そこにいたのは白髪を背まで伸ばした偏屈そうな老爺だった。
彼は陶器職人MADARA。五大国一の焼き物師である。
※この作品はpixivの方にもアップしております。
今回の話は某掲示板の某スレで陶器職人になったマダラネタがあったので、書いてみたくなったと書き込んだところ、見たいと言われたので書いてみました一発ネタです。楽しんでいただけましたら幸いに存じます、かしこ。
PS.2026/4/20、文章詰まりすぎて読みにくいという指摘があったので大幅に加筆修正しました。
それはよく晴れた初秋のある日の事だった。
「こっち……で良いんだよな?」
1人の少年が手元のメモに目を落としながら、ほとほと困ったような声でポツリと呟く。
その声に返答するものはなく、代わりのように虫たちが合唱を返すばかりだ。
それも当然だろう、ここは里の端にある森の中で、一応道らしきものはあるのだが周囲には鍛練場すら存在していない。あるのは深い森の緑ばかりだ。
(早まったかも……)
こんな事ならかっこつけて断ったりせず、リンについてきて貰えば良かった。
そんな風に後悔混じりにため息を零す黒髪の少年の名前はうちはオビト。
今年アカデミーを卒業して下忍になったばかりの新米忍者である。
事の始まりは今朝の事。
彼のモットーは困ったお年寄りを助けるというものだ。
なので今日もそのモットーに従い、いつも通りよたよたしているばあちゃんの荷物をもってやったり、足を挫いたじいちゃんを送ってやったり等、折角の非番を今日もまた人助けに費やしていた。
そんなお人好しを地で行くオビトであったが、その中のおばあちゃんの1人に頼まれたのだ。
里はずれの森の奥に住む陶器職人に、孫夫婦への婚約祝いの茶器セットを注文したのだが、生憎夫が怪我をしてしまい取りに行く事が出来ない。なので代わりに取りに行って貰えないだろうか、と。
代金は既に支払い済みであるのだが、職人の例に漏れずその方も気難しい人で、こちらから取りに行かないと売ってくれないこと、自分の足ではそこにいくのは難しい事と共に、「オビトちゃんなら大丈夫だと思うの」と信頼に満ちた瞳で期待するように言われれば、ここで断るのは男が廃るというものである。
第一に困っているお年寄りを助けるのがうちはオビトという忍びのモットーなのだから、断るという選択肢自体がない。
……が、一応木ノ葉隠れの里内といえば里内なのだが、地図で見せられた住居は本当に森のど真ん中だった。
(こんなところに住んでるとかマジかよ、どんな偏屈ジジイだ)
と、そんな感情が表に出ていたのだろう。
たまたま一緒にいた思い人である同班のくノ一のはらリンに、「オビト大丈夫、道わかる? ついていこうか?」と心配そうに問われたことで、「大丈夫だって! オレならばっちりだぜ!!」と反射的に見栄を張って現在に至る。
……だってしょうがない。
好きな女の子に不安だからついてきてなんて言えるわけがない、だって男の子だもん。
ライバルや好きな女の子には見栄を張りたいものなのだ。
とはいえ、いくらペーペーの新人と言っても、オビトとて忍びの端くれだ。
森の獣に出くわすくらいならどってことない……クマが相手ならどうなるかわからないが。
でもその件の職人はなんでこんな辺鄙な所に住んでいるんだろう?
