もしもMyGoのそよが百合営業カフェでバイトを始めたら 作:りょーへい
40裏. 丹精込めて愛情を注ぐ
矢野さんを追って夏八木さんがバックヤードに行ってからしばらくして、2人が戻って来た。
矢野さんの表情はさっきより柔和なものに戻っていたから、上手くいったんだろうとひとまず安心する。
「陽芽……さっきはごめんなさい。避けるようなことをしてしまって」
「えっと……本当に避けてたんですね。でも何かあったんですか?」
頑なに誤魔化していたさっきとは対照的に、開き直り過ぎてる矢野さん。
相変わらず振り切りがちな彼女に肝を冷やす。あ、純加さんの顔も引きつってる。
「今日、道で迷ってらしたおば様に、道を尋ねられてね」
「? はい……」
「教えて差し上げたらとても感謝してくださったみたいで、すごく近い距離でお礼を言ってくださったの」
「???」
「それで、そのおばさまはかなり刺激的な香水をつけてらっしゃって」
「う……そ、そうだったんですね」
「密着するくらいの距離で長い間話したから、私に移ってしまったかもって思ってしまったの」
矢野さんが一区切り話し終えたことでサロン中がしん、とする。
たぶんみんな思ってることは一緒だと直感した。
「……お姉さま? まさかとは思いますが……それだけ、ですか? そのことを気にしていただけ……?」
「えっ……その、もしあなたに嗅がれたらと思うと怖かったの。……陽芽に嫌われるなんて、私は嫌だから……」
「そんなわけないッ……でしょう? お姉さま、確かに匂いが気になるのは分かりますけど、過剰に考え過ぎですよ!」
「だから、それは反省してるわ。本当にごめんなさい……」
「………………はぁ~」
矢野さんと夏八木さん以外の人全員で溜息が重なる。溜息がサロンいっぱいに響くなんてよっぽどだ。
私達サロン係は呆れ、一方お客さんは安堵と意味合いは分かれてそうだけど。
「ご、ご来校の皆様にもご心配をおかけして大変申し訳なく……」
「——美月ちゃん。その前に、やることがあるんじゃない? それで来校者様も安心されると思うよ?」
お客さんに謝る矢野さんに夏八木さんがまた『リーベ的においしい』助け船を出してきた。
みなまで言うまでもなく、仲直りの小芝居のことだろう。
いつものことのはずなのに矢野さんはどうしてか躊躇ってる様子に見えたけど、意を決したような顔でひめちゃんに向き直る。
「陽芽。その……変な匂いしないか、確かめて欲しいのだけど……」
「何でそんな恥ずかしい言い方したんですか!? 普通に仲直りでいいじゃないですか! もう……」
何故そんないかがわしい言い方をしたのか私には全く理解できないけど。
ひめちゃん
「……ここまで近づいても、変な匂いしませんよ? いつものお姉さまの匂いです」
「い、いつものってどんな匂いよっ!? ……で、でも、それならよかったわ」
(私は何を見せられてるんだろう……)
2人が抱き合う光景は飽きるほど見てきたのに、今日のは特別意味が分からなかった。
もはや脳が考えることを拒否し始めるほど、どっと疲れが押し寄せてきたけど、お客さんは元気だった。
「こ、これはなんというか……新しいですね!」
「いいんですよね? これはセーフラインですよね? 素直に楽しんでいいんですよね!?」
「なんというか……今日はいけない楽しみを覚えてしまいました……」
お客さんの歓声を聞いて、これだけは声を大にして言いたかった。
(こんな絡みは金輪際ありませんから! 妙な期待しないでくださいね!)
と、口に出せればよかったのだけど。
そんな度胸もないから、せめて心の中で叫んでおいた。
「本日はお騒がせして申し訳ございません。どうかお気をつけてお帰りください」
「いえ! 最後には魅惑的すぎる絡みも見れましたし。私たちはむしろ満足です!」
「……お気遣い、痛み入ります。それでは、ごきげんよう」
矢野さんと純加さんが最後のお客さんをお見送りする。
扉が閉まって、店にお客さんがいなくなってから。
盛大な溜息が3つ吐かれた。
「そ、そんなに大きなため息つかなくてもいいじゃない!」
「つきたくもなるよ! あんなしょうもない理由であからさまに避けたりして! 矢野がバックヤードに逃げたあとどんな空気だったか知らないでしょ!」
「矢野ちゃーん……さすがに今回のは勘弁してよー……。そよちゃんが上手く誘導して、終わりよければなんとやらに持ち込んだけどさー」
「うぅ……」
ひめちゃんが盛大に責め立て、珍しく純加さんも苦言を呈する。
そこに溜息をつかなかった今回の功労者である夏八木さんが庇いたてした。
「でも、匂いって自分じゃ気づかないこともあるじゃないですか~。もし大事な人に臭いって思われそうだったら、怖くなりません?」
「…………」
そこまで聞いて2人は共感できるところがあるのか、腕を組んで黙り込む。
「まぁ……今日は矢野の運がなかったみたいだね……どんまい!」
「そうだね。香水がきつくても簡単には人に移らないことが分かっただけでもプラスなんじゃない? いやーあたしも勉強になったなー」
「純加さん達、急に手のひら返して……私が悪かったのでいいんですけど」
(それは本当だよ)
私も心の中で突っ込んでおいた。
今更だけど、必要に迫られてない限り私から矢野さんに話しかけることは今もない。
あとはもう片付けるだけなので、バカみたいな話で神経すり減らされた私たちは手早く済ませた。
みんなと一緒にバックヤードに戻った私は、空いた更衣室に入って着替え始める。
着替えの最中に聞こえてきた話し声が、何故だか耳についた。
「純加さん。私最近サロンで活躍できてると思うんですけど、どうでしょうか?」
「いやーホント、昨日も思ったけどさ! リーベに打ち解けてからそよちゃんはすっごいね! 頼りになるよー!」
「本当ですか!? 嬉しいです♪」
その言葉にウソがないことは、弾けるような声色で十分過ぎるほど伝わってきた。
(外面じゃなくて本当に嬉しそうだな。こんなに感情出してるところあんまり見ないけど……もしかして純加さん相手だから、とか?)
