双子星の円舞曲   作:厳冬蜜柑

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もともと次話とセットの話でしたが、文字数が多くなりすぎたので切り分けます。
ということで少しボリュームは少なめです。

一方そのころ、的なお話。


新時代の萌芽

 ドバイの夜天の下に、「今年の世界のウマ娘レースの主役()私たちだ」とばかりにその強さを誇示したディープインパクトとダイナファントムの二人は、その勝利を殊更に喜ぶこともなく、すぐに帰国の途に就いた。

 ディープインパクトはGⅠ勝ちがこれで六つ目、ダイナファントムに至ってはなんと八つ目である。特にダイナファントムについては、彼女自身の価値判断は別として、その被った冠の数でいえば「皇帝を超えた」というのは一面の事実としてそこにあった。

 つまりこの二人のウマ娘にとって、GⅠの勝利というのは一種の日常になりつつあった。無論彼女たちとて、GⅠの頂に至るその意味も栄誉も位置づけも、断じて軽んじているわけではない。しかし彼女たちの掲げる「目的」の前では、目の前のGⅠ一つというのはある種の通過点であったし、そしてそうでなければならないものでもあったのである。

 

 果たして彼女たちの敷く「連星の時代」を目の当たりにした日本の、そして世界のウマ娘レースのファンは、二人がこれから往くであろう世界を股にかけた旅路の中で得られるであろう勝利を、受けるであろう名誉を、鮮明なまでに脳裏にイメージした。

 「この二人が互い以外に負ける姿が浮かばない」。もはやそれは「絶対の代名詞」であるようにも、思われた。

 確かにこの年の主役も、彼女たち二人の日本のウマ娘であるのだろう、とも。

 

 

 

 しかしである。ウマ娘レースのシーンというのは、必ずしもこの二人のみによって回っているわけではない。

 ウマ娘レースの、トゥインクル・シリーズの華の何たるかを問われれば、かなりの人々がこう答えるだろう。

 即ち――クラシック戦線である、と。

 つまりダイナファントムとディープインパクトが日本へと戻り、凱旋の会見をさらりと済ませたその辺り、四月上旬というのは、新時代のウマ娘たちの競演、クラシックの季節に他ならなかった。

 

 ただ、今年のクラシック戦線というのは例年のそれとはいささか趣を異としていた。

 普段、デビューから二年目のクラシック級のウマ娘たちにおいて、そのクラシック戦線の主役となるのはいわゆる「クラシック」、つまりトリプルクラウン路線である。二千メートルから三千メートルまでの幅広い距離を走ることで総合力を問われ、「強さ」を持ったウマ娘が生き残るのがこちらの路線であると見られてきたからだ。

 反対側の「ティアラ」――トリプルティアラ路線はといえば、オークスに行くことなくマイル・スプリント戦線へと向かう者や、「ティアラ限定」競走をそのキャリアにおける主戦場とする者と、トゥインクル・シリーズにおける「王道」とは少し毛色の違う存在であると常にみられてきた。言ってみれば「脇役」である。

 

 それでも、この年ばかりは違う。今トゥインクル・シリーズのファンたちがクラシック戦線において熱視線を注ぐのは、寧ろ()()()()()()の方であった。

 理由は単純である。この世代はむしろティアラ路線の方にこそ、期待される素質を持ったウマ娘が集中する特殊な状況にあったからだ。

 

 それは三人のウマ娘に集約されていた。

 即ち、ウオッカ、ダイワスカーレット、そしてアストンマーチャンである。

 特にウオッカとダイワスカーレットは、それぞれ今のウマ娘レースの頂点に座するディープインパクトとダイナファントムに深く薫陶を受けていることを公言していることもあって、ともすれば彼女たちはその背後にディープインパクトとダイナファントム、「連星の時代」の二人の影すらも見据えていた。そういう物語性もまた、彼女たちティアラ組の注目度合いを後押ししているとも、ともすればいうことができた。

 

 ただその一方で、予てよりの識者の見立てから、この三人の正確な適性はそれぞれやや異なると言われてもいた。

 

