自らの戦いと、そして勝利のあとの少々のインタビューを終えて、ダイナファントムは「チームジャパン」の控室へと戻ってきた。
そんな彼女は、この場に集った日本勢のウマ娘たちに、そしてトレーナーに、拍手を以て迎えられた。一足先に戻ってきた他のドバイデューティーフリーの出場組たる二人、アドマイヤムーンにダイワメジャーを含めてである。
確かに今回のドバイワールドカップデーにおいて、ダイナファントムは日本勢初めての勝ち星を挙げたウマ娘であった。そういう意味においては、自らの勝利は確かに祝されるに値する一定の価値を持つものであるという自覚も、ないわけではなかった。
ただそうであっても、少しばかり面食らうものがあったのは事実である。特に自らが二着に負かす形になったアドマイヤムーンが、未だその青い勝負服を脱がないままにダイナファントム目掛けて手を叩いていたことに、些か以上の驚きを覚えていた。
しかしそれをこちらからとやかく口にするのは野暮の極みである。ただ黙って方々に頭を下げ、謝意を伝えてから、ダイナファントムは一目散に一人のウマ娘のもとへと足を進めた。
つまりそれは言わずもがな、ディープインパクトのことである。
ダイナファントムにとってどこまでも見慣れた小柄な鹿毛のそのウマ娘は、これもまた見慣れた、金色の鋸歯型の装飾が映える勝負服を、すでにその身に纏っていた。
次のレースの開始まで、あと三十分と少しだ。まさに今、ディープインパクトはこの場から発ち、今日の戦場へ、ドバイシーマクラシックのターフの上へと出向かんとしていた。
隣に佇む奈瀬トレーナーに目配せをし、会釈を交わして、ダイナファントムはまたディープインパクトの方へと向き直る。
薄氷と柘榴の光が、中空にぶつかる。互いに互いの姿を視認して、そこにしばしの静寂が生まれた。
その始まりに言葉はなく、それでもダイナファントムは、ディープインパクトは、互いがこれから伝えんとしているものがなんであるかを、きっと理解していた。
二人の間を結ぶ沈黙を破るように、ダイナファントムがその口を開いた。
「ディープ」
呼びかけて、また一度呼吸を入れる。言葉を選ぶようにその胸に手を当てて、そこからまた、彼女は言い切った。
「
何をか。目的語を失った物言いでも、しかし二人の間ではそれで十分に過ぎた。
「落とせないのは、同じだ。私も、きみも。だから次は――」
そこまで続けたダイナファントムの言葉を、小さくも澄んだ響きが遮る。
「――私の番」
その主など、言うまでもない。すっと上げられた顔が、そこに宿る双眸の光が、内に宿る意思を深く代弁している。
この「祭典」に臨むウマ娘たちの中で、故にこそダイナファントムは、そしてディープインパクトは、文字通りの「必勝」を期していた。その先には勝利しか、見据えてはこなかった。
それを遂げたのがダイナファントムで、そしてこれから遂げるのがディープインパクトである。二人の抱える意思はただそれだけであり、だからこそそれ以上の言葉は、恐らくは必要なかった。
互いに頷いて、瞳が逸らされる。ダイナファントムの背後、控室の出口を見据えて、ディープインパクトはその歩を踏み出した。
擦れ合う袖の、肩口の感触を残し、ディープインパクトはダイナファントムの目の前から去ってゆく。しかしその刹那に、ディープインパクトは不意に立ち止った。
「ファン」
呼び声に、ダイナファントムは振り向く。その視線の先、ディープインパクトは半身になって、彼女の方へと目線を向けていた。
なにか。そう促すより先に、ディープインパクトが切り出す。
「忘れてた。……おめでとう」
ああ、とダイナファントムから声が漏れる。言われてみれば確かに、目の前のウマ娘からはつい先ほどの勝利については祝われていなかったな、と今更ながらに思い至った。
「うん。ありがとう」
「それと」
返した言葉に被せるように、ディープインパクトが続きの言葉を発する。そしてその瞬間に、彼女はわずかにその相好を崩した。
「――今日。
思わず目を瞠ったダイナファントムめがけて投げかけられたそれは、まさしく今しがたの彼女の心中を、心の動きそのものを、言い当てていた。
レースを走ることを、楽しいと思った。あのカクテルライトの下、高揚する気分を抑えることなく走った千七百七十七メートルの旅路を、ディープインパクトは理解していた。共感していたのだ。
