その日のダイナファントムは、少しだけダウナーな気分であった。
時は三月下旬の月曜日、つまり
そこへきてダイナファントムがそういう態度であるというのは、つまりそういうことだ。
ダイナファントムは、先日の阪神大賞典で、ディープインパクトに負けていた。
しかも二バ身差などと言うはっきりとした着差をつけられて、である。
年度初戦から、随分と幸先の悪いスタートには違いない。ただそれはある意味では致し方ないとしたことでもあった。
ダイナファントムにとって、三千メートルという距離は当然ながら今まで経験したことのない条件である。かかる時間も三分の大台に乗り、距離延長という意味でも過去最も飛躍を遂げたものでもあった。
更にその開催が阪神レース場であるということも、災いしたのかもしれない。あのレース場はコース全体としてほとんど起伏がなく、それでいてゴール板の前に百メートルの間に二メートルを登る急坂がいきなり待ち構えている。つまり割と一本調子の展開になりやすいのだ。
そして同時に、今回の走りというのは、ある意味においては弥生賞のそれとよく似ていた。福井トレーナーはダイナファントムに対して、今回のレースにおける方針というものを与えていなかった。「好きに走ってみなさい」と、そう言っていた。
それはまず第一に、ダイナファントムの三千メートルという距離、そしてその先にある春の天皇賞という国内GⅠ最長距離のレースに対応できるだけのスタミナがあるかどうか、それをレースの中で生かすことができるかどうかを測るためのものであった。弥生賞が「ディープインパクトとの力関係を把握する」ためのものなら、今回の阪神大賞典は「ダイナファントム自身について知る」ためのものであったのである。
もう一つが、「現状のダイナファントムのレース戦術で長距離を走った時にどうなるか」を、福井トレーナーがダイナファントムに教えるという目的を多分に含んでいた。つまりダイナファントム自身はさておいて、福井トレーナーは割とはっきりと、「今回のレースはダイナファントムに分が悪い」と認識していたのである。ある意味では、前哨戦というレースの性質を十全に利用していた。
快晴のレース場のなか、ダイナファントムとディープインパクトの年初めの初戦を見にきた、GⅡにしては異常と言ってもよいほどの観客が見つめるなか、その日ダイナファントムはいつものようにゲートから飛び出して先手を取り、そしていつものように逃げた。つまりハロン十二秒を一つの基準と置いていた。
そして実際のところ、それがダイナファントムの間違いのもとであった。
一般に中距離戦まで、というよりは有馬記念ぐらいまでは、その総時計の基準として明確に分かりやすい数字というものが存在する。
それこそが、「十二秒」である。これまでのダイナファントムの現役生活の中で、しつこくしつこく言及され続けてきた数字だ。
時速にして毎時六十キロメートル、三ハロンなら三十六秒、千メートルなら一分丁度、そして二千メートルならば二分丁度を計時するのがこのペースということになる。
これは非常に優秀な基準であって、凡そ二千四百メートルまではこれ通りに走れば平均的なGⅠの勝ち時計になり、故にダイナファントムはこれを基準にレースのプランを練っていればよかったのである。
一方、この長距離における戦いはそう話は簡単でない。
仮に一ハロン十二秒を完全に徹底すれば、三千メートルは三分丁度で走破し、そして春の天皇賞、三千二百メートルであれば三分と十二秒で走り切ることになる。
つまり、ありえないのだ。現時点における芝三千メートルの世界レコードは、五年ほど前に丁度この阪神大賞典においてナリタトップロードが記録した三分二秒五である。三千二百メートルも同じく日本のウマ娘が記録を持っていて、そこから更に遡ること四年、今から九年ほど前にマヤノトップガンがマークした三分十四秒四という時計がそれであった。
言うまでもなく、一ハロン十二秒という数字がこの長距離戦カテゴリにおいてどれほどまでに荒唐無稽であるのかは、それらの数字が証明していた。つまりウマ娘と言う生物は、三千メートル以上の距離を時速六十キロを維持したまま走破する能力を持っていないのである。今のところは、だが。
