双子星の円舞曲   作:厳冬蜜柑

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箸休め回、その二です。


『カワイイ』の定義

 それは二月も中旬に入って、いよいよ年始の始動、阪神大賞典に向けた本格的な調整を始めようかという頃のことであった。

 

 日曜日である。ダイナファントムはその日、休養日ということもあって完全にオフで、つまり何をしているかと言えば、何もしていなかった。

 ダイナファントムは、決して趣味のないウマ娘ではない。寧ろ彼女は好奇心を持って色々なことに手を出して、そしてそれをそつなくこなせる才覚というものを持っていた。

 シャダイのトレーニング理論の一環として、自らの栄養管理が必要となった時のための栄養士、調理師としてのスキルは、それが嵩じてダイナファントムの中で料理という趣味に昇華していたし、本格化前はレース以外の身体を動かすスポーツ、つまりサッカーやバスケットボールの類も、実のところ彼女は得意としていた。

 

 しかしデビューしてからこのかた、ダイナファントムは特にレース以外のスポーツに関しては完全に手を引いていた。何となれば彼女は自らの身体がまさに「走るため」に作られていることを自覚していたからである。

 スポーツのために走れば、それは純然たる脚の消耗である。現役期間を長くとるためには、マイナスにしかなりえない。

 さらに言えばスポーツの中でも特にコンタクトスポーツの類は、プレイ中に必ず怪我のリスクが付きまとう。トゥインクル・シリーズに参加する責任あるウマ娘として、それを受容することなど到底できるはずもなかったのだ。

 

 その傍らの料理の類はどうであるかと言えば、こちらもこの寮生活の中ではなかなかスキルとして発揮しづらい。食堂、カフェテリアで提供される食事というものはウマ娘にとっては十分で、味についても栄養についてもよく考えて作られている。そこにわざわざ厨房へと乗り込んで自炊をするなどと言うのはただの暴挙であって、ダイナファントムはそんなことをするほど非常識なウマ娘ではなかった。

 それでも強いて言うならば、去年の大体二か月にもわたる遠征のなかで、シーザリオや自らの食の水準を担保するためにダイナファントムの調理スキルが活用された場面は、確かにあった。それは主にイギリス遠征中のことである。理由は、言わぬが花というものだろう。

 兎にも角にも斯くなる意味においては、去年の二人の遠征の成功の要因の一つにダイナファントムの料理の技能というものが存在していたとは言えなくもない、のかもしれなかった。

 

 しかし逆に言えば、そのぐらいのものでしかない、とも言えるだろう。事程左様に、現役生活が始まってからのダイナファントムは、本来持っている趣味の活かしどころというものをあまり見つけられていない。そんなわけでその休日も、彼女はただ手持ち無沙汰に、まさしく()()()をうろつき回るようなこともしている、そんな有様であった。

 

 

 

 そう言うわけでその日の昼下がり、ダイナファントムがそれこそ何とはなしに三女神の噴水前をぶらぶらと散歩していたそのとき、そこから向こう、蹄鉄型の渡り廊下の一角に、彼女は二人のウマ娘の影を捉えた。

 一人はどこまでも見知った顔で、もう一人はあまり見慣れない顔である。

 そしてその二人は、ダイナファントムの聴覚が確かなのであれば、何か言い争いをしている。それぞれの手には、何か小さい人形のようなものを、互いに持っていた。

 

 その様子が気にかかって、ダイナファントムは足音も静かにそちらの方へと近づいていく。そうすれば、厭が応にもその問答の中身というものが耳に入ってきた。

 

「――いーや、カワイイっつったらぜってーこっちのほうだろ! ()()()()()()の! ほらこの目元のところとか! ()()()()()()()はやっぱ『カッコイイ』系だっつの!」

「はぁ!? アンタ何にも分かってないわね。ファントムさんはあれで顔立ちは結構カワイイ系なのよ! だからほら、結構しっかり再現されてるじゃない!」

 

 そこでいきなり飛び込んできた自らとディープインパクトの話題に、思わず足を止める。そのままああでもないこうでもないとお互いヒートアップして、二人のウマ娘の言い合いは喧嘩にまで発展しそうであった。

 つまりその片割れは、自らの後輩たるダイワスカーレットである。そしてもう片方とは直接の面識はないのだが、恐らくはダイワスカーレットの同室であるところの「ウオッカ」なるウマ娘であることは容易に想像できた。

