もしもMyGoのそよが百合営業カフェでバイトを始めたら   作:りょーへい

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37. 私にとってのリーベ 【一日目】

37裏. 肥やしを見出す 

 

「ごきげんよう。ようこそリーベ女学園へ」

 

 営業が始まってから、私は店の入り口で受付業務を担当していた。

 来店したお客さんへの対応を済ませ、ベルを鳴らして席へ案内してくれる人を呼ぶ。

 この店では入店したお客さんの受付をする人と、そこから引き継いで席に案内する人とのやりとりでさえ喜ぶお客さんは結構いる。奇特なことに。

 そういう需要があるためか、受付担当と近しい関係にある人が案内を担当することが多い。

 つまり私の場合なら、姉妹である純加さんか。

 もしくは今みたいに、ひめちゃんが当てはまる。

 

「果乃子、こちらのお客様をお席にご案内するね!」

「うん。よろしくね、ひめちゃん」

 

 初めて受付業務をしたときから3か月以上も経つから、今ではあの頃よりも余裕を持ってやれてる。

 ひめちゃんと話す機会も増えるから、どちらかと言えば好きな仕事だ。

 

(普段は姉妹のしがらみもあるから、あんまりひめちゃんに絡みづらいときもあるし)

 

 本当に話したいときはひめちゃんの仕事を助ける名目で強引にでも話しかけるから、正直些細なしがらみだけど。

 

「ふぅ……」

「雨宮さん。受付変わるわね」

「……お願いします」

 

 お客さんが途切れた隙に一息つくと、矢野さんが交代を申し出てきた。

 特に断る理由もないので素直に譲る。

 譲った後にふと思った。

 

(いつもは休憩のタイミングで交代するのに……なんか変だな)

 

 まだ私の休憩時間じゃないのに交代したことへ疑問を覚える。

 まるで代わりたかったから代わったかのようだ。

 合理性を生真面目に重んじる彼女らしくなさの原因は、サロンに行くとすぐに察した。

 受付までは届かない声量で話している、夏八木さんとひめちゃんの会話のおかげで。

 

「白鷺さん。さっきは綾小路さんにちょっと素っ気なかったけれど。彼女と何かあったの?」

「……夏八木さんの気のせいだと思いますよ? そんな態度とったつもりなかったですし、いつも通りお姉様と仲良しでしたよ?」

「そう? その割にさっき受付に向かった彼女は寂しそうな顔をしていたけれど」

「……それも、気のせいだと思いますよ?」

「それはないわ。彼女とはサロン係になってからとても親しくなったから、ああいう表情にも確信を持って気付くようになったの」

「……()()お姉さまと、仲が良くして頂いてるみたいで嬉しいです!」

 

 笑顔で一部を強調しつつ相槌を打つひめちゃんは、いつも通り完璧な外面だったけど。

 私には分かる。あれは絶対内心穏やかじゃない。

 それを知ってか知らずか。夏八木さんもいつも通り穏やかな微笑みを絶やさず話す。

 

「まぁ……それでも、綾小路さんが一番大切にしてる人との仲には敵わないかしら」

「えっ?」

「あら、あなたのことを言ってるのよ? 彼女、いつも隙あらばあなたの話をしているの。そのあなた以外に意中の人がいるなんて、なかなか考えられないわ」

「い、意中って……お姉さまは私を妹として大切にしてくださってるだけですよ?」

「大切なのはそこじゃないわ。あなたを心の底から、一番大事に想ってるということ、でしょう?」

「……本当にそうなら、嬉しいですけど」

 

 ついに顔を赤らめて恥ずかしさを隠し切れなくなったひめちゃん。

 

(……余計なことを……)

 

 と思ったけど、ひめちゃんが矢野さんとの仲をこじらせると厄介なことになる傾向がある。

 全く面白い気分じゃないけど、いつも通りのひめちゃんに戻るなら新しいお節介焼きに怒りをぶつけるのは勘弁してあげよう。

 ……いや、元々はあの人が矢野さんに変な絡み方したからこうなったんだし、むしろ当然の責務だよ。

 

(……そういえば、前までこういう役周りは純加さんがやってたな。あの人はもっとからかうみたいにするけど)

 

 そこで店の入り口の方からチーン、という甲高い音が聞こえてきた。案内の合図だ。

 まるで図ったようなタイミングに、夏八木さんはクスッと笑いを零しながら白々しくひめちゃんに振る。

 

「受付のベルが鳴ったわね、白鷺さん?」

「……私、ご案内に行きますね」

「ふふっ、いってらっしゃい」

 

 入って半月ほどなのに、ひめちゃん相手に面倒見のいい上級生らしく主導権を握る夏八木さんは本当に優秀な人だと思わざる得ない。

 気遣い上手で、人当たりがよく仕事もこなす。

 完璧すぎて同い年の先輩として複雑に思うけど、前の一件で彼女にやっかむことがなくなった今の私は、頼もしいという思いの方が大きかった。

 

(実際、私じゃここまでスマートにひめちゃんの機嫌を直せる自信ないし……)

 

 なんとなく、純加さんの方を見る。

 ひねくれた予想が外れて欲しかったけど、そうはならなかった。

 純加さんはサロンの中心にいた夏八木さんに向かって歩き、そのまますれ違うときにさりげなく彼女へウィンクを送っていた。

 夏八木さんも笑顔で応えて、ひめちゃんの後を追うように受付へ向かう純加さんの背中を見送る。

 

