悪霊の聖地 童守町
そこに住む鵺野鳴介はある日、とある少女と邂逅する──

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※はじめに
・本作はクロスオーバーです。苦手な方はご注意ください。
・時系列は地獄先生ぬ~べ~NEOとダークギャザリング本編の前日譚という位置付けです。


地獄先生ぬ~べ~ ─ 悪霊蟲毒の少女 ─

 

 この世には 目には見えない

 闇の住人達がいる

 ヤツらは時として牙を剥き

 君達を襲ってくる

 彼は そんなヤツらから

 君達を守るため

 地獄の底からやって来た

 正義の使者… なのかもしれない ─── 

 

 

 

 

 

 桜の花びらも散り新緑が芽吹く5月の初旬

 大通りから離れた住宅街 その狭い路地で難しい顔をした男が一人。

 

 

 白いシャツの袖を捲り、ネクタイ、スーツパンツ、革靴は黒で統一されている。

 右手には水晶を、黒い皮手袋をはめた左手には経典を携えており、物々しい佇まいはさながら葬式帰りを彷彿とさせる。

 

 

 彼の名は鵺野鳴介。

 子供達からは『ぬ~べ~』の愛称で親しまれており、この町の童守小学校で教鞭を執るれっきとした教師 兼『霊能者』である。

 

 

 


 

 

地獄先生ぬ~べ~ 

 

  ─ 悪霊蟲毒の少女 ─ 

 

 


 

 

 

 時刻はお昼時。ここ童守町は大型連休の影響で賑わいを見せており、ワイドショーでも連日のように旅行に関する渋滞情報やおすすめスポットが発信されていた。

 こういった時期は人の往来に合わせ霊が活発化するので注意が必要である。ぬ~べ~はそれを見越して町の安全を守るべく人知れずパトロールに勤しんでいたのだが…

 

 

「う~む、この辺りに悪霊が出ると噂を聞いて来たが…」

まったくいない(・・・・・・・)とはどういうことだ?」

 

 

 "霊が消える"という異常事態に遭遇していた。

 

 

 霊にもいくつか種類がある。浮遊霊や地縛霊などが最もポピュラーだろう。

 それらは大抵の場合、生前の未練が晴れず現世に留まり続けており、思いの強さとエネルギー量は比例する傾向がある。

 そして、膨大すぎるエネルギーは悪性へと転じやすいのだ。ゆえにぬ~べ~は定期的に曰く付きの場所や噂の心霊スポットに目を光らせていた。

 

 

(悪霊ともなれば自然に成仏するとは考え難い… とすれば人為的な何かが作用して)

 

 

 いるはずだ、と考えていたところでぬ~べ~はふと見慣れないものを見つける。

 否、霊能者であるぬ~べ~にとっては見慣れ過ぎているもの(・・・・・・・・・・)であった。

 

 

「これは…シールか?」

 

 

 下地の色はそれぞれ異なりつつもすべてのシールに(鳥居)のマークが描かれており、それが道沿いに一定の間隔で貼られているのが確認できた。

 

 

「こいつは…浮遊霊などを誘導するための印だ」

「しかしなぜ色がバラバラなんだ?」

 

 

 現場検証をしながらぬ~べ~は様々な考えを巡らせ、ある一つの仮説を立てる。

 

 

(消えた霊… そして現場に残されたこのシール…)

(もし誰かが何かの目的で悪霊を連れ去っているとしたら…?)

 

 

 自らの仮説を裏付けるため、ぬ~べ~が水晶を目の前にかざすと先ほどまで見えなかった霊の通り道、通称『霊道』が薄い光を帯びて視界へ飛び込んできた。

 

 

「何を企んでいるかは知らんが町の平和のためにも放置はできん」

「とにかくこの道を辿って行こう!」

 

 

 己の推理と霊能力を頼りに、ぬ~べ~は足早に路地を後にした。

 

 

 


 

 

 

 同時刻、寂れた雰囲気が漂う小高い土地 そこにある一軒の廃洋館前で少女が一人。

 

 