 

 言い争いは続いている。しかしそれを今柱の陰から盗み聞きに近い形で聞いている自分の構図に嫌気がさして、ダイナファントムは仕方ないとばかりに堂々と彼女たちの前に出ることにした。

 

 それまでの静かな足取りから、普通に、いや過剰に足音を立てるような踏み出し方で、足早に近寄る。

 

「いやだから――」

 

 必然的にそれは盛んにダイワスカーレットと口論を繰り広げる目の前のウマ娘の耳に止まった。白い派手な流星とウルフカットの髪が特徴的な、ボーイッシュな風情のそのウマ娘が、びくりと肩を震わせてこちらを見る。そして露骨に、顔色を変えた。

 「やべっ」、とアテレコをしたくなるほどの分かりやすさであった。

 そして当然、それにはダイワスカーレットの方も気がつく。

 

「ん? どうしたのよウオッカ。 って……」

 

 果たして彼女の方もウオッカの視線の先へと顔を向ける。つまり彼女の真後ろ、ダイナファントムの立つ方へと振り返った。

 

 目が合う。完全なる静寂がやってきた。

 

「……ええぇぇっ!? ちょっ、ファントムさん!?」

 

 そしてその末に、ダイワスカーレットはそんな素っ頓狂な声を上げる。

 いつもの優等生然とした彼女の在りようとは、かけ離れた態度であった。

 

 

 

 その後暫く、あまりの予想外にか大混乱に陥ったダイワスカーレットのことをどうにか鎮めて、ついでに初対面となるもう一人のウマ娘とも面通しを済ませて――案の定というか、彼女がまさにウオッカであった――から、ダイナファントムは本題に入った。

 つまり彼女たちがいったい何を肴として口論を繰り広げていたかについてである。

 

 問いかけられたダイワスカーレットが、しばし居心地の悪そうな表情を見せる。視線を手許に彷徨わせた。

 ダイナファントムもそちらへと目線を向ける。果たしてそこには、遠景から見た人型の()()が、今も握られていた。

 そしてその正体は、ダイナファントムもよく知っている。

 

「ああ……そうか、()()()()()()()()、もう出たんだったね」

 

 ダイワスカーレットが、そしてその奥のウオッカが、観念したような表情で頷いた。そして各々の手に納まったそれを、胸の前に掲げる。

 ダイワスカーレットが、ダイナファントムのものを。

 そしてウオッカが、ディープインパクトのものを。

 それぞれどこか能天気な笑顔を浮かべている二つのぱかプチが、ダイナファントムのことをじっと見つめていた。

 

 

 

 ぱかプチとは、主に中央に所属している現役のウマ娘に姿かたちを模り、大体三頭身から二、五頭身ほどにデフォルメされた意匠のぬいぐるみである。これは中央のレース場の物販ブースで販売されているほか、ゲームセンターなどに卸される形で、クレーンゲームの景品としても重宝がられていた。ダイナファントムも、この府中の街の中にあるいくつかのゲームセンターのなかで、このぱかプチの入ったクレーンゲーム――ちなみにメーカーはあのサトノグループである――を何度も目にしたことがある。

 そしてその対象となるウマ娘だが、当然に毎年四千人から五千人規模で増える中央所属のウマ娘を一人一人をいちいち商品にしているわけではない。ぱかプチの供給元は言わずもがなURAであるが、彼らは表にこそ出さないものの、暗示的に一つの条件を設けて、ウマ娘のぱかプチ商品化を行っている。

 

 「GⅠ、ないしGⅠ級競争を二勝する」こと。もしくは「その年のダービーか有記念に勝利する」こと。このどちらかを満たしたウマ娘がぱかプチ化の対象となる。学園所属のウマ娘の中で、或はトゥインクル・シリーズのファン層の中で、それは凡そ暗黙の了解のようなものになっていた。

 それ以外には、URAが定期的に実施する「ぱかプチオーディション」と称する人気投票で一位を獲得したウマ娘についても商品化がなされるが、それはどちらかと言えば例外というものであろう。

 

