この禁忌に触れた後どうなるかは、誰も知らない。
吸血鬼。
血を主食として生きる彼等は生物ではなく悪魔や霊といった類のもので物語上の敵として登場する創作物……ではない世界線。
吸血鬼との仲もそれほど悪くもないが、認知されていないような曖昧な世界で事件は起こった。
彼は吸血鬼という存在についてある程度知っていた。詳しい話については知らないが、存在や主食が何かといった程度。そして、それはただの架空の存在だと思っていた。だがしかし、出会ってしまった。架空の存在である吸血鬼に。
血を吸われ、変な感触と共に謎の刺激が彼を襲う。それを快楽だとこの時の彼はまだ知らない。
少し血を吸った吸血鬼は正気に戻り、必死に謝った。すぐさま去ろうとする吸血鬼に彼は好奇心が刺激されていたからか、はたまた運命を感じてしまったのか。彼は「待って」と引き止めてしまった。
引き止めた事により彼は退路を失う。もう、普通の生活には戻れなくなったのだ。この瞬間。このたった一つの選択によって彼は底なしの沼へ堕ちていく。
最初はただ吸血鬼への興味だった。しかし、あの刺激を快楽だと認識してしまい、その快楽を求める為に吸血鬼を………彼女を何度も呼んでしまった。
彼女を呼ぶのは快楽の為だけではなく、心から惹かれていた。人間の種として逸脱している彼女の誇る圧倒的な美貌。自分だけに向けられている優しさと好意。彼女の全てが毒のように彼を蝕んでいった。
好奇心は忘れ去られ、彼女への愛と与えられる全ての快楽によって発生する心の満足感はいつしか堕落し、彼女の存在無しにこの世を生きる事は出来なくなっていた。それは彼女も然り。彼女も彼の存在無しにこの世を生きられない。価値ではなく彼を愛する心に彼女もまた、戻る事が出来なくなってしまっていた。
堕落した二人は更に奥深くへ堕ちていく。身体を重ね合わせ、血を吸われ、愛を囁かれ、お互いがお互いを思う度に更に奥深くへ堕ちていく。
この世の全てより彼女の事が好きでたまらない……彼への好きが止まらない……
二人は遂に禁忌を犯してしまった………彼女は甘い香りのする首筋へ牙を突き刺し甘い蜜に魅了され、彼は膨大な快楽の濁流に気絶し、快楽に叩き起こされてはまた気絶する無限ループにイキ狂う。
しかし、彼は同時に感じていたはずだ。快楽より先に感じる不思議な感触に。
その感触は明確な物となり彼を襲う。今まで与えられていた快楽は全てが苦痛へと変わり彼へと突き刺さる。
気絶する事も出来ず、止めどなく溢れ出る激痛と共に幻覚も現れる。
彼女から拒絶され、嫌がられ、この世の全てから恨まれる。その幻覚と共に突き刺さる苦痛。腹を見れば腸が垂れ、頭を触れば紐状の脳味噌が手へとこびり付き、激痛を放つ。
この幻覚と同時に現実にも影響は出始めた。原型を留めなくなった彼の肉体は変貌していき、首筋を噛んでいた彼女を突き飛ばし弾けた。
中の内臓が激しくうねり、千切れては再生を繰り返す。
人と吸血鬼。彼はその狭間にて永遠に苦しむ。
唯一残された瞳からは、血のような涙を流し、最愛の人へ助けを呼ぶような瞳でこの世が終わるまで……そう。彼女が死ぬまで見続けるだろう。