もしもMyGoのそよが百合営業カフェでバイトを始めたら 作:りょーへい
純加先輩たちとのおしゃべりの後、着替え終わった私は営業前に果乃子ちゃんと話そうと探していた。
バックヤードにはいないからサロンに行ってみると、珍しく果乃子ちゃんが1人で掃除をしている。
(私が着替えてる間に美月ちゃんも陽芽ちゃんも、純加先輩まで手伝いに来なかった? そんなわけなさそうだけど……)
働き者の美月ちゃん、いつも一緒の仲良し陽芽ちゃん、そして姉妹ペアで気遣い屋さんの純加先輩。
この3人が全員放っておくということに違和感がある。
何か腑に落ちない状況だけど、ひとまず声をかけようとして
「果乃子ちゃん、掃除てつだ——」
「結構ですもう終わるので」
サッサッ……
掃き掃除をする手を止めず、こちらを一瞥もせず、早口で切り捨てる果乃子ちゃん。
けんもほろろで粘る余地が見当たらない。
「そ、そっか……ゴメンね」
強すぎる拒絶に、必要もないのについ謝りつつ引き下がる。
回れ右してバックヤードに戻ろうと歩き出した私の背中に声がかかった。
「どうしてひめちゃんと仲良くなろうとしたんですか」
果乃子ちゃんの冷たい声が非難しているようにしか聞こえない。
でもそれがどうしていけないのか分からなくて
「えっ?」
振り返りながら、すっとんきょうな声が口から出ていた。
質問の意図が読めないから、とりあえず思ったことをシンプルに答える。
「えっと……私はただサロン係のみんなと仲良くなりたくて……。だから果乃子ちゃんとだって——」
「ひめちゃんは嫌がっていたはずですよ。なのに無理やり距離を詰めるなんて……」
確かに途中まではそうだったと思う。
事実だからそこだけ切り取られると反論しづらい。
だからといって、とても納得はできないけど。
「何を考えてるのか知りませんが——自己中過ぎです」
彼女はそこまで言い切って掃除用具を片付けサロンから去っていった。
そこまで言われる謂れはなかったはずだった。
はずなのに、セリフに強い嫌悪感がこもっていて私は理不尽に責められた怒りよりも恐怖を感じている。
ただ仲良くしようとしただけでここまで怒ってくる異様さが怖い。
相手からここまで明確に敵意を示されたら、今度から話かけることすら躊躇ってしまう。
(これは……今回こそ無理なんじゃ……?)
目標まであと1人なのに、その1人が途方もなく分厚く高い壁に感じて。
私の心は早くも折れる寸前だった。
心にダメージが残ったまま、リーベの営業が始まった。
しかし幸いなことに、今日はまだお客さんの出入りがそこまで多くない。
仕事に慣れてきた私は、今までと比べると余裕がある方だった。
(いい機会だし、果乃子ちゃんを観察しよう)
果乃子ちゃんはサロン係の中で一番掴みどころがなくよく分からない子。
言い換えれば彼女のことをそれだけ知らないということになる。
だから仲良くなるためのヒントを探すためにも、果乃子ちゃんを良く見て知ろうと思った。
彼女を常に視界に収めながら、さりとて露骨にならないようサロン全体を観察する
お客さんにも対応するけど、いつもより消極的に、あくまで観察を優先していた。
今は、果乃子ちゃんは接客してる最中なのだけど。
改めて見てみるとコンセプトカフェの店員として疑問を覚える振る舞いだった。