そのことに気づいて、ダイナファントムもまた小さく笑んだ。
――なるほどこれは確かに、我が最大の好敵手にして僚友であるな、と。
「そうだね、楽しかった。だから、きみも。次は、きみが」
故に意趣返しにと投げ返したそれに、ディープインパクトは小さく頷く。
「ん。……行ってくる」
その会話を最後に、いよいよディープインパクトは、この控室から去っていった。
ドバイシーマクラシック、発走予定時刻の三十分前のことであった。
ナド・アルシバレース場のスタンド前、ホームストレッチの入り口すぐの位置に、スターティングゲートが据えられる。ドバイワールドカップデーにおける謂わば「芝のメインレース」、ドバイシーマクラシック、芝の二千四百メートル戦の出発地点は、つまりその位置にあった。
ゲートの裏側、千二百メートル戦を行うための引き込み線のあるエリアから、出走する十五人のウマ娘*1が次第に集まり、ゲート入りを始めていく。ディープインパクトに割り当てられたのは、同じく日本からのウマ娘であるポップロックの一つ右隣、十一番ゲートだった*2。いつも通り、促されるでもなくおとなしく、そして粛々とゲートの中に納まったディープインパクトは、その中で一人軽く瞑目して気息を整えていた。
夜の闇と燦然たる照明の生み出す非日常感は、現地追い切りのためとして供されていたものと全く同じ環境であるにもかかわらず、ディープインパクトの心中を否応なしに昂らせていく。
それは歓迎すべきものであると同時に、彼女の中の前進気勢に必要以上に火をつけてしまう可能性も否めないものではあった。故にこその今の彼女の振る舞いであるとも言えた。
そんなディープインパクトをよそに、枠入りはどこまでも淡々と進む。十五人があまり秩序立つことなく行われる枠入りには多少の時間を要して、しかし二分としないうちには、すべてのウマ娘の態勢が整った。
そうすれば、彼女たちの目の前を遮る扉が開け放たれるのは、すぐのことだ。
『ドバイシーマクラシック、出走ウマ娘すべて体勢整って――今スタート!』
ディープインパクトはその音に導かれるように、いつもよりも落ち着いた形で夜のドバイのターフの上へと飛び出した。
異国の地でレースをするのはこれで二度目ではあるが、ディープインパクトは何故か日本ではないこの場所において、ゲートをいつも以上にすんなりと出ることができていた。日本ではメディアからもファンからも「軽度のゲート難」の烙印を押され、確かに出負けしたレースの方が圧倒的に多い彼女のスタイルに比べて、凱旋門賞にせよこのドバイシーマクラシックにせよ、傍目から見てもまさに見違えるようなスタートであった。
兎も角そのままぽーんと先頭集団に取り付いてしまうほどに素晴らしいスタートを、ディープインパクトは切っていた。隣ではっきりと出遅れた形になったポップロックとは対照的である。そしてその状況で彼女は、ちらと周囲の状況を視界に収めた。
まずは内側だ。ばらついたスタートとなった今回のレースで、まず先陣を取ろうと駆け上がるのは四番、ヴェンジェンスオブレインである。香港からやってきたウマ娘だ。その他には二番のオラクルウエスト、六番のベストアリビの三人が先頭を競うような姿勢を見せていた。
ただ、ディープインパクトは自分が刻んでいるテンのペースと比較考量して、「このレースの出足のつき方は
よってディープインパクトは、この時点で二つの戦略を想定した。
一つはこのまま先団、前から三番手四番手の位置につけ、前半の千を過ぎたあたりから前に圧力をかけ始め、最終直線に入る六百メートルから進出する方法。
もう一つは中段やや後方に下げてペースを判断し、遅いと見れば最後のカーブの手前、「ワイヤーハンガーの左辺」の中間あたり、ラスト五ハロンから捲り上げてロングスパートで押し切る戦い方である。
八百メートルにも及ぶ長い最初の直線はディープインパクトにその二つの作戦について考慮するための時間を与え、しかし彼女は程なくして、一つの方法を選んだ。
『ディープインパクトいいスタート、今日はうまく出ましたディープインパクト、果たしてどの位置取りか。ポップロックとユームザイン、この二人がやや後ろから、一方でオラクルウエスト、ヴェンジェンスオブレイン、そしてベストアリビの三人が内枠の有利を主張しようと前へ前へと出ていく姿勢で、しかしなんとディープインパクトはその