こんな鬱蒼とした森の中に1人で住んでるとか絶対偏屈ジジイだ~……という意味でオビトのテンションはがた落ちだった。
森の獣より人間が怖い。
だが、ここにきてやっぱりやめた~とか言って、自分を頼ってくれたばあちゃんを悲しませるのはオビトの主義に反する。
何より、絶対偏屈ジジイだとは思うけれど、困ったお年寄りを助けるのはオビトのモットーなのだ。
こんな所で1人で住んでいるのなら、何か困っている事もあるのかもしれない。
(ならオレが手助けしないと)
……と考え直して、オビトは緩やかな崖の上に向かう道に歩を進めた。
間も無く、人1人が住んでいそうな小さな小屋と焼き物をしているのだろうか、その奥に一筋の煙が立ち上っているのが見えてきた。
「ほ、本当にこんなとこに住んでるんだ」
オビトは少しほっとした気持ちで吐息を零し、それから気を取り直して、元気の溢れる声で「こんちは~!! 里の駄菓子屋のばあちゃんの頼みで注文した茶器受け取りにきましたー!!」と叫んだ。
「喧しいぞ、砂利」
次の瞬間、そんな老人の嗄れた不機嫌そうな低音と共に、暴風のような蹴りが飛んできた。
「どわ~!?」
齢10になるかならないかの少年は、そんな間抜け声を上げながらゴロゴロと吹っ飛ばされる。
人1人吹っ飛ぶほどの威力の割には、何故かあんまり痛くは無かったが、初対面の敵の忍びでもない相手にこんな所で蹴り飛ばされるなんてオビトにとっては想定外である。
すかさず、「いって~な! 何すんだよこのじじい!」と振り向きざまにギャンギャン怒鳴った。
その先にいたのは濃紺の着流しを着たふさふさの白髪に、しわしわの偏屈そうで気難しそうな老爺だった。
年齢は70か80くらいだろうか?
背筋はピンと伸びているが、正確な年齢はよくわからない。
どっちにしろ思った以上にジジイだった。
「フン、人の家先で騒ぐからだ」
そういって老爺はオビトを見て、鼻で笑う。
……なんて、ジジイだ。
人の事を蹴っておいて、微塵も悪かったと思っていない。
オビトはムスッとした顔で頬を膨らませるが、そんな少年の反応自体気にしていないのだろう、白髪を背の半ばまで伸ばした老爺はそのまま奥の窯場へと向かう。
「あ、おい」
「……焼き入れだ。どうした、お前は受け取りに来たのだろう。ついてこい」
なんてこった。
なんという言葉不足。
里のじじばば全てと知り合いを豪語するオビトであるが、ここまで唯我独尊で偉そうで話の通じなさそうなジジイは初めてだ。
とりあえず受け取りがどうのって言ってるって事は、一応注文した茶碗を渡す気はあるんだよな、と判断して少年はもやもやしつつも老爺の後を追った。
そうして作業場らしき窯場につくと、炉には既に火が入っており、何かを焼いている最中のようであった。
ぷくり。
頬を膨らませ、印を組んで老爺は火を継ぎ足す。
隣に並べられた大団扇などを使い、温度調整を行っているようだ。
酷い熱気が周囲を蔓延する。
既に初秋に入っているが夏の名残の気温も相俟り、酷く暑くて、汗が玉のように噴き出してきた。
だが、老人は気にすることもなく、己が手足のように火を扱いつつ、釜に向き合っている。
「……火入れは温度調整が要でな。一気に温度を上げればいいわけではない。時間をかけ少しずつ上げ、少しずつ下げる。そら」
そういって窯場での作業を続けながら、白髪の老人は竈門の隣に設置された棚から風呂敷に包んだ包みを掴むと、「注文の茶器だ」とオビトに渡す。
「あ、ありがと」
「フン」
それっきり老爺はそっぽを向いて窯に向き合う。
もう用は済んだとばかりだ。
失礼で偏屈で、しょっぱなから人を蹴っておいて悪びれもしねえ、随分と偉そうなジジイであるのだが、そうやって窯に向き合う姿はオビトの眼から見ても少し格好良く見えた。
と同時に、先ほどの火遁を扱う手並みには既視感を覚えた。
故にオビトは少し迷いつつも、「なあ」と言葉をかけることにした。
駄菓子屋のばあちゃんにオビトちゃんなら大丈夫、と言われたこともある。
「オレ、うちはオビトって言うんだけど、じいちゃんさ、ひょっとしてじいちゃんもうちはの忍びか?」
そのオビトの言葉に老人はチラリと視線をやって、ぽつりと呟いた。
「……暫く見ないうちに随分と阿呆っぽいのが増えたものだな」
「アホっぽいって言うな!! で、どうなんだよ」
「……昔の話だ」