「雨宮さん! この前の朗読劇見ました! 主演のお2人には特に感動して、ラストなんて……!」
「あ、ありがとうございます……。お姉様にも伝えておきます……」
ただ恥ずかしそうに受け答えしてるだけなのに、何故かお客さんはキャーキャー騒いで好印象な感じが見受けられる。
ここはお嬢様をコンセプトにした店なのだから、最低限キャラを意識した演技で愛想よく対応すべきなのに。
私はお客さんがどういうことを望んでいるかとか、各キャストに対する話し方1つでもどういう風にするのがより良いかとか、考えて接客してるのに。
彼女は普段とほとんど変わらないまま、何も意識してないのに上手くいってるように見えて。
正直納得いなかくて、モヤっとするところがある。
(……なんかズルいな。いや、それも個性といえばそれまでだし、なにより今注視するのはそこじゃないよね)
不必要でつまらない感傷を流して観察を続ける。
果乃子ちゃんはひとまず仕事がなくなって手持ち無沙汰みたい。
すると何かを探すように部屋を見回した後、真っすぐ歩き出した。
その進路の先へ目を向けると陽芽ちゃんがいる。
「ひめちゃん、残りのお皿は私が下げておくよ」
「ありがとう果乃子! 助かるよ」
(陽芽ちゃんを助けに行ったんだ。まぁ一番仲良いし納得の行動かな)
最初は特に何も思わなかった。
でもしばらく見てるとどんどん不自然に思えてくる。
「ひめちゃん、こっちのトレンチは私が持つよ」
「ひめちゃん、そろそろ休憩でしょ? 私がオーダー取るから休んでて?」
「ひめちゃん大丈夫? 何か手伝えることない?」
(……陽芽ちゃんにしか話しかけてない。というより、陽芽ちゃんしか気にしてない?)
彼女の視線の先には
仕事を手伝おうとするのも陽芽ちゃんにだけで、そもそも気遣うのが陽芽ちゃんにだけ。
ずっと観察して改めて分かったけど、陽芽ちゃんと話すときはいつも笑顔だった。
数少ない笑顔が生まれる理由は、陽芽ちゃんが関わってるからと見ていいんだろう。
(ウチのバンドにも似たような人がいるけど……)
ただの親友に向けるような友情だと思ってたけど、どうやらそれより行き過ぎてるところを感じて引き始めてる自分がいる。
(……というか、営業中いつもあんなに陽芽ちゃんにべったりだったっけ?)
毎日観察してたわけじゃないけど、ここまで頻繁であからさまじゃなかったような気もする。
と思っていたら純加先輩が橘様モードで彼女に絡み始めた。
「相変わらず白鷺さんばかり気遣ってるわね、果乃子。姉である私にも少しは気にかけて欲しいわ」
「……それを言うなら……」
「果乃子?」
「……いえ、お姉様はいつも通り読書なさってるだけでしょう。むしろ偶にはお給仕なさってください」
「そうね……私も、妹から可愛らしくお願いされたらその気になるのだけど」
「ならもう知りません。勝手にしてください」
「ふふっ、冗談よ。そういじけないで頂戴?」
クスクス、とお客さんが笑いながら姉妹のやりとりを微笑ましく見守っている。
私から見れば、姉への塩対応も相変わらずだった。
前までは『これはこれで姉妹っぽいか』と思っていたけど、今は違って見える。
(……これって、ただ純加先輩があの子に上手く合わせてあげてるだけじゃない?)
