最終章、開始です。
例によって、ブリーフィング回となります。
辿るは、夢の跡
ダイナファントムとディープインパクトによる大激突の一年が明けて、新年のトゥインクル・シリーズ界隈は永らく続いた狂乱が一服した静寂の中に――なかった。
というのも、彼らは今一つの大論争の真っ只中にあったからである。
その内容は、この上なく分かりやすい。即ち昨年一年を振り返った時に、その最も活躍したウマ娘はどちらであるか、ということだ。
端的に言い換えれば、URAの関係者は昨年度のURA賞年度代表ウマ娘をどちらにすべきか、悩みに悩んでいた。
年度代表ウマ娘は、その一年を通して
その観点からすれば、宝塚記念、ジャパンカップ、そして有馬記念とシニアGⅠを三つ勝利し、そして国内においてダイナファントムとの直接対決を四勝一敗で大幅に勝ち越したディープインパクトに与えられるのが、一見して当然であろう。
しかし一方で、その対抗馬であるところのダイナファントムは、去年一年の中で日本のウマ娘レースの積年の願いを、不可能とすら思われた悲願を成就した。
日本出身、URA所属のウマ娘として、初となる凱旋門賞の制覇である。それを含め海外GⅠを二勝、そして春の天皇賞と合わせて獲ったGⅠは合計三つと、挙げた功績はディープインパクトに勝るとも劣らない。否、成し遂げたことのその偉大さという意味ではディープインパクトとは比較すべきものですらないかもしれない。
数字に、原則に則って、ディープインパクトか。
心情に、感性に則って、ダイナファントムか。
その両者に立つ記者たちが、或はトゥインクル・シリーズのファンたちが、有馬記念のあとからURA賞の投票が締め切られる一か月ほどの間侃侃諤諤の論を交わし、それはともすれば両者のファンの間に小さな対立すら生み出しかねないほどの激論をも呼び起こしていた。基本的には温厚を以て鳴るトゥインクル・シリーズのファンがそうなるのだから、そのきわどさは如何ばかりか、といったところなのであろう。
結局その争いは一つの
まずURA賞年度代表ウマ娘は、やはり原理原則に則らなければならないということで、ディープインパクトが受賞することになる。
しかし同時に、それに勝るとも劣らない実績で以て、そして「初めての凱旋門賞制覇」という偉大な、そして記憶に残る功績を挙げた事実を以て、ダイナファントムにはURA賞
これはいわゆる「張出」である。同年にURA賞を受賞するに値するウマ娘が複数いたようなときに、その選ばれなかったウマ娘にも栄誉を与えるために設けられる臨時の賞だった。ダイナファントムはそちらの方に推挙されて、URAの委員の満場一致で彼女に対するURA賞特別賞の授与が決定された。
兎も角も、昨年度に関連するあれやこれやの「後片付け」をURAの人間たちがそうして片付けていく、謂うなればある種の
URA、あるいはトレセン学園関係者のために用意された、職員棟の中にある応接室の一つに、四人の人物の姿があった。
ダイナファントムにディープインパクト、そしてそれぞれのトレーナーであるところの、福井裕香と奈瀬文乃である。
トレーナー陣は兎も角として、普段であればこの場所には絶対に足を踏み入れることがないであろうウマ娘の二人は、神妙な面持ちでありつつもどこか目新しさを覚えているのか、それとなく、しかし興味深げに辺りを見回している。
ことダイナファントムにとっては、それは意外なことのようにも思われる。「シャダイの関係者」という立場としてこういった部屋に立ち入る機会は、それまで十二分にあったかもしれないからだ。ただ事実として彼女もまたディープインパクトと同じように、トレセン学園においてこの類の空間に足を踏み入れるというのは完全に初めての経験であった。
そんな一連の動きが落ち着いたのち、改めて両者の陣営は正対して、そして勿体つけるように挨拶を交わす。
親しき中にも礼儀あり、である。今の互いの立場を踏まえて、それは今一度行わなければならない通過儀礼に相違なかった。
それが終わり、各々が着座して、そこからまずはと奈瀬トレーナーが口を開いた。
「ではとりあえず、この場は不肖この僕が取り仕切らせてもらうことにする、けど」
言いつつ、一度ちらりと隣の、ディープインパクトの方へと視線を向ける。
「といっても、この話の言い出しっぺは
奈瀬トレーナーは思わずと言った風情で苦笑する。そのまま目で曰くの「若い二人」――つまりダイナファントムとディープインパクトに対して発言を促した。