なんて勘繰ったけど、営業中彼女を変に疑った後ろめたさが私の考えを改めさせる。
たぶん褒めてもらったことより、みんなの仲を守れてることが嬉しいんだと思う。
その裏付けじゃないけど、なんとなく少し前のことを思い出した。
まだ彼女と微妙な関係だった頃、営業前のサロンで少しは和解したときのことだ。
なぜみんなと仲良くなろうとしたのかと聞いた時、夏八木さんはこう返してきた。
『みんなと仲良くなれたらそれで十分なんだ。それだけで満たされると思うから……』
あのときは彼女の言ってることが曖昧過ぎて正直良く分からなかったけど、必死な様子から嘘をついてるようには思えなかった。
彼女をそこまで必死にさせるものが、ポジティブなものだけじゃない気がしたのだけど。
(あのときの表情や雰囲気から、何か暗いものを感じたけど……。きっかけがなんだろうと、仲の良い人間関係が夏八木さんにとって純粋に大事なんだろうな)
そう考えると、なんとなく理解できなくもない。
私はそんなことないけど、同じような人が近くにいるから。
「ありがとうねそよちゃん。これからも期待してるよ」
「純加さん……えへへ。嬉しいですけど、頭なでられるのはくすぐったくて恥ずかしいですよ〜♪」
会話の他にも親密なやりとりをしてるらしい。
純加さんは元々距離が近くてボディタッチの多い人だというのはよく分かっている。
誰にでも距離が近くて馴れ馴れしいことなんて、とっくに分かっているのに。
(……………………でもまぁ…………確かに。確かに、今回は夏八木さんのおかげで丸く収まったんだし。リーベ大好きな純加さんも褒めてあげたいよね……)
ひめちゃんをあんまり待たせないように、とわざわざ意識して。
随分仲の良さそうな2人の会話を聞き流しながら、素早く着替えることに集中した。
「お疲れ様です」
「ごきげんよう、2人とも」
「ごきげんよー、果乃子ちゃん、ひめちゃん」
バタン
「2人とも帰っちゃいましたね」
「そよちゃんはまだ帰らなくていいの?」
「ちょっと、純加さんと話したいことがあって……」
「ん? なになに?」
「営業中にお客さんから聞いたんですけど。私と美月ちゃんがバックヤードで話してる間、果乃子ちゃんが陽芽ちゃんを励ましたらしいですね」
「あぁ……そうだね」
「陽芽ちゃんを元気づけて、果乃子ちゃんも凄く良い笑顔だったって聞いたんです。なんか、内向的な果乃子ちゃんが人前でそんなことするの意外だなーって思ったんです。やっぱり陽芽ちゃんのことになると違うんでしょうか?」
「……確かに果乃子ちゃんは恥ずかしがり屋だから普段そんなことしないけど、やるときはやる子なんだよ? 流石あたしの妹!」
「……そうですね。でも果乃子ちゃんの笑うところなんてほとんど見たことないから私も見たかったなー。やっぱり陽芽ちゃんの前でしか笑わないのかな~? 純加さんは——」
「——なんか、最近よく果乃子ちゃんの話するね」
「えっ?」
「確か昨日もしてたでしょ? 果乃子ちゃんとひめちゃんがどうのって」
「そういえばそうでしたね。やっぱり私が一番慕っている先輩の、妹ですから。つい意識が向いちゃうみたいです」
「えっと……もしかしなくても、あたしのこと?」
「そうですよ? 嫌でしたか?」
「い、嫌なわけないって! いきなり面と向かって言われてビックリしただけだって」
「よかったです。私、純加さんと話してると自然と笑顔になっちゃうんですよ? あ、もしかして果乃子ちゃんもこういう気持ちなのかな?」
「——え?」
「果乃子ちゃんも、陽芽ちゃんが大好きだから陽芽ちゃんにだけああいう笑顔を向けるのかなって思ったんです」
(……あぁ、そういえば。それだけは、ずっと胸に刺さったままだったな……)
「そう……かもね。2人は——特別な友達だからね」
「純加さんにはそういう人っていますか?」
「あたしには、ああいう親友みたいな友達はいないかなー」
「そうなんですね……それじゃ、私が純加さんの初めてに立候補しちゃいます!」
「は、初めてって……誤解しちゃいそうなこと言わないでよーそよちゃん!」
「ふふっごめんなさい。調子に乗り過ぎちゃいました♪」