もしもMyGoのそよが百合営業カフェでバイトを始めたら 作:りょーへい
カフェリーベが営業開始してから30分くらい経った頃。
サロンと呼ばれるホールにはお客さんが席いっぱいに入っていた。
(頃合いかな。この辺で初めての
サロンの奥で目立たずに立っていた私は部屋の中心へ——つまり、お客さん側に歩み寄った。
「皆様、ごきげんよう。本日からサロン係を務めさせて頂きます、2年生の夏八木そよと申します。よろしくお願いします」
営業開始以降お客さんが一旦入りきった頃を見計らい、自分の学校に来場した父兄に挨拶するイメージで自己紹介をする。
お客さんに印象良く覚えてもらうためにあらかじめ考えていた通りにできた。
お嬢様といえばスカートをつまむカーテシーのイメージもあったけど、ここでやるのはわざとらしく感じる。
なので、普段の学校でするように両手をお腹辺りで重ねて浅めのお辞儀をした。
その、変に無理しない振る舞いが功を奏したらしい。
「こ、今度のサロン係も綺麗ですね……!」
「えぇ、穏やかな笑みに落ち着いた所作、『清楚に美しく』が校訓のリーベ女学園にピッタリ!」
「夏八木さん! 早速注文いいですか!」
「はい、承ります」
お客さんの反応も上々だった。密かにシュミレートした甲斐があって内心ホッとする。
ただし表には出さずあくまで普段通りの笑顔をキープした。
私は早速お客さんからオーダーを取り、ご提供をして、仕事を問題なくこなしていく。ミスもなく、万事順調にいってると思う。
といってもお嬢様っぽさを意識しながら簡単な業務をするだけだから、当たり前といえば当たり前だった。
(この調子でいいなら、仕事はこなせそう。それに……)
今の私は、いつもと違う自分を演じるという意味ではそこまで演技していなかった。
現実で通ってる月ノ森女子学園で、父兄を相手にしてるイメージで接客しているだけ。
いつもみたいに自分の本心なんて棚上げして、いつも通り相手に喜ばれる対応を試みている。
ほぼ普段通りの自分なのだけど、そんな私にお客さんは快い反応を返してくれている。
こんな、受け入れてもらいたいが為だけにしている、いつもの偽善で空虚な私が。
ここではそんな私こそがふさわしいんじゃないかと思うくらいに喜ばれている、ように感じる。
だから、やっぱりこういう仕事は私に向いてるのだと思う。
バイトの応募をしたときはなんとなく自信があるくらいで確信はなかった。
でもやっぱり間違ってなかったんだって思えて、心が活気づいたように気分が良くなる。
それに接客だけじゃなくて、オーダー取りや提供等の業務だって特にミスしてない。
知花先輩はフォローするなんて言ってたけどその必要もないかもしれない。
むしろこのまま上手くいけばみんなから頼りにされて、良い関係を築くきっかけになるかも、なんて想像しちゃうくらい余裕があった。
(そう考えたらモチベーション上がるなぁ……。うん、この調子で頑張ろう!)
今度はバッシングだ。空いた皿をトレンチに重ね、落とさないよう両手で縁を掴んでデシャップ(キッチンとやり取りするスペース)へ向かおうとする。
と、横から美月ちゃんに優しい声で話しかけられた。
「夏八木さん。今日が初めてなんて思えないくらい立派なお給仕ね」
「ありがとう綾小路さん。でも私なんてまだまだ至らないところばかりよ」
自己紹介のときみたいに柔和な微笑みの美月ちゃんに合わせるよう、私も設定を思い出しながら振る舞う。
この子は同じ2年生だから同級生の体で話さなきゃ。
そういえばタイの色が私と同じ赤色だった。なるほど、ここで学年が分かるようにしてるんだ。
ついでに新人とはいえ私は
いつものような口調も良くないと思って、話し口調を調整している。
「そんなことはないわ。あなたは良くやっている。でも、確かに惜しいところがあるのも事実ね」
「えっ、私、何か間違ったことを……」
「ここよ、トレンチの持ち方——正しくは片手で下からこう持つの」
彼女は目の前まで近寄って来て、私の片手を優しく握りトレンチ中央の裏側へ移動させた。
こんな距離の近いやり取りをすると思ってなかった私は動揺してしまうけど、それでもなんとか口を動かす。
「あ、ありがとう、綾小路さん……こんなことも知らずにお給仕してたなんて、恥ずかしい……」
「誰でも最初はそうだからあまり気にしないで頂戴? 少しずつ覚えていけばいいわ」
16歳にしては立派過ぎる胸の前で両手を合わせて、ニッコリ笑顔で気遣う美月ちゃん。
営業前に挨拶したときのお堅いイメージからは想像もできない振る舞いに、逆に戸惑っていた。
いや、第一印象にちょうど一周回って戻ってきてはいるのだけど。
(コロコロ印象の変わる子だなぁ。まぁさっき見た真面目キャラが本質なんだろうけど)
「お、お二人の絡み……うつくしい!」
「綾小路さんと夏八木さんの2年生コンビ! アリです、アリまくりです!」
「ちょっと! それは認めるけど綾小路さんにはあの人がいるしょ!? ……でも確かに、この組み合わせも素敵!」
私たちのやりとりは、何故かお客さんには大変ウケるシーンだったらしい。
なんなら私が自己紹介したとき以上の盛り上がりに私は理解が追いついてなかった。
おかしい。いや、私の感覚がおかしいんだろうか。
(メイドカフェのイメージだけど、お客さんって店員と直接絡むことが一番の目的じゃないの? どうして店員同士の絡みでこんなに盛り上がるの?)