つまりディープインパクトは、自らの出の良さを活かすには、このはっきり遅い流れを前受けしてしまうのがよいと考えた。二番手を進むヴェンジェンスオブレインの半バ身後方、やや外目の三番手につけたディープインパクトは、隊列が固まり始めた辺りでやってきた最初のコーナーで、しかし
『と、ここで、第一コーナー中ほどでディープインパクト少し前に出していく! ヴェンジェンスオブレインかわして単独二番手、更に後ろから四番手キジャーノもその外を回ってこれが三番手です』
ディープインパクトの動きに着目していた日本の実況が、やや驚いた口調でそれに追随する。果たしてコーナー半ばで単独二番手の位置を確保したディープインパクトは早々に進路を内に取り、先頭ベストアリビの丁度一バ身後方の辺りに首尾よく陣取った。
本来の想定よりも一列手前の位置取りである。しかしそうなった理由というのは結局、ディープインパクトたち日本のウマ娘が慣れ親しんだ
兎も角も今の時点において、ディープインパクトは全く無理をしていない。寧ろ日本のレースにおける最後方追走の脚とほぼ変わらないかそれより緩い流れの中で、ディープインパクトは番手の位置取りを取れていた。取れてしまっていた。
斯くしてその辺りで隊列の入れ替わりが落ち着き、バ群の動きも穏やかなものになる。
先頭のベストアリビは後ろ側のディープインパクトたち番手集団の動きには全く関わりないといわんばかりに自らのペースを維持していて、結果ディープインパクトも自分からペースメイクをする気は現時点でない以上、その流れにただ淡々とついていく。
先頭と番手の二人が一度作り出した流れに逆らうことは、更に後ろのウマ娘にとっては難しい。そういうわけでその時点において、このドバイシーマクラシックというレースははっきりと、「先頭がドスローな流れを作る中前受けして先行策を取ったディープインパクト」の図を、その場に現出させていた。
その形で隊列がまとまったところで、バ群は最初のコーナを回り切り、二つ目の直線、「ワイヤーハンガーの右辺」へとたどり着いた。
『さあ最初の位置取りの攻防、八百メートルほど続いたやり取りが終わってここで一度流れが落ち着きそうか。先頭ベストアリビ一人悠々と逃げて、その一バ身ほど後ろにぴったりつけてディープインパクト、日本のディープインパクトこの位置で追走、三番手はここで外からホスト上がってきてディープインパクトのわずかに後ろ、半バ身後ろに外の方からつけてバ体を併せに行こうかという態勢。その後ろ、ディープインパクトの真後ろ一馬身の位置にキジャーノ、その後ろに内ヴェンジェンスオブレイン、外サーパーシー、更にその後ろがオラクルウエスト、そこにベラミーケイ、ハニーライダー三人固まって、更に後ろにレイヴロック、レッドロック、スシサンがまた一団、その一列後ろ、最後方の集団ですがユームザインとオブリガード、そしてこの並びに日本からのもう一人のウマ娘、ポップロックがいます。番手追走ディープインパクトと最後方ポップロック、日本のウマ娘は対象的なレース運びとなっています今年のドバイシーマクラシック』
隊列の構成は概ね実況が述べる通りである。欧州のウマ娘らしい間隔の詰まった隊列で、それは十五人という多人数レースでありながらも先頭からシンガリまで十馬身あるかないかという固まりかたである。実際にテレビに映る彼女たちの姿は、欧州レース特有の先行する車からの斜めの画角がなせる業の部分も多分にあるとはいえ、本当に「一塊」としか形容しようがないほどに詰まり切ったバ群として映し出されていた。
そして先頭のペースの緩い、末脚勝負のレース展開が予期されるのであれば、最上位のトップスピードと持続力を誇る脚を持つディープインパクトというウマ娘にしてみれば、今の番手追走の形はもはや「願ったり叶ったり」といったところである。しっかりと風除けのように、先頭を走るベストアリビの真後ろのポジションを維持しつつ、ディープインパクトは好機の抜けだしを意識した位置取りのまま、流れに乗る形で、あるいは
そんなディープインパクトたちのレースの様子を、ダイナファントムは
側らにトレーナーを伴うことすらもしない、文字通りの一人での観戦だ。ゴール前に映し出されるターフビジョンと、現地の英語の実況を耳に、ダイナファントムはディープインパクトの走りを、その選択を、文字通りの最前列からその目に焼き付けていた。
