ダイナファントムがアイリッシュチャンピオンステークスを勝利したという報は、当然にすぐさま日本にも届いた。
というより、深夜ではあるもののこのレースの様子は日本のテレビによって中継されていて、その危なげないレースぶり、横綱相撲としか表現のしようのない勝利に、日本のトゥインクル・シリーズ関連のメディアは「今年こそは」と盛大なる期待を持って次に来るレースの展望を書き立てた。
三十七、八年ほど前のスピードシンボリによる初挑戦以来、そして七年前のエルコンドルパサーの惜敗以来、日本のウマ娘レースに携わるすべての者たちが望みを抱いたそのレースは、皆が焦がれ続けるあまりに、掛けられた願いがいつしか取り返しのつかないほどに膨れ上がってしまっている。
あの日から何度も、数多のウマ娘たちが挑み、しかし固く閉じられたままの扉は、しかし今年こそ、この秋こそ、開かれるときではないのかと、そんな渇望すらも、滲んでいた。
そしてその期待の向けられる先は、ダイナファントムばかりではなかった。
前走の宝塚記念において、遠征前の「三強対決」を僅差ながらも制してみせたディープインパクトもまた、海外において燦然たる結果を残し続けるダイナファントムとこれまで互角の戦いを演じ続けている。勝敗はどちらから見ても四勝四敗、全くの五分であるのだ。
日本が世界に誇る二人のウマ娘が、挙ってその夢に挑む。この構図によって、まさしく彼らは夢を見ていた。
――今度こそは。
――今年こそは。
そんな有形無形の声に背中を押される形で、ダイナファントムがレースに勝ったその次の日、ディープインパクトは日本を発った。
向かう先は当然、フランスはパリ、シャルルドゴール空港である。
帯同はいない。しかし実質的には、現地にて落ち合うダイナファントムがその任に当たるともいうことができた。互いが互いの帯同のような形で、現地における調整を担当することになっていたのである。
九月も中旬に入って、凱旋門賞当日までは三週間を切った。それぞれかたやアイルランド、そしてかたや日本からフランス入りしたダイナファントムとディープインパクトの陣営は、そのまま各々が別々に、今回の滞在中におけるトレーニング施設へと足を向けた。空港などで落ち合うこともなく、現地集合とすることを決めていたからだ。
つまりそこはパリ近郊、オワーズ県南部シャンティイにある、
四百ヘクタールという尋常ではない広さの領域の中に、四か所の周回コースとシャンティイレース場、そして「逍遥バ道」といわれる森林セラピー効果を見込んだ散策コースを持ち、ダートやウッドチップ、坂路コースなどありとあらゆるウマ娘向け設備を誇るフランス最大のトレーニング拠点である。
当然ではあるが、ここを普段利用しているウマ娘は同じくシャンティイに存在するフランスクリール運営のウマ娘学校の生徒たちである。ダイナファントムとディープインパクトの二人にこの場所が解放されたのは、純粋に先方の好意によるものであった。
こういったところにも、URAの組織努力というものが表れている。そしてまずそういう方向へと目線が行くダイナファントムの在り方もまた、「シャダイの娘」としての視座を持つための教育の賜物であると言えた。
事前にURAが手配しているホテルに入ってから、双方の陣営はシャンティイレース場にてまず落ち合った。
ハーフティンバー様式の古風な建物――恐らく現地のウマ娘学校の生徒たちのためのアパルトマンであろう――が立ち並ぶなか、ダイナファントムはひと月弱ぶりに、ディープインパクトとの再会を果たす。
互いに側らには自らのトレーナーが付き添っていた。つまりダイナファントムの横には福井トレーナーがいて、そしてディープインパクトの隣には
褪せた薄色と対極のような墨色の二色が織り成すレイヤードの髪を短く切りそろえ、そして瞳はダイナファントムとよく似た鮮やかな紅玉のそれである。隣にいる落ち着いた暗褐色の髪をしたディープインパクトと並ぶと、色彩としては随分と派手派手しい。しかしその凛々しい目つきと纏う空気が、かのトレーナーの辣腕ぶりも併せて引き締まった印象をダイナファントムに与えていた。
