もしもMyGoのそよが百合営業カフェでバイトを始めたら   作:りょーへい

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29. そして迷子は陽だまりに包まれる(私の新しい春日影)

 

 

 私が一区切り話し終えたことで、サロンには静寂が流れている。

 聞かれてもないのに重たいだけの話をしたから、嫌気がさした純加先輩はこの空気に困ったまま反応できないんだろう。

 このまま私まで黙ってたら余計迷惑だし、どんな不格好でも会話になるくらいには空気を軽くしなきゃいけない。

 先輩に嫌がられたとか関係ない、面倒な空気にした責任をとろう。

 箒を動かしつつ先輩に背を向けたまま、意識して明るい声を作る。

 

「純加先輩はリーベが大好きで、そこを大事に守れていて、みんなに信頼されていて、先輩自身も楽しそうで。そんな先輩に憧れてたんです。この人みたいになったら……もう昔みたいな思いしなくなるかもって」

「……そんな風に思われてるなんて、照れちゃうな」

「あははっ、お世辞じゃないですよ? ……でもそれに比べて私は、昔のことから逃げるために仲良くなるなんて……後ろ向きで、不誠実で。そんな私なんかが純加先輩みたいになりたいなんて、おこがましくて笑っちゃいますよ。すいませんでした、こんなめんどくさい話を長々と……」

 

 なんとか話を転換できそうなところまできた。

 ここからどう話題を変えていこうか、虚な気分でぼんやり考える。

 

「そんなこと思わないよ」

 

 落ち着きながらも力の籠った声につい私は振り返り、目を疑った。

 

「あたしへの過大評価が過ぎることは、とりあえず置いといて。人と仲良くするのに大層な理由なんて要らないって」

 

 疎ましそうな表情を想像していたのに、純加先輩は真摯な眼差しを真っ直ぐ私に向けていたから。

 

「確かにそよちゃんの理由は前向きで立派な理由じゃないかもしれない。正直、さっきの話もよく分かってない部分があるから、そんなこと言うなとか分かるよとか無責任に言えない」

 

 その言葉に、その表情に、声色に。

 面倒だから適当にあしらおうという感じが全く無くて。

 だから、先輩の思いは私の心に素直に届いた。

 

「それでもね、私はみんなに優しいそよちゃんと仲良くなれてよかったよ。きっと、他の3人も同じように思ってる」

 

 純加先輩は優しく微笑む。

 思いやりを感じるその笑顔に、私は胸が苦しくなるくらい惹きつけられる。

 

「だからさ。せめてここにいるときだけでも、自分を卑下しないであげて。みんなに向ける優しさをちょっとでいいから、そよちゃん自身にも向けて欲しいな」

「———」

 

 純加先輩の真っすぐな言葉に、私は雷に打たれたような気分だった。

 気づいたことがあったから。

 もしかしたら私は、本当は自分自身を受け入れたかったんじゃないかって。

 それができなかったから、昔から周りに受け入れてもらうことに必死になったんじゃないか。

 そうすることで、満たされないながらも自分を保つことはできるから。

 

 でも、このままじゃ今の自分から何も変わらない。

 これからも周りにすがって自分を慰めるだけの私は。

 ()()、バンドを続けながら自分自身を苦しめることから逃れられない気がする。

 

(……私は、CRYCHICの傷から、偽善的な自分から逃げてたくてここに救いを求めたけど。きっとここにいるだけじゃ、それは叶わないんだ)

 

 気づいてしまえば当たり前のことなんだろうけど、今の私は天啓でも受けたみたいに目が覚める思いだった。

 

「ていうかさ、今までそよちゃんを見てきて思ったんだ」

 

 純加先輩が少し言いにくそうに頬をポリポリとかいている。

 急になんの話をしてるか分からず、頭に疑問符を浮かべつつも黙って聞く。

 

「そよちゃんってよくみんなを気遣って、何かあったら助けになろうと頑張っちゃう子じゃないかって。そういう子がいると周りは助かるんだけど、やってる本人は神経疲れちゃうときもあって大変だよね」

「あ……」

 

 照れくさそうに言ってくれたことが、心の柔らかいところに突き刺さる。

 最終的には自分のためとはいえ、ずっとずっと頑張り続けてきたことをここまで言葉にして認めてくれた人はいなかった。

 きっと純加先輩自身も似たところがあるから、身に覚えがあるから言ってくれてるんだろうな。

 私にシンパシーを感じてくれたことが、素直に嬉しかった。

 

「あたしさ。そよちゃんのそういう気配り屋さんなところ、好きなんだ。だから覚えといて? そよちゃんが頑張ってるところ、ちゃんと見てる人もいるんだって」

 

 照れ隠しなのか、少しだけ顔を赤くしたまま思いっきり快活な笑顔になった先輩。

 今の私にとってこれ以上の励ましはなかったし、ここまで言葉を尽くして伝えてくれた人の大好きな笑顔を目に焼き付けながら心底思った。

 

(あぁ……。私、ここに来て……先輩に出会えて、本当に良かったな……)

 

 CRYCHICのことで昏く辛かった心を、こんなにも暖かい感情で満たしてくれた純加先輩に。

 なんて言えば、今の気持ちを伝えれるんだろう。

 溢れそうになる思いを言葉にしようと口を開くけど、結局それは上手くいかなかった。

 

「——え、あっ、あれっ?」

「そ、そよちゃん!?」

 

 目頭が熱いと思ったら、ポロっと涙が零れてしまった。

 こんな醜態晒すつもりなんてなかったのに。

 ポロポロ泣くのを止められずどうしても震えてしまう声で、少しでも取り繕う。

 

「ご、ごめんなさいっ! ちょっと、その……う、嬉しくてっ……え、えへへっ……」

「……そっか」

 

 恥ずかしい。いつかのライブみたいに大勢の前で号泣という程じゃないけど、それでも人前で急に泣き出すなんて。

 そのときのライブを除けばもう何年もなかったのに。

 

「嬉しいならいいよ。我慢しなくてさ」

「純加先輩……」

 

 先輩が私を優しく抱きしめてくれた。

 言葉にならないくらい嬉しい気持ちと、その感謝を伝えたい気持ちと、泣いてるところを見られて恥ずかしい気持ちに加えて。

 くすぐったいけど暖かくて、胸が高鳴るくらい幸せで。

 そんな気持ちがないまぜになって、ついに頭が働かなくなる。

 

 (今の状況も十分恥ずかしいけど、もう今更か……)

 

 純加先輩の腕の中で開き直った私は落ち着いてきて、先輩の温もりに身を委ねた。

 

 (結局、最後の最後までお世話になっちゃったな)

 

 こんなつもりじゃなかったけど、悪い気はしてない。

 それどころか私を蝕んでいたものがいくらか浄化されたみたいで、その穴を埋めるように幸福感が満ちている。

 ずっと苦しめられた大切な重荷を軽くしてくれた特別な恩人へ、しがみつくように抱き返しながら。

 私はCRYCHICの頃以来に感じる心の安らぎを噛み締めていた。

 

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