日蝕のアサルトレコード 作:その辺の残骸
舞台芸術科の稽古は全面的に中断され、少女達はこぞって舞台を見上げている。
舞台で向き合う二人の"王子様"に見惚れているか、あるいは真剣な眼差しで、ごく少数は余裕を持った表情で。とにかく皆が夢中になってその姿を見つめている。
かたや、サーベルを手にした赤髪の情熱的な王子。
かたや、レイピアを眼前にかざした金髪の涼やかな王子。
神薙エリスとササラ・レイフィールドが扮する両雄は舞台の左右に立ち、睨み合っている。
――
野性的な笑みを浮かべる
(まっいいか、これも経験)
今この瞬間になって、心の中の赤髪のヤンキー娘はちょっとばかり渋い表情をする。エリスはそう思い直して、華麗な所作でサーベルを構えた。
マリエルの頼みはササラと共に舞台に上がって軽く芝居をして欲しいというものであった。
演舞が極めて好評で調子に乗っていたこともあって、赤髪のお嬢様はこれを嫋やかなお返事で快諾。エリスがOKならば、とササラも舞台に上がることを承諾した。
思うにミルクブロンドヘアの三年生は最初からそのつもりだったのだろう。
衣装や小道具を担当する舞芸科生が、あっという間もエリスとササラを取り囲み、イルゼの指揮で手際良く準備を整えたのだ。
着替えは制服を脱ぐところから全部お手伝いされた。
エリスとササラは裸になると、まずインナーを装着することに。用意されたのは灰色のボディタイツだった。
局部の透けを防ぐ前張りを付け、新品のせいか生地がやや強張ったボディタイツで首から下を覆った。
ササラは金髪を纏め、エリスは赤髪を三つ編みにして、役に相応しいメイクを施してもらう。
王子様つまり男性役なので、それらしくなるように、タイツの上にサラシを巻いた上で衣装を身に纏っているので、胸に圧迫感を感じる。
それ以上に、
(しっかし、変な感じだな。下だけ無防備ってのは)
そんな下半身の心許なさに落ち着かない気分だった。
エリスは華麗な王子の衣装を上半身だけに纏っているからだ。厳密には下半身も足にはブーツを履いている。
ササラも同じスタイルの衣装だ。下半身の曲線が灰色のボディタイツ越しに剥き出しになっていた。
プロジェクションマッピングで仮想の衣装を投影したほうが遥かに動きやすく、稽古場の体育館にはそのための設備が完備されている。
だが、今回は本物の衣装に袖を通してもらいたいとのことであった。
ナノスキンスーツに上着を羽織るのとは違い、上半身と下半身に露骨なギャップがあるせいか、落ち着かない。
上半身は男装、しかし下半身は裸同然。
「うむ、思った以上だ。素晴らしいね」
「合う衣装があって良かったですわ」
着替えた姿を披露するとイルゼとマリエルは喜んでくれたが、王子様に変身した金髪と赤髪は顔を合わせて恥ずかしそうにしていた。
お尻の魅惑的な曲線や長い脚が王子様を演じているのが少女だということ明白にしていた――かなりマニアックでフェティッシュな衣装なんじゃないかと、エリスは思うのであった。
(集中せんとな)
エリスは意識を切り替え、お仕事モードに。
深呼吸して一切合切の雑念を振り払い、前方にいるササラとアイコンタクト。
(さあ、打ってこい!)
蒼い瞳と琥珀色の瞳が交差。地を蹴り、空気を押し退け、熱が近付く。
最初に動いたのは金髪の王子に扮するササラだった。
刃が打ち合う鋼の音が鳴った。エリスは凄まじい衝撃がサーベルから腕に伝わってくるのを感じた。予備動作が殆どない疾風のような突きが、相対する赤髪の王子の胸を貫かんと迫ったのだ。
「挨拶もなしか?」
サーベルでササラの奇襲を受け止めながら、獰猛に笑いかけた。
赤髪の王子の野生的な口調は素のエリスに近い。行われているのは即興劇だ。エリスとササラは対立する二国の王子の決闘というお題だけを与えられ、演技している。
「言葉は不要だ。今、ここで必要なのは力のみ」
「そうは思わんがな!」
エリスがレイピアを弾く。返す刀でサーベルを振り下ろすが、ササラはこれをいなし、突き返してくる。縦横無尽に振るわれる二人の王子の剣。剣戟に伴い、甲高い鋼の音が幾度となく響く。
ボディタイツなので脚の動きや腰の力の入れ方がよく分かる。お尻の筋肉の使い方まで、観客である舞芸科生達は見逃さない。貪欲な眼差しで観察する。
(なるほど、こりゃクセになりそうだっ!)