 まるで通じ合ってるようなアイコンタクトを見て、ギザギザと胸が軋む。私たちだけの特別に亀裂が入って損なわれるようで、耐え難いし認められない。

 けど、どうしてそうなるのかを考えたら酷い自己矛盾に陥る気がしたから。

 結局、無理やりさっきの光景をなかったことにして自分を守った。

 

「お姉さま! ご案内は私に任せてください♪」

「陽芽……えぇ、お願いね」

「綾小路さん。受付を変わるから、あなたも給仕してもらえるかしら」

「はい。……その、気を遣ってくださってありがとうございます、橘様」

「えぇ。素直に受け取っておくわ」

 

 ホールと通路を分ける仕切りから会話だけ聞こえてくる。

 夏八木さんの橋渡しを、純加さんがフォローしていた。

 空気を読めない矢野さんでも分かるレベルで2人の仲直りがお膳立てされる。

 受付からサロンへ戻ってきたひめちゃんと矢野さん。ひめちゃんから話を切りだした。

 

「お姉さま、その……さっきは、ごめんなさい!」

「いいのよ、陽芽。こうしていつものあなたに戻ってくれたのだから」

「……お姉さまは、やっぱり優しいですね!」

「あなたほどじゃないわ。私は、陽芽の優しさに何度も救われてきたのだから……」

「それこそ、私の台詞です。いつもありがとうございます、お姉さま!」

「陽芽……」

 

 そこまで話して、お決まりのハグをするをする……かと思ったら、矢野さんはひめちゃんの手を両手で包むように握るだけだった。

 

「素直で優しいあなたが好きよ、陽芽」

「…………はぃ……」

 

 

 目を閉じ微笑みながら、噛みしめるように直球過ぎる暴言を吐く矢野さん。

 ひめちゃんはというと、耳まで真っ赤にして俯いてしまった。

 このオチを待っていたかのように、お客さんが毎度のように騒ぎ出した。

 

「いつも仲睦まじい2人もいいですけど、ぎくしゃくしてから仲直りする2人の尊さはもはや暴力的ですね!!」

「えぇ、えぇ! 半年近く見守ってる身としては感慨深いものがありますね……!」

「そ、それはどういう意味ですか!? 最近通い始めたにわかにご教授ください!」

「実はあのお2人のことで妙な噂が流れたことがあったんですけど、そのときも感動極まるやりとりをされてですね……!」

 

「……はぁ」

 

 お客さんの騒ぎに毒気を抜かされ、溜まっていたモヤモヤを溜息と共に吐き出す。

 もう終わりよければ全て良しってことにしよう。

 あの2人のイチャイチャなんていつものことなんだから、気にしても仕方ないんだ。

 

 チーン!

 

 また受付のベルが鳴る。

 そういえば今の受付は純加さんなんだっけ。

 

(…………なんか、いつもの私らしくないこと考えてるな)

 

 ベルに反応して受付に向かおうとする夏八木さんに声をかける。

 

「夏八木さん。ご案内なら私が行きますから」

「………………そう? ならお願いするわね」

「はい」

 

 お客さんの騒ぎで聞こえずらかったのか、反応にちょっと間があった夏八木さんがあっさり引き下がる。

 彼女の横を通って受付に向かった。

 

「果乃子。ご案内お願いできるかしら?」

「分かりました、お姉様」

 

 珍しく私から純加さんに関わりにいったのは、ただの気まぐれ。……じゃなくて、受付の人に近しい立場の人が案内をするべきだから。

 別に、あの2人の小芝居で不愉快になった気持ちを紛らわすために、この人に会いたかったわけじゃない。

 ()()()このやりとりだけで私は十分だったのに、純加さんは余計な茶々を入れてきた。

 

「でも珍しいわね。あなたがわざわざ呼び止めてまでご案内を代わるなんて」

「……何か勘違いされてるようですが、そんなことしてません」

「私の可愛い妹がそこまで断言するなら、そういうことにしてあげるわ」

 

 受付から私の呼び止めが見えただろうに意地を張ってしまった。

 そんな恰好つかない私に不敵な笑みで姉らしい余裕たっぷりの純加さんに、ムカッとする。

 

(これじゃ私が純加さんに会いたかったみたいに見られちゃう……私のこと好きなのはそっちのくせに)

 

 流石にそんなこと言えないので、黙ってお姉様に背を向けご案内に移る。

 けどお客さんも私達のやりとりに妙に色目きだっていて、居心地悪い私は早く案内を終らせることに集中した。

 

(まったく……姉妹なんて、煩わしいことばっかりだよ)

 

 だからといって案内を請け負ったことに後悔してるかと言われたら不思議とそうでもない。

 さっきまで荒んでいた心も、たったあれだけのやりとりで落ち着きを取り戻していた。

 結局純加さんとのああいうやりとりも、本気で嫌がってはいないんだろう。

 

(まぁ、恋愛のじゃないけど。私も純加さんのこと好きだから。おかしいことじゃないよね)

 

 その後、営業終了までいつも通りのリーベの日常が繰り広げられていた。

 好きな人がいて、恋敵がいて、色々複雑に思う新人がいて、大切な姉がいる。

 それが私にとっての、カフェ・リーベ。

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