「理解できぬ」
なんとも形容し難い空間だった。
地面か空かも判別できない。己とそれ以外の境界線すらぼやけわからない。そんな夢のような不思議な空間。
「色彩が“釘”と接触した」
「想定されていない事態だ」
「壇上にすら上がれなかったはずの奴になぜ色彩は興味を示したのか」
「聖釘による逆説的な神の子の証明。それに応えたのか」
「だとしても不可解だ。“崇高”に応えたというのならばロイヤルブラッドの神秘を取り込んだ奴を優先するはずだ」
「つまり───何を意味する?」
ふわふわで、夢心地で───自分が散逸するような不快な感覚。
「あの者が代わりの“嚮導者”となるというのか?」
「務まるというのか?ただの記号でしかなかったこの者に」
「理解できぬ」
「理解できぬ」
「理解できぬ」
「理解できぬ───だが、色彩を呼び寄せ、死の神と接触させることができるというのなら代用品でも問題はない」
「箱の主がいるのも僥倖だ。今の奴はもはやこの世界の主人ではない」
不快で、不快で、不快で──
「釘の主よ。お前の望み通り『色彩の嚮導者』の役割を与えよう」
「お前が居場所を示す杭となり、色彩を完全にこの世界へと導き、終わりをもたらす死の神へと接触させるのだ」
「これはすべてお前の思い上がりが招いた結末───何もできぬまま未来永劫後悔すると────
「──だまれ」
感覚が明らかになる。
掌から腕へ、腕から胴へ。胴から首へ。そして全身へ。
掴み上げた白き亡霊の首へと力をこめてゆく。メキメキ、メキメキ、メキメキメキと。
「これは契約だ。今だけは、黙ってその力を俺に貸しやがれ」
その細首を折らん限りの力を───
「あとで嚮導者にでもなんでもなってやる。だから今は黙って────俺のモノになれ」
────ゴキンッ
『なん…で……』
黒き月───色彩から降り注ぐ極光に包まれたヒバナちゃんは、変わり果てた姿でその姿を表した。
己の身を捕らえていた蔓をねじ切り、大きく変質したヘイローを後光に背負い舞い降りる。半分が黒く、そしてひび割れたヘイロー。彼女が私に触っていいよといってくれた…左右非対称に変形させられた角。そして彼女の胸に空いた、燃え盛る真っ黒な深淵。贄の証。
色彩は、彼女を不完全な
「……か、返しなさい!それは私のものです!!!」
「───黙れ」
叶うビジョンすら見えなかった、崇高へと近づいたあのベアトリーチェを圧倒する圧倒的力。銃すら使わずその黒く燃え盛る杭一本で彼女を突き刺し、切り裂き、燃やし尽くしてゆく。
「掃除屋!ねえ!答えてよ!ヒバナちゃんは、ヒバナちゃんはどうなっちゃったの!?」
『…………嘘、だ』
「ねえ!」
「先生!アツコは助けてきた!早く私たちも逃げないと…巻き込まれる…!」
頭を抱え、苦痛の中彼女は悶えている。
───止められなかった。考えうる中で最悪の事象が起こってしまった。神秘の反転。それによって生じた『恐怖』と彼女が元々持っていた『神秘』が彼女の中でせめぎ合い、そして彼女の身を中途半端な崇高へと一時的に昇華させている。それは彼女に今のベアトリーチェをも超える力を与えている。その代償として己の命を燃料として焚べさせることで。
「黙れ、黙れ黙れ黙れ!」
───神秘の反転。それは原作で百合園セイアや砂狼シロコが陥ることとなった事象。色彩との接触によって起こる最悪の事象。
一度変異した神秘は2度と裏返らず、コインの裏表のように神秘とは真反対の存在である恐怖は、その身を病のようの蝕むこととなる。
面裏で同時に存在しえないはずの神秘と恐怖が同居する彼女の肉体は、捻じ曲がったコインのように酷いことになっていることは想像に難しくない。
彼女は───ヒバナちゃんは───
『どうして……私は、一体、どこで、間違えたの…?』
後悔は、バシリカが炎に包まれ崩れ落ちてゆく崩壊音によって掻き消されてしまった。
「はぁ…げほっ……はぁ……」
完全に崩壊し、崩れ落ちたバシリカで少女はその破壊され尽くした身を引き摺りながら、何処かへと向かおうと足掻いていた。
「うる…っさい……俺の…中から、でて…いけ…」
口からはドス黒い体液がこぼれ落ち、彼女の胸にできた穴に燃える炎はほとんど消えかかり、それは彼女に残された時間を表しているようだった。
すでに生き絶えた赤き大樹の残骸を書き分け、瓦礫を避けて、その誰の血に濡れたのかもわからない手で壁に赤い線を描きながら。彼女は進む。すでに朦朧とした視界で、もはや何を叫んでいるのかもわからない脳内の騒音に文句を垂れながら。
彼女にはもうわからない。自分が何をしたかったのか。なんで自分はこんなにも苦しい目に遭いながらもまだ足を止めないのかも。自分が、何を求めているのかも。
けれど、それはすぐにわかった。
『……戦華ヒバナ』
頭を抱え今まさに崩れ落ちようとしている体を引きずる彼女を見下ろす黒い影。
「そう、じや……」
彼女はそれを見て、何を思ったのか安心したような笑みを浮かべて崩れ落ちた柱に背を預けてその歩みを止めた。
「……終わらせに、きてくれたのかい?」
『……今のお前は色彩をこの世界へと導く印となっている。アレが眼差すのをやめ、直接この世界へと干渉してくるのも時間の問題だ。それに、色彩は…無名の司祭は朽ちかけの肉体でも支配下に置くことができる。奴らにこれ以上好きかってされるわけには行かない』