それを受けて徐に口を開くのはダイナファントムだ。いずれにせよあまり積極的に口を開きたがるわけでもないディープインパクトが、何かこの場における主導権を握ろうとするはずもなかった。
「ええ、まあ。福井トレーナーも、奈瀬トレーナーもご存知だとは思うんですが、
改めて口火を切ったダイナファントムが、どこか思わせぶりな表情でディープインパクトに目配せする。無言のままに頷いた彼女を見て小さく頷き返し、そして改めて全員を見回しながら言葉を続けた。
「有馬のあとにした話でもあるんですが。……私たち、これからの一年、何をしたいかという話になりまして、それで」
そう前置きをしたあとに、ダイナファントムはあの年末の中山のターフで、そして年始の栗東寮の中でディープインパクトと話し合ったことを、まとめて述べた。
ディープインパクトは、恐らくはかなりの確率でこの年がトゥインクル・シリーズを走るウマ娘としての最後のシーズンになる。競走能力という意味ではそれより先も長持ちはするであろうところだが、それでも彼女は後進の指導に当たる必要に駆られていたのである。彼女のことを招聘しようとしているのは、言わずもがなシャダイであった。
そしてそんな「最後の一年」を彼女は何のために使おうと考えたかといえば、即ちその目指すところは一つの大目標にあった。
――今度は自分が、凱旋門賞を勝ちたい。ダイナファントムの二着に惜敗した雪辱を果たしたい。
同時にそれは必然的に、また凱旋門賞の場に、あのロンシャンに今一度ダイナファントムを誘いたいということを意味していた。
もう一度あの場所でダイナファントムと戦って、今度は勝ちたいのだと。ダイナファントムから勝利をもぎ取らなければ、自分は真に凱旋門賞を得られたと己を納得させることはできないであろう、と。
仮に再びダイナファントムに敗れて凱旋門賞を獲れなかったとしても、自らのライバルたるかのウマ娘なしの凱旋門賞には、もはや価値を置くことなどできはしないのだと。
そう、ディープインパクトは主張していた。
その、謂わば「宣戦布告」に、ダイナファントムは喜んで乗った。
ダイナファントムは、ともすれば去年の凱旋門賞において、やろうと思えば「勝ち逃げ」できる立場にあった。それでもそのあと、ディープインパクトに連敗してでもその年のレースを走り抜き、そして今もう一年のキャリアを過ごそうとしているその原動力は、一つなのだ。
否、二つかもしれない。己が後輩、ダイワスカーレットと交わした約束は間違いなくダイナファントムのことをトゥインクル・シリーズのターフの上に縫い付けていた。
――共にレースをしよう、同じ競技者の立場で。そのためにダイナファントムが現役を退く選択を取り得ないのは間違いなく事実だ。
しかし今、ダイナファントムのモチベーションの源泉となっているのは、やはりそれとは別のところにあった。
つまり、ディープインパクトと共にレースを走ることが、勝ちを競うことが、鎬を削ることが、どうしようもなく楽しい。心が躍るのだ。
そうであるからこそ、彼女は今トゥインクル・シリーズの世界に身を置き続けることを、積極的に選んでいるのだから。
そして二人は、更にその上に立脚する一つの「大団円」を、望んでいた。
この年の末、ディープインパクトの引退レースになるであろう有馬記念において、彼女とダイナファントムだけではない、彼女の同期の、朋友たるウマ娘が一堂に会して、それまで叶わなかった願いを現実のものとしたい。
シーザリオも、ダイナファントムにディープインパクトも、更にはダイワスカーレットやウオッカも共に、同じレースを、中山のグランプリを、戦いたいのだと。……ラインクラフトに関しては、どうしても距離適性の差がある故に不可能かもしれないが。
ただそれでも、これまでにそれぞれに紆余曲折のあった者たちが、頓挫が、トラブルが、挫折があった者たちも、それでもあの場所で最後にまみえて、一つの体験を、心躍る勝負のときを、共有したい。せめて、最後には。
素朴で愚直で、それでも切実な祈りだった。
故にこそダイナファントムは、その全てを実現するための、一つの案というものを提唱していた。
「――そういうわけで、今年の私たちは基本的に、『海外を転戦したい』と考えています。そして最後は、有馬で締めくくりたいと。……まあ、宝塚も予定に入れようとしていますけど」
そしてそれは同時に、一つの意味合いを内包するものであった。
「それで、挑むレース選択について、ですけど」
そう前置いて、ダイナファントムは一度息を大きく吸い込む。二人のトレーナーの目線を一身に受けながら、彼女は己の考えを、率直に述べた。