それっきりもう話す事はないとばかりに、シッシッと老爺は少年を追い払った。
* * *
「あらあら、あの方は相変わらずなのねえ」
クスクスと上品に笑いながら、駄菓子屋の女店主は、お使いに行ってくれた少年の話を楽しそうに聞く。
「ばあちゃん、笑い事じゃねえって……本当にマジで一切とりつく島なかったんだぞ……」
そういってふてくされた顔で黒髪の少年……オビトは机に頬をくっつけてブスくれる。
実際問題木ノ葉隠れのジジババ殺し……もとい老人達のアイドルであるオビトにとって、こんなにけんもほろろな対応を老人にされるのは初めてだ。
捻くれている老人の相手はこれが初めてじゃないけれど、それにしたって絶対あれは捻くれすぎだって! と思うオビト少年だった。
そんなオビトと向かい合わせの席に座ってクスクスと、頬に紫色のペイントを施した茶髪の可愛らしい少女が「オビトがそこまで言うなんて珍しいね」と笑って、彼を慰めるようにポンポンと頭を撫でた。
「リ、リン~」
完全な弟扱いである。
オビトは瞳を潤ませた。
正直思うところが全くないわけではないのだが、それでも好きな女の子にされればなんでも嬉しい、だって男の子だもん。
リンは今日も世界一可愛い、優しい、最強。
それがオビトの世界の真理だ。
そんな微笑ましい少年少女のやりとりを見て、駄菓子屋の女店主である老婆は、「あらあら」と言いながら、2人に追加のお駄賃代わりのラムネ瓶と麩菓子を差しだした。
「オビトちゃん、リンちゃん。折角だから届いた茶器見ない?」
「良いんですか!?」
その提案にオビトの思い人である少女は、パアと瞳を輝かせる。
わざわざあんな人気の無い山の中に1人住んでいる職人に注文したという茶器が、どんなものなのか実は興味津々だったらしい。
きっとスゴイに違いない、と好奇心もあってオビトの帰りをここで駄菓子屋の女主人と待っていたのかも知れない。
と、オビトは彼女の反応を元に、そう気付いた。
……オビト自身は、そこまで気が進むわけでもない。
だって茶器の善し悪しなんてわからないし、あの偏屈ジジイの作だし。
でもリンが見たいならいいかなと思って、こくんと肯いた。
それを見て、老婆は風呂敷をほどき、コトリと漆塗りの綺麗な箱の蓋を外して、中に納められていた茶器を取り出し、丁寧な手つきで机に並べた。
出てきたそれを見た途端、知らず2人は唾を飲み込む。
「……綺麗……」
ほう、と感嘆するように茶髪の少女が呟く。
そこにあったのは急須が1つに湯飲み茶碗が2つ。
深い赤と黒のグラデーションが鮮やかで、どこか写輪眼を思わせる色合いをしていて、落ち着いているのに艶やかだ。
模様や絵で勝負することもなく、ただそこにあるのは赤と黒の組み合わせだけなのに、酷く人目を引くそこは、これこそが芸術であると造形が深くない者にも訴えかけるような力があった。
形も手に取って、これで茶を飲めば温かい気持ちになれそうなほどに、手にしっとりと馴染みそうな……見るモノを不思議と魅了する力を放っていた。
2人に茶器の善し悪しなんてわからない。
それでも一目見ただけで、美しいと、欲しいとそう思わせるような茶器だった。
「これを作った職人さんはなんというのですか?」
惚れ惚れとした目でうっとりと茶器を見ながら少女が尋ねた質問に、老婆は悪戯そうに笑って「あの方の名前はね……」と茶碗の底、目立たない位置に刻まれた制作者の
* * *
山中にある小屋で白髪の老人は今日も1人陶器を焼き続けている。
火と向き合うこの時間が今の彼にとっては最も心落ち着く時間だ。
陶器は良い。
何も言わない。
こちらが真摯に向き合えば、それに応えてくれる。
元々うちはは火を扱う者だ。
火と向き合う時間は、自分と向き合う時間でもある。
美しい赤の揺らめきと土と風と、水。
自然の中で、ただ炎と向き合い、語り合う。
人間関係の煩わしさはここにはない。
ただ作り続け、焼き続ける。
少しの火加減だけで全てが変わる。
その繊細さがどこか自分に似ている気がして、落ち着くのだ。
人里離れたここではゆったりと時間が流れていく。
何週間もかけてじっくりと焼き上げ、そして何日もかけてゆっくり冷ましていく。
今は火を落とし冷やし作業の最中だ。
あと3日ほどそれは続く。
ふと窯を見て頬を緩ませていた老爺は眉間に皺を寄せる。
誰かが来たらしい。
騒がしい気配だ。
(あの時の砂利か?)
