もしもMyGoのそよが百合営業カフェでバイトを始めたら   作:りょーへい

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15. その魔法は先輩からしか受けたことがない

 

 

 途中から異様に長く感じた営業時間もやっと終わった。

 精神的にかなり疲れたけど、今日はもう一度だけ陽芽ちゃんに話しかけてみよう。

 

(さっきはなんで睨んできたのか本当に分からないし。なんとか怒ってる理由だけでも知りたいんだけど……)

 

 サロンにいなかったからバックヤードにいるかと思って、行ってみたらやっぱりいた。

 ゴミ袋を持っているところを見るとまた階段下まで持っていくんだろう。

 陽芽ちゃんも横目でこちらを見てきたから、向こうも私に気づいたはず。

 だから私は声をかけようとした。

 さっき睨まれての今だからちょっと緊張するけど、ゴミ捨てを手伝おうとして——

 

 ギィ、バタン。

 私が口を開く前に、陽芽ちゃんは足早に裏口から出て行ってしまった。

 出ていく直前見た陽芽ちゃんは営業中に一瞬見たあの無表情で、いつも愛想よく笑う彼女だからこそ怖さが倍増していた。

 今まで見てきたのがなんだったのかと思うくらい感情の見えない陽芽ちゃんに、私はすっかり怖気づいてしまった。

 

(……陽芽ちゃんってこんなあからさまに避けるような角立つことしない子なのに……。これはもう嫌われてるんじゃ……)

 

 絶望的な態度に心が折れそうになるけど、それでも何が原因で陽芽ちゃんを怒らせたのか考え始める。

 仲良くなるという目的以前に、単純に怒らせるようなことをしたなら謝りたかった。

 けれど悪いことをしたとしても、陽芽ちゃんとほとんど関わってないから本気で心当たりがない。

 原因が分からなければ謝りようも、怒らせないよう注意のしようもない。

 美月ちゃんから再び手掛かりを探るのも悪くなさそうだけど……

 

(……ん? そういえば陽芽ちゃんの態度がおかしくなりだしたのって、私が美月ちゃんと仲良くなりだしてから?)

 

 ふと異変の始まりについて意識してみたけど、すぐ馬鹿馬鹿しいと思って深く考えるのをやめた。

 まさか仲良くなっただけのことにやきもち焼いてあんな態度になった、なんて話でもないはずだから。

 

(友達どうしで嫉妬なんて普通ないよね? 恋愛絡みで嫉妬するならまだしも、私たちみんな女の子だし……)

 

 じゃあ原因は一体なんなのか。

 考えが一周してしまい、答えの出ない難問に感じて辟易する。

 

「はぁ……」

 

 溜息を隠すどころか小さく抑えることすらできないくらい、考えることに疲れ果てていた。

 

「——本当にお疲れみたいだねぇ~、そよちゃん?」

 

 苦笑混じりの声にギクッとして振り返ると、声の通りの表情をした純加先輩がいた。

 先輩に感じの悪いところを見られたことに、私は内心焦る。

 いつのまにバックヤードに来ていたのだろうか。考え込んでいた自分が視野狭窄に陥っていただけなのだろうか。

 

「……純加先輩、お疲れ様でーす♪ アハハ…」

 

 とにもかくにも、曲がっていた背筋を伸ばして愛想笑いをしたけど。

 ちゃんとできてる自信はなかった。

 

「ムリしなくていーよ。今回もまた随分苦労してるみたいだね?」

 

 当たり前のように私の悩みを見抜いてくる純加先輩に、私も誤魔化すのをやめて愛想笑いから苦笑いに崩した。

 

「……すっかり先輩に相談に乗ってもらうことがお決まりになってきちゃいましたね」

「そりゃアタシはみんなと仲良くしたいそよちゃんを応援したいからさ。いつでも力になるっていったでしょ?」

 

 心が弱っていたところにこの純加先輩は頼もし過ぎて、ちょっと反則だった。

 こんなの、誰だって頼りたくなるに決まってる。

 でも甘え過ぎるわけにもいかない。寄りかかりたがってる心を引き締める。

 

「そうでしたね。言った通りいつも相談に乗ってくれてる先輩には感謝でいっぱいです」

「いいのいいの! それで、ひめちゃんと仕事以外で何かあった? 流石に今回はそこまで見てなくてさー」

「はい、大したことないと思うんですけど……」

 

 私は今日陽芽ちゃんとしゃべった内容から、営業中睨まれた気がしたこと、さっきの避けられたことを話す。

 話終わると純加先輩には大体察しがついてたのか、難しい顔をして「やっぱりかー」とぼやいた。

 

「やっぱりって……純加先輩は陽芽ちゃんが怒った理由が分かるんですか? 私、本当に心当たりがないんですけど…」

「うん、たぶんこれだろうなって思ったけど……そよちゃんに心当たりがないって聞いてさらに確信したよ」

「やっぱり私が気づかないうちに何か迷惑かけちゃったんですか…?」

「違うと思う。いや、ある意味違わないんだけど……不可抗力っていうか、別にそよちゃんは悪くないっていうか。でもまぁ……ひめちゃんの気持ちも、恥ずかしながらわからんでもないしなー……」

「??? あの、結局原因は……」

 

 苦い表情をしながら要領得ないことを呟く純加先輩に、私は手っ取り早く答えを教えてもらおうとする。

 けど先輩は目をギュッと瞑り、顔の前で両手を合わせてきた。

 

「ゴメン、言えない! これはひめちゃんの名誉のために、教えられないんだ。でもそよちゃんが何か悪いことしたとか、そういうことじゃないから安心して?」

「そ、そうですか……でも怒らせるようなことをしたなら謝らないと…」

「う~ん……下手に触れると余計こじれることもあるし……あ、そうだ! ひめちゃんと仲直りするには別の方法がいいよ!」

「別の方法、ですか…」

 

