もしもMyGoのそよが百合営業カフェでバイトを始めたら   作:りょーへい

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35. 真実を知る(ウラガエリ)

 

 

 みんなとコンセプトカフェに遊びに行った後、いつもより長い営業もつつがなく終わり、帰り支度を整えた私は挨拶をして店を出た。

 電車を使って自宅のマンションまで帰り、玄関前まで来たところでふと思う。

 

(あれ、スマホってカバンの中にしまったっけ?)

 

 鞄の中を確認するが、ない。

 もう一度確認するまでもなく、営業前の記憶を思い起こしていた。

 

 

 

 あのとき、リーベの制服に着替え終わった私はロッカーに荷物をまとめていた。

 そこでスマホの通知音に釣られてつい触ってしまったのだ。

 バンドのグループチャットが活発に動いてるから、ライブか新曲のことか、重要なことかもしれないと思ってのことだった。

 

「そよちゃーん! 今大丈夫? ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけどー!」

 

 そこでキッチンの方から純加さんに助けを求められる。

 珍しく純加さんから頼られてると思って張り切った私は

 

「はーい! 今行きま~す!」

 

 純加さんの方へ反射的に返事しつつ、その勢いのままロッカーへスマホを放り込んでしまったのだ。

 

 

 

 (……しまった。いつもは鞄にしまってたから油断してた……)

 

 家まで帰ってきてようやく思い出したことに溜息をつき、どうするか考える。

 いつもなら1日くらい手元になくてもいいかと思うかもしれないけど。

 今は、結局碌に確認もできなかったバンドのチャットが気になる。

 まだ遅い時間でもないから、急げばまだ誰かいて中に入れてもらえるかもしれない。

 

(しょうがないか……)

 

 ここからまたバイト先まで往復する億劫さに抗って、急ぎ足でリーベに戻り始めた。

 

 

 

(流石に純加さんはもう帰ってるかな。もしいたらおしゃべりできるし、ちょっとは得した気になれるんだけどな)

 

 都合の良い妄想をしながらも、お店がある雑居ビル前まで来た。

 夜になっていつも以上に暗いビルの階段を上ってる途中、話声が聞こえてくる。

 

「——けど、ここで果乃子ちゃんと話すのもなんか久しぶりな気がするなー」

「前ここで話したときから半月ぐらいしか経ってないんですよ?」

 

(純加さん! ……と、もう1人は果乃子ちゃん?)

 

 期待していた通りで一瞬喜んだけど、もう1人の声主にピタッと足が止まる。

 

 (仕事の話かな? でもわざわざ外で話さなくても、バックヤードで話せばいいのに……なんでだろう?)

 

 話の内容が気になって、音を立てずに耳を澄ます。

 設定上の繋がりだけで、大して親しくはないはずの2人が。

 仕事終わりの夜に、わざわざ非常階段で、それも2人っきりで話している。

 違和感が増していくばかりだった。

 

「そうだっけ? でもま、あたしは果乃子ちゃんがひめちゃんの話をするために姉妹になったんだしね。もちろん今も忘れてないよ?」

 

 どういうことなのかよく飲み込めなかったけど、なんか変な理由で姉妹になったことだけは分かった。

 大方果乃子ちゃんの助けになるために純加さんが世話を焼いてるってところなんだろう。

 でもいっつも塩対応しかしない人にもここまで面倒見るなんて。

 

(本当に優しい人だな、純加さんは。……誰にでも優しくするのは、今はちょっとモヤっとするけど)

 

「……そうでしたね。でも今日はひめちゃんの話じゃないんです」

「え?」

 

 

 

「——最近、純加さんと2人で話せてないなって思ったんです」

 (…………は?)

 

 

 

 認識していた距離感と違い過ぎて、一瞬聞き間違いかと疑った。

 それくらい果乃子ちゃんの発言からは相手に寄り添おうとする意思を感じる。

 

(果乃子ちゃん、純加さんにいつもと別人みたいに親しげにして……なんで?)

