もしもMyGoのそよが百合営業カフェでバイトを始めたら 作:りょーへい
陽芽ちゃんからあの子の話を聞いた後、私は営業が始まった頃には無事気持ちを切り換えられていた。
観察にかまけていた昨日とは違って、今日は最初から仕事に集中する。
そのうち、サロン奥の窓辺でいつも通り読書していた純加先輩がパタンと本を閉じた。
かと思ったらいつもの如く妹に絡み始めたのだけど、今日はどこか違う雰囲気に感じる。
「果乃子。1年生とはいえあなたも先輩になったのだけど、夏八木さんには教えてあげてるかしら?」
「……」
「奥ゆかしいあなたは下級生という立場で気を遣っているかもしれないけど、ブルーメ
「——空いてるお皿を下げますので失礼しますお姉様」ツカツカ…
純加先輩の話を最後まで聞かず妹はバッシングをやり始めて、そのままデシャップに向かった。
純加先輩ならあんな話をしたらこういう反応されると予想できそうなのに。
もしかしたら、あえて実行したのかもしれない。
そう思ったのは先輩の表情には驚きがなくて、しょうがないな、というような軽い呆れ顔だったから。
「雨宮さん、夏八木さんと仲悪いのかしら?」
「何言ってるの! 雨宮さんは元々白鷺さんと橘様以外には滅多に関わらないじゃない!」
(それはその通りだけど、お客さんにまで見え見えなのは問題じゃないの?)
ヒソヒソと話すお客さんたちの会話に心の中で突っ込む。
今のところ、そこまで角が立つように見られてないのがせめてもの救いかな。
他人事のように思っていると、純加先輩が今度は私に歩み寄ってきた。
「夏八木さん。あなたがサロン係になってから1週間くらいかしら。私の妹とはどうかしら? 仲良くしてくれると嬉しいのだけど」
「はい……仲良くなれたらいいな、と思っていますわ」
(でも、あそこまで嫌われてたら流石に無理です♪)
なんとなく予想していた通り、私にも話を振ってきた橘様。
もちろん私はあんな態度とらない。
上級生に対しお嬢様口調を意識しながら、本音とは裏腹にお茶を濁した対応をとる。
そんな私の本心を察したのかどうかは分からないけど、純加先輩は少し苦笑い気味になった。
「あの子は普段から一緒の白鷺さんとは仲良しなのだけど、それ以外の子とはなかなか時間がかかると思うわ」
「そうでしたのね……」
(そういうところは気持ち悪いほど知りましたよ)
相槌を打ちつつ、心の中ではげんなりしていた。
「あれでもね、果乃子は私の妹なのよ。契りを結んだから、というだけじゃない。一番大事な時に、私にブルーメの決まりを思い出させてくれて、一緒に守ってくれている。私の大切な、できた妹なの」
(……誰のこと言ってるんだろう? もしかして、
先輩の話す彼女と私が認識してる彼女で食い違いが激しい。
だからお客さんに聞かれても問題ないよう演技で言ってるんだ、と最初は受け取った。
でも真摯に話す先輩からは嘘を感じないから、まさかとは思うけど本当のことかもしれないと思い直す。
陽芽ちゃんオンリーなイメージとかけ離れ過ぎて、素直に飲み込めないのだけど。
それはともかく、今まで
(確かブルーメっていうのは、リーベ女学園の生徒にとって憧れの象徴、って設定だっけ? 身も蓋もない言い方をすると、サロンの人気投票で1番だった人。で今年はそれが純加先輩、と。ブルーメ
ブルーメについては店長から雇われた際、最低限教わったことの中にあった。
そこからブルーメの決まりがどういうものかも想像できるから、話についていけなくて困ることはない。
それでも私は、先輩の話の中で聞かずにはいられない部分があった。
「ブルーメの決まりを思い出させて、守る……ですか。雨宮さんはそのために何をされたのですか?」
新人である私の立場なら、どんな決まりなのか聞くのが正解かもしれない。
でも私はそんなことより、あの子が陽芽ちゃん以外のために行動を起こしたことが衝撃的で正直信じられなかった。
「それは姉妹の内緒よ」
「内緒、ですか……。意地悪ですのね、橘様……」
悪戯っぽい笑みを浮かべ意地悪なことをいう先輩に、私は内心ムッっとする。
隠し事されたことよりも、あの子との秘密らしいことが無性に気に入らなかった。
当たり前だけどそんな内心を顔には出さず、私はいじけたような表情を作っておく。
そんな私に純加先輩は朗らかな笑みを向けてきた。
「ごめんなさいね、それじゃ……代わりに今年のブルーメの決まりを教えておくわ」
「ブルーメ様である橘様が作られた決まり、ですわね? どんなものなのでしょう……」
さっきまで気にもしてなかった決まりの内容に、私は改めて興味を持った。
他でもない純加先輩が、どんなルールを作ったのか気になるから。
先輩は橘様モードで良くやってる不敵な笑みで教えてくれた。
「えぇ。今年のブルーメの決まりは、『一年間、誰も欠けずに皆仲良くすること』よ。だから、改めてあの子のことよろしくね、夏八木さん」
「は、はい、橘様……」
私の返事がちょっとまごついたのは、ウィンクする純加先輩が決まりの内容も合わせて余りに素敵で思わずドキッとしたから。
去っていった純加先輩をボーっと見送りながら、私はブルーメの決まりを心の中で反芻する。
(『一年間、誰も欠けずに皆仲良くすること』、か。やっぱり純加先輩は、サロンでも純加先輩なんだな)
サロン係の自主性を尊重しているこのお店のことだ。きっと決まりも自由につけていいものだろうに。
みんなの仲を大事にして、みんなを気遣う純加先輩らしい。
そんな先輩にとっての、願いとも言えそうな決まりを私はすごく気に入って。
決まりを作った先輩のことも、ますます好ましく思った。
(……あれ? おかしいな……)
でも私は1つ引っかかったことがあって、よくよく考えてみる。
「ねぇねぇ、今の2人のやりとり、見てた!?」
「もちろんよ! 特に夏八木さんの、橘様を見送る顔、あれは……」
「あらあらあらあら~!」
「確かに、夏八木さんのあんな顔は初めて見たかもですね!」
お客さんからヒソヒソと妙なことを言われてる気もするけど。
そんなことよりどうしても見過ごせないことで頭がいっぱいで、あまり耳に入ってこなかった。
素敵な決まりを打ち立てるブルーメ様、その妹君に対して——
(あの子……皆と仲良く、なんて絶対するつもりないよね!?)
笑顔で仕事に戻りながら、私はせめて心の中で思いっきりツッコんだ。
(ついにあの人に気を遣え、なんて言ってきた。私よりあの人の味方するんだ。結局ああいう『いい子』がいいんだ、純加さんは……)
「果乃子? デシャップから出てこないから心配したよ。大丈夫?」
「ひめちゃん! ……うん、大丈夫だよ? ちょっと一息ついただけだから、気にしないで?」
「う、うん……」