もしもMyGoのそよが百合営業カフェでバイトを始めたら 作:りょーへい
お店の制服に着替え終わった私は、あのギャルっぽい先輩を探しにもう一度ホール……元いサロンへ向かうためバックヤードから出る。
さっきと違って、この先の未来に激しく不安な私は俯き気味で通路をトボトボと歩く。
「ふぅ……」
と、サロンの方から溜息みたいな声が聞こえた。
私の心境とリンクしてるようなアンニュイな声が気になり、そっちに顔を向ける。
そこにいる1人の女性に、私は呼吸を忘れて目を奪われた。
くびれヘアーで髪色も同じだから一瞬あのギャルな人……知花先輩かと思ったけど、サイドテールじゃないから違うはず。
それに、眼鏡をかけてお嬢様チックな制服を綺麗に着こなすその麗人は。
どう見てもギャルなんて世界とは縁遠い佇まいをしていた。
清楚感のあるホールの中で、物憂げな表情を浮かべる横顔は絵になるくらい美しかった。
整った顔立ちにフチなしの眼鏡が似合っていて、スタイルもスラッとしたスレンダータイプ。
正にお嬢様学校の上級生のような気品を感じさせる女性から何故だか目が離せない。
こんなお店に関わるまで、お嬢様について大して考えたこともなかったけど。
もしかしたらこういう女性が、私にとって理想のお嬢様像なのかもしれない。
(綺麗な人だな……って、さっき自己紹介したときあんな人いなかった、よね?……とにかく、挨拶しなきゃ——)
ほんの数秒とはいえボーっと見惚れてたらしい。
我に返った私は、何かひっかかりながらも女性の元に近づいていく。
すると向こうも私に気づいたみたいで、パッと顔を明るくして馴れ馴れしく話しかけてきた。
「お、そよちゃん着替えたね! 似合ってるじゃん? 本物のお嬢様みたい!」
初対面だと思っていたら向こうは自分を知っているらしい。しかも見た目の印象と違和感ありすぎるぐらいフランクだった。
その激しいギャップも相まって、この人に対して妙に緊張していた私は状況を理解できず戸惑った。
(…え? 私を知ってる……? というか近くで見るとやっぱり既視感が……よく分かんないけど、とりあえず挨拶しとく?)
混乱極まった私は何か言わなきゃと焦って、そもそもの目的だった挨拶という行動に走った。
「えっと、は、初めまして……? 私、ながーいや、な、夏八木……?」
混乱しすぎて本名か偽名のどちらを名乗るか迷い、グダグダになってしまった。
自己紹介もまともにできないあり様で、心底恥ずかしくて余計に取り乱しそうになる。
そんな不審な様子の私に対して、相手は目を丸くして慌てたように名乗ってきた。
「えっいやいやあたし、知花純加だって! さっき挨拶したでしょ?」
(ちばなすみか……知花先輩……さっきバックヤードで挨拶した……ギャル!?)
「えっ!? 嘘、だって全然違う……」
「そりゃあんな感じのままお嬢様できないでしょ? ほら」
目の前の美人女性が眼鏡を取って髪に隠していたピアス付きの耳を出した。
信じ難いことに、その正体は本当にさっきのギャルだったらしい。
確かにピアスやネイルをして制服を気崩したまま清楚なお嬢様ぶるのは無理がある。あるけども。
(それにしたって別人過ぎる……初見じゃ絶対分からないから)
なんてバカ正直に言えないのでここは大人しく謝っておこう。
「そ、そうですね……すいません、勘違いしちゃいまして……」
「いや、前にもこんなことがあってね。てかその時なんて悲鳴上げられちゃったぐらいだし、その時よりかマシかも」
「へ、へ〜、そうなんですか~……」
(いやそっちの行動次第じゃわからなくもないけど)
私の中では軽薄そうなギャルと、目が覚めるような綺麗なお姉さん、二つの印象が未だに喧嘩しているぐらいだった。
あらゆる混乱の連続で頭の中がわけ分からなくなりそうになっていると、向こうからまた話かけてきた。
「バイト自体初めてなんだよね? やっぱり緊張してる? 初めてがこーゆーお店の接客なんて」
「え? あ、そーですね。緊張というか……仕事でみなさんについていけるか心配なところはあります」