「だから…僕を、殺す、と」
『………ああ。時間稼ぎにしかならないだろうが…その時間でまだ足掻くことができる。この物語の終わりを回避することができる』
だから───
「……そ、っか…」
カチャリと向けられたピースメーカーの銃口を、焦点の定まらないぼやけた瞳で彼女は見つめる。
「ありがとう……そして、ごめん、な」
『……』
「君は……昔から変わらないね……優しいままだ」
「だから…そんな、君の優しさに甘えることになってしまうのだけど……いい、かな」
『……』
「殺されるなら君に……君の手で、コモリちゃんの手で、殺されたい」
『………そっか』
コツンと軽く地面を蹴る音に、視線を向ければそこには小さな少女が───あの頃の面影を残した、親友の姿があった。
「…は、あははは。変わんねーな、お前は」
「……そういう、ヒバナちゃんは…変わっちゃったね」
「は、はは……こう、いう僕は…嫌いかい?」
「………好きだよ」
「それは…光栄だね」
彼女はその小さく幼さの残る手で掃除屋から重い銃を受け取り、向ける。
「…これは、キリエ…?」
「ミカ……随分と、粋なことをしてくれるね」
「……ヒバナちゃん………ごめ──
「そっから先は、なしだ」
「え……」
「最後くらい、湿っぽいのは無しにしよう……それに、コモリには、僕のことをずっと引きずってて欲しいから、ね」
「…はは。なに、それ……重いね」
「…ああ、僕は、重い女だよ。ほら…笑ってくれ」
「………」
「……ぷはっ!は、はは不細工だなぁ…」
「ひ、ひどいよ……ふふ…」
そして彼女は、コモリが震えながら向ける銃口を掴み、真っ直ぐに自分の眉間へと向ける。
「……やってくれ。俺とお前の間に、これ以上は不要だろ…?僕の、命が尽きる前に…」
「……わか…った。わかったよ。ヒバナ、ちゃん」
「ああ………
「───っ!…うん…っ!」
その細く、罪を背負うには心細すぎる腕で、彼女は引き金に指をかけ───
「まって!ヒバナちゃん!!!!!!!」
───引き金は引かれた。
銃声が一発。崩壊したバシリカに響き渡る。最後の最後で、彼女に手が届いた者と、手を伸ばしながらも目の前で失ってしまった者をその場に残して。
──ああ、静かだ。キリエがよく聞こえる。
初めまして、観測者諸君。この世界を眼差す者たち。
これにて戦華ヒバナの、当機のマスター。新戸コモリの親友が語る物語はお終いです。ここからは誰も知らない。当機以外の誰も知らない、誰にも語ることはないであろう物語です。
通称エデン条約編。戦華ヒバナの命をもって幕引きをつげたその物語は無事終わることができました。彼女という一つの命を失いながら、一時的にではありますが色彩の到来を遅らせることができたのです。
しかしそれも時間の問題でした。色彩は再度到来し、死の神へと接触。キヴォトスは終わりへと向かいます。
マスターの協力者であったゲマトリアもまた色彩に敗れ、サンクトゥムタワーを利用した世界の白紙化及び再構成……マスターの言葉で言うのならゲームのリスタートを行おうとしたマスターもまた色彩に、その嚮導者の銃弾によって命を落とすこととなりました。当機の目の前で、彼女の親友と同じく胸を穿たれる形で命を落としたのです。
当機に最後の希望…彼女自身のヘイローを託し、当機を並行世界へと送るという行動を最後にその生命活動を停止したのです。
最後に彼女はこう言っていました。
「彼女の期待に答えることができなかった」と。
人ではない当機に彼女の心境を完全に理解することはできません。ですが、悔しかったのだと思います。後悔していたのだと思います。彼女の諦め切った表情の中に、当機は確かにそれを見出しました。
それに、当機に感情という機能があったのだとしたらきっとそのように感じていたでしょうから。
だからこそ当機は、今度こそは失敗しません。マスターの残した遺志を、希望を───
「……リナ?どうしたの?はやく、帰ろう…?みんな、待ってる……それに、私あまり外には長居したく……不良…?あの子が、どうしたの?」
今しがたすれ違った、白髪に2本の赤いツノを持ったゲヘナ生徒。
『…いえ、なんでもありません』
なんでもないのです。この世界において、彼女とマスターに交流はないのですから。
ただ、当機は決意します。
──今度こそ、この平和を失いはしないと。
──記録終了──
『絶対にデレない敵役生徒』fin
これにて『絶対にデレない敵役生徒』は最終回とさせていただきます。ここまでご愛読くださった皆様。そしてこんな作品を評価してくださったりコメントを書いてくださった皆様。ここ好きや誤字報告等を行ってくださった皆様。本当にここまでついてきてくださりありがとうございました。おかげさまでこの作品を完結させることができました。
欲をいえばこの作品の前日談(?)となる『引き篭もりアーカイブ』も読んでくださると嬉しいです。既に読んでくださった方には私めの駄作を二作品も読み切ったその狂気にビビりながらも文では伝えることのできないほどの感謝を。
もし今後、ブルアカ二次創作や他の作品で出会うことがありましたらその時はまたよろしくお願いします。
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