 髪や服装は紫を基調とした色合いで統一され、大きな肩掛けバッグとグレイ型の宇宙人を模した人形を身に着けた姿は『大人びたミステリアスさ』と『あどけない子供っぽさ』という対極の印象を同時に与える。

 

 

 彼女の名は寶月夜宵。とある事情でこの廃洋館にやってきたオカルトマニアである。

 夜宵は前述の持ち物とは別に色々と詰め込んできたキャリーバッグを引き摺りながら、

 

 

(ようやく辿り着いた。やはり欲張りすぎたか…)

(こんな大荷物になるなら詠子に車を出して貰った方がよかったかもしれない)

まぁ目立つリスクを避けたのは私だが… と独り言ちりながら今日のプランを脳内でおさらいする。

 

 

(ここまでの誘導は問題なし。周囲に人はいないから時間もじっくり使える)

(…とはいえ長居するつもりもない。手早く終わらせよう)

 

 

 荷物を一旦道に置き身軽となった夜宵は、子供とは思えない身体能力で柵をするすると登り敷地へと侵入する。

 内側から門扉を縛る留め具を手際よくペンチで断ち切って荷物を回収し、扉の目立つ位置にシールを貼り終えると、そのまま館の玄関扉も同様に開け放し、誘蛾灯となるよう建物内の柱や廊下の壁にもシールを貼り付けていく。

 作業は滞りなく進み、最後は一階奥にある大広間で陣取る形となった。

 

 

(さて、そろそろ着く頃だろうか)

 

 

 透かした扉越しに外の様子を窺うと、自らが招いた幽世の住人達が百鬼夜行のごとく列を成して敷地に入ってくるのが見えた。

 行進の速度に合わせ、夜宵はキャリーバッグから今回特注で作ったブツを取り出す。それは一本のロープで複数の人形の首を絞めるよう結び数珠繋ぎにしたものだった。

 と、同時に洗面器へ水を注いで人形を一体漬け込み『悪霊大量捕獲装置』を完成させた夜宵は急かすように囁いた。

 

 

「…こっちこい …こっちこい」

 

 

 


 

 

 

 ぬ~べ~が霊道の終着点へ辿り着いたのはあれから十五分前後といったところだろうか。

 俺はもう四十近いんだぞ(ヒーヒー と肩で息をしながら彼は誰かが侵入した痕跡のある廃洋館へ立ち入る。

 案の定と言うべきか、屋内はシールが貼られ、禍々しい気も立ち込めていた。

 

 

「どうやらあの部屋に霊が集まっているようだな」

 

 

 玄関ホールから真っ直ぐ伸びた廊下の先、汚れが酷いものの遠目でもネームプレートに大広間と書かれているのが確認できた。凶悪な霊能者との交戦も念頭に起きつつぬ~べ~は廊下をズンズンと進み、大広間の扉を一気に開け放す。

 すると、部屋の中心で人形を弄んでいる一人の少女と目が合った。

 

 

 

(──!?)

 

 バンッと扉が開く音に夜宵の思考が一瞬止まる

 

 正体不明の男── どこから?なぜここが分かった? 様々な考えが頭を巡る

 

 だが、そんな事よりも

 

 

(なんだ アレ(・・) は)

 

 

 男の左手から放たれるオーラ(・・・・・・・・・・・)を確認し、背筋に悪寒が走る

 

 

 男は何やら叫んでいたが夜宵の耳には入らない。次に起こる事象を予測し、そのまま言葉を遮るように叫び返す。

 

 

「──閉めて!」

 

 

 時間にして一秒にも満たない

 

 しかし、そのわずかな遅れが致命的だった───

 

 ぐにゃりと空間が歪んだ気がした

 

 静寂を切り裂くように あるいは 天敵を目の前にした獣が吠えるように

 

 

 

 

悪霊達の絶叫が木霊した

 

 

 

 


 

 

 

「う……」

 

 

 凄まじい霊圧で吹き飛び壁に叩きつけられたところまでは覚えている。

 一瞬だけ意識を失っていた夜宵が目覚めると、そこには先ほどの男が経典で結界のようなものを張り彼女を守る姿があった。

 