「――
場の空気が揺らぐ。それはここにいる全ての者たちが内心に懐く情動のなせる業か。
無言の形でなされる催促に従って、ダイナファントムはその詳しいところをつづけた。
まずは三月末、UAE、ドバイはナド・アルシバレース場、ドバイワールドカップミーティングである。
ここではダイナファントムとディープインパクトが、
まずはダイナファントムが、芝のメインの一つ手前に行われる芝の千八百メートル戦、「ドバイデューティーフリー」に挑む。
去年ハーツクライと共にドバイに乗り込んでこのレースに挑んだハットトリックが十二着惨敗の憂き目にあっていたレースである。勝手ながらも、そのリベンジを果たす心意気であった。
それと同日、ディープインパクトは芝のメインレースたる「ドバイシーマクラシック」を戦い、ハーツクライに続いての日本ウマ娘による連覇を狙う。
互いが互いのパフォーマンスを引き出し合う関係の二人ではあるが、それでもその二つのレースに関しては、別々の参戦であっても必勝を期す、そういった心構えであった。
その後、六月に至るまではレースに出ずに主に欧州遠征のためのトレーニングに専念し、二戦目は宝塚記念とする。四月末には香港の国際GⅠ、二千メートル戦である「クイーンエリザベス二世カップ」がありはするものの、それに関してはシーザリオが年始開幕戦の日経賞――年末の有馬記念を前提に、距離適性を見るということらしい――に続く年内の第二戦目に予定していることもあって、ダイナファントムにせよディープインパクトにせよ出走は遠慮するという判断に至っていた。ドバイからはやや間隔が詰まっていることもあって、主眼となる欧州遠征の前の「寄り道」とするにはいささかカロリーが高いという話もそこにはあった。
斯くして英気を養い、洋芝に対する準備もしっかり整えたあとの三つ目が、いよいよヨーロッパ戦線である。時期は八月上旬、イギリスはヨークレース場にて行われる「インターナショナルステークス」を下半期初戦にして欧州における第一戦目に据えることを、ダイナファントムは目標に掲げた。
それは二年前、テイエムオペラオー以来となる――といっても彼女の場合はむしろグランドスラムだが――秋シニア三冠を達成したゼンノロブロイが、いよいよ満を持して遠征と意気込んで挑み、しかし最終直線で四、五人が横一線となる激しい競り合いの末に、エレクトロキューショニストにタイム差なし、クビ差で競り落とされて二着に敗れたレースでもある。
よってそれはある意味で、この次の戦いに向けてのステップレースのような意味を持ちつつも、日本のウマ娘としてはれっきとした「敵討ち」の意味合いを持っていた。
斯くなる臨戦過程を経て、ダイナファントムとディープインパクトは今ひとたび、凱旋門賞に挑む。
その狙わんとするところは無論、ダイナファントムはその連覇であり、そしてディープインパクトは日本で二人目の凱旋門賞ウマ娘となる栄誉を得ることに他ならない。
もはや日本の悲願としての、悲壮感すらも秘めた凱旋門賞というレースへの特別視は、確かに先のダイナファントムの制覇によって少しばかり薄れつつある。しかし同時に、それを一度限りのものとはしてほしくない心理がそこから芽生え始めていた。誰にといえば、日本のウマ娘レースの関係者すべての胸中においてである。
一つ願いを叶えれば、また一つその先が欲しくなるのは人間の性であり、故にダイナファントムとディープインパクトの再びの挑戦は、「結局が『
彼女たちが二度の凱旋門賞への挑戦を経て持ち帰るであろう教訓にしても、後年に同じくロンシャンに挑むウマ娘たちの手助けになるであろうこともまた、十二分に期待されるものだろうという皮算用も、そこには存在していた。
それが終われば、いよいよクライマックスがやってくる。帰国しての最終戦、一年の締めくくりであり、ディープインパクトの引退レースでもあるところの有馬記念だ。
そしてそここそが、ダイナファントムやディープインパクトの、そして「連星の時代」を作り上げた同期のウマ娘たちの大団円である。そうであってほしいと、願っていた。
故にこそ彼女たちは、ともに同じ時代を戦い抜いた芝路線の同期たちを、ここに集めることを望んでいる。短距離路線に進み、年末は香港国際競走への出走を計画しているらしいラインクラフトはさすがにその場に間に合わないだろうが、それでも今年の秋は国内専念だと表明しているシーザリオの方は、暮れの中山に出向いてくれるものと考えていた。
