もしもMyGoのそよが百合営業カフェでバイトを始めたら   作:りょーへい

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43. やがて少女は幻霧に迷う 【五日目】

43裏. 蜜のように甘い毒を害虫へ

 

 ひめちゃんたちがぎくしゃくした雰囲気のまま、営業が始まってしまった。

 といっても、ひめちゃんと矢野さんは昨日と同じ程度には絡んでいる。

 だからお客さんには怪しまれてないはず。

 でも相変わらず矢野さんは夏八木さんとも絡んでいた。

 心なしか、ひめちゃんとの絡みより心が籠ってるように見えなくもない。

 2人が絡んでる時ちらっとひめちゃんの顔を見ると、そう思ってるのが私だけじゃないことを痛感した。

 もはやいつもの外面スマイルも保ててないひめちゃんを見ていられない。

 

(……いつまでひめちゃんを悲しませれば気が済むんだろう、あの人は)

 

 そういえば営業前に妙な態度を取られたことを思い出して、今度は腹が立ってきた。

 なんでひめちゃんはこんな人をまだ見放さないんだろう。

 

「——果乃子。休憩行ってくるよ」

「うん、いってらっしゃい」

 

 お客さんに聞こえない程度の小声で私に断るひめちゃんを快く送る。

 矢野さんと夏八木さんが絡んでるところから離れれば、少しはひめちゃんの心も休まるだろう。

 ……まぁ、夏八木さんが絡んでるのは矢野さんだけではないのだけど。

  

「果乃子。今日も白鷺さんのことを気に掛けてるわね」

「お姉様……」

 

 ひめちゃんが休憩に行った途端、ついさっきまで夏八木さんと絡んでいた純加さんが小芝居をしかけてきた。

 営業前も彼女とおしゃべりに興じていた純加さんを思い出して、反発するのを抑えられない。

 

「何か御用ですか?」

「えっ……いえ、あまりにも白鷺さんのことばかり見てるから、私のことも見て欲しいと思ったのよ?」

 (……あまりにも……ひめちゃんのことばかり……)

 

 いつものように不敵な笑みで、いつものようにキザなキャラを演じ、いつものようなことを言う純加さんだったけど。

 今回は暗に責められてるように感じて、さらに反発が強くなる。

 

(……もしかして、またひめちゃんに嫉妬してるの? 私はただひめちゃんを心配してるだけなのに? 純加さんは何もせず、ただ夏八木さんと楽しそうにしてるだけのくせに?)

 

 そう思ったら純加さんを周りの見えてない身勝手な人としか見れなくなって、これ以上付き合う気も起きなかった。

 

「大事な友達ですから、当然です。お給仕に戻りますので」

「……そう」

 

 純加さんの顔を見ずに離れて行く。

 夏八木さんと不仲だったときを除けば、こんな風に私から小芝居を切ったことは今までほとんどない。

 ……あってもつい先日のくらいだ。

 湧き上がる怒りに任せて突き放すような態度を取ってしまって、純加さんが今どんな顔をしてるか想像するとまともに顔を合わせれなかった。

 何だか悪いことをしてしまった気分を、仕事に集中することで忘れようとした。

 

 

 

 脇目も振らず息つく暇もない勢いで仕事をし続けていると、あまりの忙しさにようやく違和感を覚えてふと周りを見る。

 お客さんがそこまで多くない割に妙に忙しいと思ったら、サロンには私と純加さんと矢野さんしかいなかった。

 いつの間にかいなくなってる夏八木さんはどうしてるのかと思ったけど、ひめちゃんがサロンに戻ってきたから入れ違いで休憩に入ったのか、と納得する。

 そんな風に状況を把握してると、戻って来たばかりのひめちゃんから声をかけられた。

 

「果乃子。何か手伝えることないかな?」

「ひめちゃん? 大丈夫だよ?」

 

 何故か外面スマイルを取り戻したひめちゃんの申し出に笑顔で答える。

 営業中にひめちゃんから、業務連絡か私が困ってるとき以外で話しかけてくることはあまり無い。

 しかも今のひめちゃんは気落ちしていて、どちらかと言えば余裕がないはずだった。

 急に何かが変わったかのようなひめちゃんを不思議に思い、とりあえず思ったことをそのまま口にしてみる。

 

「……珍しいね、ひめちゃんの方から手伝いに来てくれるなんて」

「うん。私、いつも果乃子に助けてもらってるって思ったから。たまには私も助けになれたらなって思ったんだよ♪」

「ひめちゃん……!」

 

 嬉しかった。まず最初に思ったのはその感情だった。

 いつも好きでひめちゃんを助けてきたけど、そのお返しをひめちゃんがしたいと思ってくれてるみたい。

 ひめちゃんがいつもより私に向いてくれてる感じがして、舞い上がりそうになるほどの歓喜が湧いて来た。

 

「あ、それじゃあっちのテーブル、一緒に片付けよ、ひめちゃん」

「そうだね! 行こっか、果乃子!」

 

 お客さんの手前、外面で笑顔なのはあるんだろうけど。

 心なしか、営業前より元気になってるように見えて。

 それが私と話してるおかげにも思えて。

 

(なんか凄く突然というか、どうしてひめちゃんが急に私を手伝うなんて言い出したかよく分からないけど……だからこそ夢みたいだな……)

 

 リーベでのひめちゃんは、いつも姉妹である矢野さんとよく絡んでるのに。

 その彼女を差し置いて、私と一緒にいる。

 矢野さんと以上に、私と長くいる。

 今まで遠くから眺めるだけだったのに。

 今はそのポジションを奪ってしまっていた。

 唐突に降って湧いた幸福に、実感がなかなか追いついてくれない。

 

(いいのかな? ……いいんだよね?)