姉妹設定は仕事上つけられたものだから、営業中にペアと絡んでお客さんへサービスするのも仕事の内のはず。
なのに彼女から先輩へ関わるのは業務上必要なときだけで、それ以外はほとんどない。
小芝居は全て姉である純加先輩から始まって、その妹は大して演技もせず合わせるだけ。
そんな受け身な彼女が業務以外でわざわざ自分から関わりにいく相手は、陽芽ちゃんただ1人。
(……関わりたくないことには仕事だろうが極力関わらないで、関わりたいものには必要な仕事でもないのに関わる、か……)
業務自体はできる子だ。私にはまだできない受付業務だってするし、他の仕事もそつなくこなす。
つまり、スタッフとしては何の問題もないけど。
キャストとしては仕事としての責任感も無く、ただ1人のために好き勝手してる。
そんな風に見えた。
(これは……似てるなんて失礼だったかな?……立希ちゃんに対して)
あの子にも大好き過ぎる子がいて、その子にだけ特別気を遣うけど。
それ以外のメンバーにもぶっきらぼうながらちゃんと向き合うし、世話もするしたまに気遣いもする。
それに比べて、彼女は大好きな子以外に自分から気遣ってなさそう。というか気遣う気がないのかもしれない。
姉役である純加先輩にフォローされたり、気にかけてもらってるところをよく見かけるけど。
そんな人にすらまともに応える気がないように見える。
必要がなければ見向きもしないんじゃないだろうか。
(恵まれてることに気づきもしない、幸せな子だな……)
「助かったよ果乃子、ありがとう!」
「ううん。困ったことがあったら、いつでも私が助けるからね」
(正に、いつも陽芽ちゃんのことしか頭にないんだろうな。代わりに他のことなんて気にもしないで、それを少しも悪いと思ってなさそう)
彼女の、ただ1つの存在だけ大事にするという異常な執着に嫌悪感が止まらない。
見ていてただただ不快で、反吐が出そうだった。
(……私を自己中って言うけど、陽芽ちゃん中心に生きるてる子から言われる筋合いなんて無いよ)
これ以上観察する気にもなれず仕事に集中して、胸糞悪い気分を紛らわすことにした。
空いた皿を下げてデシャップに持っていき片付ける。
その間に彼女もデシャップに来た。
メモを片手に持ちながら、キッチンにオーダーを伝えている。
私は特に声もかけず、彼女の横を通ってデシャップから出ようとした。
でも、伝達し終えたその子は私に用があったらしい。
「今日はなんなんですか? こっちを見てましたよね」
(……陽芽ちゃん以外どうでもよさそうなのに、意外とよく気づくんだ……)
「それは気のせいだよ? 私はまだ入ったばかりだから、サロン全体を見て勉強してただけだよ~」
そういう意識でも観察してたのが功を奏して、咄嗟の言い訳には困らなかった。
「……ひめちゃんのことも、そうやって見てるだけにしておけば困らせなかったですけどね」
吐き捨てるように言って、彼女が先にデシャップから出て行った。
私の誤魔化しを見抜いた上での嫌味だろう。
(鋭い。というより表面上で受け取らない、信じてないだけっぽいかな)
なんにしても、さっきみたいな誤魔化しは彼女に通用しないことが分かった。
(ますます関わる気がなくなって、いっそ清々してきたなー)
もはや一周回って開き直った。
あそこまで敵意を向けてくる彼女とは仲良くなれないから、無理して関わらなくていいんだって。
サロンに戻ると、陽芽ちゃんが食器の多い卓のバッシングをしているのが目に入った。
見てたら分かるけど、陽芽ちゃんは他の人たちほど仕事ができる子じゃないから大変そうで心配になる。
と思ったら美月ちゃんが気づいて陽芽ちゃんを助けに行こうとするんだけど、間の悪いことにお客さんから「注文いいですかー?」と声かけられてしまう。
ちなみにあの子は別のお客さんに対応中だった。
(こういうとき一番ベストなフォローは……私が陽芽ちゃんを助けること、じゃないよね)
「美月ちゃん。私がご注文を承るから、陽芽ちゃんのところへ行ってあげて?」
「夏八木さん……助かるわ。ありがとう」
美月ちゃんが無事陽芽ちゃんのヘルプに向かうのを見届ける。
あと陽芽ちゃんと目が合ったと思ったら、ニコッとした笑顔になってくれた。
タイミング的に私のフォローに気づいての表情だと思う。
美月ちゃんは心配だった陽芽ちゃんのところへ行けるし、陽芽ちゃんも仲良しペアに助けてもらえて、お客さんもそれを見て喜んでる。
こうして私は、
つくづく思った。もう今のままで充分だなって。
嫌われてる人に無理に仲良くしにいくことないんだって。
(……余計な真似を。いちいち苛つかせてきて、わざとやってるんじゃないかって思うくらいだよ。……こういうときには、助けてくれないのかな……)
*後書き*
果乃子ストーリーは毎日0時に上げる予定です。