観客となった舞芸科生は静かな興奮の眼差しで舞台を見ていた。それを肌で感じ、エリスの演技にますます熱が入った。
剣舞は華麗さと激しさを増す。
ただ戦うだけではなく、これは演劇。物を語るものであるということも忘れない。
まっしぐらに迫ったレイピアを受け止め、力強く弾く。真剣だったら火花が散りそうな膂力が激突していた。
バックステップで大きく距離を取る。エリスは軽やかに跳び、舞台の際まで下がっている。三つ編みで纏めた赤髪が獣の尾のように揺れた。
「胸を突いてこいよ。お前なら簡単なはずだろ?」
これは演劇であり、観客を魅せるものだ。だからエリスはあえて大仰な振る舞いをする。
間合いの広さはレイピア使いである金髪の王子に有利に働く――赤髪の王子が余裕を示すだけでなく、決闘に敗れることを望んでいると観客に思わせる。
「手加減しているつもりはない」
赤髪の王子の挑発を受け、眼光の鋭さを増す金髪の王子。敵対関係にありながら、二人の深い関係を匂わせるセリフ。観客の想像を掻き立て、物語への没入を深めていく。
距離を活かし、ササラは突進の姿勢を取った。
姿勢を低く、片手を床につき、お尻を突き出すような――雌の肉食獣のような妖艶かつ剣呑な姿勢。
「いいね、やる気になったか。そうこなくっちゃ」
対してエリスはその場で迎え撃つ態勢。
弦が張り詰めるような緊張が空間に満ちていく。
いよいよという瞬間、不意に体育館の扉が開き、予定外の闖入者が演技を中断させた。
体育館に入ってきたのは黒紫色の髪の少女。
聖オルベリア学園の制服を着た闖入者に舞芸科生達は振り返り、イルゼを伴ったマリエルが奥から進み出る。
「どなたでしょうか? 来訪の約束は受けていないのですが」
マリエルの穏やかな口調には、強い警戒感が滲んでいた。
自らの聖域を踏み荒らす者を容赦なく排除する。ミルクブロンドヘアの三年生は鷹揚さと併せ持つ冷酷さを持ち合わせていた。それは上に立つ者に必要な資質であった。
普通なら気圧されてしまう状況だが、黒紫色の髪の少女は微笑みを湛えて受け流す。
その場に佇むのみ。口元に指を添える艶やかな仕草で、舞台に立つ赤髪の王子だけを見つめる。
舞台の上、武器を下ろした二人の王子が並び立っている。エリスは腕組みして稽古場に入ってきたククルシアを見つめ返していた。抗議の視線である。
「分かっててやってやがるな」
サーベルを腰のベルトに吊った鞘に納めたエリスの呟き。
張り詰めた空気を肌で感じている。この場を丸く収めるには自分が動くしかない。
「ちょっと行ってくる。私が出ないことには収まりそうにない」
そう判断して、隣にいるササラに告げる。たんっと地を蹴る音。エリスは舞台から跳んだ。
「おお~!」という歓声が体育館に響く。赤髪の王子様は生徒たちが作る人垣を飛び越え、ククルシアの前に着地したのだ。
ワイヤーもなしにこれやるのだから恐れ入る。とはいえ、アズやイリヤ、それにイルゼにもできる芸当の範囲だ。そこまで常識外れという印象を持つことは舞芸科の少女たちに限ってはあり得ない。
「悪戯もほどほどにしとけよ、ククルシア」
「申し訳ありません。お姉様にどうしてもお逢いしたくて」
◆ ◆ ◆
旧校舎の体育館に張り詰めた一触即発の空気はエリスの行動で和らげられた。
上半身は赤髪の王子の衣装。下はボディタイツで臀部や脚の少女らしい曲線を剥き出しにしたエリスは舞台から跳んだ。
宙を舞い、舞芸科の聖域たる稽古場に侵入してきたククルシアの前に降り立ち、舞芸科生の前で親しげに会話してみせる。
「どうやら無礼者ではないようだね」
マリエルの隣に立つ亜麻色髪の王子様系女子、イルゼの呟き。それはマリエルの気持ちを代弁していた。
「エリスさんのご友人でしたの? ならば歓迎ですわ」
闖入者がエリスの関係者と分かると、マリエルの警戒は解けた。
まず、ククルシアは挨拶する前に舞芸科の生徒たちに非礼を詫びていた。特に素晴らしい舞台を台無しにしたことを丁寧に謝っている。
上級生であるマリエルへの挨拶と謝罪も欠かしていない。
誰がこの場で最も力ある者か理解していることを示す振る舞いだった。
