もしもMyGoのそよが百合営業カフェでバイトを始めたら 作:りょーへい
サロンの掃除を終らせてバックヤードに行くと、すぐ純加先輩を見つけた。
「純加先輩!」
反射的に私は声をかけて駆け寄っていた。
勢い余って声が大きくなったことがちょっと恥ずかしい。
そんな大袈裟な私に身構えたりしないで、先輩は明るい表情で迎えてくれた。
「そよちゃんお疲れ! 早速矢野ちゃんに頼ってみたんだね。営業中の絡みも良かったよー! あんな迫り方だったのは意外だったけどね」
「そ、そうですか……ちゃんとお嬢様っぽくできてましたか?」
「そーだねー……”好き”はちょっと直接的過ぎるから、もっと奥ゆかしい言葉の方がいいかな?」
「う~ん……”素敵”、とかですか?」
「そうそう、そんな感じ! イー感じだねー、矢野ちゃんとも仲良くなってサロンにもこんなに早く順応しちゃうし。やっぱそよちゃんには期待しちゃうなー!」
純加先輩がニカッと笑う。
私は先輩の、この屈託のない笑顔が好きだった。
美月ちゃんと仲良くなったことや、リーベに馴染んできたことに心から喜んでくれてるのがよく伝わってくる。
純加先輩がそんな気持ちになってくれることが、より私を嬉しくさせて。なんだか幸せの連鎖みたい。
そう思うとドキッ! と心臓が変に強く鼓動してビックリする。
(えっ!? な、なに急に……?)
今まで経験のない感覚に驚くばかりで、どういう反応なのか理解できなかった。
一瞬で収まったのもあって、私はその不可思議な異変を無視して先輩とのお喋りに意識を戻す。
「あははっ、期待してくれるのは嬉しいですけど、上手くいったのは純加先輩のおかげですよ?」
「いやいや、あたしはちょっと話聞いただけだってー」
変に恩着せがましいことも言わず謙遜する先輩はやっぱり人がいいな。
本当に先輩のおかげなんだけど、これ以上言っても困らせるだけかもしれない。
私は話題を変えるために、純加先輩とも話したいと思っていたことについて聞いてみる。
「純加先輩、さっき美月ちゃんとおすすめティーについて話していたんです。先輩のおすすめティーってどんな紅茶なんですか?」
「アタシのは
「そうなんですね。美月ちゃんにも言ったんですけど私、紅茶が好物なんです」
「へぇ、そうなんだ! それじゃ、機会があったら飲ませてあげるね」
「はい、楽しみにしてます♪」
先輩と笑顔で話す。うん、こうして純加先輩としゃべってる時間がバイトで1番楽しいかな。
なんて実感に浸っていると、美月ちゃんもバックヤードに戻ってきた。
何故だか浮かない表情に見えるけど。
「お疲れ矢野ちゃん。……何、なんか難しい顔して、どうかした?」
「い、いえ、大したことじゃないですから。お疲れ様です純加さん。そよさんもさっきはありがとう」
「ううん、美月ちゃんこそお疲れ様!」
「へー、名前で呼び合うくらい仲良くなったんだねー」
「はい、さっき呼び方変えてくれたんです。嬉しかったよ、美月ちゃん?」
「純加さん、わざわざ指摘されると恥ずかしいですよ!」
「まぁまぁ。そーいえば矢野ちゃん、そよちゃんと紅茶の話してたんだって? 今度リーベの紅茶飲み会でもする?」
「お店の商品なんですから、私達で勝手に飲んだらダメですよ」
「そこはほら、そよちゃんにウチの紅茶について学んでもらうって名目でさ! 夏にもそんなことあったじゃん?」
「確かに……それなら良さそうですね」
「どんなときも生真面目だよねー美月ちゃんは♪」
「……それが性分なんだから、仕方ないでしょ」
プイっと拗ねるようにそっぽ向く美月ちゃん。
私と純加先輩はそれ見て笑って、それにも美月ちゃんはプンプン怒った。
昨日までここで話す人数は私を含めて最大2人だった。それが3人になっている。
(前進してる。少しずつだけど、確かに良くなってる)
まだまだ遠いけれど。
確実に望んでいた光に近づいていることを実感して、体の内側から元気が湧いてくるみたいだった。
(うん! この調子で他の子たちとも仲良くなっていこう!)