そしてディープインパクトとダイナファントムの後輩であるウオッカとダイワスカーレットの二人もまた、その場で共に雌雄を決することのできる資格を得るに値する結果を出しているものだと、信じていた。
兎も角、ここまでのすべてを合わせて、年五走のローテーションである。そう振り返ってみれば、シニア級の一線級ウマ娘としては、多くも少なくもないちょうどいい塩梅であるといえるだろうか。国内のシニア王道路線を前哨戦を踏まずに走ればそれと同じぐらいと考えれば、これ以上使い詰める意味も、あまりないであろうとしたところであった。
それは即ち、まさしくこれまでの日本のウマ娘レースの、海外での挑戦の歴史を辿りながら、彼女たちの忘れ物をすべて回収して、その最後に世代の総決算を華々しく執り行うという、途轍もなく野心的な、気宇壮大な計画であった。
数多の先達たちが描いた夢の跡を旅路として、零してしまったものも、叶えられたものも全てを拾い上げて、二人の紡ぐ歴史の集大成とするのだと、それが私たちに課された最後の役目になるのだと、そういうことを、彼女の言は意味していた。
その一部始終を、ディープインパクトと合わせた内容を滔々と語り終えたダイナファントムのことを、奈瀬トレーナーはまじまじと見てきた。
「それはまた……なんともスケールの大きい話だね」
その声色の中には、少なくはない驚きの含みが内包されている。しかし同時に、ダイナファントムのことをじっと見据えるその眼差しが、この上なく雄弁に語っていた。
――面白い、と。
「でも、挑み甲斐がありそうだ」
それは当然に、言葉となっても表れる。覗く瞳の奥できらりと光が瞬いて、奈瀬トレーナーの表情が、小さな、しかし不敵なまでの笑みを模った。
「当然、僕たちもライバルではあるけど……それでも、僕とディープなら、君と福井さんなら、それ以外の誰にも負けないって、自信を持って言えるよ」
だから、と一言言葉を継いで、奈瀬トレーナーはずいと身を乗り出した。
一度さらりと三人を見渡して、更に頬に浮かべる笑みの色を濃くして、一言彼女は言い切った。
「獲ろうか、全部。――世界を」
野心的で、大胆で、しかし確信をもった響きで発されたそれに、全員が頷く。
斯くしてそれは、二つのチームにおける合意となった。
――世界の全てに、二人のウマ娘が、二つのチームが、消えない蹄跡をしかと刻む。
この日定められたそのビジョンこそが、この年のダイナファントムとディープインパクトにとって、自らがターフの上を駆けるための動機となり、そして目的ともなった。
故にその日以降、弛緩していた彼女たちの纏う空気が引き締まり、戦いの場へと至るための準備も、少しずつ整えられていくこととなる。
またその日々の中で時は下っていき、一月の末のURA賞授賞式典の席上において、かの日に決められたその大目標が、今年のレースのスケジュールが、去年のそれと軌を一にするように、ディープインパクト陣営とダイナファントム陣営の共同の会見の形で世に出される。
国内二戦、海外三戦。海外のGⅠレースを、併せて四つ。目指すは日本も含めて、四か国の頂点。
その全てをことごとくこの二人で以て平らげてみせようというあまりに野心的なその発表は、またセンセーショナルな見出しと共に紙面やネット記事を飾り、トゥインクル・シリーズのファンたちの目に届いた。
「『連星の二人』、今年の目標はスバリ『世界征服』」。挑発的で、しかし中らずと雖も遠からずなその評は、世界を転戦することになる二人のウマ娘において、
斯くして彼女たちの一年は、その約束によってようやく始まりを告げるに至った。
日本より出でて、世界を制さんと欲する。その手始めとなる最初の戦いの舞台は三月の下旬、中東UAEはドバイである。
URA賞受賞式から二か月足らずの先に臨むその舞台は、抜かりなく準備を進める彼女たちの目の前に、それでも着々と近づいていた。
元のダイススレに参加されていた方はお分かりだと思いますが、このシニア二年目に関してはもはや元のダイススレの原形を完全に留めないオリジナルローテです(共通しているのは、宝塚記念、凱旋門賞、そして有馬記念の三戦のみ)。ダイススレ原案SSの風上にも置けない。
ただ、已むに已まれぬ事情があります。というのも元スレのシニア二年目に関しては、前年度と同じレースが繰り返される部分もありますが、それ以上にいくら何でもあり得ないローテが組まれたり(宮記念(!)→春天→安田(!!)→宝塚とかスプリンターズS(!!?)→凱旋門賞とか)してるので、こうなれば完全オリジナルで行くしかないかなと考えたためです。
何卒ご寛恕いただければと思います。