したがって、ハロン十二秒という数字は基準たり得ない。同時に、そして必然的にそれは、この距離を走るためには明白な形で息を入れなければならないということを意味していた。
しかしダイナファントムは、今まで彼女が挑んできたレースの中で、極端な形で息を入れることはしてこなかった。
テンの出足、或は上がりのスパートの部分を除けば、どんなに上下の振れ幅が大きくても最も早いハロン区間タイムと遅いハロン区間タイムにおいて一秒以上の差がつくペースメイクというものを、ダイナファントムは好まない。多少の緩急やペースの出し入れはしたとしても、彼女の逃げと言うのは基本的にはいわゆる「定速逃げ」と呼ばれるタイプのものであったのである。それはあの「大逃げ暴走」とまで呼ばれた秋天においてもそうであった。
そしてその弊害というものは、まさしくこの阪神大賞典において現れた。
ダイナファントムとて自らが三千メートルをすべてハロン十二秒で走破できないことは知っていたし、それ故にどこかでペースを落とさざるを得ないことも分かっていた。しかしそれをどうやって落としていくかと言うところにノウハウを持っていない。
この阪神レース場が京都レース場のような長い坂を持たず、ペース制御の目印を置きづらいという特有の問題点も相俟って、ダイナファントムは入りの千メートルを一分丁度で通過し、そしてその後の中千メートルを十二秒コンマ六を基準に通過することで脚を溜めようとした。
しかしながら、実のところウマ娘はそういうレース運びではなかなか脚は溜まらないものだ。長距離レースは、一度明確に「十三秒」というはっきり遅いハロンを二つか三つ入れない限り、最後のスパートのために速筋に残しておけるエネルギーが尽きてしまう。
ダイナファントムは、それを「頭では」理解していた。しかし身体が、十三秒などと言う信じられないほどに遅いペースで走ることを、どうしても拒絶していたのである。結果として残り三ハロンまで同じ十二秒コンマ六で走り続けたダイナファントムは、その後の上がり三ハロンを三十六秒ギリギリで走り切ったものの、後ろで余裕をもってレースを進めていたディープインパクトに抵抗する間もなく残り一ハロンで躱されて、最終的には彼我の間には二バ身の差がついていた。
勝ち時計は三分三秒九、前哨戦として見た場合には、はっきり異常ともいえるペースではあった。故に二バ身入線のダイナファントムとその後ろ三着のトウカイトリックとの間には八馬身というとんでもない着差がついていたが、ダイナファントムにとってそれは慰めにもならなかった。
概ねそれが昨日、日曜日における顛末であった。
福井トレーナーの考えていることは、ダイナファントムにはなんとなく理解ができていた。
春の天皇賞の前、一度長距離戦というものがどういうものであるのかを、肌で知らなければならない。各距離における戦い方のセオリーというものを、知識として頭の中に入れているダイナファントムであっても、それを実際にやってみた時に身体がどう感じるかというものは、実際に他者と競うレースの中で知らない限りは自分ごとになりえない。それを、自らのトレーナーは伝えたかったのであろうと、ダイナファントムは推測した。
ただ実際のところ、福井トレーナーとしては今のダイナファントムの走り方で勝てるのであればそれでよかった。もしそれができるのであれば、ダイナファントムは長距離において不滅の世界レコードを息をするように量産できていたであろうからである。
しかしそうではない。ダイナファントムはスタミナこそあれ、基本的には長距離を走るためのウマ娘ではなかった。それをダイナファントムも、そして福井トレーナーも改めて認識した。
ならば次は、そういう制約を抱えているダイナファントムというウマ娘が、本番においてどうやればディープインパクトに勝てるかどうかを考えるべきタイミングである。
その日の授業終わりに、いつものようにトレーナー室で落ち合ったダイナファントムと福井トレーナーは、実際に春の天皇賞におけるメンバーの想定や相手関係の整理、そして今回のレースから分かったディープインパクトの走り方についても、論じることになった。
その中で彼女たちは、ディープインパクトのレース運びに、一つ明白な変化が齎されていることを知る。