先行策というのは、ディープインパクトにとっては恐らく初めての戦術だ。去年の凱旋門賞において、他のウマ娘と比較して行き脚がついたことで押し出されるように一時先行ポジションを取ったものの、それでもあの時の彼女はすぐにハリケーンランや他の幾人かのウマ娘に先行を許す形で中段に控えていた。
兎にも角にも今までの彼女は、欧州の緩い流れのレースの中でもみずから展開を作りに行くようなポジション取りはしてこなかったのである。
が、今回は見ての通りであった。
確かに、今回のこのドバイシーマクラシックは、あるいは今回「も」と表現すべきかもしれないが、ペースとしては非常に遅い。このナドアルシバレース場は平坦なコースレイアウトで、特に備えるべきアップダウンがあるわけでもないにも関わらず、である。事実として、一つ前のレースで実際に走ったダイナファントムとしても、そこまで時計のかかるバ場であると感じたわけでもなかったし、実際にコースレコードを彼女は出した。
それでも現状は斯くのごとしだ。場内のアナウンスは、前半の千メートルの通過を六十四秒五と伝えていた。つまり日本式でいえば六十三秒ジャストで、これをスローと呼ばずしてなんと呼ぶかと思えるほどの、極端なスローとも言えた。
ならば基本的にはレースとしては前残りになりそうで、位置を取れるならば取りに行った方がよいのは自明の理である。しかしそうであってもディープインパクトが今までやってこなかったポジション取りを選んだ理由には、多少なりとも彼女の意識の中で変わった部分があったのではないかと、ダイナファントムは密かに心の中で推量をしていた。
それはまさに、去年の凱旋門賞の反省でもあるのだろう。超越的なロングスパートの能力を活かした「捲り」は確かに今のディープインパクトの強力な武器ではあるが、そもそも捲らなければならないレース運びは、効率としては決してよくはないものだ。展開によっては位置を取りに行くある種の自在性を身につけられるのであれば、その方がよい。
故にこそ今まさに彼女は、このGⅠ、ドバイシーマクラシックの本番の場において、それを試そうとしている。そういう態度であるとも、ダイナファントムには思われた。
そして今、ディープインパクトは前半の六ハロン分を通り過ぎ、二つ目の鈍角のコーナーを経て二つ目の直線、「ワイヤーハンガーの左辺」へと向いた。その間において、ディープインパクトの真横、右の辺りで彼女のことをかわして更にベストアリビにすら並びかけんとしたウマ娘、ホストがいたものの、前を走る二人、ベストアリビにせよディープインパクトにせよ、それに構おうとは思わなかった。わずかにディープインパクトがベストアリビの外に持ち出して、自らの進路を塞がれないように立ち回った程度のことである。そうすればホストのほうはホストのほうで今更ハナを取っても仕方がないと、あっさりとまたディープインパクトをマークするような右斜め後ろの位置に納まった。
総じて小競り合いにも似た流れではあったが、しかし同時にディープインパクトにとってそれは一つの呼び水であり、都合がいいとも言えた。つまりコーナーをもう一つ回ったらもう最終直線で、自らの進路を確保しなければならないところであったディープインパクトにしてみれば、今の流れの中で自然とベストアリビから身体を半分ほど外にずらした位置取りでここからの動線を確定させたことは、逃げのウマ娘の番手につけて風除けの効果を得るというメリットを期待できなくなったものの、それを補って余りあるリターンをその内に含んでいた。このまま後ろが仕掛けていく中で進路をふさがれたまま内に閉じ込められるのは、番手追走のウマ娘としては最悪の展開である。いわゆる「前壁」という現象だ。
しかしそうなることなく自然と前を見据えて走れる態勢を作ったことには、ディープインパクトとしては間違いなく意味があった。
故に彼女はそれからずっとその位置を維持したままに二百五十メートルほどの短い第二直線を進んで、いよいよバ群は固まったままに最後のコーナーへと進んだ。
鋭角の、それでも大きなそのコーナーを進んで、最終盤に向けて、各々の思惑と仕掛けが入り交じり、集団の中は一気にあわただしさを増してゆく。