先日菓子屋の女主人の代わりに自身の作品を受け取りに来た同族の少年を思い浮かべ、眉間の皺を益々深くする。
今回はどうも連れにもう1人いるようだが、一体何の用なのか。
もう用事は済んだはずではなかったのか。
そう思いながら崖の方にチラリと視線を向ければ、想定通りそこにいたのは齢10前後の童が二人。
茶髪に紫のペイントを両頬に施した少女と、先日うちはオビトを名乗った、間抜けそうなオレンジ色のゴーグルをした黒髪の少年だ。
「あ」
遠目ながらも、一応うちはの端くれたる少年はそれなりに目が良いのだろう、白髪を靡かせた老人と目が合ったことに気付き、気まずそうに頬をかく。
それから気持ちを取り直したのだろう、ひとっ飛びで老爺の元に近寄り、「よっす、これ駄菓子屋のばあちゃんがアンタに渡してくれって」そういって、稲荷寿司の入った包を差しだした。
(ほう、気が利くではないか)
そう思い見た目は憮然とした態度で、内面はいそいそとした心境で包を受け取った。
稲荷寿司はこの老爺の好物ではあるのだが、人里離れた場所に住んでいる関係上滅多に食べれないのだ。
では何を普段は食べているかって?
大体は川魚や野鳥、山菜がメインである。
米や塩などはたまに行商人に届けて貰うが、普段は自給自足のとても質素な暮らしをしているのであった。
「あ、あのこんにちは!」
そこで、今まで気にも留めなかった茶髪の少女が、何やら頬を紅潮させて前に出てきた。
そうして少女は男の雅号を呼ぶ。
「陶器職人のMADARAさんですよね!?」
久しぶりに呼ばれたその名に、老爺はその名を名乗り始めた頃を想起した。
* * *
MADARA改め、うちはマダラが陶器職人となったのは今から約45年ほど前……初代火影である千手柱間と共に、木ノ葉隠れの里を興した約半年後の事だった。
その頃のマダラは中々の針の筵に座っていたと言える。
大体にして、かつての友であり天敵だった男、柱間と里を興した事自体彼には想定外だったのだ。
かつての戦国の世で最強と共に称えられたうちはと千手であるが、マダラが族長になった頃にはそのバランスは大きく崩れ、誰が見ても千手の方が優勢であった。
それは忍びの神と称えられたあの男、千手柱間が敵にいたからだ。
柱間は誰よりも強く、誰よりも圧倒的で、誰よりも眩しかった。
子供の頃は秘密の友として、同じ守るべき弟達を持つ身として共感し合い、切磋琢磨したものだが、今ではマダラはもう柱間には敵わない。
それでもマダラは別に弱いわけではないのだ。
柱間がいない戦場であれば無双出来た。
写輪眼も目覚めていない子供の頃から、戦場で敵の大人達を屠ってのけたマダラは間違いなく強者である。
天才だと言われていた。
それでもマダラと柱間の間には隔絶した差があった。
天才は努力しても、努力した上で神には敵わなかった。
悔しいがそれが現実だった。
子供の頃は同じだったはずなのに、なのに成長すればするほどに、残酷なまでに二人には差が生まれた。
マダラがいたからこそ柱間と戦いになったのだ。
マダラがいなかったら、とっくにうちはは柱間に圧倒されていた事だろう。
それでも戦いになるというだけで、マダラは柱間には勝てないのだ。
かつては互角だった筈の両族は少しずつ天秤が傾いていく。
マダラは柱間に負け続けた。
そうして失いたくなかった……誰よりも守りたかった弟のイズナも失って、一族から千手に亡命するものまで出始めた。
どうしようもなかった。
誰が見てもうちはの劣勢は明らかだったのだから。
だからこそマダラは、弟に託された眼で新たに得た能力と共に、柱間相手に特攻を仕掛けたのだ。
もう失うものは何もない。
柱間なら自分亡き後の一族もそこまで悪くはしないだろう。
もうマダラは疲れていた。
守りたかった弟はもういないのだ。