なんだか私とお客さんとで、求められているサービス像にズレを感じる。
(……とりあえず、一旦他のサロン係たちの様子を見ることに集中しよう)
私は仕事が落ち着いた頃に、サロン全体を観察できるよう部屋の隅っこに目立たないよう陣取った。
そのうち、陽芽ちゃんが美月ちゃんにトコトコと寄って可愛いらしい笑顔で話しかけた。
「お姉さま、早速夏八木さんにお給仕を教えていて、流石ですね!」
「これくらい大したことではないわ、陽芽。あなたも下級生だけどサロンでは先輩なのだから、これまで以上にしっかりしてもらわないと姉である私も困るのよ?」
「うっ……が、頑張りますから! 私にもお給仕教えてください、お姉さま♪」
「ふふっ、相変わらずやる気があっていいことよ、陽芽」
小柄な陽芽ちゃんが上目遣いで甘えるように振る舞い、美月ちゃんは陽芽ちゃんの頭を撫でる。
どうやらこの2人も設定上の姉妹ということは分かった。そして——
「はぁ〜! 10月になってこれから寒くなっていくはずなのに、まだまだお熱い姉妹です!」
「相変わらず白鷺さんと綾小路さんの姉妹は仲睦まじいですね〜!」
「いえ、仲睦まじい姉妹ならもう1組いますよ! 今まさにとびきりホットな姉妹が!」
やはりお客さんはこのやり取りにも大喜びだった。いや、さっきより熱のある湧き具合な気もする。
(なんというか……萌え系路線の店じゃなくても、見てるこっちが恥ずかしいようなことするんだなぁ)
けど、こんなやりとりをするのは2人だけではなかった。
客の歓声が落ち着いたころに、サロンの奥の窓際に腰掛け本を読んでいる知花先輩が近くにいた果乃子ちゃんに話しかける。
「頼もしい2年生が加わって、ますます私のすることがなくなって来たわね。これはもう私がサロンからいなくなっても問題ないかしら、果乃子?」
「……それは冗談ですよね、お姉様?」
「ふふ、勿論よ。あなたがどんな反応するのか気になって、ついからかってしまったの」
「……だと思いました。相変わらずお戯れが好きですね」
「そうね、特に貴女と戯れてる時間が私は一番好きなの。だから当分サロンを離れないわ。——果乃子、あなたの傍からも、ね」
「……別に、そういう話はしてませんっ……」
先輩は最後のセリフあたりから本を手放し、セリフ通り果乃子ちゃんに密着して寄り添う。
果乃子ちゃんは恥ずかしそうな表情でされるがままって感じだった。
(……そもそも営業中に本読んでていいの?)
仕事中にサボったり、姉妹ペアにキザっぽく絡んだり。
営業中だとこんな奇抜なキャラしてるんだ。せっかくあんなに美人なのに。
「これ、これよ! ブルーメ姉妹の奥ゆかしい絡みが今日も見れて幸せだわ!」
「妹への愛を大胆に伝える橘さんと、そんな姉に恥ずかしがりながらも受け入れる雨宮さん……耽美です!」
「この前もお二人で素晴らしい演劇をなさっていて、特に最後なんて……あぁ、雨宮さんと橘さんの絆が尊いです!」
どうやら先輩のキャラもやり取りもいつものことらしく、先ほどの二人に負けず劣らずの歓声だった。
ついていきづらいところもあるけど、お客さんが求めてるものが分かってきた。
要はお客さんとではなく、この人たちと私の仲睦ましいところを見せるのが一番ウケるらしい。
(営業前あんな調子だったあの4人と? 演技でもここまでのやりとりを?)
色んな意味でハードルの高さを思い知る。あそこまで仲良くなれるだろうか。
それぞれに話しかけたときのことを思い返すと、とても想像できない。
(でも。もしこれが出来るくらい仲良くなれれば、きっと私はここで必要とされる存在になれる、ってことだよね。お客さんにも、バイト仲間たちからも必要とされるサロン係として)
ここを私の望む場所にするためには、どうやら必要なことらしい。
道はかなり険しそうだけど、不可能でもないはず。
営業前こそ距離を感じる人ばかりだったけど、今の振る舞いを見てるとやっぱり『演技でお客さんを喜ばせる人たち』だったから。
みんな、お客さんにウケるように大なり小なり小芝居をしている。さっき話したときはそんなキャラじゃなかったのに。
サロン係として、本音を別にして嘘で振る舞っているんだ。
それならきっと、みんな私と似たところがあるってことなんだろう。
だからいつか仲良くなれるし、きっとここは私にとって大切な居場所になれる、はず。
このお店への期待は、たぶんそこまで的外れじゃなかった、はず。
今回こそ、私は間違えてない、はず。
(大丈夫、まだ始まったばかりなんだから……)
そんな内心を微塵も出さないよう、私は微笑みを保って立っている。
気づけば指で爪をこするように弄っていた。