 即ちまず、極端に回転の速いピッチ走法で走り、強烈な加速力と強い前進気勢を持つアストンマーチャンは、基本的にはスプリンターである。

 次に、仕掛けどころでの鋭い瞬発力に長け、決め手勝負にめっぽう強いウオッカは、マイルこそが主戦場だ。

 そして上背こそそこまでではないものの、力強さを感じさせる骨格と雄大なバ格、そこから繰り出される跳びの大きい走法でトップスピードを長く維持できるダイワスカーレットは、中距離から或は長距離にも手が届くウマ娘となるだろう。

 そういう見立てが、ファンたちの中ではもはや主流となっていた。

 

 

 

 実のところ、彼らの予想というのは正しかった。否、桜花賞の枠順発表に合わせるような形の合同インタビューの中で、三人それぞれに訊ねられた次走以降の展望について、彼女たちは答えていたのだ。

 

 まずはアストンマーチャンだが、これは大方の予想通り、次走にNHKマイルか、もしくはスプリンターズステークスを据えていた。いってみればラインクラフトと同じようなローテーションだろう。

 ダイワスカーレットは、どこまでも王道である。桜花賞の次はオークス、そしてそのまま秋華賞やエリザベス女王杯とオーソドックスな路線に進む。

 

 そして最後、ウオッカはというと――桜花賞のあとに、()()()()()()()()()()()()()()ことを公言した。

 

 それは多大なる衝撃を以てトゥインクル・シリーズのファンたちには迎えられた。ティアラ路線を選んだウマ娘が、わざわざダービーを選んで出場してくるなど、常識では考えられなかったからだ。ならば最初から皐月賞を、トリプルクラウン路線を選ぶのが普通だろうと、そう考えるのは自然としたものであった。

 菊花賞に出たくないからか。そう考える者もいた。仮に皐月賞もダービーも取れてしまった場合、三冠を期待されるそのウマ娘はいかに距離不安があろうと、菊花賞には出ざるを得ない。近年ではネオユニヴァースがそうであったし、昨年のメイショウサムソンもまたその類のウマ娘であった。そして案の定距離の壁に敗れ、三冠達成とはならなかった。

 つまりそれを嫌って、桜花賞への参加を、ティアラ路線をベースとすることを決めたのか。そういう推論である。

 

 確かに、一面ではそれは正しかった。

 ウオッカに長距離を走る能力は、適性はない。故に彼女の頭の中に、二千四百メートルを超える距離を走るというプランは、基本的にはなかった。

 有記念でもギリギリ出るか出ないかだと、そう考えてもいた。

 しかしそれ以上に、ウオッカがそういうレース選びをした理由というのは、「彼女自身の欲求を満たすため」に他ならなかった。

 

 つまりそれは、二つの願望からなっていた。

 一つは自らの同室と、ダイワスカーレットと同じ路線で頂点を競い合いたいという、闘争心の現れである。

 そしてもう一つは、自らの憧れであるディープインパクトがダイナファントムに勝利して得たダービーを、ダービーウマ娘という称号を、自分もまた己のものにしたいという、憧憬に根差すものであった。

 

 その二つを欲張ったウオッカは、「ティアラ登録をしたウマ娘はクラシック路線のレースを走ることも可能である」という、コペルニクス的転回*1の発想によって、三冠競走の二戦目をオークスではなく、ダービーに据えた。まさしく両取りを目論んだのである。

 

 そういうわけで最低でも今年の春の内にこの三者が再び(まみ)える機会というのは、その一冠目、桜花賞を措いてはもはやない。

 その事実は結局、当の桜花賞当日、阪神レース場に駆け付けた異様なまでの人出の多さに結実することになった。

 

 そして今、彼らの視線の先、彼女たち三人を含んだフルゲート十八人のウマ娘が、七分咲きの桜の木々を背にして阪神レース場外回りコースの四コーナーへと差しかかる。

 ティアラ一冠目、桜花賞の最終盤、逃げのウマ娘アマノチェリーランを先頭に、続くアストンマーチャンとダイワスカーレットの対照的な足取りが、そこにはくっきりと映し出されていた。

 

『第四コーナー中間、注目の三人が外目をついて上がってくる、アストンマーチャンは前に行かせたアマノチェリーランを見るように二番手、ダイワスカーレットその外三番手、更にその外一人内にウマ娘を置いて五番手がウオッカです。しかしここでぐーっと上がって行ってウオッカやや早めの仕掛けか、ダイワスカーレットに競りかけにいくかこれはどうだ』

