もしもMyGoのそよが百合営業カフェでバイトを始めたら 作:りょーへい
41裏. 芽吹き
10月18日 水曜
蓋を開ければしょうもなかった騒動から1日経ち、営業中のリーベには平和な雰囲気が流れていた。
「お姉さま! 見ててくれましたか? 上手にお給仕できてましたよね?」
「そうね。よくできていたわ陽芽」
ひめちゃんと矢野さんもいつものように姉妹の小芝居をして、昨日のような不協和音が鳴る様子はなかった。
(というか、毎度のように喧嘩されても困るんだけどね)
ただでさえ4月からしょっちゅう騒がせてきた2人だ。
いい加減、せめて営業中くらいは面倒を起こさないようにして欲しい。
平穏な時間を噛みしめながら、至極当然のことを願った。
とはいえ、いつもと違う部分もある。
「相変わらず妹には甘々だね~、美月ちゃん?」
「もう、そういうそよさんはいっつもからかってきて……」
今日は矢野さんと夏八木さんがサロンで小芝居してるとこを良く見かけるのだ。
どうでもいい2人だから放っておくけど。
前から夏八木さんはなんとなく小芝居をしたがってる節があった。
だからなのか、設定上同学年で一番絡みやすい矢野さんに小芝居をしかけてるんだろう。
最近上手くいってることもあって、自信がついて積極的になってるのかもしれない。
見ている感じ、相手も悪くは思ってなさそうだし。
サロンでの見た目はどちらもおしとやかで優しいお姉さんキャラだ。
波長も合うんだろう。どうでもいいけど。
(……そのまま一番の友達以上まで仲良くなってくれても、いいんだけどなぁ)
まず間違いなくそんなことにはならない。
矢野さんがひめちゃん以外の誰かに、ひめちゃん以上の好意を持つことはありえないから。
彼女は恋愛として好きで、何度振られても隣にいれるほどの揺るがない好意で。
ひめちゃんも恋愛としては断りつつ、そんな矢野さんの好意を受け止めてる。
認めるのも癪だけど、2人の絆は幾度もの衝突の分強くて、他人が割りこめる余地なんて微塵もなかった。
「……お姉さま。2人でお給仕できて楽しいですね!」
「そうね……。私も、楽しいわ」
「キャーキャー!!」
その繋がりが壊されるほどの何かが起きない限り。
小芝居の比率がひめちゃんと夏八木さんとで並ぶことすらないんだろう。
「………のこ、果乃子?」
「……え、お姉様?」
「さっきから呼んでいたのよ? 私の声も耳に入らないくらい何に夢中だったのかしら?」
お客さんの歓声をBGMにひめちゃんと矢野さんの小芝居をボーっと見ていたら、いつのまにか純加さんが近くに寄ってきていた。
それにも気づかないくらい考えに耽ってしまっていたらしい。
「別に夢中というわけじゃ……少し気を抜いてしまっただけです」
「そう? ……たまには私の事だけに夢中になって欲しいのだけど」
「またそんな戯れをおっしゃって……」
「ふふっ、許して頂戴? それくらいあなたが……可愛いのだから」
「キャーキャー!!」
珍しく言い淀んで密着してくる純加さんから顔を逸らしつつ、流れに身を任せる。
恥ずかしい台詞を浴びせられて、それに耐えつつ反応を返して、お客さんには好き勝手騒がれて。
(入って半月程度でこんな面倒事によく積極的になれるな、夏八木さんは……)
空気を読んで相手は選びそうだけど。
万が一夏八木さんに巻き込まれそうになったときの躱し方を、シュミレートしておくべきかもしれない。
サロン係で一番小芝居に消極的だと自負する私は漠然とそんなことを思った。
ひめちゃんはいつも通り元気だと思っていたし。
矢野さんは昨日と違い、ひめちゃんと仲良しに戻ったと思っていた。
だからこのときの私は、吞気過ぎるし節穴だったと言わざる得なかった。
10月19日 木曜
今日も特に問題は起ってはいない。
(……あれ?)
昨日よりも、矢野さんと夏八木さんの絡みがさらに増えた気がする。
別にそれだけなら何も思わないのだけど。
(……その分ひめちゃんとの絡みが、減ってる?)
別にひめちゃんと全く絡んでないわけじゃない。
それでも総合的に見てひめちゃん半分、夏八木さん半分くらいの比率に見えた。
私にとってそれは違和感を抱くには十分過ぎる割合だ。
(あんなにひめちゃんのことが好きで大事だった矢野さんが? ひめちゃんとの絡みを削ってまで夏八木さんと?)