(まったく。騒がせてくれちゃってからに)
緊張した空気から一転して、ククルシアとマリエルは和やかに話している。
二人を見守りながら、赤髪の王子は思うのであった。
黒紫髪の少女の挑発的な性格は変わっていない。その悪戯心のおかげでフォローをさせられることになったのだが、エリスはその事実に安心している自分を自覚していた。
エリスとササラは即興劇を仕切り直した。
一回目より短いが互いの呼吸を覚えた息の合った芝居で舞芸科達を湧かせた。王子に扮した少女二人は衣装を脱ぎ、ボディタイツを剥がすと、汗をシャワーで洗い流している。
「またやりたいな。付き合ってくれるか?」
真っ裸になり、気持ちよくシャワーを浴びているとササラが静かな口調で言った。
衣装を脱いだ金髪の少女は髪を降ろしている。中々見られないストレートロングヘアのササラだ。
(そんなに夢中になったのか)
奥ゆかしい性格のササラが自分から申し出るのは稀なことだとエリスは良く知っている。
シャワーを止めると、赤髪から水滴を滴らせながらササラのほうを向いた。
「もちろん。喜んで」
ササラの蒼い瞳を見つめ、お嬢様の口調で応えるのだった。
◆ ◆ ◆
こうして、シャワーを浴びてさっぱりして、エリスは旧校舎を後にした。
「それじゃ、また明日ね」
「ご機嫌よう。ササラさん、リゼさん」
エリスはササラ、リゼに別れの挨拶を告げた。
(甘えちゃってからに)
肩を並べ、去っていく金髪ツインテールと黒髪シニヨンの美少女。
エリスが見ている前で、不意にリゼがササラの肩にしなだれかかった。秋の肌寒さに物寂しい気持ちになったといったところだろう。
ササラは嫌がる素振りゼロ。当たり前のように相棒を受け入れている。
「よし、帰っぞ」
戦友二人の背中を見送ると、エリスはくるりとターン。アンヘラとククルシアに言った。
二人とも、遠慮なくパートナーに甘えるリゼを羨ましく思っているようだった。そんな表情が見て取れる。
舞芸科の稽古に長く付き合っていたので、既に日は落ちている。
赤髪、金髪、黒紫髪。三人の少女は連れ立って歩いていた。
聖オルベリアの制服を身に着けていると注目が自然と集まる。
学園の名に恥じないよう、エリス達は楚々とした淑女的な態度と綺麗な姿勢をキープ。
ルベリアと入れ替わるようにして、ククルシアはエリスの自宅で過ごすことになっていた。
荷物は運んであるし部屋も整えてある。
ククルシアはルベリアの命令で海鵬市に来た、ということになっている。ククルシアが熾天派に属することは変わらない。
巨大企業体ミサカ重工と取引して、後ろ盾を得たルベリア・アーヴィングは僅か一週間で、熾天派を掌握。現在は暴走しつつあった組織の綱紀粛正と建て直しに励んでいる。
国家と巨大企業体の複雑な利害関係で成り立つこのメガフロート都市における諜報活動。それが熾天派のエージェントとしてのククルシアの主な任務となった。
それに加え、既に幾つかの依頼を頼んだイクリプスとの連絡要員でもある。
さらに、最終的には司令部を海鵬市に置きたいルベリアの意向に合わせ、拠点探しもしなければならない。
とはいえ、元より事実上フリーな立場ではあった。
ククルシアは勝手な都合で蘇らせられていた身だ。それは熾天派側でも申し訳なく思っていたとのこと。
聖オルベリアに先んじてクローン再生されたククルシアは、熾天使派のスポンサーからなる評議会直属として自由に動くことができる立場であった。
セドリックの従者のようなことをしていたのは、ルベリアが出奔してからのことで、完全にククルシアの趣味だったそうな。
「ククルシアとは良い友達になれそうだな。ねえ、ククって呼んでいい?」
抜群に背が高いアンヘラは見下ろすようにして、ククルシアに話し掛けている。
「そこまで親しくしていただくのは気が引けますわ、"神薙"さん」
「そんな余所余所しなくてもー。ボクのことはアンヘラで良いよ♪」
余所余所しい呼び方をするククルシアは距離を詰めようとするアンヘラに反発するよう。
(張り詰めてんなぁ)