 

 その中において、実況の言う通りにウオッカははっきりと早仕掛けを試みていた。それは前走のチューリップ賞、ダイワスカーレットのやや早めの仕掛けに最後の最後まで手こずり、ようやくギリギリゴール前で何とかとらえた苦い経験からくるものであるのだろう。「早めに動けば、もう少し楽に差せるはずだ」と、そんな意識も働いたかもしれない。

 しかしダイワスカーレットは、そして彼女とこの日のための準備を進めていたダイナファントムにとっては、その動きというのは結局のところ()()()()()()であった。同時にチューリップ賞で見せた仕掛けというのは、今の完成度を増したダイワスカーレットにとってはワンテンポどころかツーテンポほど遅かったのだ。

 故にそのタイミングで、ダイワスカーレットは動いた。

 

『残り六百の標識、どこから動くか、誰が動くか。っとここで、ここでダイワスカーレット動きを見せる!』

 

 もともとティアラ路線にしては大きめのストライドが、そこで一段と大きく、そして速くなる。

 元々速い流れのマイル戦である。それが目に見える形で前方との差をすぐに詰めることにはつながらない。しかし動きが変わったことと、それに続いてじわりじわりと二番手アストンマーチャンとの差が縮まっていく絵面を、見るものすべてが認識した。

 

『直線手前、仕掛けたかダイワスカーレット! じりじり詰めて、しかしアストンマーチャンも応戦する! アストンマーチャンも応戦する! 直線入って先頭アマノチェリーランを、まずはアストンマーチャン捉えて先頭! アストンマーチャン先頭!』

 

 ()()()()()()()()()阪神レース場外回りコースの四百五十メートルを超える長大な直線の中、早仕掛けのダイワスカーレットに煽られるようにアストンマーチャンが動いた。傍目から見ても一人だけ動きの違う凄まじいピッチで、一気に先頭に躍り出た。

 しかしそれも長くは続かない。ピッチ走法は一瞬の加速に優れても、それを持続させることには難がある。故にそこから暫く、残り三百メートルの位置でとうとう完全なトップスピードに乗ったダイワスカーレットが、青と白の勝負服が、隣を走る赤と白の勝負服を、アストンマーチャンをそこで呑み込んだ。

 

『伸びてきた伸びてきた! ダイワスカーレット伸びてきた! これは脚色がいい! アストンマーチャン苦しい! ここでとらえた! ダイワスカーレットアストンマーチャンとらえて先頭変わった! あとはその後ろウオッカ! ウオッカどうだ! ウオッカどうだ!』

 

 「三強」の一角、アストンマーチャンを競り落とし、ダイワスカーレットはなおも力強く進む。十分に乗ったスピードは、その勢いはもはや止まらない。決定的にアストンマーチャンを千切り捨て、同時にそこに後ろから差してくるウオッカが「次は俺だ」とばかりにダイワスカーレットに迫ろうとしていた。

 しかし次の瞬間に、当事者たちも、そしてそれを見る者たちの中においても、二人の戦いの帰趨ははっきりと立ち現れた。

 

『――しかし伸びない! ウオッカ伸びない! ダイワスカーレットとの差が縮まらない! アストンマーチャンをかわして二番手! しかし()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!』

 

 いつの間にかダイワスカーレットは、()()()()()()()()()()。後ろから迫るウオッカですらも、じりじりと彼女からは引き離されていたのである。

 それは、まさにダイワスカーレットの、あるいはチーム《ポルックス》の計画がうまくハマったことの証左であった。

 

 彼女たちは――つまりダイナファントムも含めたダイワスカーレット陣営は、こう考えた。

 決め手勝負において、ダイワスカーレットはウオッカには劣る。トップスピードは遜色がなくとも、加速力に大きな差があるからだ。

 だからこそ助走距離を大きくとって、脚の持続力に賭ける。それを基本線とし、更に彼女は自らの脚を図るついでに、一種の示威行為のような形で、前走のチューリップ賞でウオッカに早仕掛けの可能性を見せつけようとした。

