もしもMyGoのそよが百合営業カフェでバイトを始めたら 作:りょーへい
45裏.
異変の始まりはあの2人の、しょうもない喜劇じみたすれ違いだったように思う。
当時はそれも一件落着したように見えたけど、元に戻るどころか本気の仲違いに発展していって。
そして私は、日に日に心を痛めていくひめちゃんのことばっかり気にかけていたから。
いつの間にか、私達姉妹の関係にも溝ができてることに気付いてなかった。
だから。
どうして。どうして、こんなことになったんだろう……。
10月23日 月曜
今日はひめちゃんがまだ学校の用事があるらしいので1人でリーベに向かった。ちなみにまた補習らしい。
バックヤードに入ると矢野さんが夏八木さんと会話に華を咲かせていた。
矢野さんが笑顔でおしゃべりに興じてる光景に、私は度肝を抜かれる。
(……昨日ひめちゃんとあんなに喧嘩したのに。いつもならしかめっ面でふさぎ込んでるのに。本当に矢野さんじゃないみたい……)
明らかにおかしな矢野さんだけど、ここ最近ずっとおかしかったから今さらなのかもしれない。
それよりもひめちゃんのことが心配だった私はそれ以上考えることなく更衣室に入る。
リーベの制服に着替えながら、私はこれからどうするかについて考えていた。
(昨日は純加さんなんてもういい、なんて思ったけど。やっぱりひめちゃんたちのこと、相談しよう)
なんとなく会うのが気まずい気もするけど、かといってバックヤードで夏八木さんたちの会話を聞いてる気分でもない。
着替えて更衣室を出た私は、楽しそうな2人を横目に先に来てるであろう純加さんを探し始めた。
監視カメラのモニターを見ると、サロンに探し人が映っている。
(掃除でもするところかな。手伝いながら話を聞いてもらおう)
バックヤードを出てサロンへ向かう途中、ふと思った。
(そういえば、営業外で純加さんと話すの久しぶりかも。……純加さん、なんかいつもよりテンション高そうだな)
いつものように密着してくる純加さんを剥がす流れを想像して、小さく嘆息しながら歩いてるとその当人が見えてきた。
「あ、純加さん……」
変なシュミレーションを止めて、私は声をかけながら純加さんの近くに寄ろうとする。
「あれ? 果乃子ちゃん、
開口一番純加さんは微妙におかしなことを言って、私の足はピタっと止まる。
言葉の節々に何か非難の意図を感じたのだ。
それを裏付けるように、今の純加さんの笑顔は、私にはどこか卑屈に見えた。
特に、歪んだ何かを燻らせているような瞳が私にそう思わせる。
こういう顔を見るのは初めてじゃなかった。
「……ひめちゃんは学校の用事で遅れてきますけど……」
「あ、あぁそういうことか! ひめちゃんも大変そうだなー」
「…………」
すぐさま納得したようなことを言いながら、純加さんは慌てて顔色を整える。
これくらいのこと、いつもなら流していたかもしれない。
でも今は思うところもあって、私は訝しんだ。
(……なんであんなこと言ってきたんだろう。まさかとは思うけど……)
「ひめちゃんと一緒じゃないのか、ってどういう意味ですか?」
「えっいや、いつも一緒に来るでしょ? だから……」
「今までも別々で来た事はあったじゃないですか。さっきのは、私がいつもひめちゃんの傍にいて離れない、みたいに聞こえましたけど」
今の純加さんが何を考えてるのか、私はなんとなく当たりをつけていた。
(まさか最近ひめちゃんとずっと一緒だったことに、嫉妬して怒ってる? そんなはずないよね、自分だって夏八木さんと一緒にいといて……)
そんな馬鹿な人であってほしくないと願った相手は、私から顔を逸らして箒をはきながら残念極まりない結果を示した。
「……実際そうでしょ? 学校じゃ知らないけど、最近リーベじゃ営業中だって私よりひめちゃんと絡むことが多いし。まぁ矢野ちゃんのおかげだろうけどね」
「……矢野さんの、
卑屈さを隠そうともしなくなった純加さんへ、無気になってずっと溜めてこんでいたものをぶつけそうになったけど。
リーベの人間関係を誰よりも大事にしてるはずの人にしては、らしくないフレーズがあった。
「矢野さんのおかげって何ですか?」
「今さらとぼけなくても分かってるって。ひめちゃんが矢野ちゃんのことで悩んでるのを聞いてあげてるんでしょ? 普通に考えてひめちゃんのことが大好きな果乃子ちゃんが放っておくわけないし」
「確かにそうですけど、だからなんなんですか? ……さっきからひめちゃんのことで突っかかってきて。怒ってたり言いたいことがあるならはっきり言ってください」
矢野さんがおかしくなったことを憂うわけでもなく『おかげ』とまで言い放ち。
珍しく回りくどい言い方をする純加さんに、怒りを覚えつつもその不自然さが気になって様子を探ろうとする。
「別に、私は怒ってもないし言いたい事だって何にもないよ。ひめちゃんのことなんて今さらだし、私は果乃子ちゃんの味方だし? ひめちゃんのために尽くす果乃子ちゃんの邪魔はしないって。今まで通りね」
「………………」
でも純加さんは、投げやりな言い方でグチグチ嫌味を垂れ流すだけだった。
どうやらそんな純加さんを気にかけた自分が馬鹿だったらしい。
今ひめちゃんは矢野さんとのことで不安定になってるから、心配するのは当然なのに。