『バ群固まり未だ見合ったままここが最後のコーナー、先頭ベストアリビにその後ろディープインパクト、外につけるホスト、その後ろサーパーシー、ヴェンジェンスオブレインここでやや動いているか三番手集団の内、オラクルウエストとユムザインがその更に後ろ、いくらか仕掛け始めたか? 日本のウマ娘ポップロックは未だ最後方だ! そして今、さあここで十五人最後の勝負に入る! 最後の直線、六百メートルの真っ向勝負だ!』
斯くしてその流れをそのままに、あるいは自らの味方として、ディープインパクトは最後の攻防の時を迎える。
なればもはやここからの彼女を止める者など、あのトラックの上にはどこにもいはしない。
ディープインパクトが、更に体半分外へとずれる。
ベストアリビの一列外、その全身がしっかりと先を見据えるその場所で、彼女の姿勢がぐっと沈んだ。
そしてそれの生み出す大いなる力は、瞬後において誰の目にもわかる形で、ディープインパクトの身体を強く前へと押し上げた。
文字通り、景色が変わった。
『ここで! ここで満を持して! 満を持して仕掛けたぞディープインパクト! 後ろサーパーシー粘って中からはヴェンジェンスオブレイン伸びる! しかしそんなことは関係ない! あっという間にベストアリビかわしてディープインパクト今先頭! ディープインパクト先頭!』
番手追走から鋭く突き抜けて見せたディープインパクトが、何もかもを置き去りにする脚を使って後続を引き離していく。
今日の彼女は前受けだった。つまり追走には後方勢よりも脚を使っている。それが普通の見方である。
しかし今日の追走ペースは、つまるところディープインパクトには
そしてそんな中で超抜の上りを使ってダイナファントムと真っ向からぶつかってきたのがディープインパクトなのだ。ならば今のこのレースのペースなど、欠伸が出るほどのものだといっても過言ではない。
その結果として、ディープインパクトの現状がある。文字通りモノの違う脚を番手のポジションから繰り出して、もはや残り三百メートルの地点において後続につけた差は五馬身六馬身の域に達しようとしていた。
『これは違う! まるで次元が違っている! ディープインパクト先頭! ヴェンジェンスオブレイン二番手! 後ろ抵抗するサーパーシー、上がってくるのはオラクルウエストとユムザインで三番手争いか! しかしもはやそれは
最後の攻防への歓声と喧騒が出迎えるホームストレッチの上を、ディープインパクトが翔んでゆく。何者も彼女を止めることはできず、差を詰めることも叶わず、寧ろその決定的な彼我の距離は未だ開き続ける。
最後の百メートル、見る者の目に映るのは、ディープインパクトというウマ娘の実情だ。
シニア二年目においてとうとう完成の域に達したかのウマ娘は、これほどまでに他のウマ娘と「違う」存在に昇華したのだと、そのことを観衆は否応なしに意識する。
そしてその末に、まさにその別格さを世界の全てに見せつけるように、いとも容易く成し遂げたかのような軽々としたストライドをそのままに、衆目の中、ディープインパクトは一人決勝線を跨いだ。
『誰も追えない! もう届かない! これこそが「違い」! これこそが「真価」だ! 十四人から遥かに抜ける、まさに圧勝! 大楽勝! ディープインパクト、今一人――ゴールイン!』
ボルテージが頂点に達した実況の言葉に倣うかのような、「見せつける」が如きの勝利であった。
結局その日、ドバイワールドカップミーティングにおいて、日本勢は芝のレースで二つの勝利を得た。
一つはダイナファントムの、コースレコードを叩きだしたスピード勝負によるドバイデューティーフリー、そしてもう一つが、決め手の切れ味、ただそれだけで後続を
それは言うなれば、それぞれが己の持つパフォーマンスを最大限アピールする形での快勝劇であった。
フランスはロンシャンで世界を震撼させた二人のウマ娘は、まさしくこの二つのレースによって、今年における自らの健在ぶりを、強く強く全世界に印象付けた。
――また、凱旋門賞を獲りに行く。
そんな世迷言にも似た二人のかねてよりの意向が、確かな現実味を以て人々に受け入れられた瞬間であった。
Race result: Nad Al Sheba; Dubai Sheema Classic (Group 1)(12T, AC, Good)
1st: Deep Impact
2nd: Vengeance of Rain 9.L
3rd: Oracle West 1 1/4.L
Last 3F: 33.3 (11.0-11.0-11.3)
Total time: 2:29.22*3