「あ、その……お、お疲れ様です、奈瀬トレーナー!」
そこに、自らの真横から声が発されたのをダイナファントムは耳にする。発したのは言うまでもなく、福井トレーナーである。
しかし聞こえた音はその内に、はっきりと緊張の色を宿していた。ただダイナファントムはそれについてわざわざ言及する必要すらも感じなかったし、そちらの方に目を配る必要も覚えてはいなかった。
どうせ、無駄に肩に力が入っているのだ。そう彼女は看破する。
しかし無理からぬことではあるのだろう。福井トレーナーがトレーナーを志し始めたそのころぐらいに、もうすでに「奈瀬文乃」の名前はウマ娘レースの世界に轟いていたのだ。トレーナー三年目にしてGⅠを四勝、リーディングトレーナーになり、そこから活躍を続けている奈瀬文乃という個人は、今やトレーナーの身にありながら日本のトゥインクル・シリーズにおける顔にも等しい。
齢三十七にして今の彼女はまさに充実期にあり、こうして真正面から相対することになれば、同じトレーナーとして気圧されるところがあるのは、ダイナファントムとしては理解できないでもなかった。
それでも正直なところ、ダイナファントムからすれば彼女の態度はあまり面白いものではなかった。
何となれば今の福井トレーナー――福井裕香は、
そんなわけで、彼女はその尻尾で以て後ろから自らのトレーナーの背中を一叩きする。「しっかりしろ」と、そういう意味を言外に込めていた。
軽くはたかれるような感触が背中を襲って、福井トレーナーは思わず横を見る。そしてその先、ダイナファントムが奈瀬トレーナーへ向ける眼差しを見てか、彼女は何かに気づいたかのように小さく息を呑んだ。
そのまま小さく咳払いをして、改めて奈瀬トレーナーの方へと向き直りつつ小さく頭を下げる。纏う空気からも、少しばかり緊張が和らいでいるのをダイナファントムは感じた。
それはきっと、その言葉を受ける奈瀬トレーナーの方もそうだったのであろう。二人のやり取りを黙って見ていた彼女はそこでようやく口を開き、言葉を返した。
「うん、お疲れ様」
少しだけその表情を緩めて、そこで続けざまに小さく手を叩く。ダイナファントムの方に、ちらと視線を向けた。
「そうだ。福井トレーナー、あとダイナファントムも。アイリッシュチャンピオンステークス、優勝おめでとう」
弾かれたよう福井トレーナーが奈瀬トレーナーを見る。視線の先。その表情は彼女には珍しく、どこか柔らかさすらも感じる笑顔であった。
「これでダイナファントムは海外GⅠ二勝目か。すごいね」
水を向けられたダイナファントムが、「恐縮です」と頭を下げる。しかしそこから矢継ぎ早に言葉を続けた。
「ですがそれにしても、福井トレーナーのご指導あってのことですから」
まごうことなき事実である。ダービーでディープインパクトに負けてから、ダイナファントムが己の望みに触れ、理解し、そして「領域」という一つ上の階梯へと自らを登らせるに至ったのは、よろずにつけ自らのトレーナーの、福井トレーナーの尽力あってのことだったのだから。
故にダイナファントムがそのことを強く主張すれば、我が意を得たりとばかりに奈瀬トレーナーもまた頷いた。
「当然。レースの中での僕たちトレーナーとウマ娘の関係は、二人で一つだからね。僕とディープも、当然そうだ」
「本当に。……宝塚記念では、お二人にはしてやられましたから」
「何の。春天で僕のことを出し抜いてくれたんだから、お互い様さ」
そこから始まるそんな丁々発止のやり取りの末に、ダイナファントムと奈瀬トレーナーは互いに笑い合う。
しかしそこにどこか置いてけぼりの様子の福井トレーナーとディープインパクトの姿を認めて、奈瀬トレーナーはその顔を真面目くさったものへと戻した。
「まあ、前置きはこのぐらいにしよう」
そう言って一呼吸置き、彼女は自らの他の三人を睥睨する。全員の耳目を集めたことを視認して、そのままに宣言した。