 

「くそっ!騒霊現象(ポルターガイスト)か!」「だがこの娘には指一本触れさせん!」

 

 

 夜宵は混濁した意識を何とか振り払って身体を起こし、

 

 

「君!大丈夫か!」

「…うん、何とか」

 

 助けてもらったお礼を述べつつ、それよりも と続け

 

「左手、ごっついの憑いてるね」「いや…憑いていた(・・・・・)?」

 

 ぬ~べ~の特異な体質に興味を示した。

 

 

「…! もしかして視えている(・・・・・)のか?」

「うん。4K画質(くっきり)

 

 

 目の前の少女は手袋越しに『鬼の手』が視えるだけでなく元々宿っていた鬼(・・・・・・・・)が既にいないことすら看破してみせた。ぬ~べ~はその霊視能力に舌を巻きつつ、同時に心配になった。

 脳裏に浮かぶのは、かつて霊現象に悩まされ同級生からいじめられていた自身の苦い思い出──

 

 

(これだけの力だ…きっと日常生活に支障をきたしていたことだろう…)

(もしかすると助けになれるかもしれない…)

 

 

 ほとんど親心にも似た気持ちでぬ~べ~は少女へ寄り添うように語りかける。

 

 

「視える側ということはつまり、君は霊に襲われやすい体質なんじゃないかい?」

「ううん、むしろ避けられている。しょっちゅう悪霊をボコって捕まえてるから」

「んなっ!?」

 

 

 予想外の返答に驚愕するぬ~べ~を余所に、夜宵は話を続ける。

 

 

「だから意図的に霊道を作り、悪霊達をここへ誘導する予定だった」

「嫌な予感はしていたが、やはり一連の騒動は君が犯人か。しかしなぜそんな危険なマネを…」

 

 

 ぬ~べ~の言葉に、夜宵は観念したのかあっけらかんと答える。

 

 

「どうしても悪霊を捕らえる必要があってこの町へ来た」ちょうど連休だったし

 

 

 夜宵は以前から童守町に興味を持っていた。一見何の変哲もない土地だが、実際は恐山並みのパワースポットと化し、その影響か霊はその辺に吹き溜まって悪性変異していたからだ。

 

 

「最初はこの町の心霊スポットを順に攻略する予定だったけど、周辺の住民に危害が及ぶかもしれないから断念した」

「それに一体ずつ捕縛していたら他の霊が逃げる可能性もある」

「最悪のパターンは徒党を組んで一対多(フクロ)に持ち込まれること。そうなるとこの子でも分が悪い」

 

 

 夜宵はそう言いながらお気に入りのグレイ人形をぬ~べ~に見せる。

 

 

(この霊は、まさか…!)

 

 

 まるで名前を呼ぶことすら憚られるほどの強い怨念と威圧感を放つソレ(・・)にぬ~べ~は思わず冷や汗を流す。

 どうして彼女が使役できているのかは不明だったが、下手に刺激しないよう敢えて何も言わないことにした。

 

 

「で、話を戻すけど」「このシールで悪霊を一種の催眠状態にして誘導していた」

 

 

 少女が取り出したシールに注目しつつ、ぬ~べ~は現場検証の時に抱いた違和感を思い出す。

 

 

「"色"がそれぞれ違う」「…! 思い出した。こいつは『色霊(しきだま)』だ」

「そう。色の組み合わせで暗示をかけた。意味は自分で調べてシールはモノづくりに強い協力者に作ってもらった」

「これで悪霊達が目覚めないうちに水に漬けた人形へ順に封じ込める算段だった」

 

 

 ロープが繋がっているからお互いが枷になって逃げられなくなる と補足も加え

 

 

「だけど封じている最中に部屋の扉が開いてしまった。結果的に降霊術は失敗し」

「…俺の鬼の手に悪霊達が驚いたせいで暗示が解けてしまった。ということか」

「その通り。ここまでが私の話せるすべて」というかそれ鬼の手って言うんだ

 