 果たしてウオッカは自らの適性とは少しだけ合わないやや早めの仕掛けを敢行して、ダイワスカーレットを早々に抑えようと考えた。考えざるを得なくなった。

 

 そして今、ウオッカは四角捲りに近い仕掛けで、ダイワスカーレットに迫ろうとしている。

 それは一見して無謀のようで、しかし勝算もなく仕掛けられたものではなかった。何となればそれは、ダイワスカーレットがチューリップ賞と同じ位置から仕掛け始めたならば十分に機能していたであろうことは間違いがなかったからである。

 しかし結局のところ、ダイワスカーレットがチューリップ賞で見せたそれは、ただの見せ札だった。今走の彼女はそれよりも()()()()から仕掛けを始め、ウオッカに頭を押さえさせることを拒絶した。

 結果として今、ウオッカは自らの持久力を使い果たそうとしていて、しかしダイワスカーレットは未だ余裕があった。

 

 つまりダイワスカーレットは、そしてダイナファントムは、その前走に何重にも意味を持たせていたのだ。

 コース形態の把握にも、仕掛けどころのチェックにも、彼我の差を測るためにも、そして()()()()()()()

 そんな頭脳戦すらも内包する二人のマッチアップは、故に必然の帰結として今、ダイワスカーレットの勝利という結実に至ろうとしていた。

 

『ダイワスカーレット先頭! ウオッカとらえきれない! これは間に合わない! 強い強いダイワスカーレット! まさに今、逆転のゴールイン!』

 

 声を張り上げる実況を背景に、ダイワスカーレットは力差を見せつけるような内容で誰より先にゴールへと飛び込んだ。

 

 果たしてダイワスカーレットとウオッカ、「次代の宿命の対決」における一つ目のGⅠ争いは、ダイワスカーレットが制することになった。

 そのとき二人の間には、()()()()()という決定的な着差が、横たわっていた*2

 

 

 

 と、その第一ラウンドでウオッカに完勝してみせたダイワスカーレットだが、しかしその程度のことでウオッカがへこたれることはなかった。

 彼女は当初の予定通りに、ダービーへと駒を進めた。そのままトリプルティアラ路線としてオークスを次走に据えたダイワスカーレットとは対照的な在り方である。

 ダイワスカーレットとの勝負で一敗地に塗れても、それでも彼女へのリベンジの前に、「夢を追いたい」と言ったウオッカの在り方は、ともすればダイワスカーレットにすらも、眩しく映っていた。

 

 

 

 果たしてその思いは、結晶となる。

 その一週前、ウオッカのいないオークスをあっさりと道中二番手から押し切り勝ちしてティアラ二冠目を達成した*3ダイワスカーレットに引き続いて、ウオッカは世代の頂点、日本ダービーに挑む。

 

 彼女に割り当てられたのは内枠、二枠三番だった。好枠とは言え、道中中段以降で進めるウマ娘にとっては最後の抜けだしでどうバ群を割るかという、腕が問われる位置でもある。

 しかしウオッカはまるで動じなかった。当日、彼女は五分以上のスタートを決めてからあっさり道中バ群の内に入れて脚を溜め、完全に包まれる位置取りで進むも何一つ焦る素振りは見せない。まるで自らの勝利を疑っていない、そういうレースぶりにも見えた。

 そして果たして、直線に向いて逃げるアサクサキングスがバ群を引き延ばして前が開けるや、彼女は持ち前の瞬発力によって一瞬でトップギアに入れた。

 十番プラテアードと十七番ヴィクトリーの間をほんの一瞬のうちに突き抜けて、残り二百メートルの時点で内ラチ沿いを進むアサクサキングスの逃げに並ぶ。そのまま一人だけまるで違う脚で全てを置き去りにしたウオッカは、後続に三バ身という決定的な着差をつけたまま、ゴール板を超えていった。

 

 ビワハイジ以来十一年ぶりのティアラ路線からのダービへの挑戦を、そしてクリフジ以来六十四年ぶりのティアラウマ娘のダービー勝利を、ウオッカは涼しい顔をして成就してみせた。

 ディープインパクトの、そしてダイナファントムの成し遂げていった数多の快挙に伍するほどの、それはエポックメイキングな出来事であった。

 

 

 

 そして今もう一つだけ、トレセン学園のなかに語るべき出来事がやってこようとしていた。

 