「取り敢えずこれからの二週間、僕たちはある種『仲間』だ。だからまずはここからの調整の方針を合わせていくのがいいと思う。それで、大丈夫かな?」
同意を求めるがごとくに視線を合わせてきた奈瀬トレーナーを眼前に、ダイナファントムと福井トレーナーは顔を見合わせる。
目が語っていた。二人ともに、否やはない。むしろこちらからすれば願ったり叶ったりというところであった。当日の戦術については伏せておくにせよ、天下の奈瀬トレーナーが持っているトレーニングノウハウを直で体験できる機会など、そうはない。
間違いなく後学のためになる。ダイナファントムにとってもそうであるし、また福井トレーナーにとっても、それは間違いのないところであった。
故にそのまま、奈瀬トレーナーの方へと視線を戻して無言で頷いた二人を見て、奈瀬トレーナーは今ひとたびその相好を崩した。
「よかった。それじゃ、ここから二週間、どうぞよろしく」
その言葉と共に差し出された右手を、福井トレーナーが握る。
ダイナファントムとディープインパクトの、初めての共同トレーニングが幕を開けた。
そこからの日々において、まず全員が取り組んだのが「馴らし」である。もう少し具体化するのであれば、ディープインパクトの動きに対する調整であった。
ディープインパクトにとって、今回参加する凱旋門賞は初めての海外レースであり、そして洋芝の環境である。
ただ、全く何の準備もしていなかったわけではない。ダイナファントムが聞くに、彼女と奈瀬トレーナーは今回のレースに向けての予行演習として、一度北海道にあるシャダイの外厩設備を使ってフォームの調整をしていたらしい。
何となれば北海道一帯というのは緯度と気候の関係で、ウマ娘用のレーストラックには洋芝が敷設されているからである。つまりディープインパクトはフランスへと乗り込むその前に、一度洋芝とはどのようなものであるかの体験自体は済ませていた。
ただ、だからといってフランス本土の芝の環境に慣れることができるかといえば、それは違う。
洋芝が匍匐茎を持たず、その生えている土壌の性質をダイレクトに反映する路面となることはウマ娘やトレーナーたちにとっては常識だが、その文脈にしたがえば、「フランスと日本のレース場では、土壌の質が異なる」のである。
つまり日本のレース場というのは、基本的には完全に人の手になるものである。ウマ娘が走りやすいように、山砂に土壌改良剤、つまり化学肥料を混ぜたものを一面に敷き詰め、その上に芝を植えている。
ところがヨーロッパのレース場というのは、基本的には「その場にある草原を囲ったもの」を起源とする。つまり「ウマ娘のための土壌改良」という視点は、あまり持っていない。例えばロンシャンレース場は人工的に造成されたレース場ではあるが、土はその近所にあるセーヌ川の土をそのままもってきただけだ。
さらにそれに加え、ペレニアルライグラスのみで構成されるフランスの芝路面と、「洋芝三種混合」と称される、粗いながらも地下茎構造をもつケンタッキーブルーグラスを含んだ北海道の洋芝コースの感触の違いも、シャンティイのトレーニング場に足を踏み入れたディープインパクトのことを大層困惑させていた。
一方ダイナファントムからしてみれば、それは自らがかつて通ってきた道である。当然、その苦労というのもまた等しく理解していた。
故に彼女は本当に親身になって、ディープインパクトに洋芝路面での走り方をレクチャーした。足を下ろしたときの感触の違いから、それを推進力に転換するときの姿勢、エネルギーを無駄にしない蹴り出し方に至るまで、文字通り一挙一動にわたってである。
如何に「天才」といわれるディープインパクトでも、しかしそれを一朝一夕に身に着けることは難しい。そこからというもの、ダイナファントムはディープインパクトのために、併走とビデオによるフォームチェックを繰り返し続けることになった。
