「…私がどうしてこの世界に来たのかをずっと考えてきたのよ。で、この日記とあなたの話のおかげで一つ仮説ができたわ」
静香姉はどこか遠い目をしながら言う。ルディが求めているオルステッドと戦うときの策とは違うものかもしれないが、かなり興味深いテーマだ。
「最初、私だけでなく、私の友達も、この世界に転移させられたと思ったわ」
今思えば、あのときいなくなったのは静香姉だけではなかった。彼女の親友、アキさんもあの事故の後行方を眩ましたのだ。あの事件の日から俺が死ぬまでの数ヶ月間、警察の懸命な捜査が行われたが、遺体を発見することすらできなかったという。
「でも、この世界のどこを探しても、彼はいなかったのよ」
「来てすぐに死んでしまった可能性は?」
「考えたけど、私は無事だったのに、彼だけが死ぬの?」
彼を召喚してもすぐに死なせてしまっては意味がないだろう。静香姉が生きているならなおさらだ。
「…静香姉は、未来からルディが来たことと静香姉が日本から来たこと、その2つに繋がりがあると思ってる、ということか?」
俺の言葉に静香姉は少し驚いたような表情になる。
「よくわかったわね。ねぇ、ルーデウス。あなた、未来から来た自分の内臓がなくなっていたと言ってたわね?」
ルディが頷く。
「それと同じことが私がこの世界に来た時に起きた転移事件でも言えるんじゃないのって思ったわ」
あの転移事件での死者は俺の知る限りだけでも何万人といる。
「でも、静香姉。未来のルディが来た時にあの転移事件のようなものは起こってない」
「起きたじゃない。彼の内臓が消えてしまった」
本質的にはあの転移事件とルディの過去転移が同じだというのだろうか。そう言われて少し納得することがあった。
(ルディの魔力量は桁違いだ。この世界に存在する魔力の限界量が決まってるなら、未来から来たルディの内臓、そして魔力を奪ったと考えられるか)
転移事件においては異世界から人を召喚するために、過去転移とは比較にならないほどの力を要した。そのためにたくさんの人が死んだと考えられる。まあ、あくまで予想でしかないが。
「人が時や世界を超えて転移するときに起きる魔力の乱れを修正した、ということか。その修正から抵抗する力、それが強いから…」
「ヒトガミはルーデウスに語りかけてるのかもしれないわね」
運命や因果律と言い表した方がいいだろうか。それを把握してるからこそヒトガミにはルディという駒が必要だったのだ。その運命でヒトガミがオルステッドに殺されるという未来を見たという上で。
「本来、私やあなたは存在しない人間よね。未来を変えるために誰かが送り込んだんじゃないかしら」
「誰なんだよ」
「さあ。でも、ヒトガミを殺そうと思う人の誰かね」
つまりヒトガミが死ぬ未来には静香姉やルディが必要ということか。
(…だとしたら、俺の存在はなんなんだろう)
静香姉やルディではヒトガミを殺すまで届かないということなのかもしれない。いや、それだけの意味だったらどこか物足りない気もする。
「…ルディ、静香姉の考えとはまた違う部分もあると思うんだけど、俺の考えも話そうと思う。もしかしたら、オルステッドに対抗するヒントになるかもしれない」
先ほど静香姉に話したことを改めて説明する。ルディは難しそうな表情になる。
「俺のこの推測が当たってるとしたら、ただでさえ厳しいこの戦いが余計大変になるかもしれない。ルディの手の内がバレているのかもしれないし」
オルステッドがどこまで俺たちの未来を知っているかはわからないが。
「それでも、戦うしかない。諦めてみろ、それを勘づいたヒトガミが俺のいない間に家に殺人鬼を送ってくるかもしれない」
それが実際に起きたのがこの日記に書いてあることなのだから、ルディが危惧するのは当然だろう。
「…わかった。ルディがオルステッドと戦うのを止めはしない。だけど…」
俺も一緒に戦わせてくれ、そう言おうと思ったときだった。
「それもダメだ。レード、お前も危険に晒すわけにはいかない」
「…俺が剣が振れないからか?」
「それもあるけど…。お前も俺の家族だ。俺は絶対に家族は死なせない。自ら死地に向かおうとするのを止めないわけがないだろ」
家族と言われて嬉しいという感情とともに、悔しさを感じる。それでも、ルディの言葉を覆すことができないのは自分のこれまでと現状を考えれば明らかだ。