それでも意地があった。
かつての友に無様はさらせない、死ぬのならば戦の中で、柱間に殺されるなら本望だった。
いつまでも子供の頃の夢物語を振りかざす柱間に苛立ちもあった。
戦場で、かつての友だった柱間の手で死にたかった。
ところが……マダラが死ぬことは無かった。
一昼夜戦い続け、地面に地を付けたマダラに、柱間はまたもや子供の頃の事を引き合いに出して、「どうすれば……信用してもらえる?」とそんな馬鹿な事を尋ねてきたのだ。
マダラは答えた。
「腑を見せ合えるとすりゃ……今、弟を殺すか……己が自害して見せるか。それで……相子だ……」
と。
くどいようだがマダラは疲れていた。
終わりにしたかった。
言ってみただけだ、柱間が弟を殺すなんてマダラは元々想定していない。
だって二人で子供の頃話し合った時、二人が望んだのは弟達が死ななくて済む里だったのだ。
マダラにとって柱間の弟である千手扉間は、最愛の弟であるイズナの命を奪った、憎い仇ではあったが、それでも柱間が弟である扉間を害するなんて考えは微塵もなかった。
兄としての弟への思い。
そこだけはどれだけ敵対しても、信用していた。
ここまで言ったら流石の柱間も自分を見限って失望し、殺すだろう、そう思って怒らせる為に言ったのだ。もう疲れていた。
ところが柱間という馬鹿は、マダラの想像以上の大馬鹿者だった。
柱間はマダラの言葉を真に受けて、自害することを選んだのだ。
勝ったのは柱間で、負けたのはマダラなのに。
大馬鹿野郎だ。
そんなことをして、誰が喜ぶというのか。
だから、マダラは折れた。
もういいと、お前の腑は見えたからと、自害しようとする柱間を止めて、残りの一族を纏めて柱間の手を取り里を興した。
そうして新たに出来た里にマダラは柱間を見て、「木ノ葉隠れの里」とそう名付けた。
柱間は言う。
夢のようだ、と。
子供の頃からの夢が叶ったと、はしゃいでいる。
そうだな、と相槌を打ちながらもマダラは複雑な心境だ。
ここは、あくまでも柱間の夢見た里だ。
マダラの夢の里ではない。
何故なら守りたかった弟は、イズナは既にいないのだ。
子供の頃、柱間と語り合ったときにマダラが里を欲したのは、イズナを……弟を守りたかったからだ。
だけどもう守る者べきものはどこにもいない。
否、マダラはうちは一族の族長だ。
弟の、イズナの最期の望み通りに、一族を守ることだけ考えたら良かったのかも知れない。
だけれど、どうしようもないのだ。
一族の者は誰もマダラを必要としていない。
失明した自身の眼の代わりに、弟の眼を奪った冷酷非道な兄。
それが一族でのマダラの評判だ。
実際は弟の方が一族を守ってくれと眼を差しだした、それが真相なのに、人々は弟の眼を得て瞳力を増したマダラを恐れた。
そして柱間に特攻を仕掛け、負けたマダラを蔑んだ。
一族にマダラを必要とする者はどこにもいない。
彼らもトップは柱間の方がいいのだ。
虚しかった。
今までの努力は一体何だったのか。
皮肉な事に里でマダラを必要だと思っているのは、柱間ただ一人だけだったのだ。
他の者にとって、うちはマダラは無用の長物だった。
そのことを柱間は気付いていなかったけれど、マダラはよく知っていた。
柱間はマダラを火影にしたがっているけれど、そんな未来は有り得ない。
柱間の次の火影はきっと扉間だ。
そして扉間にとってのマダラは、警戒対象だ。
マダラは扉間を信用しない。
それと同じように扉間もマダラを信用することは無い。
兄を死に追いやりかけたマダラを、扉間が許すこともないだろう。
イズナの命を奪った扉間を、マダラが内心疎み、忌々しく思っているように。
嗚呼、針の筵だ。
己は何故こんな所にいるのか。
ここはあくまでも柱間の夢の里だ。
己の夢ではない。
