もしもMyGoのそよが百合営業カフェでバイトを始めたら   作:りょーへい

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39. いつもと違う彼女 【二日目】

39裏. 水やり 

 

 10月17日 火曜

 

「も、申し訳ございませんっ!」

 

 営業中のサロンに焦ったような声が響いた。

 何事かと思って声の方を向くと、矢野さんがお客さんに頭を下げている。

 

「い、いえ! 少し零れたぐらいですし、そんなに気になさらなくて大丈夫ですから……!」

「……すぐにテーブルをお拭きしますので、少々お待ちください……」

 

 どうやら矢野さんが紅茶を注ぎ過ぎてカップから溢れさせたらしい。

 テーブルに水たまりが広がった程度で、お客さんの服にかかったほどの大事ではないけど、彼女らしくないミスだった。

 なんとなく、7月に色々あったころの矢野さんを思い出す。

 事態に気付いたひめちゃんがすかさず矢野さんのフォローに駆け寄った。

 

「お姉さま! 私も手伝いま——」

「——必要ないわ」

 

 冷たい拒絶の声色に私ですら耳を疑った。

 昨日までひめちゃんといつも通りに接していた矢野さんからは考えられない反応だった。

 もちろん一番戸惑ってるのはひめちゃんだ。

 

「……え?」

「あ……いえ、私のミスだし、1人で十分だから大丈夫よ? だから陽芽は心配しないで?」

「そ……そうですか?」

 

 矢野さんはすぐにぎこちないけど笑顔になって、ひめちゃんに優しく言い直した。

 思えば営業前から変だった気がする。ひめちゃんと挨拶したときも、どこかよそよそしく感じたから。

 そのときは矢野さんも掃除してたりしてたから、間が悪かったのかな、程度にしか思ってなかったけど。

 こうも不自然が続くと流石に見過ごせない。

 矢野さんのことはどうでもいいのだけど、矢野さんに何かあったら大体ひめちゃんにおかしな影響が及ぶ。

 もし悩んでるなら、周りのためにさっさと解決して欲しい。

 

(って言っても、ひめちゃんが心配して動くだろうから私は放っておくかな)

 

「お姉さま。今日はなんだか元気がありませんね?」

「……そんなことはないわ。さっきの失敗の後で言っても説得力に欠けてしまうけれど、私自身にはなにも問題ないのよ?」

 

 思った通り、タイミングを計ってひめちゃんが再度矢野さんに話しかける。

 でもやはりというか、浮かない顔なままの矢野さんだった。

 

「……私は、いつでもお姉さまの力になりたいので……いつでも頼ってくださいね!」

 

 はぐらかす矢野さんにひめちゃんもこれ以上言っても仕方ないと判断してか、いつもの姉妹な小芝居のオチに持っていこうとする。

 ここから矢野さんも仲睦まじい振る舞いをする、とサロンにいる誰もが思っていた。

 

「……ありがとう陽芽。あなたに心配されないように、改めて頑張るわね」

「あ……お姉さま?」

 

 抱きしめるどころか、頭をなでたり手を握ることもなく。

 弱々しく微笑む矢野さんは距離をとったままひめちゃんから離れて行った。

 空気が読めなかった、とかじゃない。

 今まで彼女はこういうお約束に応えてきたから。

 

 (今のは明らかにおかしい。ひめちゃんを避けてるみたいに……)

 

 予想外の行動にひめちゃんもお客さんも驚き固まって、サロンの空気はしんと重苦しくなった。

 

「ちょ、ちょっと! 綾小路さんどうしちゃったのよ!?」

「そんなのこっちが聞きたいわよ!」

「なんだかバースデーイベントの頃を思い出しちゃいますね……」

 

 お客さんの間にも動揺が広まってる。かなりまずい状況だった。

 

 矢野さんはそのままバックヤードに向かって行った。

 ちょうど彼女の休憩時間が迫っていたから問題はないのだけど、もし本当にひめちゃんを避けたがってるならこのままでは何も解決しない。

 

「私、お姉さまの様子を見てきますね!」

 

 お客さんにもバレバレな状況だから、ひめちゃんは隠すこともなくむしろアピールするようにはっきり宣言する。

 でもそこに待ったをかける人物がいた。

 

「白鷺さん。それは私に任せてもらえる?」

「夏八木さん? どうして……」

 

 (ぎくしゃくしちゃったひめちゃんが裏で矢野さんと話して不和を解消するべきなのに。わざわざどうして割り込むような真似を……?)