咄嗟に無難な答えが思いつかず、すっごく遠回しに本音を口にした。みなさんと上手くやっていけるか心配、という不安を。
私の弱気な回答に顔を顰めるか、ギャルらしく軽率に笑い飛ばすかと密かに警戒する。
でもそれは杞憂だった。
「そっか。仕事については心配しないで? 私たちがちゃんとフォローするから。それよりもきらびやか〜な振る舞いで頼むよ?」
「はい。そっちは慣れがあるので、大丈夫だと思います」
「そーだ! さっき着てた制服、あの有名なお嬢様学校のでしょ!? そりゃ舞さんが採用する訳だー! 期待してるね、そよちゃん?」
「は、はい、頑張ります!」
明るい笑顔で励ましてくれた知花先輩とのお喋りは、ここに来て初めて私を安心させるコミュニケーションだった。
(一番近寄りがたい人が、一番お話できちゃった。流石年上の先輩ってことなのかな。頼れるお姉さんって感じだな。……実際はギャルだけど)
チャラそうでその実頼りになる、先輩の不思議なギャップがおかしくて少し顔が綻む。
さっきまで不安ばっかり大きかったのに、なんだかんだ今は落ち着きを取り戻していた。
「純加さん」
サロンにもう一つ声が響く。声の方を向くと、果乃子ちゃんだった。
「お、初めて普段の私見たとき悲鳴上げてくれた愛しの妹よ。どうかした?」
(妹……? 姉妹だったの? いや名字違う……どういうこと?)
「あのときは……本当に誰か分からなくて。というか急になんですか」
「いや、さっきそよちゃんが着替えた私を見て誰か分かんなかったみたいだから、あの時のこと思い出しちゃってさー」
「純加さんのギャップが激し過ぎるだけです。それより店長が呼んでます」
「っと、なら行かないと。ありがと果乃子ちゃん」
「いえ……」
「それじゃそよちゃん。まずは今日、一緒にがんばろーね♪」
「はい、よろしくお願いします!」
ウィンクしながらバックヤードに向かう知花先輩。それに続こうとする果乃子ちゃんに、私は声をかける。
複雑な事情を想像して、踏み込んでいいか迷ったけど結局好奇心が勝った。
「果乃子ちゃん。知花先輩と姉妹だったの?」
「……いえ。この店の設定上の姉妹、というだけです」
「そ、そーなんだ……? でもちょっと意外かな。2人って正反対そうなのに」
設定上の姉妹と言われてもよく理解したわけじゃないけど、要は仕事上のパートナー的な感じだろう。
それにしたって、明らかに内気そうな果乃子ちゃんと現実じゃ見るからにギャルな知花先輩がペアというのはミスマッチ感が強い。
「…そうですね。でも……」
「?」
「いえ、なんでもないです」
スタスタ……
意味深に何か言いかけて果乃子ちゃんは立ち去った。
去っていく彼女を眺めながら、さっきの話について知識が乏しいなりになんとか整理してみた。
(姉妹の設定……漫画とかでよくある、特別仲の良い関係を演出するためのものかな?)
お嬢様学校らしい設定ではあるかな、と納得する。
ともかく全員と話せたけど、一つ気になったことがあった。
(みんな、リーベの制服着てるとき左胸のポケットに十字のブローチつけてたな。私は店長からそんなのもらってもないし、何も言われてすらいないけど……いいのかな?)
みんなつけてるなら私も合わせるべきなんだろう、とは思う。
でもあれはもしかしたら一人前の証、みたいなもので最初はつけないのかもしれない。
だとしたら自分からつけなくてもいいのかと聞いたら、恥ずかしい思いをすることになるかもしれない。
(言われるまで触れないでおこうか。……でも私だけつけないと余計に仲間外れみたいに思っちゃうけど……流石に考えすぎだよね)
勝手な被害妄想で勝手に疎外感を抱くことに重たい溜息をつく。
そして、時計を見るとそろそろ営業が始まる時間だった。
(いよいよ初仕事か。……きらびやかに、だっけ? とにかく頑張ろう!)
私はいよいよ始まる初めての仕事へ意気込むことで気持ちを切り替えて、みんな集まってるだろうバックヤードに向かった。