マダラは疲れていた。
けれど、このままでいけない事もわかっていた。
そうして、考えて、考えて、考え続け、ある日、柱間を呼び出して言った。
「オレは今日から陶器職人になることにした」
……と。
柱間には考え直せと言われた。
自分をこれからも助けて欲しい、オレにはお前が必要なのだ、いずれ民もお前の良さに気付くから、とそんな寝ぼけた戯言をもって説得しようとしていた。
けれど、マダラの決心が変わらないと知ると、柱間は少し諦めたような微笑みを浮かべて、「いつでも戻ってきて良いのだからな」とそんな言葉で送り出した。
そうやってマダラは里から離れた山中で一人、陶器職人として新たな人生をスタートしたのだ。
そうして忍びから職人に転職したマダラであったが、最初っから上手くいったわけではない。
窯は生き物だ。
少しの温度差で色合いも変われば、割れもする。
マダラは神経質で繊細で完璧主義な所がある。
少しでも気に入らなければ、パリンと割って次にかかった。
マダラは物作りに没頭した。
釉薬に配合した金属によって、焼き上げた陶器の色合いは赤や青など様々な色に変わるけれど、特にマダラが拘ったのは赤と黒の配合だった。
美しい赤と黒のグラデーションはうちはの……一族の色でもある。
艶やかで鮮やかかつ繊細な赤と黒のコントラストは、見る者に思わずため息を吐かせる程に美しかった。
それに元々うちはは火を扱う者だ。
一族きっての天才だったマダラは炎の扱いも天才的で、陶器職人として頭角を現すのも早かった。
陶器職人として出発した際、マダラの最初の取引相手となったのは、かつての友であり里長でもある柱間だった。
マダラが作った茶碗や皿は余さず柱間が買い取っていたのだ。
それは職人に転向しても尚、マダラは恐れられ、何を考えているのだと遠巻きにされている事も関係はしていた。
最初は職人となったマダラに心配でならないという態度だった柱間も、マダラが実際に焼き上げた作品を見る内に評価が変わった。
「なんと美しい皿ぞ……」
そういって感嘆のため息をついて、あっという間に陶器職人としてのマダラのファンとなっていた。
だからまあ、必然でもあるのだ。
ある日、火の国の大名を持て成した際に、柱間が使った茶器はマダラの作だった。
それがあんまりにも見事で、美しいものだから、一体誰が焼いたのかと大名は柱間に尋ねた。
柱間は誇らしそうに答えた。
「それは我が友、マダラのものぞ」と。
それを聞いて、大名ははじめはまさか、かのうちはマダラが陶器職人になっていた事に吃驚したものの、取引をさせて欲しいと持ちかける。
柱間は快く引き受けた。
「なんと美しい……こんな深い赤は初めて見るのう」
「天上の美よ」
「そうだろう、そうだろう」
そうしてマダラに注文した茶碗を使って、茶会を開いた火の国の大名は、そういって鼻高々に他国の大名達に自慢して回った。
うちはマダラの陶器はうちはの火遁焼きとして五大国に知れ渡ったのだ。
「ったく、そういう事は早く言いやがれ」
柱間の暴走のせいで急激に忙しくなったマダラは、ブツブツと文句を言いつつも、次々に美しい陶器を焼き上げていった。
「だっはっは、すまんすまん! ついの。ところでマダラよ、雅号はつけんのか?」
そう柱間に尋ねられたマダラは、少し考えた後に、茶碗の底に異国文字で「MADARA」とそう記すようになったのだ。
陶器職人MADARAの名はその道の者の間で密かに広がり、五大国一の焼き物師と謳われた。
けれど、マダラはそんな世間の評判などどうでもいいと言わんばかりに、ただ陶器を焼き続けた。
そうしているうちに1年、2年と月日が経ち、気付けば扉間がマダラに付けていた監視の忍びもいなくなっていた。
当然だが里長である柱間は忙しい。