 

 陽芽ちゃん以外には素っ気ない態度の彼女からは考えられないセリフを聞いて、戸惑いもある。

 でも一番主張の強い感情は『気に入らない』だった。

 

 (陽芽ちゃんにべったりで純加さんにはドライなこと、今は逆に許せてきたのに。隠れてこんな風にやりとりしてるんだ。へー……)

 

 少し前まで抱いていた嫌悪感がぶり返す。

 私が昏い火を灯してるなんて知らずに、果乃子ちゃんは親しげに話し続ける。

 

「言ったじゃないですか。これからはもらうばかりじゃなくて返していくって」

「果乃子ちゃん……。嬉しいよ。あのとき言ってくれたことを本当にしてくれて」

「今純加さんにしてあげれることが、これくらいしか思いつかなかっただけですから」

 

 曖昧な内容でよくは分からないけど、この2人っきりのやりとりも今に始まったことじゃないんだろう。

 それだけで、私は謎の動悸を起こし始めた。湧いてくるイヤな予感を振り払えない。

 いや、聞き間違えてるだけでただの勘違いかもしれない。

 そう信じて、よく聞こえるように息を殺して死角ギリギリまで忍び足で階段を上る。

 その間にも話は違う内容へと移っていた。

 

「しっかし矢野ちゃんと同じ立場になる日が来るなんてね。矢野ちゃんは片思いしてる相手に辛くなったりしないのかなー?」

「……見てる感じ、ひめちゃんと姉妹で在り続けて満足してるみたいですけど」

「でもあのときの矢野ちゃんカッコよかったなー。あんな手酷く振られてもひめちゃんに好きって告白できてさ」

 

(……振られた? 告白? ……片思い?)

 

 とりあえず私を脅かすような内容じゃない気がして落ち着きを少し取り戻す。

 その頭で断片的な情報と今まで見てきた美月ちゃんと陽芽ちゃん、そして果乃子ちゃんたちの関係性から話を推測する。

 まさかと思いつつ、考えられる事実は一つだった。

 

「でもひめちゃんは矢野さんのこと恋愛として好きじゃないから結果的には振られただけですけどね」

「果乃子ちゃんは厳しーなー。まぁ恋敵相手だからしょうがないか」

「……私も、伝えたらどうなるか分からないですけど」

 

(美月ちゃんと、あと果乃子ちゃんもホントに恋愛として陽芽ちゃんが好き? 陽芽ちゃんは美月ちゃんを振った上で、2人はあんなに仲良くしてるの? 気まずくなって拗れたりもせずに? ウソでしょ……)

 

 確かに陽芽ちゃん周りで特別仲良いな、とは思うことはあったけど。

 それは友情のカテゴリーに属するものだと認識してたし、実際恋愛を思わせるような絡みは見た事なかった。

 なのにまさか、本気で恋愛感情の混じった関係だったなんて。

 しかも同性同士の三角関係。おまけに1人は告白済み。

 ここまで昼ドラ並みにドロドロな実態なんて夢にも思わなかった。

 裏ではそんな修羅場が繰り広げてるとも知らずに、呑気に友情を育もうとしてた新人がいたらしい。

 視界がグニャァと歪むような眩暈を覚えて思わず額に手を当てる。

 

「……私がいるんだからさ。不安になったら素直に頼ってよ」

「……はい。でも純加さんこそ辛くなったら素直に私に頼ってくださいね?」

「それは分かってるつもりなんだけどさ……」

 

 ——いや。衝撃的な事実ばかり目がいって、置きっぱなしにしてた謎もあって。

 考えたくもないけど、それ次第では関係性は三角ですらなくなる。

 というか関係性が複雑化することなんてどうでもいい。

 

 (お願いだから、どうか純加さんは無関係でいて。お願いだから……)

 

 消えてくれたはずの動悸が戻ってくる。

 その嫌な鼓動に耐えつつ、私は必死に最悪の推察だけは外れて欲しいと願うことしかできなかった。

 

「やっぱり怖くなるときがあるんだよ。私の恋愛に付き合わせて果乃子ちゃんを傷つけるのが……」

「相変わらず人のことばっかりなんですから……」

 

(違うはず違うはず違うはず。やめてやめてやめてやめて)

 

 早鐘のように鳴る心臓が痛い。怖い。けど確かめずにここから離れることはできない。

 

「何度だって言いますよ。私が純加さんの恋を受け止めるって。だから、もう1人で泣くような真似しないでくださいね」

「……うん。分かってる。ありがとう果乃子ちゃん」

 

(純加さんが誰かに恋してるのはもう諦めるけど果乃子ちゃんはその相談に乗ってるだけだから違う純加さんが好きな人は絶対違う人だからその子じゃないそうに決まってるから落ち着いてでも万が一があったらいや違う違う違う違うだって……その子は陽芽ちゃんが好きなんだから!! そんなバカな話が通るわけ……)