 

「うむ… 事情はわかった」

 

 

 一頻り話を聞き終えたぬ~べ~はどこから突っ込めばいいのやらと頭を悩ませつつも、

 

 

「こんな状況だが自己紹介がまだだったな」 と改まり

「俺は鵺野鳴介。小学校の先生だ。ぬ~べ~と呼んでくれ」

「寶月夜宵。よろしく。てっきり葬式帰りの霊能者かと思った」

 

 

 (これでも一応霊能者でもあるんだが…)とぬ~べ~は頭をポリポリ掻いていたが、すぐに大人らしい毅然とした態度で夜宵と向き合う。

 

 

「まずはこの部屋の状況をなんとかするのが先決だ。霊をいたずらに刺激したことについては後でお説教だからな」

「後半はともかく事態を収束させることには同意する。ところでぬ~べ~、鬼の手はアレ(・・)に勝てる?」

 

 

 夜宵の指さす方向──

 

 そこには恐慌状態だった悪霊の群れは既におらず

 

 返り血でどす黒く変色した四足歩行の人間(ケダモノ)がこちらを見つめていた。

 

 

 


 

 

 聞いた事がある───… 

 二足歩行の霊はまだ『人間』の体裁を保っている……… 

 しかし…人間性を喪失した極めてヤバいヤツは───… 

 『四つん這い』である───…と 

 

 

「驚いたな…まさか霊が共食いするとは」

「おそらくだけど、元いた場所に滞留していたエネルギーの供給が途絶えた上にお互いに潰し合って消耗したんだと思う。それを補うための共食い」

「なるほど『犬神』に近い存在というわけか」

 

 

 結界内でぬ~べ~と夜宵はお互いの知見を擦り合わせつつ犬神(仮称)の出方を窺う。

 フシュ───…と息を吐くその姿から明らかに言葉が通じないと早々に察したぬ~べ~は、読経による除霊を諦め一歩前に進む。

 

 

「夜宵ちゃん、危ないから君はここを動くな。コイツは俺が退治する」

「勝算はあるの?」

「安心しろ。俺はこういう死線を何度も潜り抜けてきたからな」

 

 

 そう言うや否や、ぬ~べ~は結界から飛び出し左手に隠された力を開放する。

 

 

南無大慈大悲(なむだいじだいひ)

 救苦救難(きゅうぐきゅうなん)

 広大霊感(こうだいれいかん)

 白衣観世音(びゃくえかんぜおん)…ッ!」

 

「出でよ!『鬼の手』ッ!」

「哈ァ!」

 

 

 赤紫色の筋繊維と白い腱、そして緑色の爪で構成された左手は、まさに地獄の鬼が宿ったかのような奇怪な見た目をしていた。それを勢いよく振りかざすと、犬神はあっさりと膾のごとく切り裂かれてしまった。

 夜宵はおお…!と感嘆の声を漏らすが、一方でぬ~べ~は釈然とない表情で臨戦の構えを解かない。

 

 

(どういうことだ…?まるで手ごたえがなかった)

 

 

 飛び散った霊体の欠片を確認するが一向に消滅する気配はなく、それどころかうねうねと一体一体が意思を持つように蠢いていた。

 

 

(まさか…!こいつはわざと分離して(・・・・・・・)鬼の手を避けたのか!?)

 

 

 ぬ~べ~の推理は当たっていた。この童守町に巣食う悪霊はこと狡猾さにおいては一級品を誇っており、犬神も例外ではない。彼はこの短時間で共食いという地獄を経験し進化を促されたのだ。

 そして、それの真に恐るべき点は生き延びるためなら手段を選ばない(・・・・・・・・・・・・・・・・)という所にある。

 犬神の破片はそれぞれが分霊と化し、一斉に部屋中へ散開すると、壁や天井を這い回りだした。

 

 

「くっ!ちょこまかと!」

「…!ぬ~べ~、上!」

 

 