 そしてその基準に照らせば、ダイナファントムにせよディープインパクトにせよ、実際のところ去年の夏の時点では、双方ぱかプチ化の条件を満たしていた。

 即ちダービーウマ娘となったディープインパクトと、皐月賞とキングジョージを制したダイナファントムという意味において、である。

 しかし彼ら(URA)はこの二人のウマ娘が去年の間に積み上げるであろう勝利のことを考えて、年の終わりまでぱかプチ化を待っていたらしい。というのも、ぱかプチとセットで販売されるぱかプチ用のミニチュア優勝レイを、それぞれのウマ娘につきどれにするかが、最後まで決まらなかったからであると、ダイナファントムは関係者から聞いていた。無論のこと、実家(シャダイ)経由でである。

 

 兎にも角にも、時期としては年が明けて割とすぐぐらいの時期に、ダイナファントムに対してぱかプチ商品化の打診というものはやってきていて、当然にして彼女はそれを快諾していた。

 

 ダイナファントムに限らず、URAからぱかプチ化を打診されたウマ娘がそれを拒絶したケースはほとんどない。否、「ない」と断言していいかもしれない。

 当然と言えば当然であろう。自らのぱかプチによる収益の一部、大体一割程度が獲得賞金と同じ形でURAに預託され、引退後の年金の原資になるという事情もあったし、そもそもにしてぱかプチ化というのはURAに自らの活躍が認められたという一種のステータスシンボルでもあるのだ。拒む理由など、探す方が難しいとしたものであろう。

 

 そしてダイワスカーレットたちが持っているのが、まさしくその現物という塩梅であった。

 

 

 

 目の前に現れたそれを、ダイナファントムはしげしげと眺める。

 相変わらずだがよくできたものだ、というのが、実際にそれを見ての彼女の感想であった。ぱかプチ共通のデフォルメ化によって柔らかい印象が先行するものの、ディープインパクトにせよダイナファントムにせよ、元となったウマ娘の、つまるところ彼女たち自身の表情や目つきの特徴というものは、割合しっかり表現されている。

 身に纏う勝負服にしても、恐らくは勝負服登録の時に申請している3Dデータを使っているのだろうが、まさに微に入り細を穿つような精巧さを、その造形からひしひしと感じた。

 

 ただ、実際のところそのぱかプチの存在そのものは、ダイナファントムのもともとの問いそのものに対する答えには遠かった。

 つまるところ彼女たちは、そのぱかプチの何をみて口論をしていたのか、と言うことは、何も解き明かされてはいなかったのである。

 当然にして、ダイナファントムはさらに問う。

 

「……で、私たちのこれがどうかしたの?」

 

 問われたダイワスカーレットとウオッカが、思わずと言った様子で顔を見合わせる。それは今まさに繰り広げられていた半ば喧嘩のようなやり取りとは一線を画した、波長の合った振る舞いだった。

 やはり実際のところこの二人の仲は決して悪くはないのだろう、とそんなことを心中で考えたところで、またどこかバツの悪そうな表情をしたダイワスカーレットが、ダイナファントムに向けて答えた。

 

「その……」

 

 一瞬だけ口ごもって、しかし観念した様子で、その続きを口にした。

 

「ぱかプチ、ファントムさんのとディープ先輩のとで、()()()()()()()()のかって。……すみません」

 

 居た堪れなくなったのか、ダイワスカーレットが頭を下げる。よく見ればその奥で、ウオッカもダイナファントムに向けて同じ姿勢を取っていた。

 ただそれを受けたダイナファントムは、彼女たちの態度がどうかなど、全く頭に入らなかった。

 

「可愛い。……私が?」

 

 あまりに耳慣れないその言葉に、彼女はただ首を傾けざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 ところ変わって、校舎の中のカフェテリアである。恐縮して謝るばかりであった自らの後輩二人をなだめてから、話すにはあの渡り廊下というのはどうにも居心地が良いものではないということで、ダイナファントムたち三人は一度本校舎の方、腰を落ち着けられる場所へとやってきていた。

 

 そしてその場所で、彼女たちは更にもう一人のウマ娘と顔を合わせることになる。

 そのウマ娘は、昼食の喧噪が過ぎ去り、おやつ時まではまだ時間があるこの閑散としたカフェテリアの中、一人四人席に陣取って、手に持つウマホを眺めていた。正確には、その中に映っているであろう映像である。

 小柄な鹿毛の、そしてその右耳に青いリボンの意匠の耳飾りをつけたウマ娘だ。その姿は、ダイナファントムにとってはあまりになじみ深いものであった。故に彼女は、気安くその背中に声をかけた。