 純加先輩は途中でピコン! と閃いたように明るい顔になった。

 怒らせた原因を解消したり謝ったりするより、仲直りできる方法なんてあるのかな。

 

「ひめちゃんと仲良くなるなら変な子細工とか無しで、素直な気持ちを直球で伝えるのが一番いいと思う」

「直球で……素直な気持ち……」

 

 また出た。素直っていう苦手分野なワードが。

 しかも今の陽芽ちゃん相手に、なんて。

 純加先輩に素直になることより、比べ物にならないくらいハードルが高い。

 美月ちゃんと仲良くなろうとしたとき以上に不安だった。

 

「そう。仲良くなりたいって気持ちをそのまんま伝えること。それがひめちゃんの心に一番届きやすいよ。ひめちゃんは見た目ほど単純な中身してないからね」

「それは……今日でなんとなく分かりました」

「お? 入って間もないのに鋭いねそよちゃん! まぁそんなわけだからさ、考えるより思ってることを素直に口にすることを頑張ってみたら?」

 

 それが一番難しいことなのかもしれないけどさ、と付け加える純加先輩の声が妙に遠くに聞こえる。

 

 正直、しんどい。

 目的のために頭で考えた言葉を繰り出すのではなく、心をさらけだすように思いを届けようとするのは。

 今日の陽芽ちゃんを思い出すと、素直に受け取ってもらえる気がしないから余計に気が重い。

 それでも前回に続いてまた相談に乗ってもらっといて、今度も納得してない顔を見せるわけにはいかない。

 私は気合で笑顔を張り付かせて、先輩の厚意に応える。

 

「……ありがとうございます、先輩。何とか機会を伺ってやってみようと思います」

「……そっか」

 

 笑顔はいつも通りできたはずだったのに、どうやら騙せなかったらしい。

 先輩の表情は晴れ晴れとしたものじゃなかったから。

 それでも純加先輩は、私の本心に寄り添うように優しい微笑みと声色で励ましてくれた。

 

「心配しないで、そよちゃん! 君は矢野ちゃんとだって仲良くなれた。その矢野ちゃんと仲良いひめちゃんだって同じくらい優しい子だよ? ゼッタイ気持ちは受け取ってくれるから! あたしを信じてやってみてよ!」

 

 最後にニカッと明るく笑い、私を元気づけてくれる先輩を見て。

 悲観的だった私の心が、先輩の優しさにほぐされていくのを感じる。

 

(純加先輩を信じて、か…)

 

 自分のことも、悪いけど陽芽ちゃんのことも信じれなかった。

 でも純加先輩のことを信じることなら、できるかもしれない。

 ここに来てから先輩に憧れて。その笑顔に何度も元気をもらって、先輩の言葉に勇気をもらって。

 この人がいたから、私はこのお店で今まで頑張ろうって思えたんだ。

 純加先輩を信じてなら、一度くらいは玉砕覚悟で頑張れそう。

 もし、失敗に終わってコナゴナに砕けたら……

 

「……もし上手くいかなかったら、慰めてくれますか?」

 

 甘えまいと律していたはずなのに、気づけば寄りかかるようなことを口にしてる自分が信じられなかった。

 こんな甘え方をした記憶は、ここ数年なかったから。

 

「うんうん、アタシが付きっ切りで傍で話し聞いてあげるから! まぁ、たぶんそうはならないと思うけど……」

「そうですか。まぁ私はダメだったら先輩に思いっきり甘えるだけなのでいいんですけどね」

 

 そうか、きっと疲れてるからなんだ。

 だから甘えが止まらずにこんな恥ずかしいことを口走っているんだ。

 でもそんなこと気にしている余裕もなかったし、くすぐったいけど心地良い気分にこのまま浸っていたかった。

 

「ハハハッ! しっかり者のそよちゃんが甘えてるとこなんてあんまり想像できないなー。それはそれで見てみたいかも!」

「なら私が失敗することを祈らなきゃですね♪」

「いやダメじゃん! そうなったら傷つくのそよちゃんでしょ!?」

「ふふふっ」

 

 助言をもらったくせに陰鬱だった私の心は、先輩の励ましでもうすっかり元気を取り戻していた。

 今だって意識せずに笑ってしまっている。

 

(ちょっと励ましただけで元気にさせられるなんて……純加先輩はなんだかズルいな)

 

 そんな魔法のようなひと時もここまでらしく、第3者の声により私たちの会話は途切れてしまった。

 

「……純加さん。キッチンで店長が呼んでますよ」

「あ、果乃子ちゃん。分かったよー今行くから」

 

 キッチンから果乃子ちゃんが入ってきて、純加先輩を呼びにきたらしい。

 先輩とのおしゃべりが中断されて少し寂しいけど、私も何かできることしよう。

 サロンの後片付け辺りがいいかな。

 

「それじゃ私もできる仕事してきます。純加先輩、本当にありがとうございます♪」

「どういたしまして、またいつでも頼ってね!」

 

 先輩の気前のいい返事にニコッと笑顔を返して、私はバックヤードを出た。

 

 

 

 

 

「あの人に肩入れしすぎじゃないですか? ひめちゃんは嫌がってるのに」

「そよちゃんはみんなと仲良くしたいだけだよ。果乃子ちゃんの邪魔する人じゃないって」

「どうでしょうね」

「まぁ確かに肩入れしてるように見えるか……。なら無理してこじれそうになったら責任持って止めるよ。だから心配しないで?」

(それこそどうでしょうね。自分からあの人によく構ってるくせに……)

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