【完結】虹彩の奥底   作:扇架

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if√の番外編こと後日譚。ネタバレあり。


If√ Niger Leo 番外編
その星をさがして


――寝て起きたら全部終わっていた

 シリウス・ブラックにとっての「戦の終わり」とはそのようなものであった。

 ふと意識を取り戻したら、息子が血塗れになっていた衝撃よ……とシリウスは天を仰いだ。神秘部の戦いからこっち、シリウスは波状攻撃を受けている。情報開示、あるいは相談という名の押し付けというものだ。

「……あいつは本当に」

 ため息しかこぼれない。息子は約一週間と数日ほどで退院し、今は忙しく走り回っている。ただし時折すっ転ぶし、ものにぶつかるし、階段から落ちそうになるしで暴走する三歳児かお前は死に急ぐんじゃないよとシリウスは言いたい。もっとも、息子とは一歳数ヶ月で生き別れ、再会すればでかくなっていたので……十数年の空白があるのはいささか切ない。

 そんな眼が離せない息子のお守りは息子の従者、エリュテイアがしっかりしている。任せても問題ないだろう。朝っぱらから北米に飛んでいったから、そろそろ帰ってくるかもしれない。夏の間に片をつけるが息子の口癖だ。

「たく、俺が片眼をやるって言ってるんだから素直に受け取れよ馬鹿め」

 うう、と唸る。ゴドリックの谷――の外れ、森の別邸にはシリウスともう一人しかいない。ソファに腰掛け、身体を揺らし、顔をしかめる。神秘部の戦いで息子は片眼を失った。正確には自らえぐり取った。必要なことだったからしたまでだと病室で言ってのけた息子を殴れたらどれほどよかったか。あいにく、シリウスにそんな気力はなかった。一旦神秘部で気付けを施され、応急処置を受けて、シリウスも聖マンゴに入院していた。ベラトリックスのやつがそれはもう遠慮なくシリウスを切り刻んだせいであった。出血多量で少し危なかったのだ。よって、息子を見舞いに行っても叱るだけであった。むしろシリウスよりも息子のほうがぴんしゃんしていたのだから驚きだ。スリザリンの杖のお陰と、フォークス――不死鳥の涙のお陰であろう。えぐり取った片眼の周りは綺麗なもので、傷跡ひとつない。

 だが、いかにスリザリンの杖と不死鳥の涙があっても肉体までは再生しない。現在、息子の左の眼窩には義眼がはまっている。マッドアイのような視力をそなえたものではない。ただの飾りで、眼窩の維持のためのものだ。マッドアイのような高性能な義眼もあるし、リアイスが噛んでいる分野であるし、なんなら第二分家と第七分家共同で「人の肉体そっくりの外観と機能」を兼ね備えた義眼、義手、義足あたりならつくっているが……息子には合わなかったのだ。

 入れてみれば頭痛がするわ吐きそうだわで無理、以上終わり。外観だけの義眼でいいよもう、と息子は話を終わらせた。恋人――クイン・マグダラに――眼帯をつくってもらって機嫌よく付けている。愛である。

 そしてシリウスの申し出を蹴った。父子なら適合率も高いだろうし、十二年ほど放ったらかしで父親の義務も果たせなかったわけだし、片眼くらいくれてやると思っていたのに。

『俺の選択だ。父親から片眼をぶんどるなんて冗談じゃないね』

 ぴしゃりと言われた。シリウスはすごすごと己の病室に帰ったものだ。

 そしてシリウスは退院し――二日で済んだ――ダンブルドアがやってきた。シリウスはお茶を出してもてなした。なんの用だろうと訝しく思った。ヴォルデモートは倒された。事態は終息した。それなのに、ダンブルドアは大層渋い顔をしていたのだ。

 すまなかった、とダンブルドアは言った。シリウスはいいですよと返した。アズカバンに投獄されたのは己の失態であって、ダンブルドアができることなどなかっただろう、と。しかし、彼は――大魔法使いは首を振った。

『君の息子が』

 代償を支払う必要はなかったはずだった、とダンブルドアは告白した。シリウスはダンブルドアの茶を淹れ直し、先を促した。

 魂を裂く術があり、シリウスの妻リーンとダンブルドアはそれらの手がかりを探し、また破壊する方法を求めていたのだ……。順当に分霊箱を破壊して本体を殺す正攻法でならば、片眼を捧げる必要は生じなかったろうとダンブルドアは呟くように言った。