それはともすれば、あまりに親切にすぎると評すべきことかもしれない。当日はライバルとなり、どちらか一方しか一着を取ることができない間柄となる相手に向けて、まさに「敵に塩を送る」ような行いそのものだと言えはしよう。
ただダイナファントムというウマ娘にとって、今この場所にいるディープインパクトは、ともに夢を追おうとする仲間でもあった。最低でも、ダイナファントムはそう認識していた。真っ向からの力の勝負を演じるための土俵を整えるための努力は、彼女としては惜しむわけにはいかなかったのである。
無論、彼女がディープインパクトに対して助力を行ったことで、彼女自身のためになったことも少なくはない。
まず第一に、「誰かに何かを教えよう」ということは、自らがそれを深く理解しなければならないということと同義である。裏を返せば、誰かにものを教える、自らのノウハウを言語に落とす過程において、自らの中においてもそれについての理解が深まるというのは、何かを学習する過程において有名な効能であった。「深い理解を実現するには、誰かにそれを説明しようとすることが大事である」というのはよく言われる話であって、それはダイナファントムにおいても例外ではない。
つまりダイナファントムは、ディープインパクトに洋芝での最適化された走り方を伝授する過程において、自らもその走りを洗練させていった。
より速く、より効率的に、より疲れにくく。キングジョージにおいて開眼し、アイリッシュチャンピオンステークスにおいて確立したダイナファントムの洋芝における走りは、それ故にこのタイミング、凱旋門賞の前において、ようやく完成の目を見たと言うことも、ともすればできた。
ダイナファントムが受けた恩恵というのは、実のところそれだけではない。というよりも、ここまでのことはあくまでもダイナファントム自身で見つけ出した副次的作用に過ぎない。むしろ本題というべきはここからであった。
即ち、ディープインパクトのトレーナーであるところの奈瀬トレーナーは、ダイナファントムがディープインパクトに向けて洋芝の走りをレクチャーするに当たっての見返りを用意していたのだ。尤も、ディープインパクトに対するアドバイスの類は彼女から依頼されてのことであったのだから、それは当然といえば当然である。
そして奈瀬トレーナーがダイナファントムに用意したその
それこそが、
基本的に領域を発現するウマ娘は、その発動に当たって何らかの「契機」のようなものを必要とするのが通常である。恐らくそれは、そのウマ娘が背負った「何か」の源泉に根差しているものであろうとされている。例えばダイナファントムの場合は、「最後の攻防の中で後ろのウマ娘が迫ってきたとき」、となる。
しかしそれでは、条件によってはいくらそのウマ娘が自らの根源に深く触れ合っていようとも、領域の発動に至らないことが往々にしてある。それはあまりに勿体ないということで、奈瀬トレーナーは自らの担当した何人かのウマ娘との触れ合いの中、一つの技術を編み出した。
それこそが、まさしく領域の任意発現である。奈瀬トレーナー曰く、「GⅠを複数勝てるほどの実力を持ったうえで、既に複数回領域を発現したことのあるウマ娘なら、大体やれる技術だよ」、ということらしい。
ちなみにディープインパクトが春先から急に捲り差しのレースをし始めているのも、この技術を会得して自ら領域の発現する位置と条件を調整することが可能になったから、ということらしい。なんとも恐ろしい話である、とダイナファントムは思わざるを得なかった。
ただ、その条件を聞く限りではダイナファントムにもそれを習得する資格はあるようだった。無論奈瀬トレーナーのほうも、それを分かっていたからこそ持ってきた話であるのだから、そうでなければおかしいと言えはするだろう。そもそもそのレベルの活躍ができるようなウマ娘などかなり数が限られているだろうという至極当然のツッコミはさておいて、ではあるが。
兎も角そういうわけでダイナファントムは、ディープインパクトに対して洋芝に関するレクチャーをする傍らで、まさにそのディープインパクトをアシスタントとする形で、奈瀬トレーナーが手ずから教授する「領域の任意発現」の特訓を並行して進めることになる。