「まあ、でもオルステッドと戦うまでは協力してもらうことになると思う。レードもナナホシも」
静香姉の感情としては、オルステッドの側についてほしいのだろう。俺としても内心はその気持ちだ。だが、ルディにも大きな恩がある。それ故に何も反論できずにいる。
頭を下げ続けるルディに俺たちは頷くことしかできなかった。
日記に関する話し合いから数日が経った。ルディはそこに書かれていた内容から、魔導鎧という武器を製作し始めた。ヒトガミからの助言を受けてルディが作成した鎧だ。ヒトガミからという今一つ信用に欠ける部分を除けば、戦闘力としてはかなり高いだろう。
(…でも、オルステッドを倒すには届かないかもしれない)
オルステッドがどこまでこちらの情報を持っているかわからない以上、今回のことも彼の予想通り、彼の知ってる未来である可能性もある。その予想通りを覆せるのが自分なのかもしれない。
(まあ、具体的にどうするのかが全く思い浮かばないんだけどな…)
1%でも役に立ちそうなヒントを探るべく大学の図書館に赴いているが、並の相手ならともかくオルステッドに通用するとは思えない。
「…また怖い顔になってるよ、レード兄」
隣でそんな俺を眺めるノルンちゃんが言う。
「そう言われると返す言葉もないな。不安にさせてごめん」
「また兄さんが厄介なことに巻き込まれてるの?」
今回ばかりはルディに非は全くない。むしろヒトガミの策略に巻き込まれた被害者と言えるだろう。
「俺もルディに協力したいんだけどさ。ここ最近の体たらくだと正直戦力とは言い難いし」
まあ、ルディのことだ。俺が万全であったとしても、戦うことを認めたかどうかは微妙だが。
「…たぶん、兄さんもレード兄のこと心配してるんだと思う」
「やっぱりそうなのかな」
「レード兄は私から見たら大人びてるけど、兄さんにとっては弟みたいなものだろうし」
まあ実際義弟だしな。前世を含めたら年齢も結構離れてるようだし、ルディがアイシャちゃんやノルンちゃんに対する感情と俺に対するそれは大差はないのだろう。
「そう言われるとありがたい気持ちもあるな。でも、やっぱり自分ができることはしなくちゃな」
シルフィ姉やロキシーさんもルディの指示で魔道具を作っているのだ。実際に戦闘しないとしても、俺だけ何もしないというわけにはいかない。
「それで、こんなに本集めてるんだね」
「ああ。正直成果としてはあまりないけど」
そもそもここで得た知識をどうルディの役に立たせるのかも考えにくい。
俺が脳味噌をフル回転させていたところ、ノルンちゃんから小さな声が聞こえた。
「痛っ!」
「どうしたの?」
「紙で指切っちゃって…」
彼女の手には赤い線が走っていた。俺はほぼ反射的に治癒魔法を唱える。
「ありがとう、レード兄」
「気にしなくていいよ。…いや、ちょっと待てよ」
ここで俺の脳内に天啓のようなものが走る。
「どうしたの、急に…」
「さっき俺が治癒魔法を使ったよな。あのときどんな感覚だった?」
「普通に傷口が塞がって痛みも減っていくって感じだけど」
だろうな、と俺は思う。意識を失ってたが、これまでヒュドラやアトーフェと戦った後の大怪我を治したときの感覚とも違いはないだろう。
(この治癒魔法、単純に身体の箇所の時間を早めて治癒を促進してるわけじゃないはずだ)
王級以上の治癒魔法だと一度なくなった腕などを再び生やすことすらできるという。時間を早めるだけなら傷口は塞がれど、生やすことなど不可能のはずだ。つまり、身体に魔力を使うことでなんらかの変化させていると考えられる。
(ならそれを応用して、身体能力を向上させることも不可能じゃないはずだ)
難易度が高いのもあるし、この世界だとそもそも闘気である程度のところまで引き上げることが可能だ。しかし、オルステッド相手となるとそれ以上が求められる。彼も知らないであろう力が必要なのだ。
さて、あとはこれをルディが実践できるかだ。シルフィ姉曰く、ルディは治癒魔法はあまり得意ではないらしい。
(…つまり、俺が実現するしかないってことか…。身体能力強化魔術か。難易度はベリーハードだけど、オルステッドを倒すのにうってつけの秘密兵器だな)
そう考えると自然と口角が上がってくる。そんな俺を心配そうにノルンちゃんが眺めているのだった。
次回はもうちょい早く書けるように頑張ります