 

「あれ、ディープ。珍しいねこんなとこで」

 

 つまりはそういうわけである。そしてダイナファントムから声をかけられたかのウマ娘の方も、ゆるりとした様子で顔を上げ、その声の聞こえた方角へと振り向いた。

 

「ん、ファン。と……」

 

 或はそこに立っているのをダイナファントムただ一人であると思っていたのだろうか、顔を向けたディープインパクトが、その実際のところを見るや、驚きにかやや目を見開く。

 それを受けて、まず背後のウオッカが飛び出した。ダイナファントムの左に陣取って、ディープインパクトへと頭を下げた。

 

「お、お疲れ様です、()()()()()()

「ん。お疲れ、()()()()

 

 そのやり取りに驚いたのはダイナファントムの方である。どうやらこの二人、既に面識があるらしい。ダイナファントムからすれば、それは青天の霹靂であった。

 それが恐らく表情に浮かんでいたのであろう。ちらりとダイナファントムに目線を戻したディープインパクトが、ウオッカの方へと掌を向けた。

 

「この子、()()()()()()の」

「メンバー? 奈瀬さんの?」

 

 無言で、こくりとディープインパクトが頷く。随分とあっさりしたネタばらしであった。

 

 ただそれを聞くにつけ、また随分と()()()()()()巡り合わせであろう、とダイナファントムは感じ入る。

 つまりどうやら同室にして既にライバル関係を構築しているダイワスカーレットとウオッカの二人が、それぞれダイナファントムとディープインパクトのチームに所属して、彼女たち二人のライバル関係をともすれば継承しようとしているという構図が、そこにはあったのだ。

 

 一人妙な感慨を覚えているダイナファントムをよそに、ダイワスカーレットの方もディープインパクトと挨拶を交わす。そのままの流れで、ディープインパクトの座っていた席に、彼女を含めた四人で座ることになった。

 

 

 

 そしてそこからが、ようやくの本題である。ダイナファントムが後輩二人に目配せをすると、彼女たちは自らの抱えていたぬいぐるみを、ぱかプチを、机の上に並べた。

 

「……それ」

 

 そのなんであるかを目敏く見分けたのがディープインパクトである。頷いて、ダイナファントムが答えた。

 

「そそ。このあいだ二人でOK出したヤツ、多分もう府中のショップで売られてるんだよね。で、この二人が持ってて」

 

 そこで改めて、ダイワスカーレットとウオッカの方に視線を向ける。ようやくといった風情で、彼女は改めて問いを発した。

 

「で、『カワイイ』がどうとかって、どういうこと?」

 

 また、二人が顔を見合わせる。そのまま「アンタが話しなさいよ」「いやお前が話せよ」とでも言いたげな無言の押し問答の末、観念したようにダイワスカーレットがダイナファントムに向き直る。

 そのまま、訳を話し始めた。

 

 

 

 

 

「……何というか、飽きないね、きみたち」

 

 一部始終を聞いてダイナファントムの口から出てきたのは、そんな言葉である。

 

 彼女たちはこの休日の午前、いつものように謎の張り合いを見せながら二人は仲良く街に繰り出した。そしてその中で見かけたクレーンゲーム筐体をダシに、これもまたいつものように勝負を始めたらしい。対象はもちろん、クレーンゲームでどちらが多く景品を取れるのか、であった。

 結果としては双方引き分けに終わったらしいが、そういう「決着がつかない」のを嫌うのがこの二人だ。同じ数のぱかプチを掲げて、それを引き合いにどっちの方が優れているかとウダウダいがみあっているうち、何故か「ディープインパクトとダイナファントムのぱかプチのどっちがカワイイか」という謎の論点に話がずれていってしまった、というのが事の次第であった。

 

 ダイナファントムとしては、苦笑せざるを得ない。それを受けた後輩二人は、どうにも恐縮という態度をずっと崩していなかった。

 

「いやまあ、構いはしないんだけど」

 

 口にしながら、テーブルの上のぱかプチを手に取る。自分のではなくディープインパクトの方なのは、恐らくは無意識によるものであった。

 

 脇の下から抱えるように、ぱかプチのディープインパクトと対面する。

 そして顔を上げて、ディープインパクト本人の方を見やった。彼女の方もこちらに目線を向けていて、必然的に目が合う。

 