 

 もう自己防衛のための決めつけに走らないと、何かが壊れてしまいそうだった。

 でも、現実は非情だった。

 

「好きだよ。果乃子ちゃん。もう恋人じゃないけど、今はどうか抱きしめさせて……」

「はい。付き合ってなくったって、私がしてあげれることは精一杯しますから。……キスは、もう難しいですけど」

「わ、分かってるって! って結局2回とも果乃子ちゃんからであたしからはできなかったなー」

「あれは、その……忘れてください」

「えー、忘れられるわけないじゃんかー。好きな人との大事な思い出なんだからさ!」

「もう……」

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

 

 ―――――――――――――。

 

 …………………。

 

 

 

 

 

 カリッ……カリッ……

 

 気がつくと自分の部屋にいて、隅で縮こまるように膝を抱いていた。

 いつの間に家に戻っていたのか、帰りの記憶が曖昧だった。

 そういえばスマホを取りにリーベに行ったんだと、今思い出す。

 そのスマホは結局手元にないのだから行った意味はないのだけど。

 どうでもいい。全部。

 

 ガリッ……ガリッ……

 

(純加さん、彼氏いないみたいなこと言ってたのに……あぁ、彼氏はいないのか。でももうどっちでもいい。

 すみかさん……。わたしは、純加さんが好きなのに。純加さんさえいてくれれば、他は何もいらないのに。純加さんの心はもう、他の誰かのものなの? 純加さんの隣に、私はいられないの?

 ……ううん、最悪別の誰かならすっごくすっごく嫌だけど、まだ許せなくもなかった。

 あの女だけは違う、そんなの認めない、認められるはずない。

 ふざけないでよ、絶対おかしい! だって……おかしいことだらけでしょ!!)

 

 ガリッガリッガリッガリッガリッガリッ……

 

(なんであの女なの!? 普段から純加さんの気遣いに受け身なだけの素っ気ないやつが、なんで!?

 そもそもそいつは他の人が好きなのに、純加さんと、恋人関係!? なんで!?

 あの女はどうしてそんなずるいことしたの!? 

 ていうか別れたんなら今度こそ好きな人のところにいけばいいのに。どうしてまだ純加さんの好意につけこんで独占してるの!?

 『純加さんの恋を受け入れる』? 恋人を続けず振りもせずに、片思いを続けさせるなんて……それがどれだけ残酷なことか分かってるの!? そんな、そんなの……純加さんは辛いだけで、何にも報われない……。なのにあいつは……自分勝手すぎる!!

 そのくせあいつは! 陽芽ちゃんと上手くいったら、どうせキープ扱いの純加さんは邪魔になるから切り捨てるつもりなんでしょ!? ……何なの???)

「——何様のつもりなの!? 

 純加さんも全部知っておきながらそんな女と恋人になって、今もあいつに縛られて片思いをさせられて!!

 なんで!? 絶対辛いよ、おかしいよ、間違ってるよそんな関係! 何から何まで!!」

 

 ガリガリガリガリガリガリガリッ!!

 

「私の純加さんを奪わないでよ。そんなふざけた形で苦しめるないでよ。自分の恋に純加さんを巻き込まないでよ!

 恋愛として好きじゃないって言うくらいなら……私のたったひとつの拠り所から消えてよっ!!」

 

 ガ ツ ッ ッ !!

 

 削り続けた爪を立てて、暴れまわる憎悪のまま振り下ろす。

 床を引っ掻きながら、爪が割れるような鋭い痛みをどす黒い感情に変える。

 膨れ上がった憎しみはやがて私の何かを突き破って、その先で私は選ぶべき道筋を見出す。

 

 私がずっと欲しかった光が、邪魔者の向こう側で待っているんだ。

 私だけの光になる未来を想うと自然と口角が歪む。

 心は決まった。もう一切躊躇わないし、何にも迷うことはない。

 

「……そっか、果乃子ちゃんは自分じゃ正しい道を選べないのか。なら私が手伝ってあげるよ。例え……どんなことをしてでもね。

 私の本当に大切な居場所は、今度こそ守ってみせる。

 待っててくださいね、純加さん。そんな歪で間違ってる関係から、私が解放してあげますから。

 これ以上苦しまないよう、私が守りますから」

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