 

 学校のお昼休みでは、ひめちゃんは本心を全部は晒してくれなかったと思っている。

 遠くに感じた心の距離が、今は凄く縮まってる気がした。

 

 でも、その理想的とも言える距離感に安心して浸れはしなかった。

 きっと自分に都合が良すぎる展開だからだろう。

 距離感の変化が劇的過ぎて、ちょっとしたことで崩れてしまいそうな、繊細で危うい関係に感じてしまう。

 

 例えば。

 何がひめちゃんを急変させたのか、その原因を知っただけで。

 この魅惑的な魔法が解けてしまいそうな気がして……。

 

 

 

 

 

「………………陽芽……」

「美月ちゃん……」

「あなたの言う通りになったわね。いずれ必ずこうなるって……」

「早まったらダメだよ美月ちゃん。それこそ、全部台無しになっちゃうんだから。私がついてるから、信じて?」

「……うん」

 

 

 

 

 

(分かってたでしょ。果乃子ちゃんが、いつかひめちゃんの方に行っちゃうってことは。

 なのにどうして納得しないんだよ。なんで……嫉妬を止めれないんだよ……あたしは)

 

 

 

 思いがけず楽しい仕事になった帰りのバス。

 ひめちゃんが突然申し訳なさそうに謝って来た。

 

「果乃子。営業中にああいう小芝居するの苦手なのに、ごめんね付き合わせちゃって」

「ううん。むしろ頼ってもらえたみたいで嬉しかったよ? 気にしないで、ひめちゃん」

 

 私にすごく気を遣ってるのは伝わるし、嬉しい。

 でも、やっぱりどうして急に気を遣うようになったのかは気になる。

 踏み込みすぎないよう、意識して浅いところで聞いてみる。

 

「……でもどうかしたのひめちゃん? いつもとなんだか違うね」

「うん。サロンでも言ったけど、私いつも果乃子に助けてもらってるでしょ? それに今は矢野とのことで心配かけちゃってるし……」

「そんなこと、私は気にしてないよ……?」

「いいんだよ果乃子。逆の立場だったら、きっと私は果乃子のこと心配したし、力になりたかったから」

 

 今日のひめちゃんは、いつも以上に素直な言葉を使う。

 私へ真摯に向き合おうとしてくれてるからだろうな。

 営業中だけの幻じゃなかったことに、大げさながらまた一段と感激してしまう。

 

「うん。本当のこというと、ひめちゃんのことずっと心配してて。だから、ちょっとでも助けになればって思ってた。だから、ひめちゃんの方から頼ってくれたのはとっても嬉しいよ? ありがとうね、ひめちゃん」

「お礼をいうのはこっちなのに。まぁいっか。こっちこそありがと、果乃子!」

 

 外面じゃない、本当の笑顔を見せてくれるひめちゃんに、心臓が高鳴る。

 ずっと、こんな風になれたらいいと思っていた。

 学校だけじゃなく、リーベでもひめちゃんの笑顔を、隣を独占できたらって。

 今、それが現実になってきていて、本当に夢みたいだった。

 

「果乃子には聞いててつまんないかもだけど、聞いてくれる? ちょっと、吐き出したいことがあって……」

「私でよかったらいくらでも聞くから、遠慮なく頼ってね、ひめちゃん」

 

 それからひめちゃんは矢野さんへの不満、怒りを吐露した。

 いつかしてたようなぶちまけるような愚痴ではなく。

 素直に思ってることを伝えるように、ポツリポツリと語ってくれた。

 あくまで聞いてる私が苦に思わないよう配慮を忘れないひめちゃんの心遣いに。

 ひめちゃんが私を心から必要としてくれてるように感じて、頭のてっぺんまでゾクゾクと快感が走っていた。

 

(もし。もしこのままの関係で進んだら……)

 

 ひめちゃんの特別な友達として、あくまでひめちゃん第一に考えるべきであることはかろうじて弁えてるはず。

 でも逆に言えば、私の身勝手な欲に走りそうなのを堪えるのに、かなり理性が削られてるとも言えた。

 

 バスの中で乗客は私たち2人。いや、しばらくはどこでも2人っきりのようなものかもしれない。

 その時間が1秒でも1日でも長く続くことを祈りながら、私は降りるギリギリまでひめちゃんの愚痴に内心ウキウキで付き合った。

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