兆候は、年末の有馬記念のレースの中にも表れていた。つまりディープインパクトはあのレースにおいて、後半のラスト千メートルから、後方より一気に位置を上げてく前を狙うレース運びをするようになっていたのだ。道中後方で進めていても、四コーナーではもう先団に取り付き、直線も速めに先頭へと躍り出そうと動いていた。
つまりあのレースからダイナファントムの存在を消せば、実質的にそれは四角先頭からの早目押し切りを狙ったレースとなるだろう。ハーツクライとの追い比べはあったものの、それを含めてなおそう評すべきであった。
そして今回の阪神大賞典においても、この傾向は続いていた。今回はさらに露骨で、ディープインパクトはなんと
「ディープインパクトの脚質は、捲りに変質した」。それが、福井トレーナーとダイナファントムの、ここ二戦のレース回顧による結論であった。
同時にそれは恐らく、彼女、あるいは奈瀬トレーナーを含めた彼女の陣営がダイナファントムに勝つために生み出した、ディープインパクトというウマ娘にとっての最適解に相違なかった。
なればこそダイナファントムもまた、次のレース、本番たる春の天皇賞に臨むに当たっては、確固たる準備を以て当たらなければならない。その中で福井トレーナーは、そしてダイナファントムは、まさに「秘策」と呼ぶべき一計を案じることになる。
同時にそれはダイナファントムに対して、それまでのレースからは抜本的に異なるペースメイクの仕方、レースの走り方を、それこそ身体で覚えなければならないという課題を突き付けた。故にそこからの一か月と少しの間、彼女にとってはある意味でジュニア期以来となる徹底した福井トレーナーの指導が、ダイナファントムのトレーニングにおける日常となった。
それはまさしくダイナファントムにとって、今ひとたびの「未知への闘い」、そのものであった。
そして更に今ここに、もう一つの「未知への闘い」に挑む者がいる。
その週の土曜日の深夜、栗東寮の談話室の中に、ダイナファントムを含めた六人のウマ娘が集まった。同期のディープインパクトにラインクラフトとシーザリオ、そしてダイワスカーレットとウオッカである。
その目当てはたった一つであった。
現地時間の夜八時、そして日本時間の午前一時に、ある一人のウマ娘が海外のレースへと出走することになっていた。
その者の名は
ドバイというのは、UAEの王族が持つかの有名なウマ娘育成グループの本拠地でもある。そしてオイルマネーによって拠出される莫大な賞金で以て世界中のウマ娘をあつめ、芝とダートの両方でその年の「世界一」を決めようという思想のもと、彼らは一つのウマ娘レースの「祭典の日」を、その地において開いていた。
その名を「ドバイワールドカップミーティング」という。
同一の日のうちに五つのGⅠ競走*1を中心にした九つの国際重賞を実施する、それはまさに祭りと称するに相応しいイベントである。
そしてその中におけるドバイシーマクラシックとは、まさに「芝の頂点」を決めるためのレースであった。距離は王道の二千四百メートル*2、平坦に作られたレーストラックは有利不利のないまさに公平な条件で、故にこのレースを制することは確かに一つの大きな名誉として、国際的なウマ娘レースの中でも認識されてはいた。無論、歴史の浅さが故にどうしてもロイヤルアスコットや凱旋門賞のような欧州の大レースよりは割り引いて見られることは多少なりともあったが、それでもである。
そんなレースに、ダイナファントムにとって直接の先輩たるハーツクライは挑もうとしていた。
去年暮れの大一番、有馬記念にて、クラシック組の二人、ダイナファントムとディープインパクトに敗れはしたものの、後ろを大きく引き離しながらもタイム差なしの三着に入ったことで、実力を高く評価されたことが、その決め手であった。
前日の金曜日、ダイナファントムは自室の中、手持ちのPC上でハーツクライとビデオ通話をしていた。ハーツクライにとっての夕方であり、そしてダイナファントムにとっての夜のことである。
否、正確にはそれよりも前から、ダイナファントムは継続的にハーツクライとコンタクトを取っていた。ある種遠征の「先達」として、先輩とは言えども初遠征となる彼女に向けてのいくつかのアドバイスをしたり、調整のなかで相談を受けたりしていた。