 ウマ娘レースのファンたちにとって、それはそこまで大きく取り上げるべきニュースでは、ないのかもしれない。

 それでも、トレセン学園の限られたウマ娘たちにとっては、ダイナファントムたちのドバイ制覇も、ウオッカのダービー制覇をも上回る、とても大事なことであった。

 

 時は五月の末、ウオッカのダービの終わった、次の週のことであった。

 噴水広場の前、トレセン学園の入り口に、何人かの人影がある。それはすべてウマ娘で、大柄な者から小柄な影まで、ずらりと五、六人ほどが一斉に、横一線に並んでいた。

 言わずもがな、ダイナファントムとその同期たちだ。ディープインパクトやシーザリオ、そしてそこには最近ドバイで一緒に遠征をしていたダートのウマ娘ヴァーミリアンや、同期のティアラ路線における秋華賞ウマ娘、エアメサイアの姿もある。

 

 つまり彼女たちは、トレセン学園の入り口の方を全員で向いて、誰かを待っていた。

 そして今、彼女たちの世代のウマ娘たちが待つべき「来訪者」の何たるかなど、もはやきっと、言うまでもないことであった。

 

 学園の正門前に、一台の車が停まる。その中から降りてくるのは、一人のウマ娘であった。

 中肉中背、明るい鹿毛の髪色に、胸元に下げるは、()()()()()()()()()()()

 

 その姿を目に留めて、待ち人を受け入れんとするウマ娘たちはみな、その表情を俄に輝かせた。

 誰もが無意識に二歩三歩と踏み出して、やってきた「誰か」を、歓喜を持って迎える。

 

 正門を過ぎ、噴水広場へ至る道をゆっくりと歩きながら、そのウマ娘はとうとう、歩み寄る五人のウマ娘たちをその視界に捉えた。

 近づいて、顔を上げて、そして立ち止まる。互いに三歩ほどの距離を置いたその場所で、無言のままに見合った彼女たちの空間で、更に一歩を踏み出して、一人のウマ娘が声をあげる。

 

「クラフト」

 

 大柄な青鹿毛のウマ娘だ。ダイナファントムだった。

 

「……クラフト」

 

 言葉を継ごうとして、それでも出なくて、もう一度だけその名を呼んで、その果てに彼女は、泣きそうな笑みを浮かべながらもただ、伝えるべき一言を発した。

 

「――()()()()

 

 それこそが、総意であった。今目の前に立つウマ娘の、()()()()()()()の、凡そ十か月ぶりの帰還を心から喜ぶ同期たちの、一致する思いであった。

 

 そしてそれを受けて、ラインクラフトもまた微笑む。眩しげな表情で目の前の少女たちを見回して、その末に彼女は、同じように一言を以て答えとした。

 

「うん。――()()()()

 

 その言葉をきっかけに、ダイナファントム達がわっとラインクラフトの許へ駆け寄る。そしてそのままの勢いで彼女に抱き着き、文字通りの()()()()()にしながらも、そのウマ娘の無事の帰還をただ一心に祝った。

 

 

 

 つまりそれは、ダイナファントムたち同期のウマ娘たちにとっての大きな気がかりの一つとしてあり続けていた、ラインクラフトの快復と、そして「宇都宮」からの復帰に相違ない。

 未だレースへと本格的に戻るためには積まなければならないトレーニングが多いとはいえ、それでもラインクラフトが競走ウマ娘として復活するに至ったその出来事は、どこまでも喜ばしく、そして真に祝うべきものであった。

 

 ラインクラフトを取り巻くウマ娘たちの笑顔と祝福の声は、暮れ始めたトレセン学園の空の中に、ずっと響き続けていた。

*1
日本ダービーを制した牝馬は三頭いるが、ウオッカを除いた残りの二頭は戦前の馬である(有名なのはクリフジ)。つまりそもそもその時代は今とレース番組が根本的に違っていた。オークスの前身たる阪神優駿牝馬はその名の通り阪神競馬場で、しかも秋に開催されていて、そういう事情もあってダービーに出る牝馬は少ないものの珍しいというほどではなかった。

*2
史実では一馬身半差

*3
史実においてはダイワスカーレットはオークスを熱発により回避している。

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