もしもMyGoのそよが百合営業カフェでバイトを始めたら 作:りょーへい
10月10日 火曜
放課後、今日も月ノ森からリーベに向かう。
けど電車に乗ってる私の心は今までで一番憂鬱だった。
ある覚悟を決めたのに、あの子への嫌悪がどうしても消せず足を引っ張っているから。
(……それでもやらなきゃ。せっかく動いてくれた陽芽ちゃんや美月ちゃん、そして純加先輩に幻滅されないように……)
リーベの最寄り駅に着いた。ウジウジ迷うのもここまで。
昨日のみんなに応えるためにと、ぐずる心を引きずるように足を動かした。
リーベに出社すると、バックヤードには誰もいなかった。
どうするのが都合が良いか考え、着替えてサロンに向かい1人掃除を始める。
できる限り2人っきりで話すシチュエーションが望ましいから、ここで掃除してるのが無難だと思う。
(といっても、向こうにその気がないなら意味ないんだけどね)
と思ってたら足音が聞こえて、そちらに顔を向ける。
なんと、待っていた人物が1人で来て掃除を始めていた。
——私がいると分かった上で。
(もし向こうも同じこと考えたらここに来るかもって思ってたけど。まさか本当に来るなんて……)
どうせ来ないと高を括っていたから、まだ心の準備が整ってなかった。
お互い挨拶もせず、無言で掃除に取り掛かる。
サッサッサッサッ……
広い部屋に箒を掃く音だけが虚しく響く。
(今がチャンスなのは分かってる。でも、この子に歩み寄るなんて……)
嫌だった。人の事言えないくらい自己中なあの子のことが。
なのに全く悪びれてなさそうなところや。
受け身で生きてるだけなのに人間関係が恵まれてるところも、嫌いだった。
一番大切なものを奪われもせずに、しがみついていられるあの子が。
自分のではなく、姉の大切なものを一緒に守ったらしいあの子が。
仲の悪い人と喧嘩しても、そんな相手に協力できるあの子のことが。
やっぱり気に入らない。
(でも、今の状況はみんながお膳立てしてくれたからなんだ。そうしてくれたのは、そもそも私がみんなと仲良くなろうとしたからで……)
この機会を不意にしてしまったら。
きっとみんなを裏切ることに繋がる。
(せっかく築いた良い関係が壊れるかもしれないなら。本音じゃ気に入らない相手にだって、歩み寄ってみせる!)
「あのっ!」「……あの……」
同じ言葉が、同じタイミングで重なる。
これには完全に驚いた。
だって、果乃子ちゃんの方からも歩み寄ろうとした証拠だから。
(いや、ここにきたってことはその意思は元々あったんだよね。でも……確かに言い出しづらかったよね……)
私もここまでグズグズしたからこそ、相当葛藤したんだろうな、と慮ることができた。
しかも2人同時に声をかける偶然に、私はつい和んで笑ってしまう。
「ふふっ、じゃ私から言うね? その……そんなつもりじゃなかったけど、果乃子ちゃんの気分を害すようなことしちゃってゴメンね?」
いつもの私らしく謝罪から入る。
陽芽ちゃんと仲良くなろうとしただけだから、心の中では悪いなんて少しも思ってない。
ただ、果乃子ちゃんは嫌な思いをしたらしいから。
その気持ちに形ばかり寄り添おうとするのが私だった。
「でも私は本当にみんなと仲良くなりたかっただけなの。だから果乃子ちゃんも、別に陽芽ちゃん相手くらい仲良くなんて言わないから。せめて他の人と同じくらいに付き合ってくれると嬉しいな」
いつもの笑顔で言い切れた。
あとは、もう果乃子ちゃんがどう返すか次第。
「……どうしてですか」
「え?」
彼女は怪訝そうな顔で問いてくる。
何に対する疑問だろう。
「どうして、みんなと仲良くなりたかったんですか?」
「…………」
別におかしな疑問とは思わない。
ただ、この子には突かれたくなかった。