「いよいよ、ですか」
通話の中、その日の他愛のない世間話が済んだあと、ダイナファントムは徐に口にする。
『ま、そうだねぇ。良くも悪くも、明日だ』
カメラ越しの彼女は、リラックスしているようにダイナファントムには見えた。海外のレースであろうが日本のそれであろうが、走るという意味においては変わらない。それだけの話であるとも言えた。
「夜のレース、ですからね」
『そうそうそうそう。日本だと大井とか、
こともなげな様子で飄々というハーツクライであるが、ダイナファントムからすれば今の彼女の境遇というのは、自らが遠征をしたときよりもシビアなものであると考えていた。
何となれば今回ハーツクライは、帯同がいないのだ。同じドバイワールドカップミーティングの別のレースであるゴドルフィンマイルに出走するユートピアと調整を共にする機会はあったらしいが、しかし彼女はダートウマ娘であるし、気心知れた相手というわけでもない。
「予行演習しました?」
『え? うん、もちろん。まちょっと足元確認しづらいなぁってのはあるけど、でも真っ暗の中にこう、ライトがビカビカに光ってるのって、けっこう風情あってよかったよ』
トレーナーは、確かに側にいる。しかしそれでもハーツクライは、ターフの上ではどこまでも一人だ。一人で、その場所に挑もうとしていた。
国も違うし環境も違う。何もかもが新しく、そして不慣れであるはずのその場所で、彼女は凛と、そこにあった。
「そう、でしたか。……あの、先輩」
『ん?』
それ故にダイナファントムは、語り掛ける。
「『そこ』には行けませんけど……応援してますから。明日みんなで、テレビの前で」
だから、勝ってくれ、とは言わない。その言葉の無責任さを、ダイナファントムは恐らく誰よりも理解している。
それでも明日、その瞬間に、確かに心を一つにする者が海を隔てたこの場所にもいるのだと、そればかりは知らせておくべきことだと考えていた。
『そっか。……ありがと』
はたしてカメラの向こう側、ハーツクライからどこか張り詰めた空気が霧散するさまを、ダイナファントムは幻視する。そこに浮かんだ笑みもまた、肩の力が抜けたかのような、穏やかなものであった。
そして、今に至る。本来であれば消灯時間、寮監がここまでの起床については許さないとしたところであるのだが、それでも「海外レースの応援のため」という理屈で、彼女たちは特別な許可のもとに談話室の一角を占拠していた。
テレビの中に映るナド・アルシバレース場は、カクテルライトに照らされたターフの緑深く、そこに集った十四人のウマ娘たちの影を濃く映し出している。
上空からのカメラが映り、そしてその中で一人ずつ、出走するウマ娘たちがゲートに納まっていく。ハーツクライは枠としては十三番、大外から一つ手前の位置であった。海外のレースらしい雑然とした枠入りが続き、それを背景にテレビの実況がレース前の雰囲気を煽り立てる。
『かつてあのステイゴールドが、欧州の優駿ファンタスティックライト相手に驚異の追い込みで勝利を収めたこのレース、今回日本から挑戦するのはハーツクライです。二年前のダービーを惜しくも二着、その後もGⅠ戦線で存在感を示し続けて、そして去年の暮れは、三着ながらもあわやという見事なレースぶりで、ディープインパクトとダイナファントム両名の牙城を脅かす強さを私たちに見せてくれました』
既に枠の中で待つハーツクライにカメラが寄る。ダイナファントムは、拳を握り込んだ。
『しかし、それでも、ハーツクライには未だGⅠの勝利がありません。それをこの大舞台で、欧州の並みいる強豪を相手に、彼女たちを退けて掴み取れるかどうか。ただ我々はハーツクライというウマ娘の強さを、あの中山のターフの上にしかと見たはずです。そして今、その力が頂へと至る夜になるのか。……最後の一人が、ゲートに納まりました』
この部屋の中、言葉を発するものはなく、そしてただ始まりの時を待つ。
『ドバイの夜に夢を追って、カクテルライトの光の中で、さあ飛躍の時を迎えるか。ドバイワールドカップミーティング第八レース、ドバイシーマクラシック、今――』
そしてその時確かにダイナファントムは、テレビの画面の中のハーツクライの瞳が、きらりと光ったのを見て取った。