 

 夏八木さんは入って日が浅い割に、スマートに動く人だと思ってた。

 必要なときに必要な分動いて、でも余計な行動で周りの邪魔することはない。くだらないからかい以外はこういうイメージだった。

 だから今のでしゃばりな言動を不自然にしか思えない。

 何か考えがあるみたいだけど、私は信頼よりも疑いの方が強かった。

 

「昨日までは綾小路さんもいつも通りだったでしょう? なのに今日急に態度が変わった。もしかしたら何か事情があるのかもしれないわ」

「だから、それを妹である私が聞きに行こうと……」

「——確かに、彼女に一番近しいのはあなたよ、白鷺さん。だからこそ、あなたには言いづらいこともあると思うの。もしあなたに素直に話せることなら既にしてるんじゃないかしら?」

「そうかもしれないですけど……」

「そうね。さっきあなたは綾小路さんの力になりたいって言っていたし、待ってるだけというのが歯がゆいのは分かるわ」

 

 もっともらしいことを言い、ひめちゃんの心情にも寄り添う。

 そうして夏八木さんは、完全に主導権を握っていた。

 こんな突然の事態でも上手く口が回るものだと感心さてしまう。

 

「でも、近すぎる距離がかえって逆効果を招くこともあるわ。だから話を聞くだけなら、まずは私に任せて頂戴? そのあと彼女を助ける役目は、私以上にふさわしい妹に託すから」

「……そこまでいうなら……お姉さまを、お願いします」

 

 ついにひめちゃんが折れた。

 ひめちゃんも頑固なところがあるから普通こうはならないのに。

 

(よくもまぁ、ひめちゃん相手に説得できたなこの人……)

 

 ちらっと、サロンの奥で腰掛けてる純加さんを見る。

 いつものように()()()()()()()()()()()()()()の見守り役は、すぐこちらの視線に気づいて目が合った。

 私の姉は困ったような顔で微笑む。とりあえず成り行きを見守るつもりだろうか。

 

(……確かに、どっちが行こうが私たちにできることはないか)

 

 と思っていたら、バックヤードに向かう夏八木さんが私とすれ違いざまに小声で耳打ちしてきた。

 

「——果乃子ちゃん。陽芽ちゃんを元気づけてあげて? 美月ちゃんのところに行ってあげれなかったことを気に病んでるだろうから」

「え……」

「陽芽ちゃんに寄り添うのは、果乃子ちゃんが一番適任でしょ?」

「……分かりました……」

 

 私の返事に満足したのかにっこり笑って再び歩き出した夏八木さん。

 単純な出しゃばりなら、他人を頼ってこんな細かいところまでカバーしようとしないだろう。

 本当に2人のためを思っての行動だったんだ。

 

(純粋にみんなのために動いてる人に、なんて浅はかな疑いかけてたんだろう……恥ずかしい……)

 

 確かに、今のひめちゃんに精神的なフォローは必要だと思う。

 それを教えてくれて、その機会をくれた夏八木さんに感謝しつつひめちゃんに近寄って声をかけた。

 

「ひめちゃん。きっと上手くいくよ。だから元気だして? 戻って来たときに笑顔で迎えてあげよう?」

「果乃子……そうだね。ありがと果乃子!」

 

 私の励ましに、ひめちゃんの笑顔が戻った。

 私がひめちゃんの心を元気づけられたことが嬉しくて、私も満面の笑みをひめちゃんに返した。

 

 

 

 

 

「あ~! 姉妹だけでなく同級生どうしの絆も盤石なんて……ここには尊い組み合わせが尽きませんね!」

「私は前から白鷺さん雨宮さんの1年生コンビを推してましたので!!」

「ここぞとばかりに主張するじゃないですか……でも確かに、彼女たちからは仲が良いというか、厚い信頼関係を感じますね。今後も要チェックです!」

 

「……………………」

 

 来校者たちの歓声の中、大事な友達と笑顔を交わしている女の子は気づかない。

 自分の姉妹ペアから熱視線を送られてることに。

 その視線の熱は女の子に見惚れてるからではなく。

 彼女が()()()()()()()()、離れて行ってしまいそうな予感からのものだった。

 

 女の子に守ってもらった片思いを続けるために。

 芽生え始めた不安に、姉は1人静かに抗っていた。

 自分には向けられない女の子の笑顔を、遠くから見つめたまま。

 




*後書き*

 なぜ純加が営業中サロンを見守る体裁として、読書の振りをしてるかって?
「その方が、知的な先輩に見えるでしょ?」
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