 そうして見比べるに、やはりと言うべきか、返す返すもと表現すべきか、このぱかプチの顔立ちというのは当人の特徴をよく捉えている。しかしそれでいて浮かべている満面の笑顔は、ディープインパクト当人が絶対と言っていいほどにしないであろう表情で、それがどうにもギャップとなって、ダイナファントムには不思議な感覚をもたらしていた。

 そのまま、くるりと「ディープインパクト」の身体を前へ向ける。そして抱えた手の中、右手の部分を指でつまんで、ふりふりと振った。それもまた、なんとはなしの行いだった。

 

 それにしても、とダイナファントムは呟く。

 

「カワイイ、ねぇ。まあ割とぱかプチってどれも可愛く作られてるとは思うけど……」

 

 こちらを見てくる三人に向けて「ディープインパクト」の手をふりふりとさせ続けながら、それでもダイナファントムは己の思うところを口にした。

 

「でも私のとディープのだったら、やっぱりディープなんじゃない? スカーレットさんには悪いけど」

「ほらなスカーレット、やっぱ俺のが正しかったろ」

 

 それを聞いて、ウオッカが我が意を得たりと勝ち誇った笑顔を浮かべる。しかしそれに眦を吊り上げて、ダイワスカーレットが負けじと反駁した。

 

「ファントムさんが自分で自分のぱかプチを『カワイイ』なんて言うわけないじゃない! ディープ先輩にも聞かないと公平じゃないわ!」

 

 自覚しているのかしていないのか、普段の優等生然とした口調が完全に剥がれている。が、それを指摘するほどダイナファントムは野暮ではなかった。そしてダイワスカーレットは机の上に置かれたままのダイナファントムのぱかプチを手に取って、ディープインパクトに見せる。

 

「ディープ先輩はどう思いますか!?」

 

 唐突にボールが飛来したディープインパクトが、目をぱちくりとさせる。そのまま助け船を求めるような視線を、ダイナファントムに向けた。

 さもありなん、だろう。ディープインパクトは、良くも悪くもそういう他人からの見えかけというものには無頓着だ。他のウマ娘と楽しく走れれば基本はそれで満足なのである。ある意味でそれは、自分本位と言えるのかもしれない。

 ダイナファントムとて何か言えることはないと首を振れば、ディープインパクトは諦めたように言葉を返した。

 

「わからない」

 

 シンプル極まりない言葉である。そしてどこまでもらしさに溢れていた。

 そして続けざまに、こうも口にした。

 

「ファンがそう言うなら、それでいい」

 

 つまるところ、ディープインパクトというウマ娘にその類の問いなどする方が悪い、という話であった。

 この答えには、ダイワスカーレットも、そして恐らくはディープインパクトに対して尊敬の念を向けているであろうウオッカでさえも閉口した。「どっちのぱかプチがカワイイか」論に関しては数の上でこそ勝ったウオッカであったが、もはやそう言う話以前の問題であったのである。

 

 

 

 そういうわけで、その場における「カワイイ論争」は、ほぼなし崩しのような形で決着した。というよりも、恐らくはダイワスカーレットとウオッカとの間で、「それどころではない」という認識が共有されることになった。つまり、「ディープインパクトには年頃の女の子としての美的感覚の類が完全に欠落している」という、危機感にも似た課題意識である。

 ダイナファントムは彼女のそれを特に問題であるとは思っていなかったが、やはりそこはティアラ路線に進むことを決めたウマ娘たちの感覚ゆえか、ウオッカですらもそのことをよしとしなかった。そしてそれはそこから次の週、ダイナファントムすらも巻き込む形で、「ディープインパクトの外出着を見繕おうの会」なるものが挙行されることになるのだが、それはまた、別の話である。

 

 

 

 兎も角も、春から始まるディープインパクトとダイナファントムの本格的な衝突を前にした、それはどこか牧歌的な日常の一幕であった。




次回からいよいよダイナファントムのシニア級が始動します。

そして何気に史実破壊をしています。ウオッカは本来は三歳までの主戦は四位洋文Jで、武豊Jに乗り代わりになるのは古馬になってから(正確には古馬二戦目のドバイから)ですが、この世界においては初めから奈瀬Tのチーム所属となっています。
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