 人の反射神経を凌駕するスピードに翻弄されるぬ~べ~に、夜宵は少しでも助けになろうと指示を出すが成す術がない。

 犬神は一糸乱れぬ統率で獲物に襲い掛かっては即離脱を繰り返し、時には家具の陰に隠れて姿をくらましながら嬲るように追い詰めてくる。

 始めは髪や服が斬られる程度で済んでいたものの、時間とともにぬ~べ~は満身創痍となっていった。

 

 

「ハァ…ハァ…」

「当たりさえすれば勝てるだろうが… 鬼の手も当たらなければ形無しだな…」

 

 

 思わぬ苦戦を強いられボロボロになるぬ~べ~の戦いを見守りながら、夜宵は冷静に部屋を見渡し攻略の糸口を探る。

 

 

(ぬ~べ~の体力は限界が近づいている。やられたらこの結界もおそらく解かれ次は私の番)

(見つけろ… あの分霊に対抗できる手段を)

 

 

 這い回る分霊… どこかにいる本体… ぬ~べ~の傷… 床に落ちた髪の毛…

 そして手持ちのグレイ人形には、吹き飛ばされた際に出来たわずかな解れ…

 

 

(一か八か、これしかない…!)

 

 

 何かを思いついた夜宵は意を決したかのように結界を飛び出す。バカ!戻れ!というぬ~べ~の声を無視しスライディングしながら床の毛髪を拾い上げると、それをグレイ人形へねじ込む。

 

 

「『形代』を作った!私もぬ~べ~もしばらくダメージを負わない!」

「…そうか!恩に着るぞ夜宵ちゃん!」

 

 

 短いやり取りで夜宵の意図を察したぬ~べ~は攻撃を避けることを止め、目を閉じ意識を集中する。

 それを見て好機と捉えた犬神達は一斉に襲い掛かり喉笛や腸へと食らいついたが、そのダメージはすべてグレイ人形に吸われ徒労に終わった。

 その間にぬ~べ~は畜気法で丹田に溜めた気を流し込み、鬼の手をより強力な形態へと変化させ──

 

 

「待たせたな── いくぞ!鬼の手NEOッ!その力を示せ!」

 

 

 左手からまるで雷のように放出された霊力はぬ~べ~の全身を伝い分霊達を一網打尽にする。

 犬神は グオオオオォォォォ・・・ という断末魔を響かせそのまま消滅した。

 

 

「なんとか勝てた… 手強い相手だった…」

 

「ううん──… まだ終わってない(・・・・・・・・)

 

 

 そう答える夜宵が見据える先には、どさくさに紛れて逃げようとする犬神の本体がいた。

 戦闘はあくまで手段であり生存こそが最優先事項という割り切った思考ゆえに、分霊にだけ戦わせ、旗色が悪くなったら逃走するという徹底ぶりであった。

 分霊を失い多少弱ってはいたが持ち前のスピードは健在であり、瞬く間に大広間から飛び出した犬神は勢いそのままに──

 

 

 玄関前で急停止した(・・・・・・・・・)

 

 

 (───!?!?)

 

 犬神は自分に何が起こったのか理解できずにいた

 

 何かにぶつかった? 否、それどころか身体が動かない

 

 もっと正確に言えば『外に出ようとする意思(・・・・・・・・・・)』を否定されているような感覚

 

 身じろぎ一つ取れず目玉だけぎょろぎょろと動かしていると、目線の先──

 それこそ子供の胸くらいの高さに何かを見つける

 

 玄関扉の内側にこっそりと貼られていた赤いシール

 その色の意味は『警告(・・)

 

 真ん中には禁の文字

 その意味は『屋外へ出ることの禁止(・・・・・・・・・・)

 

 だが犬神にはそんなこと知る由もなく、外へ逃げようともがくほどに自由を失っていく

 そして、それをあらかじめ貼り付けていた犯人は自分のすぐ後ろまで迫っていて──

 

「念のため『卒業生』クラスが生まれても建物から出られないようにしておいて正解だった」

「行きはよいよい、帰りは怖い。覚えておくといい」

 

 抵抗する暇もなく人形に封じ込められた

 

 