私は改めて心の中で意気込んだ。
そのまま3人でお喋りに華を咲かせてると、シャーっとカーテンが開く音がした。
2つある更衣室から陽芽ちゃんと果乃子ちゃんがそれぞれ出てきた、と思ったら
「お疲れ様でーす!」
「……お疲れ様です」
2人はそのまま退社していった。
なんだか急いでるような、素っ気ないともとれるような感じだったけど。
昨日まではあんな風に帰ってなかったから、違和感があった。
「ごきげん、よーう……?」
「お、お疲、れ……」
「……」
陽芽ちゃんたちの挨拶から出ていくまで間がなさ過ぎて、私と純加先輩の挨拶は最後まで言い切れなかった。
美月ちゃんは困ったような顔をして、「私も着替えますね」と更衣室に入ってしまうし。
(私の知らないところで、何かあったのかな?)
——こうして、女の子が退社した同僚2人の様子を不審がっている頃。
その2人のうち、眼鏡をかけた大人しそうな女の子へと視点は変わる——
ひめちゃんはずっと不機嫌そうに黙ってたから、
何に怒ってるか、聞くまでもなく分かっていたから。
そしてバスに乗った途端、ひめちゃんはさっきまでの外面を取っ払って愚痴を解放し始めた。
万が一にもリーベの人たちに聞かれないよう、ここまで我慢してたのがよく分かる勢いで。
「矢野のやつ……。夏八木さんが来てから、あの人の負担が減るようにってそればっかり! ちゃんと仕事できる人なんだから、そんなに気にすることないのに! 営業中に姉妹する機会減らしてまで気遣うことゼッタイないでしょ! 果乃子もそう思わない!?」
「……そう、だね。仕事は問題なくこなす人だから、そんなにフォローする必要は無いとは思う」
「だよねだよね! なのにそんなこと言ってる本人は仕事中にあんな小芝居しててさ! その後も名前で呼び合ってて……。ただ夏八木さんと仲良くしたいだけなんじゃないの!?」
「え?……そこまでだったんだ」
(昨日は全然そんなことなかったよね? あの人から話しかけてたらしいけど、仲良くなってるようには見えなかったし……)
私からしたら、営業中のあのやりとりだけでも少し驚いたぐらいだったけど。
あの矢野さんと、入って3日かそこらの人が名前で呼び合うくらいに仲良くなるなんて。
「そうなんだよ! それでさっき問い詰めたら、『そよさんは私と仲良くなりたいって言ってくれたから。私もそれに応えたいと思っただけよ?』って! ……だけってなんだよ! だいたいサロンでの小芝居だって、あんなやりとりしなくてもいいじゃん!」
(ひめちゃん、それいったらひめちゃんと矢野さんの小芝居の方が相当だよ……?)
ひめちゃんは気づいてなさそうだけど、言ってることが破綻していた。
どうやら矢野さんのことで妬いてるひめちゃんを見てるのはすごく嫌だったけど。
今は矢野さん以上に疎ましく思う人がいるから、まだマシだった。
「そうだね。矢野さんはひめちゃんの姉なのにね。設定上だけどね」
「う、うん? まぁ、そうなんだけど……ていうかさぁ! ……グチグチグチグチ……」
(私もあの人、嫌なんだよね。ひめちゃんに近寄るとか、そういうのがなくても)
いつも微笑みを絶やさずにいて。
入ったばかりで馴染みがないのに自分から話しかけに回って、親しくしようと距離を詰めて。
これ以上ないほど典型的な
自分は善い行いをしてるのだから受け入れられて当然、だとでも思ってそう。
昔からそういう、傲慢で無神経ないい子を嫌ってきた私には生理的に受け付けないところがあった。
だから気に入らない内容でもひめちゃんの話にうんうんと相槌を打って付き合っていた。
でも、さっきの話は腑に落ちない。
(まぁ普通に考えて、誰かの助けがあったはずだけど……)
そうなると真っ先に思いつく存在がいるし、他に候補なんていなかった。
初日から気にかけてる風だったし。十中八九間違いない。
らしいと言えばらしいとは思う。思うのだけど。
(……私は別に、問い詰めるなんてほどじゃないけど。確認はしてみようかな。……いったいどういうつもりなんだか……)
帰宅後。自室にて電話をかける。
「(ピッ)もしもし、果乃子ちゃん? 今日はさっさと帰っちゃったけど、どうかしt——」
「あの人に何か言ったんですか」
「え……あの人?」
「……夏八木さんです。矢野さんと急に仲良くなったから。誰かが間に入らないと、矢野さんといきなり上手くやれないですよね?」
「あー、矢野ちゃんもケッコーな不器用だから言いたいことは分かるけど。そよちゃんは良い子だし、時間の問題だったと思うよ?」
「……随分肩入れしてるみたいですね」
「んー、そうかなー? ……もしかして、嫉妬? なーんて! 果乃子ちゃんがするわけな——」
「おやすみなさい」
ブチッ。おかしなことを言い始めた相手を無視して、私は電話を切った。
「……そうですよ。ひめちゃんのことならともかく、私があなたのことで嫉妬するわけないでしょう。……純加さんのバカ…」