ひめちゃんの顔をさりげなく盗み見る。
基本可愛らしい外面だったけど、たまにその仮面が外れて表情を曇らせるときがあった。
言うまでもないけど、矢野さんと夏八木さんが小芝居して絡んでるのを見たときだ。
(きっとひめちゃんも気づいてる。矢野さんがひめちゃんより夏八木さんと絡むようになってきてることに)
ただの気まぐれか、それとも夏八木さんがしつこいだけか。
そういうことならいいのだけど。
見ている限り、矢野さんの方から夏八木さんに話しかけることも結構あったのでいよいよ変だった。
(一昨日といい、最近の矢野さんは何考えてんだろう……)
ひめちゃんを心配させるような行動を平気でとる矢野さんを、おかしな厄介者にしか思えなくなっていた。
「ねぇ、矢野。このあと時間ない? ちょっと話がしたいんだけど」
営業が終わって、バックヤード。
私達は着替え終わって帰る準備も整ったところだった。
でもひめちゃんがこう言い出すのは理解できるから、私は黙って見守った。
「……悪いけどまた今度にして。今日はもう帰らないと」
「そんなに時間取らせないから! いいでしょ!?」
矢野さんのひめちゃんから逃げるような態度に、ひめちゃんは焦りと必死さを声に滲ませる。
「………………」
(何をそんなに渋ることがあるの? そんなにひめちゃんと話したくないの?)
どうしてこんな反応なのか、本気で分からない。
矢野さんは苛ついてるような、もどかしいような感じで顔を歪ませ黙っている。
言いたいことでもあるならいつものように遠慮しなければいいのに、はっきり言わないなんて余計彼女らしくなかった。
もちろん、そんな彼女の様子はひめちゃんにも伝わっていた。
「……矢野! 言いたいことがあるなら言い合うって、私たちは……!」
ついに怒りを露わにしてぶつかるひめちゃんに、これまた絶妙なタイミングで仲裁が入る。
「ちょっと待って陽芽ちゃん」
「夏八木さん、今は邪魔しないで欲しいんだけど」
こういう剣呑な空気を嫌いそうな夏八木さんらしい行動だけど、今回はひめちゃんも退くつもりがなさそうだった。
怒った表情のまま夏八木さんへ向いてひめちゃんは話す。
「私たちは前に姉妹として約束をしたんだよ。だから、こればっかりは夏八木さんには関係ない話だから」
「ならどうし——」
「うん。私はそれがどんな約束なのか分からないけど、2人が話し合うべきってことには賛成なんだ」
「そよさん!?」
何か言いかけたところで裏切られたように驚愕する矢野さん。リアクションに忙しい人だ。
対してひめちゃんは毒気を抜かされたようにポカンと固まっていた。
「ならなんで止めたの?」
「それはね、まだ私たちがいたからだよ」
「私たち?」
「陽芽ちゃん。2人で話したいんでしょ? ならここで話しなよ。私たちはみんな出るからさ。純加さんも、果乃子ちゃんもいいでしょ?」
「そうだね……それで2人が話しやすくなるなら、いいよ!」
「……はい」
何勝手に話進めてるんだろう、とは思った。
でも概ね純加さんと同意見だったから、素直に従うことにする。
「美月ちゃん。心配しないで? あのね……」
ここで矢野さんへのフォローなのか、夏八木さんは耳元まで近く口を近づけて内緒話をし、矢野さんも受け入れるように耳を寄せた。
その距離の近い様子に、一旦落ち着いたと思ったひめちゃんの顔色はまた険しいものになる。
「果乃子、ゴメン。先に帰ってくれる?」
「……うん。また明日ね」
本当はひめちゃんが心配で待っていたかったけど、邪魔にしかならないと思った私は大人しく帰ることにした。
でも裏口の扉を開けて外に出る寸前。
「あっ、か——」
「純加さん。この後ってお時間あります? 実は話したいことがあったんです♪」
「——えっ、そよちゃん? ……うん……」
純加さんに呼びかけられた気がして振り返ると。
私の方を向いて口を開いていた純加さんに、夏八木さんがニコニコと声をかけていた。
純加さんは何故か私をチラッと伺ってから了承したから、結局なんだったのか分からない。
(純加さん、私に何か言いかけてなかった? あ、挨拶してなかったし、それがしたかっただけかな?)
呑気に挨拶できる空気じゃなかったし、挨拶しなかったぐらいでいちいち怒る純加さんでもないから私は扉を閉めて1人帰路につく。
(ひめちゃん。大丈夫かな? 明日話聞こう……)
とにかく気掛かりはそれだけだった。
明日いい報告が聞けることを祈りながら、またも1人っきりの帰りに寂しく思った。