一週前の追い切りを終わらせる二週間後までの、短くも長いひとときにおいて、それが二人にとっての日課となった。
限られた時間の中、ダイナファントムもディープインパクトも、持てる全ての力を、努力を尽くす。
これまでに二つの国のGⅠを勝ったダイナファントムにとって、しかしそれでも、次にやってくるレースにかかる「重さ」というものは、常に強烈に意識していた。
イギリスの三大平地レース――エプソムダービー、チャンピオンステークス、そしてキングジョージ――の一角を、確かに彼女は制覇した。それは間違いなく偉大なる功績だろう。それもまた、日本のウマ娘が誰も果たせなかった「悲願の成就」に相違はないのだから。
しかしそれでも、そうであっても、彼女が次に迎えるレースは、
その正体を形容することは難しい。言語化しようとすれば、ともすれば解けて霧散してしまうような無形の思いが、それでもそこに確かな存在感を持って、日本のウマ娘たちの、トレーナーたちのまえに立ちはだかっている。
だからそれは、ある意味においては「呪い」にすらも近かった。そう喝破してしまえるのであればどれほどに楽であるかと、ダイナファントムは苦々しい思いすらも抱えている。
ただその一方で、そうであるからこそ彼女たちの挑戦は、今何よりも大きな意味を持っているのだ。それをダイナファントムはよく理解していた。
「この二人が無理なのであれば、もうあと十年は挑む資格のある者すら現れないのではないか」。そんな言説が大手を振って語られることの是非は兎も角として、それほどの表現が自らとディープインパクトの二人に与えられていることをも、当然に認識していた。そう言う立場に己が置かれていることも、である。
ダイナファントムは、ディープインパクトは、その自覚を胸に抱えて、昼を超え、夜を超えた。「天命を待つ」と豪語し得るほどに、人事を尽くした。そこに妥協はない。
ダイナファントムの実家たるシャダイも、この時ばかりは全てを度外視してダイナファントムの支援に当たった。
それが最も顕著に表れたのは、トレーニング以外の環境、とりわけ健康面へのサポートである。彼らはなんとフランスに、専門の医療チームを現地に派遣していた。
レース直前での熱発によるスクラッチなど悪夢以外の何ものでもないとはいえ、その「一族総出」とも言えるやり方は、「任せるべきはトレセン学園やURAに任せる」という彼らの行動指針には反するものであったのは間違いない。逆に言えばそれほどまでに、今回のダイナファントムにかける彼らの期待というものは、並々ならぬものがあったのである。
ただこのサポート体制は実際のところ、ダイナファントムではなくむしろ
彼女は本番までの滞在期間中に、一度風邪をひいてしまったのだ。トレーニング開始から一週間と少しの頃だった。
日本とフランスの気候の差と、そして殊更に重いトレーニングの負荷が、ディープインパクトの自律神経に乱れを生んだ。それが故の体調不良は、最終的に彼女の中に肺炎の症状すらもたらしていた。
このままではトレーニングもそうだが、場合によっては当日に走ることも難しいかもしれない。早急な手当が求められていた。
それに対処したのが、何を隠そうダイナファントムのために手配されていたシャダイの医療チームである。彼らによってディープインパクトは的確な治療を施され、そしてわずか二日でトレーニングに復帰することが叶った。
スケジュールに穴をあけている余裕はない。想定外など許さない。シャダイにとってもダイナファントムにとっても、その包摂すべき対象には、ディープインパクトもまた当然に含まれていたのである。
斯くして二人のウマ娘の「運命の日」への準備は、静かに、そして着実に進む。
死角なく、油断なく、予断なく。
そしてその
折り重なった願いの果て、託された
この日に至るまでの過程の、その尽くの、答え合わせのときが。
――凱旋門賞が、始まる。