(聞かれたからには逃げられない。下手な誤魔化しはたぶんこの子には感づかれる。そうなったら上手くいきそうなこの流れも終わり……)
「あの……?」
黙ったままの私を不審に思ったのか果乃子ちゃんが声をかけてきても、何も返せなかった。
どう返すべきか頭を必死に回している最中だから返事どころじゃない。
でも、どうしても上手く誤魔化せるアイディアが浮かばない。
かといって、この子相手にありのまま話すなんて絶対に嫌。
その上で、完全に隠しながらこの場を切り抜けるのは無理と直感していた。
(どうしてみんなと仲良くなりたかったか、なんて……)
改めて振り返ると、ここまで頑張ってきた理由はいろいろある気がする。
1番はもちろん、ここがバンド絡みの苦痛を忘れられる居場所となるために。
いつしか応援してくれている先輩に応えたい気持ちが、先輩への憧れと共に大きくなってきて。
1人ずつ仲良くなる度に嬉しくなる気持ちも、少なからず原動力になっていた。
今だって、仲良くなったみんなにお膳立てされてるのもある。受動的な理由だけど無視はできない。
それらをごちゃ混ぜにして、一言で表す言葉として相応しい言葉が思い浮かぶ。
昨日純加先輩からブルーメの決まりを聞いたとき。
決まりに想いを託してるように感じて。
私はそれを、こう捉えていたんだ。
「それが私の……願いだから」
「願い?」
「うん。みんなと仲良くなれたらそれで十分なんだ。それだけで満たされると思うから……」
「……抽象的過ぎて良く分かりません。どうしてそう願うのか聞きたいんです」
確かに『願い』だなんて綺麗に飾った一言じゃ納得されないか。
特に、明らかに私を疑ってるこの子なんかには。
これじゃみんなにお膳立てされたから、も通らなそう。
かと言って純加先輩やCRYCHICのことをこの子に話すなんてあり得なかった。
なら、もう正直な気持ちをできる限り誠実に伝えるしかない。
開口一番の
「ごめんなさい。それは言えない、言いたくないの……。卑怯で本当にごめん……」
「……」
果乃子ちゃんの視線を受け止めながら、笑顔をかなぐり捨てて真剣に謝る。
見透かされそうで怖いけど、目を逸らさないで言葉を重ねた。
「怪しく聞こえるよね? でも仲良くなった先で何か企んでたりは、誓ってないよ。それだけは信じて欲しいんだけど……。果乃子ちゃんには信用、無いよね……」
「……もう分かりましたよ」
「いいの?」
「誰にでも言いたくないことはありますから。ひめちゃんに何もなければ、もうそれでいいです」
「そ、そっか。美月ちゃんや……純加先輩はいいの?」
「…………どうでもいいです」
(どうでもいいんだ……。ブレないなぁ)
まだ疑いが残ってそうだけど、とりあえず納得してもらえたらしい。
でもいつの間にか果乃子ちゃんに上から物を言われてて気に入らない私は、会話の主導権を握ろうとした。
「私も聞きたいことがあったんだ。どうして果乃子ちゃんは純加先輩と姉妹になったの? 断ろうと思えば断れたよね?」
まずは話題転換しようと急いで探した質問だったけど。
だからこそ一番気になっていたことが思いついた。
「……それ、今関係ありますか?」
「んー……場合によっては?」
「何ですかそれ……。別に、ただの……成り行きです」
「えっ!?」
期待した割に向こうの返答は逃げたものだった。
さっき追及しといてのこれは流石に納得できない。
私がどれだけ悩んで心を砕いたと思ってるんだろう。
ピキピキと亀裂が入りそうな笑顔で、彼女が言ってきた言葉を借りる。
「流石に抽象的過ぎるな〜。その成り行きを聞いてるんだから〜」
「誰にでも言いたくないことはあるって言ったはずですよ。夏八木さんだって、結局言わなかったじゃないですか」