『――スタートしました!』
その輝きの意味は、そこからほどなくして、ダイナファントムたちの前に形となって表れた。
『後ろがややばらついていますが概ね揃ったスタートです。内からレイマン、コリアーヒル、オラクルウエストこの三人やや前に出て、しかしそこまで先頭を主張しようとはしない体勢か』
七か国十四人のウマ娘が一斉にゲートから飛び出す。しかしどうにも、ほかのウマ娘はその行きっぷりがよくない。脚質分布という意味でもあったのかもしれないが、やはり欧州ウマ娘レースのセオリーが、そこには強く作用しているに違いなかった。
明白なペースメーカーを欠く今回のレースにおいて、努めてハナを切ろうというウマ娘は、誰もいない。
そしてそこに、一人のウマ娘が名乗りを上げた。
『と、そこでなんと、なんと外の方から
テレビの前で趨勢を見守る全員が、息を呑む。それはどこかいつかの記憶と重なった。彼女たちがトレセン学園に入る前、自宅のテレビから見ていたであろう、エルコンドルパサーの凱旋門賞である。
彼女も先行勢ではありつつも逃げの手など一度も打ったことがないところを、その日いきなりの逃げを敢行し、並みいる観衆の度肝を抜いた。ただあれはあの時の凱旋門賞のバ場が雨の影響で極端に重く、そういう路面のコンディションでは基本的に前残りが起こりやすいという特殊な事情があってのものであったのは後にエルコンドルパサー自身が述懐している。
そして結果としてモンジューの僅差二着に惜敗したものの、留学生とは言え日本でトレーニングを受けたウマ娘が凱旋門賞であそこまでの好勝負を演じることができたという事実は、確かにトレセン学園の生徒に、そして未だ幼い数多のウマ娘たちに、一つの希望を与えるものであったのだ。
それが、今のハーツクライに重なる。二百メートルほどの直線から第一コーナーに入り、隊列が固定化され始めた。
『一コーナーに入ってバ群固まりつつも一列を作り始めます。先頭はなんと、なんとハーツクライ、二番手アラヤンから二バ身ほどのリードをつけて今日は逃げ、ハーツクライの逃げです。三番手コリアーヒル、四番手内にレイマン外にリラックストジェスチャーの体勢です。ここで第一コーナー抜けて一回目の向こう正面に入りました』
それはある意味では、ダイナファントムの一つの「アドバイス」が活きたものであったのかもしれない。
ハーツクライがドバイで準備にいそしむ中、イギリスでのレース、キングジョージの経験を訊かれたダイナファントムは、彼女が受けた一つの印象をまず口にした。
――あっちのウマ娘、スタートが下手ですね。で、そもそもあまり行きたがりません。「そういう役回り」のウマ娘以外は。
つまり最初の一ハロンから二ハロン程度で、ペースメイクのために出足を使うことを命じられているウマ娘の存在は炙りだせるのである。
そしてその役回りがいないのであれば、ペースメイクに関するフリーハンドは得たも同然である。あとはどう料理するかだ。そう、ハーツクライには伝えていた。
結果が、今である。ハーツクライはなんと前半千メートルを
「勝った」
一人、誰かが声を漏らす。それは言うまでもなく、ディープインパクトであった。
彼女はまだレースが半分も終わっていないその時点で、このレースにおける勝者がハーツクライとなることを見切って、そして切って捨てたのである。
「まあ、これは特殊例に過ぎる気はするけど。……あれだね、『後ろの馬鹿ども』になるね、これは」
ダイナファントムもまた、それに同調する。つまりというかやはりというか、「逃げ」という戦術が存在しない国のウマ娘たちが勢ぞろいしている今年のドバイシーマクラシックにおいて、ハーツクライは「逃げの位置で差しウマになっている」のである。それを、後ろのウマ娘たちはまんまとハーツクライに許していた。
しかし、大した胆力と判断力だとダイナファントムは思う。
ダイナファントムの逃げというのは、基本的に必然の産物であり、そして彼女自身がそれ以外の戦い方を取る気は、基本的にない。故に「勝つための逃げ」というものを常に頭の中に入れてレースを組み立てていたし、キングジョージにおいてもそれは同じであった。