そんなことまで分からないような人だったろうか。
(だいたいあなた自身は何もしてないじゃないですか。それどころか気付けばいつもあの人と楽しそうに……)
ここ最近の純加さんを振り返って、いい加減我慢の限界まできた私は遠慮なく言わせてもらうことにした。
「そうですか。そう言う純加さんは、今のリーベを問題なしって思ってるみたいですね。なら今まで通り平和なリーベを本でも読みながらボーっと眺めてれば良いと思いますよ」
「……平和?」
「平和なんですよね? ひめちゃんと矢野さんがあんなことになっても特に動こうとしないんですから、大した問題にも思ってない証拠じゃないですか」
「そんなわけないじゃん! あの2人相手に下手に動いたら逆効果だから、そよちゃんと協力して——」
ほら出てきた。入って来た当初からあなたがずっと気に入っていて、ずっっと構ってきた人の名前が。
声を張り上げて言い訳をしてくる純加さんを遮るように、ずっっっと訴えたくて仕方なかった感情を思いっきり解放する。
「そうでしたね! 純加さんにはその夏八木さんがいるんですもんね! 彼女は2人の仲が元通りになるよう動いてますから、さぞ純加さんにとって気の合う可愛い存在ですよね! 私にとっても心強いですよ、彼女のおかげでひめちゃんに心置きなく専念できますから!」
「……果乃子ちゃん……?」
真顔の純加さんがこちらを見据えてくる。
今さら怖い顔したからってもう遅い。こっちだってそれどころじゃない。
「私はひめちゃんのために傍にいる。純加さんには仲良しの後輩が傍で良くしてくれてる。いいんじゃないですか、お互い何も問題ないですよね?」
「……それ、本気で言ってるの? 私とそよちゃんはひめちゃんたちの仲直りのために何とかしようとしてるだけだよ。少なくとも思い人を独占するために、今の状況を長引かせようとしてる誰かとは違う!」
「……それ、まさか私のことじゃないですよね?」
「こーんな少ない従業員で他にそんなことしそうな人いる?」
私に背を向けながら両手を上げて大げさな身振りで吐き捨てる純加さん。
どうやら向こうも本音をぶつけ合うことに是非もなし、ということらしい。
なら私から言ってやりますよ。
「正直に言えばいいじゃないですか。私なんかより、優しくてみんなを大事にする、人のできた夏八木さんがいいんでしょう? そんな人が傍で慕ってくれたら満足で、他なんてどうでもいいんでしょう!? はっきり言った方が、無神経な純加さんらしいですよ!」
「そう言う果乃子ちゃんこそはっきりしてくれないかな!? ひめちゃんが一番好きで、結局私なんて都合の良い保険でしかないんでしょ!? だからひめちゃんと上手くいきそうになったら私との関係だって邪魔でしかないから、難癖つけて私にこの関係を解消させそうとしてるんじゃないの!?」
「……はぁ!?」
最初しか合ってなくて、あとは全部被害妄想の押し付けでしかなかった。
しかも自分は夏八木さんに首ったけな分際で、よくそこまで言えたな。
身勝手過ぎる言い分にとうとうプツンと、堪忍袋の緒と共に何かが切れた。
「……あぁ。そういうことですか、やっとわかりましたよ……」
「何が!?」
「まるで私が望んでるみたいに決めつけてますけど、本当にこの関係を解消したいのはそっちってことですよ」
「はぁ!? なんでそうなるのさ!?」
純加さんがたまに見せる本気の怒り顔を見ても、これからやろうとしてることになんの歯止めにもならなかった。
「いいですよ、そっちがその気なら!! 純加さんが、そんなに望んでるなら……こっちからっ!!」
「……ッ!」
私は左胸のクロイツを外して、元の持ち主に投げつけようと腕を振り上げる。
姉妹の契りを解消しようとする私に、純加さんは顔を歪ませた。
そんな純加さんの見ていられない顔を直視しても。
半年弱慣れ親しんだ金属を力の限り握りこむ感覚が、痛々しく主張していても。
私は衝動に流されたまま止まれない。
もうそれを超えてしまったら、後戻りはできないと分かってるのに。
(なんで……どうして……こんなことに……!)
「そこまでです2人とも!!」
まさに腕を振り下し始める、その寸前だった。
甲高くも威厳のある大声がサロンいっぱいに響く。
その声に、私の体は止まってくれた。
「店長……」
「舞さん……」
「お2人まで喧嘩してどうするんですか。もうすぐオープンですけど、開店の準備はできてますか?」
デシャップから出てきた店長は、基本笑みを絶やさない人だ。
そんな人でもこのときばかりは厳しい表情で諫めていることが、嫌でも頭を冷まさせる。
当然悪いのは完全にこちらなので申し開きもなかった。
「すいません舞さん。すぐ掃除終わらせますから」
「……お願いしますね、純加さん。果乃子ちゃんも」
「……はい。すいませんでした……」
一応大人しくなった私達を見届けた店長はデシャップに戻っていく。
私達はそれから一言も話すことなく掃除をして開店準備を進めた。
(……いつからおかしくなったの? どうしてこんなことになったの?)
営業のことを考えてひとまず付け直したブローチを見ながら、私は取返しのつかない発言のことで頭がいっぱいだった。
※後書き※
挿絵はココナラでPOTEさんに描いて頂きました。