マダラの元へ足を運ぶ回数は月日を経る毎に減っていく。
柱間が来なければ、こんな辺鄙な場所に来るのは、里からの御用聞きである行商人くらいのものだ。
けれど、元々人との関わりが下手くそなマダラはそれで良かった。
寧ろ己の背後を取る者が誰もいないこの環境に、ほっとすらしていた。
ただ窯に向き合い、炎を見つめる日々だった。
そんなある日、弟子にしてくれと、足を悪くして忍びを引退したうちはの男が来た。
はじめはすげなく断ったマダラであったが、男があまりにもしつこいので、小間使い代わりに弟子に受け入れることにした。
男はどんなマダラの扱きや罵倒にも怯まずついてきた。
「師匠、師匠」とキラキラと瞳を輝かせて、「師匠はスゴイ」と吹聴し、尊敬していると臆面も無く言う男に、居心地の悪さを覚えたが、それでも悪くなかったのだ。
そのうちに、男以外にもぽつりぽつりとマダラの元に、「皿を焼いて欲しい」「花瓶を作って欲しい」と訪ねる依頼人が増えてきた。
……皮肉な話だ。
忍びであった時より、忍びを引退して職人になってからのほうが、人々に必要とされるようになるなんて。
やがて5年が経ち、弟子だった男は独り立ちした。
それからも、ぽつぽつと弟子が出来ては旅立って、を繰り返した。
それでもマダラは変わらない。
炎を操り、陶器を焼く。
それだけだ。
この眼はイズナの目である。
弟が、最期に託してくれた目だ。
だからこそ、マダラは思ったのだ、この目に映すのは美しいものであればいい、と。
弟の目に映すのは美しいものであればいい。
それだけがイズナ亡き今、マダラが弟の為にしてやれることだとそう思ったのだ。
そうして気付けば約45年の月日が経っていた。
それは弟を亡くしてから、マダラが職人として生きてきた日々だった。
* * *
「陶器職人のMADARAさんですよね!? あの、聞きました、なんでもうちはの火遁焼きの開祖だって! それで、えと、あの……」
少女はもじもじと人差し指と人差し指をすり合わせ、恥ずかしそうに老爺を見上げ尋ねる。
「あなたの作った作品、凄く素敵で、綺麗で……ファンなんです。だから、もっとお金を貯めたら、私にも茶碗、焼いてくれますか?」
その眼差しに、期待するような微笑みに……いつかの走り去った過去の残像を重ねながら、苦笑しそうになる口元を顰めて、マダラは「オレの茶碗は高いぞ」と答えた。
「はい、頑張ってお金、貯めます!!」
そう言って少女は握りこぶしを掲げる。
そんな二人のやりとりをぽかんと見つめながら、蚊帳の外になっていた少年がぽつりと零す。
「じいちゃん……アンタ、笑えたんだな」
そのまま無言で、ガッと老爺は少年の頭を掴んで、宙ぶらりんにぶら下げる。
「痛ェ! 痛い!! 痛いって……!! やめろよ、離せェ~!! クソじじい~!!」
オビトはバタバタと足を振りながら、老人の手をほどこうと必死に藻掻く。
「煩い砂利だ……」
そう呟いてからぱっと手を離し、それから小屋に向かってスタスタと歩を進め、くるり。
「どうした、ついてこい。茶くらいは出してやる」
そう、ふんと吐き捨てるように、老爺はのたまう。
その後ろには齢10ほどの少年と少女が2人。
これからの数年が騒がしくなることを予感させるように、2人の童は男の後を追った。
きっとこの先もこんな日々が続くのだろう。
キラキラ輝く太陽の下で老爺の長い白髪が風に靡く。
その人生の証のように、その肌には深い皺がいくつも刻まれ、それでもこれからも無限の月の夢を見ることなく男は生きていくのだろう。
ある所に忍び里の山中に住まう変わり者の職人がいた。
彼の名前はマダラ。
陶器職人MADARA。
五大国一の焼き物師である。
了
面白かったですか?
-
面白かった
-
普通
-
つまらんかった
-
じじまご最高