もしもMyGoのそよが百合営業カフェでバイトを始めたら 作:りょーへい
営業前に陽芽ちゃんと話したいけど、彼女が美月ちゃんと掃除してる間は邪魔せずに待つしかない。
着替えも済ませた私は、時間を持て余していた。
どうやって暇を潰そうかと思案してると、キッチンの方からリーベの制服を着た純加先輩が現れた。
「純加先輩、ごきげんよう」
「ごきげんようそよちゃん! 今来たところ?」
私の周りにいる人の中では珍しく頼れる人に会えて、安堵したような気持ちになる。
だからなのか、この人と話すときは笑顔がいつもより楽だった。
「はい。サロンの掃除でもしようかと思ったんですけど、美月ちゃんと陽芽ちゃんがやってくれてるので手持ち無沙汰で……」
「そっか。私もちょうどやることなくなったとこなんだー」
暇そうにしてる新人の私に先輩らしく何か仕事でも振るかもと思ってたけど、椅子に座ってくつろぐ純加先輩からはそんな予兆を感じない。
「ねぇそよちゃん。気になったんだけど、月ノ森ってバイトするのに学校の許可とか要るの?」
しかも思いっきりおしゃべりする流れになった。
正直堅すぎるよりはいいのだけど、ギャルとはいえ年上の先輩と構えていた私は拍子抜けしてしまう。
(やっぱり緩い先輩だなー。……最古参ってこと忘れそうなくらい)
会ったばかりの頃なら不真面目な人と蔑んでたかもしれないけど。
今の私はそれも先輩の魅力の1つか、と思いながら先輩の対面に座ってお喋りを楽しもうとしていた。
「はい、学校の許可とってバイト始めましたよ?。去年理事長が変わる前までは必要なかったって聞いてますけど……。 あ、お嬢様学校だから校則厳しそうとかイメージしてました?」
「バレた? だってバイト必要なさそうな子が通う学校でしょ? それとも、もしかしてみんな普通にやってたりするの?」
「そうですね……やってる子もいますけど、みんな必要だからやる、ていうより社会勉強としてやってることが多いみたいです」
「おぉー、まさにお嬢様っぽい理由だ! そよちゃんもそんな感じなの?」
「私は……」
(なんて答えようか、微妙に迷っちゃうな……)
私がバイトを始めようとしたきっかけは、バンド活動にかかるお金を親に頼らないようにしようと思ったから。
どうやら永い付き合いになるらしいから、遅かれ早かれ自分で出費を賄うことになる。
なら今からやっても一緒か、と思ってバイトを探していたんだった。
でも。リーベのみんなに、必要もなくバンドのことを言うつもりなんてなかった。
(私は誰かさんみたいに見栄振りまきたいってわけでもないし)
けど、ここで話を合わせて「私も社会勉強でやってます」なんて答えたら余計にお嬢様のイメージが定着してしまう。
前に純加先輩からそんなこと言われてもあまり気にしなかったけど、今はなんだかモヤっとする。
(お嬢様って言われると、自分たちとは違うって距離置かれてるみたいで……嫌だな。特に、純加先輩には)
純加先輩にならバンドやってることくらい知ってもらってもいいかなと思い、ニコっと笑顔で打ち明ける。
「私、実はバンドやってるんです。その費用を親に頼らないようにしようと思ってバイト始めたんですよ?」
「バンド!? そよちゃんが!?」
純加先輩は目を丸くして驚愕の表情で声をあげた。
あまりの驚き様に、私は苦笑いしてしまう。
「そ、そんなに意外ですか〜? 家だって富豪とか名家じゃないですし、私ってお嬢様学校通ってるだけの普通の子なんですよ?」
「いやいや、だって落ち着いた所作とか見てるとお嬢様なイメージ強くて……バンドなんて関わりもなさそうだったから。いや、でもそっか……こっちが勝手に思い込んでただけだよね。ゴメン!」
「いえそんな! 謝るほどのことじゃないですから! 気にしないでください?」
申し訳なさそうに謝る純加先輩に、私は必死で恐縮した。
純加先輩は「ありがと!」と笑って、そのままこう続けた。
「てゆーかさ、バンドはいつからやってたの?」
「……えっと……」
「?」
今度も事実を言うか、当たり障りの無い範囲に誤魔化すかで悩んで言い淀む。
事実を言うのは本来避けるべきだった。CRYCHICのことは色々と知られたく無いことでいっぱいだから。
それらは絶対に少しも漏らしてはいけない。
知られたこと次第じゃ、引かれるじゃ済まない。
流石に無難をとって、今年の夏からとでも言うべきだった。
実際今のバンドが再結成したのはその頃だから、そこから始めたことにして話せばいい。
さも、CRYCHICのことなんてなかったかのように。
(……………………………………)
心が強く反発して、勝手に口を動かすかのように私は零していた。
「去年から……やってますね」
頭で考えた理屈に逆らって、本当のことを話していた。
自分の行動に驚きを通り越して理解できない。
いつもなら、こんなリスキーなこと言わずに当たり障りない会話をしていたのに。
そんなにCRYCHICのことをなかったことにするのが嫌だったんだろうか。
ううん、このモヤモヤはそれだけじゃない気がする。
(まさか……純加先輩に知ってもらいたかった、なんて……ないよね?)