しかしハーツクライは違う。前走の有馬記念において確かに彼女は先行策を指向したが、しかしだからと言って逃げのノウハウを持っているわけではない。つまりこのちんたらとした逃げのペースに誰かが気づいて後ろからつつき始めた場合、それをいなすのは困難を極めるはずなのである。それでもこの大一番で、ハーツクライは逃げを選択した。「それでもやれる」と、あの僅か一ハロンと少しの間に見切ったのだ。
恐らくこのレース、時計という意味では間違いなく凡になる。いや、非常に遅い時計になるだろう。しかしそういう展開を演出したハーツクライのクレバーさというものは、時計の速さには決して現れることのない、かのウマ娘の強さであった。
果たしてそのまま隊列は変わらず、一度残り千メートル地点ほどで四番手のリラックストジェスチャーが一気に先頭に取り付かんとしてつついたものの、それを全く意に介すことなくハーツクライはいなして最後のコーナーに入る。内ラチにぴったりとつけて経済コースの主張をそのままに、スローにスローに進めて限界まで脚を溜め切ったハーツクライが、そのままに最後、六百メートルある最終直線へと辿り着いた。
そして、彼女は一気に仕掛けた。
『さあカーブを抜けて直線、ハーツクライ未だ先頭、二番手には半バ身差でコリアーヒル、その後ろ一バ身にフォルスタッフ上がってくる、前年の香港ヴァーズの覇者、ティアラウマ娘ウィジャボードはまだ後方だ!』
直線入り口で二番手に迫られた体勢であったハーツクライが、しかしそこでぐっと身体を沈める。それは次の瞬間に、爆発的なまでの加速を生み出した。
『コリアーヒルとフォルスタッフ並ぶようにハーツクライへと迫って残り四百! しかし、しかしなんとハーツクライ、
「勝てる」。ディープインパクトの一言でこの場の全員が半ば確信していた展開がそこにあっても、それでもなお全員の纏う空気が一気にざわめく。
世代は一つ違おうとも、ダイナファントムやディープインパクトの世代がデビューを果たしてから、これが三つ目の海外GⅠの制覇になる。その瞬間が今まさにここに現れようとしていることは、静かな、しかし抑えることの難しい興奮の瞬間であった。
『ハーツクライ止まらない、後ろコリアーヒル必死の追走もこれはもう全く追いつかない! あと二百、さらに、さらに二番手との差は広がって、もはや五バ身、六バ身のリード!』
画面に映し出されているのは、まさに圧勝劇そのものであった。脚色に優れなければならない後ろのウマ娘の追走などぬるい、遅いとばかりに、全く勝負にもならない圧倒的な逃走劇を、そこに描いている。
故にこそ、実況は決勝線を踏み越える前に、ハーツクライの名を祝福を込めて叫んだ。
『ハーツクライ、影など踏ませない! 次元の違う強さ! あの日の有馬の悔しさを晴らす快勝劇だ! そして今――二千四百逃げきってゴールイン!』
その言葉と、ハーツクライの勝利が映像に現れて、そこでダイナファントムは、それまでずっと自らが息を止めて画面を見ていたことを自覚する。
強張っていた肩を緩め、大きく息を吸う。見れば他の五人もどこか、張り詰めた空気の中でレースを見ていたことが見て取れた。
三々五々に聞こえるため息の音と、ほどけていく空気の中で、ダイナファントムは思う。
ハーツクライが、自らの先輩が今あの場所において挑んだものは、まさしく「未知という壁」であった。
それを持てる全てを使ってよじ登り、乗り越えて見せたハーツクライの姿は、その在り方は、ダイナファントムにとってどこまでも示唆に富んでいた。
確かに、彼女の大いなる挑戦を前にして己のこれから挑むレースの姿を重ねるのは、仮託するのは、実のところ烏滸がましいことなのかもしれない。
それでも今、ダイナファントムはハーツクライの姿から、テレビの向こうで果たされた偉業から、どこか直接的な力をもらえたような、そんな気がしていた。
何となればダイナファントムは、数週間の時の中ずっと彼女に寄り添って、その心中を知っていたからだ。願いを共有していたからだ。
ならばこの時、ハーツクライのそれが成就をみたこの瞬間こそ、自分が、自分こそが、彼女の想いを引き継ぐのだと、ダイナファントムはそれを敢えて自任した。「次は、自分である」と。
故にその日、春の天皇賞という、三千二百メートルという「未知」に挑まんとする己への、そしてその中において