されど、ダイナファントムはその提案に首を振る。
そうではない。そうではないのだ。今日はもう、そういうパターンに頼った勝ち方はしない。したくなかった。
なぜならその「声」とは別の場所にある何かが、必死に叫んでいるのだ。
今のこの走りこそが、ダイナファントムというウマ娘の証明であるのだと。
皐月賞で勝ち、ダービーで敗れ、自らの在り方を探しにイギリスにまで行って、そしてそこで勝利という結果を打ち立てた、己の身の証なのだ。経験の結実なのだと。
日本に戻ってきて、ディープインパクトとの再戦をすることなく、この東京レース場でシニア級のウマ娘に挑む自分は、それ故に幾つもの願いを、誓いを、思いを背負っているのだと。
誰かの思いを背負い、願いのバトンを繋いで、その上に自らの意思を強く立てて、その全てが調和した先にいる自分が、「ダイナファントム」が、そうであるが故に今全力で主張しようとしている。
――目に焼き付けろ! 私は、ダイナファントムは、今ここにいる!
その溢れ出るほどの想いは、もはやダイナファントムからペースダウンという選択肢を、完全に奪い去っていた。
四コーナーを回る。直線に入った。残りは五百二十五メートル、そして後続はまだカーブの中にいる。残り五百メートルの時点でも、まだダイナファントムのほかには直線入りしていない。しかしそこからほどなく、後ろの空気がざわめいたのを、微かにダイナファントムは感じる。
――仕掛けてきた。間違いなく。
この距離でそれを感じるのは、実にメイクデビューの時以来であった。あの時も終盤までこれほどの距離が離れていたのを、確かディープインパクトがダイナファントムよりも二秒速い末脚を炸裂させて追いついてきたのだったか。
こんな時にもあのウマ娘のことを思い出してしまうあたり、どうにも自分は彼女とは切っても切れない関係に相違ないなと、思わず苦笑する。
兎も角、彼女たちはダイナファントムとの差をどうにか詰めようと動き始めていた。ただそれは、あの時のディープインパクトほどの圧力ではない。確かにじりじりと後ろは距離を詰めてきてはいるのだろうが、そうであっても足音は殆ど聞こえない。まだ十バ身以上後ろにいることは、凡そ間違いがなかった。
それは多分に、このレースのペースによるものであるのは間違いないだろう。大逃げのような形でレースを引っ張ると、後ろはどうあがいてもミドル以上には遅くならないのだ。
何となれば前半千が五十七秒台のハイと六十二秒台のスローがぶつかると、その間には三十バ身かそれ以上の差が開いてしまうからだ。流石にここまでのリードをとれてしまえば、いくら大逃げのウマ娘が垂れるといっても後続は到底差し切れない。
今回もダイナファントムの体内時計に従えば、自らはほぼ五十七秒五で通過して、それに遅れること十五バ身ほどだった後続は大体一分丁度で抜けているはずだ。つまりこちらはハイで、あちらはミドルだ。
メイクデビュー戦のようなミドル対スローの勝負とは、畢竟そこが違う。
つまりこれより先は、ダイナファントムにとってはまさしく己がどれだけ粘り込めるかという、自分自身との勝負だった。
L2標識が過ぎていくのを左目で見る。ダイナファントムはさらにそこから身を屈めた。歩幅を少しだけ大きくとり、残る力を振り絞って、足を後ろに蹴りだす。そしてそこにある二メートルの坂を、一息に登らんとした。
周りには誰もいない。気配もしなければ、音も聞こえない。だからだろうか、前走の直線で見えた「光の道」は、今眼前に現れることはなかった。やはりあれは、誰かと競り合う展開でなければ見えないのだと、ダイナファントムは一人納得する。
そういうわけで、加速自体は緩い。否、速度という意味では殆ど上がってはいないだろう。後ろは、まだじりじりとその差を詰めてきている。
ただそれでも、そうであってもなお、彼女は怯むことはない。焦ることもない。何となれば足音は遥か後ろ、その差を詰めようと動く誰かも、ダイナファントムが作ったペースで使わざるを得なかった脚のせいか、伸びは鈍い。
確かに詰まってはいるのだろう。されど、その差はわずかでしかない。
残り二百を通る。坂を登るのに脚を使ったか、目の前が白んでくる。息も切れてきた。ペースが、流石に保てそうにない。
それでも、どうにか脚を動かすことは止めない。最後にがくんとペースを落としてしまうのは、あまりにも不格好だ。
ぼやけて、そして狭まる視界と、遠くなる聴覚の中では、外界の情報などもうほとんど入ってはこない。それでも自らの世界がどこまでも孤独であることだけは、克明に知覚していた。
ダイナファントムは、それ故に叫ぶ。ゴールの直前、誰に聞こえるわけでなくとも、歓声がその全てをかき消すのだとしても、後ろにいるウマ娘たちに、それは届かなくとも。
いや、届かなくていい。誰かに聞かせるわけではない。ただダイナファントムは、それを真っ直ぐに世界に叩きつけたかった。
大きく息を吸って、ゴール板の直前で脚を遠く踏み出しながら顔を上げ、目を見開いた。
「私は、ここだぁ――――ッ!!」
その満腔の絶叫と共に、彼女は誰一人追いつくことを許さない絶対的な差で以て、決勝線を通過した。
最終的に彼女は、後続に一、八秒の差をつけて、秋の天皇賞を優勝した。
当然に、記録された着差は「大差」である。
そして記録された勝ち時計もまた、文字通りの伝説となった。
――一分五十六秒コンマ一。
それはここから六年後、トーセンジョーダンが記録したタイレコードを除いて、更新することを許さない不滅のものとして人々の間に記憶されることになる。
斯くして、その常軌を逸したレースぶりと、結果つけた衝撃的な着差によって、ダイナファントムは自らの世代の強さを内外に向けて証明した。
ディープインパクトとダイナファントムの争いは、これからのシニア混合戦の中でも確かに続けられることになると、トゥインクル・シリーズのファンたちの中に強く予感させることになったのである。
レース結果:4回東京8日10R・天皇賞(秋)(GⅠ)(芝左2000・晴・良)
一着・ダイナファントム
二着・ゼンノロブロイ 大*2
三着・へブンリーロマンス 2身*3
上がり3F: 34.8 (11.7-11.5-11.6)
レースタイム: 1:56.1R*4
ラップタイム: 11.8-10.8-11.6-11.7-11.7-11.9-11.8-11.7-11.5-11.6