 夫にまで隠すか……と亡き妻に呆れ、シリウスは首を振るしかなかった。なんにせよ終わったことだ。ちなみに、破壊の方法はわかったんですかと言えば「予想はしていた」と返された。ひとつはトム・マールヴォロ・リドルの日記を破壊した『冬の息吹』、もうひとつはグリフィンドールの剣……と。その根拠は、とダンブルドアは続けた。リーンは『冬の息吹』を固く握りしめて事切れていた。なぜわざわざ持ち出したのか。ヴォルデモートに斬りつけるためではないのか。血を吸わせるために。

『それは失敗したようだが』

 血そのものが魔法だ。スリザリンは血族というものに執着するきらいがある。ならば、分霊箱を破壊する鍵は血縁の血か分霊箱作成者本人の血ではないかと予想していた。

 血族が裏切るわけがないと分霊箱という邪術を生み出した者は――ユスティヌは考えたのではないか、と。

 ありえないことではない、とシリウスは返した。ゴーントがいい例だ。血族婚を繰り返して滅んだ。ユスティヌも似たようなものだろう。最後の末裔は血の呪いによって……あまりに青いその血によって滅んだも同然だ。

――その理屈でいえば

 血を吸った剣……シリウスは、グリフィンドールの剣でヴォルデモートの片腕を斬った。もはや検証はできないが、分霊箱を破壊する鍵になっていたのかもしれない。

 そう言えば、ダンブルドアはにやりとした。

『ゴドリックは剣の腕も確かであったと聞く。ならば、スリザリンとの決闘の際』

 グリフィンドールの剣が彼を切り裂いた可能性は十分にある……。

 今更どうしようもないでしょう。シリウスは話を打ち切った。息子曰く「夢のお告げであのクソの魂を修復してやったら巧くいった」だし。終わりよければ……だ。

 そんな簡単に言えるものではないが。

「お前だよ」

 厄介なのは。シリウスは腕のなかのちいさなちいさな女の子に語りかけた。女の子というより赤ん坊である。シリウスの子ではない。妻が生きていれば二人目をつくった可能性はあったけれども。三十五、六歳ならまだつくれただろう。

 赤ん坊はうにゃうにゃ言っている。シリウスは絶望した。退院した息子は、赤ん坊付きで帰宅したのだ。そんなオプションはいらない。ほんといらない。

 シリウスは「待てお前未成年でいつの間に!」と叫んだ。息子は「馬鹿言えよ……そんな、そんな破廉恥な」と恥じらった。赤ん坊付きで恥じらうなよ。シリウスがこれはマグダラ家に謝罪に行かねばならないかと腹を括ったらだ。

 この子の名前はデルフィーニ、と息子はさらっと言った。息子の抱っこが危なっかしいのでシリウスは赤ん坊を受け取った。赤い眼に銀の髪の、整った顔立ちの赤ん坊であった。なんだかとっっても嫌な予感がした。

「あのクソとベラの子」

「脱獄して即座にあれしても計算が合わないだろうが」

 と、咄嗟に返し、シリウスの腕はぶるぶると震えた。赤ん坊は楽しそうに笑った。

 できなくもない。やり方自体はある。やりかねない。やりそう。なにせユスティヌの女をおそらくたぶらかし、リアイスの女を手籠めにした男である。

「……マルフォイ曰くそうらしい」

 息子は遠い眼をした。あんまり考えたくないらしかった。なんでもマルフォイことドラコ・マルフォイに「頼られて」しまい、うっかり引き受けたらしい。クロードに相談して逃がす手筈は今整えているところどうこう。

「不幸な女性がいるはずだが」

 シリウスはおそるおそる訊いた。予想通りならば、女は廃棄されているはずだ。ウィスタは頷いた。

「あいつ、頑張って逃がしたらしい。レストレンジ家の魔女。記憶を消されて、聖マンゴで保護されてる」

「ならよかった」

 ほっと息を吐いた。そして赤ん坊を見た。妻の異母妹にあたる赤ん坊。シリウスの元婚約者の異母妹でもある赤ん坊を。そして息子の叔母であり又いとこにもなる。

 忌まわしい血を継いだ娘。呪われた出生の娘。それを、息子は助けたいと言う。

「好きにしろと言いたいが」

 生かした結果、この娘が災厄となったときはどうする?