思い至った原因は実に意味不明だった。
なんで頼りになるからって、少し特別意識してる人にそんなこと思うのか。そんなことして何になるのか。
謎過ぎて理解できそうにないのでこれ以上考えるのはやめておこう。
あんなこと知ってもらったって、良い印象持たれるはずないって分かっているから。
とにかく、これ以上不用意な発言をしないよう話の流れを変えていかなきゃ。
「ちなみに私、ベース担当してるんですよ〜♪」
「へぇ、ベースやってるだー。あ、コントラバスやってるから、とか?」
「覚えててくれたんですね! まぁそういうことです」
「そっかー……。そよちゃんがベース弾いてるとこ想像すると、なんかカッコいいね!」
「えー、そうですか〜?」
「ホントホント! ライブやってるとこ見てみたいもん!」
「今はバンドもヒマしてるからしばらく予定はないですけど、今度やるとき教えますね」
これに関しては完全に社交辞令で言った。
あのバンドにいるときの私は、ここの私とは違う。
あんな素っ気ない態度とる私なんて、絶対見られたくなかった。
そろそろ営業開始時間に近づいて、二人の掃除も終わる頃のはず。
私は頃合いを見て純加先輩とのおしゃべりを切り上げ、まずはサロンに向かう。
歩きながら陽芽ちゃんへ振る話を考えていたけど、まずは美月ちゃんの話をしてみることにした。
(2人は仕事でもそうじゃなくても仲良いみたいだし、私も今なら美月ちゃんのこと少しは話せそうだし。悪くないんじゃないかな?)
サロンに着くと美月ちゃんだけだった。美月ちゃんによると、陽芽ちゃんはゴミを捨てに行ったらしい。
礼を言って裏口から外に出て非情階段を下りると、小さな体でうんしょとゴミ袋を置いてる陽芽ちゃんを見つけた。
今は微妙な仲だし、まずは掃除のお礼を言って機嫌を伺わないと。
「お疲れ様陽芽ちゃん。掃除、代わってくれてありがとね」
「……いえ、代わりとかじゃないですよ? 矢野さんの妹として私が手伝うのが自然ですから」
(……? 言ってることは分からなくもないけど、掃除に姉妹とか関係あったのかな?)
どこか含みがあるような返事にモヤっとする。
でもいつも通り可愛く愛嬌ある表情の陽芽ちゃんを見ると気にしすぎじゃないか、とも思う。
まぁいいか。この流れなら美月ちゃんの話がしやすくて好都合だし。
「うん、陽芽ちゃんは美月ちゃんの妹役なんだよね? いつも仲良さそうで、本当の姉妹みたいだなって思ってるよ〜」
「そ、そうですか? まぁ、確かに最近はいつでも仲良い、はずですよ?」
笑顔を絶やさないまま何故か疑問系な言い方になる陽芽ちゃん。この2人の間にも色々あったんだろうか。
少し赤くなっていて照れてるみたいだけど、それでも笑顔で肯定するんだから良い関係なのは間違いないと思う。
(まぁ、そうだとしても。まだ親しいとは言えない間柄じゃ陽芽ちゃんが照れるような話題はよくないかな?)
無難に方向転換していくことにした。
「美月ちゃんとは昨日仲良くなってね、色々お話できたんだ~」
「……そうなんですね」
「うん、紅茶の話がきっかけで盛り上がったんだ~」
「…………」
「美月ちゃんって紅茶に詳しいじゃない? あれ仕事のために勉強したんだってね! 本当に真面目さんだよね~。あ、そういえば美月ちゃんが好きな紅茶で——」
「——もうそろそろ営業始まっちゃいますね。私先に行って準備しなきゃなのでー!」タンタンタンタン……
「陽芽ちゃんとの姉妹ティーを……えっ…あ、あれ?」
昨日の嬉しかった気持ちを思い出しながら話していたら、陽芽ちゃんは途中で遮って逃げるように階段を上がって行った。
なんだかあまり話に乗ってこないなと薄っすら思ってたけど、しゃべるのに夢中になっていた私は気づくのが遅れてしまう。
(さっきよりもあからさまに避けられた……なんか1人でしゃべってるみたいになっちゃったし……)
私から話しかけたものの、一人で盛り上がり、いつの間にか一人ポツンと残されていた。
端から見てれば滑稽過ぎてさぞおかしかっただろうな。
こっちは全然笑えないのだけど。
一体何が悪かったと言うんだろう。
ともかく、自信のあったネタが残念なことに完全な空振りで終わった。
自分と仲の良い子の話って弾みやすいと思ってたんだけど。
むしろどんどん会話にならなくなっちゃった。
(……これは、このまま続けても空回りで終わりそうかな)
作戦変更の必要がある。一度考え直そう。
(っていつまでもゴミ置き場にいちゃダメだ。もう営業始まるんだから、私も戻ろう)
これから始まる営業に集中することで、私は原因の分からない失敗から目を逸らそうとしていた。