「犬神の霊──… ゲットだぜ」

 

 

 


 

 

 

 その後ぬ~べ~は気を回復させることに集中しつつ、夜宵が念のため持参していた御神酒で傷を消毒してもらっていた。並行してタブレット端末に表示された童守町の周辺地図と、そこに書き込まれたシールの位置について説明を受ける。

 

 

「始点はここで、一筆書きとなるように一丁目、二丁目と道沿いに進む。で、終点はこの館」

「説明は以上になる。あとはこれを逆に通ってシールを回収するだけ。順調にいけば夕方には終わるはず」

 

 

 大人顔負けの周到さと説明のわかりやすさにやはり裏で糸を引く人物がいるのでは?とぬ~べ~は冗談半分に疑いつつも、わかったとだけ答え

 

 

 (俺がシールを見つけた位置、道の途中だったから逆走していたらここに辿り着かなかったんだよな…)

 

 

 自分の悪運の強さを自嘲しながら夜宵と薄暗い館を抜け出した。

 

 

 

 

そしてしばらく時間が経ち──

 

 

 

 

「これでやっと半分」

「しかしまぁ…よくこんなに貼りまくったなこの悪ガキは」

 

 

 説教代わりの軽いチョップを夜宵に食らわせ、暴力教師だーというわざとらしい抗議を適度にあしらいながら黙々とシールを回収する。

 共に死線を超えた二人の間には奇妙な友情が芽生えつつあり、その距離感を壊さぬようぬ~べ~は慎重に探りを入れていく。

 

 

「夜宵ちゃん。歩きながらでいいから聞かせてくれ」

「何?」

「君は事情があって霊を捕まえていると言っていたな。俺にだけ理由(ワケ)を教えてくれないか?」

「それを話すとどうなるの?」

 

 

 淡々とした口調だったが、その言葉には暗に"これ以上踏み込むな"という冷たい怒気がわずかに含まれいる。

 

 

「君はまだ子供だ。両親だって心配するだろう?」

「両親なら一年前に交通事故で他界した。私だけは生き残ったけど」

「…! すまない。知らなかったこととはいえ」

「構わない。それに両親のことは霊を捕まえる理由を語る上で避けて通れない話題だから」

 

 

 始めは渋っていたのの、ここまで来たら話すしかないと観念したように夜宵は語り出す。

 

 

「さっきも言った通り、私と両親は一年前に交通事故に遭った」

「二人は即死して、私も生死の境を彷徨っていた」

「その時ママの魂を連れ去った悪霊がいる。私はそいつを今も捜している」

 

 

 幼い身には余りにも過酷すぎる運命、そしてそれをおくびにも出さない強い精神力を目の当たりにしたぬ~べ~は複雑な心境に陥っていた。

 幼き日に母を亡くしたこと、鬼に囚われた恩師を救うために奔走していた日々、どうしようもなく自分とダブってしまう。

 大人として止めるべきか、本人の意思を尊重すべきか悩んだ末──

 

 

「なら俺も捜すのを手伝おう。その悪霊はどんなやつだ?」

「生憎だけど覚えていない。私は事故直後で意識が朦朧としていたから」

「だから各地の悪霊を捕まえて、知っていることがないか吐かせている」

 

 

 夜宵はそれらしい嘘をついた。やはりこのタイプの大人は自分に協力を申し出てくるだろうと踏んでいたからだ。

 しかしそれは避けたかった。理由は主に二つある。

 

 

 一つ目は、夜宵が霊を捕まえる真の目的を秘匿するため。

 彼のような人間は死者の魂を弄ぶことを許さないだろう。実際今回捕まえた犬神の霊は没収されている。そして、敢えて話さなかったが夜宵は既に悪霊の蟲毒を実践している。それはたとえ口裂け女より口が裂けても言えないことであった。

 

 

 二つ目は、純粋に彼を巻き込みたくなかったから。

 両親以外に初めて心許せる大人と出会い、わずかながら父性を感じていた夜宵はまた近しい人が亡くなるかもしれないと恐れていた。

 

 