エリスは二人の間にピリピリした空気を感じ取っている。
傍目には聖オルベリア学園の制服を着た華やかな美少女が仲良くお話している――そのように見えるのだが。
二人とも言葉の裏に刺すような鋭さがある。二匹の猛獣が牽制し合っているようだ。
これから一つ屋根の下で過ごす。
ククルシアとアンヘラの仲を取り持つのが、渦中の人間として、"姉"としての役目だろうと赤髪の少女は決心。
「その辺にしとけよ」
エリスは後ろの二人を諫めるように一言。
怒っているでもなく、素っ気ない言い方だが、ククルシア、アンヘラは揃って沈黙する。
(よろしい)
二人の素直な反応に満足しつつ、エリスは続ける。二人はお説教されるのかと身構えていた。
「二人仲良くできるなら今夜は一緒に寝てやるぜ」
意外にも優しいエリスの一言にククルシアは雷に打たれたかのように背筋を伸ばした。
「アンヘラさん」
神妙な声音で呼びかける黒紫髪の少女。その姿は決意さえ感じさせた。
呼ばれたアンヘラのほうも真剣な雰囲気。改めて体ごと向き合い、見つめ合う二人。
「ククルシア、ボクは君と仲良くしたいな。ダメかな?」
「こちらこそ。是非ともお願いしたいですわ」
一転して親しげに手を取り合うククルシアとアンヘラ。
エリスは「まったく現金な奴らめ」と苦笑い。二人の仲を取り持つことにとりあえず成功して安堵している。
◆ ◆ ◆
「お帰り。夕食の支度は出来てるよ」
黒色と対照的な白色のエプロン(フリル付き)を装備したゴシックドールが、エリスたちを出迎えた。
昼に舞芸科の練習に誘われた時点で遅くなることは分かっていたので、レヴが夕食を作ってくれていたのだ。
レイヴンとしての仕事がなくとも平日は同好会の手伝いやバイトで忙しいことが多い。
そのため、平日の夕食はレヴが作って休日はエリスが作るという分担が自然と出来ていた。
夕食は麻婆豆腐だった。最近のレヴは中華料理、より厳密には四川料理に凝っている。
本格派でありとても辛いのだが、食卓を囲む三人と一体は揃って辛党なので問題ナシ。
「明日の朝飯と弁当は私が作るからな」
「それは楽しみですわ」
食後のお茶はエリスが淹れている。淹れ方にも拘った烏龍茶はククルシアも気に入ってくれたようだ。
話題は少しシリアスだ。ククルシアが蘇った経緯について詳しく聞かせてもらった。
熾天派の内情やルベリアの動向はリアルタイムで共有してもらっていた。
一方、ククルシア個人のことは落ち着いてから話そうということになっていた。
「ここでもカレヴ・ナイヴスか。思ったより手広くやってんな、奴さん」
そこで出た名前を口にして、エリスは天井を見上げながら呟いた。
ククルシアとルベリアのクローニングに用いられた技術。その元型は元々二世紀前にエリスがいた日本の研究所が開発したモノである。
だが、技術を実用レベルに仕上げ、クローニングに必要な生体組織を含めた資材を熾天派に提供したのはカレヴ・ナイヴス――海底にて自己封印状態にあった工廠艦ツクヨミを浮上させ、後にイクリプスとなるネクストACを送り付けてきた人物であった。
改めてルベリアが引き出した情報で明らかになったことであったが、カレヴ・ナイヴスは熾天派という秘密結社が結成された当初からの協力者だったらしい。
「わたくしとしても一言くらいは申したいところですわ。冥府で安らぐ自由を奪われたのですから」
と、ククルシア。
地球政府はカレヴ・ナイヴスの抹殺に成功したと判断しているようだが、エリスとレヴはそうは思っていない。
火星でのミッションの後、情報収集を行い偽装と結論付けていた。
死者を蘇らせる死霊術めいた真似までできると判った今はその確信がより強まった。
エリスはレヴやアンヘラと一緒にお茶を楽しむククルシアを見つめた。
ククルシアは琥珀色の視線に気付いていたが、あえて、エリスの意図を問うようなことはしない。
(心強い味方が増えた、いや戻ってきたな)
そう思い、エリスは自分の淹れた烏龍茶を一口。
とりあえず、カレヴ・ナイヴスなる人物が自分のファンだと言うのならば。
これまでの礼を兼ねて茶の一つくらい振る舞うつもりであった。