 シリウスの問いに、息子はさらりと返した。

「その時は俺が始末する」

 責任をとろう、と。

 ならばいい、とシリウスは応えた。そこまで言うのならばやってみろ、と。

「……俺が言える義理じゃないからな」

 望まれずに生まれてきた女の手をとった。離さないと誓った。一緒に生きたいと願った。その血筋がどうであれ、関係なかった。彼女は善きものであろうとし、そうして死んだ。実の父親に殺されて。

「レギュラスがいたら押し付けたんだが」

 あいつなら巧くやりそうだ。ブラック家にはスリザリンの血が混じっていてとか言い張りそうだ。シリウスも似たようなことはしたけれど。スリザリンの杖はブラック家の家宝ですと嘘八百を言った。なにせ神秘部の戦いで黄金の杖は衆目にさらされた。いかにもスリザリンな意匠なので、家宝と言い張るしかなかったのだ。ブラック家の歴史は古い。どこかでスリザリンの血が入っていてもおかしくはない。ヴォルデモートの直系と露見するのは拙いが、どこぞ――ブラック家にスリザリンの血が入っている(かも)はギリギリ許容範囲だろう。

 いや、ほんとレギュラスがいたら押し付けたんだが。なんでシリウスが子守をしているのか。妻の異母妹の。ヴォルデモートのやつ、そこまでして子がほしかったか……駒にしたかっただけであろう。あれには父親の情というものがない。

「……良い家庭に引き取られて」

 健やかに暮らせればいいな。いるか座の君。

 囁いた時、息子が帰ってきた。ふらふらとやってきて、柱に頭をぶつけた。ごん、と音が響き赤ん坊がみゃあみゃあと泣き、息子はひたすらに呻き、と混沌とした。

「だからお前諦めて片眼を移植……」

 俺のをくれてやる、と何度目か言おうとして遮られた。

「城で仮眠して起きたら、鏡と本があって」

 どうもユスティヌの宝みたいで。

「おいなんて?」

「俺、ユスティヌの後継者っぽい」

「嫌だそんな呪われた血筋の後継なんて!」

「おふくろが俺を後継者指名してたみたい……」

 あ、これはユスティヌことウラニア・ユスティヌが異母妹であるリーンを相続人に指定して、リーンが息子を指定したのかと察した。なんということだ。

 ユスティヌとは追放されたリアイスもとい、グリフィンドール、レイブンクロー、ハッフルパフの末裔がスリザリンと結びついたことで生まれた一族であるから……広い意味では妻も息子も該当するのか?

 渋い顔をするシリウスをよそに、息子はさらりと言った。

「ユスティヌはどうでもいいんだよ」

 デルフィーはイルシオンに押し付けて、行くぞ親父。

 どこにだよと言う暇もなく、引きずるようにして連行された。呼び出され、子守を押し付けられたイルシオンの「私は隠居のじじいですよ」という抗議も無視し、息子は姿くらまし防止領域を抜け――付き添い姿くらまし。

 たどり着いたのはどこかの海――岩場、崖の近くだった。息子に引きずられるがままに海中へ――そして。

 闇色の湖がある場所にたどり着いた。

「……は、ここにいたんだ」

 息子が囁く。疑う理由などなかった。二人がかりで湖を干上がらせれば、累々と積み上がる亡者が現れた。

 蠢くそれに、息子がスリザリンの杖を――『螺旋杖』を振る。

 浄めたまえ。

 呪縛から解き放たれますように、と。

 輝きが洞穴を染め、こそりとも音がしなくなった。シリウスは干上がった湖――窪地へと降りる。中央――小島になっていた付近までやってきた。あまりに亡者が多く、見つけ出せない。

 ナイフで手のひらを切る。紅がしたたるそれを振る。小さく呪文を――失せ物探しだ――を唱えれば、ぱっと散った紅が、星のひかりを帯びて降り注ぐ。

 シリウスは星の導にしたがって、歩を進めた。亡者を一人一人移動させ、ようやっと探し人を見つけた。

 恐れていたほど損傷はなく、腐敗もなかった。湖が亡者を閉じ込めるとともに、過ぎ去る時を可能な限り停滞させていたのだろう。

 仰向けに寝かせてやる。前髪を――シリウスと同じ黒髪をそっと払う。こんな寒いところにずっといたのか。十数年もの間。穢れた水の獄に閉じ込められていたのか。

「悪い……こんなにも遅くなるつもりは」

 声が震える。気にかけていた。どこかで生きていればいいと思った。突然にいなくなってしまったから……。ふっと消えてしまったものだから……。

「迎えに来た。帰ろう」

 静かに、その名を囁いた。

「レギュラス」

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