「この話はこれでおしまい。私はやれることをやるだけ」

「……わかった。だがせめて連絡先くらいは教えておこう」

 

 

 二人は何かあったら情報を共有すると約束を交わし、互いに((ここが落とし所だろう…))と内心考えていた。

 

 

 その後はほとんど会話もなくなり、すべてのシールを回収し終える頃には日が傾き始めていた。

 

 

……………

 

………

 

 

 

「じゃあ、私はこれで」

「あぁ…」

 

 

 ぬ~べ~は短く別れの言葉を告げ、駅のホームへ吸い込まれていく夜宵の背中を見送ってから町へ戻る

 

 

 はずだったが、

 

 

「言い忘れたことがあった」

「うわぁ!?」

 

 

 背後から声をかけられ今日一番の大声を出した。

 

 

 周囲を歩く人達の冷ややかな視線を受けながら、まさか『私のその正体は人間と妖怪のハーフだったのだー』だとか、『実はこの見た目で20代後半の合法ロリでしたー』だとかそんなトンチキなことを話されるのではと身構えていたが、

 

 

「さようなら、先生(・・)

「…! あぁ、気を付けて帰れよ!」

 

 

 それは杞憂だったと笑い飛ばし、今度こそ各々の日常に戻っていった。

 

 

 


 

 

 

 クソッ! クソッ!! ナンダアイツハ ナンナンダアイツハ!?

 

 

 

 ここはとある心霊スポット そこで何かに怯えながら逃げ回る悪霊が一体。

 

 

 その正体は、かつて女児誘拐犯だった過去を持つ若い男の霊。

 彼は生前、通学路付近で待ち伏せを繰り返し己が欲望を満たしていたが、ある日事故に遭い死亡した。

 だが未練が強すぎたのか、待ち伏せに使う場所に囚われ死してなお子供に害を成す悪霊と化していた。

 

 

 

 ヒトリダトオモッタノニ ヒトリジャナカッタ!!

 

 アノクビダケノバケモノ オレノウデヲクイチギリヤガッテ チクショウッ!!

 

 

 

 痛む腕をかばって逃げ惑っていたが、追い詰められた先は行き止まりだった。

 

 

 

 ア… ア…

 

 イ、イヤダ… シニタクナイ…!!

 

 

 

 自分はどこで間違えた?

 

 髑髏の瞳の少女を襲ったところ?

 

 うっかり事故に遭って死んでしまったところ?

 

 ──それとも 死ぬ前からずっと、間違っていたのか?

 

 

 そんな疑問も、腕の痛みも、断末魔ごと人形に飲み込まれた。

 

 

……………

 

………

 

 

 

「ただいま」

「あっ、夜宵ちゃんおかえりなさーい♪」

「詠子にお土産がある」

 

 夜宵は出迎えてくれた同居人にそっと包装された四角い箱を差し出し、

 

「あれー!?これ童守駅にしか売ってない『童守ラーメン』だよね?」

 

 私この袋麺好きなんだー!とルンルンな詠子の横を通り過ぎ、

 

「荷物を置いたらまた下に降りてくる」

 

 と告げ、キャリーバッグだけリビングに残し二階の自室へ向かう。

 

 

 

 薄暗い部屋の扉を開けると、そこには所狭しと人形が並べられており、そのすべてがガタガタと震えていた。

 夜宵は肩掛けバッグからもう一つの『土産』を取り出し、無造作に部屋の真ん中へ放り投げる。

 

 

 

 

 

「 悪霊蟲毒(わたしのへや)へようこそ── 」

 

「楽しんでいってね」

 

 

 

 

 

 そう言い終えると、静かに扉を閉じた。

 

 

 

 

 

 この世には 目には見えない

 闇の住人達がいる

 ヤツらは時として牙を剥き

 君達を襲ってくる

 彼女は そんなヤツらを

 捕らえ隷属させるため

 地獄の底からやって来た

 悪の申し子… なのかもしれない ─── 

 

 

 

地獄先生ぬ~べ~ ─ 悪霊蟲毒の少女 ─ 完


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