「……そうだったね」
そう言われたらこっちも引かざる得なかった。
果乃子ちゃんは困った顔をしているし、本当に一口で説明できない成り行きかもしれない。
それにしたって、もう少し明かしてくれてもいいと思うけど。
(やっぱりズルいとこあるよね。この子…)
これじゃできるだけ誤魔化そうとしなかった自分が馬鹿みたいだ。
悔しいから少し煽るようなことを言ってみる。
「ふーん。じゃ、成り行きで姉になった人から私と仲良くなるよう画策されたんだ〜」
「夏八木さんも気づいてたんですね」
「うん。というか、先輩の仕業って気づいてたのに私のとこに来てくれたんだね」
「それは……ひめちゃんが励ましてくれたからで、あの人は関係ありません」
「そっか。まぁそれも純加先輩にはお見通しかもしれないけど。見えないところでよく気にかけてくれる人だよね」
「……普段のあの人は馴れ馴れしいギャルですけど、実際はいつも人のことばかり気にしているお人よしですから」
(……腐っても姉妹。流石に先輩のそういうとこは分かってるんだ)
そういうところも心底気に食わなかった。
「あ、だからブルーメの決まりもあんな感じなのかな?」
「あんな感じ?」
「『誰1人欠けないよう仲良くしよう』なんて。決まりっていうより、純加先輩自身の願い、みたいじゃない?」
「……
「素敵だよね。 純粋にリーベのみんなが好きだから作ったんだろうな。私、先輩のそういう綺麗な優しさが——」
「——よく分かりませんけど、純加さんがそう言ったわけじゃないですよね? あの人のことよく知りもしないで、分かったようなこと言わないでください」
「えっ!? ゴ、ゴメンね。そんなつもりじゃなかったんだけど……」
陽芽ちゃんのことじゃないのにここまで強く出てくるとは思わなかった。
自然体の表情から無気になってるわけじゃなさそうなのに、それでいて眼から妙に強い意志を感じる。
果乃子ちゃんの絶対に譲らないと感じさせる姿勢に私は面食らってしまった。
「……まぁ、誰も欠けずに皆仲良くなんて、いかにもお気楽でお人よしな純加さんらしいとは思いますけど」
どうしてそこまで本気になったのか、その割にどうして純加先輩に対してそんな横柄な態度なのか、色々引っかかるとこはあるけど。
この子と向き合うのにすっかり疲れてしまったので流すことにする。
常に暗い表情のくせに油断すると見透かさそうだから、かなり神経が削られていた。
「そっか。なんにしても、ここまでお話できるなんて思わなかったから嬉しかったかな。ありがとう果乃子ちゃん」
「いえ。……それと、一昨日はごめんなさい」
「え?」
「あのときは言い過ぎました。ひめちゃんとの仲のことは私の誤解、というか決めつけが過ぎてたみたいですから。……今のところはですけど」
「ホ、ホントに何もするつもりないよ〜?」
(謝るところはちゃんと謝る。……恵まれた人間関係を持っているのは、こういうところがあるからかも)
「まぁとにかく。一昨日のことは気にしないでいいよ? 改めてこれからよろしくね、果乃子ちゃん」
「……はい」
こうは言ったけど。
私は結局、果乃子ちゃんへの嫌悪は無くせなかった。
何なら改めて嫌だな、と思うところが増えたくらい。
でもたぶん果乃子ちゃんも、陽芽ちゃんのこと抜きで私に思うところがあるはずだった。
謝ってはくれたけど、私に対する眼差しには友好的なものが感じられないから。
だから、これでお互い様だ。これでバランスがとれてると思う。
この子とは今くらいの距離感がお互いちょうど良い、と思うことにした。
(これだけ話せるようになっただけでも、かなり進歩はあったんだから。果乃子ちゃんとの仲はひとまずこんな感じ、かな?)
私たちはそれ以上会話せずに掃除を終らせ、バックヤードに戻った。