もしもMyGoのそよが百合営業カフェでバイトを始めたら   作:りょーへい

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悩みの種と向き合って
47. ひび割れた世界


 

 

 10月24日 火曜  

 

 昨日、取り返しのつかない大喧嘩をしてから。

 私の目に映る景色は、なんとなく色が変わったように感じていた。

 

 リーベの営業が始まってるのに、サロンでの姉妹はどちらも事務的な挨拶しか交わさない。

 以降ほとんど絡むことはない。いや、全く無い、と言っても差し支えないくらいだ。

 私は出勤したときから、仕事中の今もずっとひめちゃんと一緒にいる。

 もっと言うと学校から1日中一緒だから、私の世界はひめちゃんだけで埋まっていた。

 ……まるで、リーベに入る前までの日常に戻ったみたい。

 

「夏八木さんは紅茶が好きなのよね。どの紅茶が一番好きとか、あるのかしら?」

「はいっ、私の一番好きな紅茶は……本の世界(ブーフヴェルト)です!」

「あら、お世辞でも私のおすすめティーが一番好きと言ってくれるなんて……可愛いこと言ってくれる後輩なのね——夏八木さん?」

「えへへ……それがお世辞じゃないんですよ♪」

 

 サロンで繰り広げられる茶番が嫌でも目に入ってくる。

 夏八木さんと、姉妹設定が首の皮一枚で切れかれてる姉が随分()()()()()小芝居していた。

 昨日の純加さんを思い出す。

 自分のことを棚に上げて勝手なことばかり言うあの人のことなんて、心底愛想がつきてどうでもいい……はずなのに。

 夏八木さんと笑い合ってるところを見ると、無性に不愉快だった。

 

「最近増えてきた夏八木さんと橘さんの絡み……微笑ましいですね!」

「分かります! いつもお姉さん的な振る舞いをされてる夏八木さんが橘さんの前では甘えてるみたいで……グッときますよね!」

「普段は隙の無い優等生が、姉の前では素顔を晒す……そんな姉妹も、あるのでは……?」

「ちょいちょいちょいちょい! 何勝手な妄想口にしてるの! 橘さんの妹は雨宮さんでしょ! あの超尊い朗読劇をもう忘れたの!?」

(………………フン!)

 

 とにかく不快に思う光景に背を向ける。

 好き勝手に騒ぐお客さんを、今日ほど黙らせたいと思ったことはない。

 

(……どうせ向こうはあの時のことだって、もうなんとも思ってないんだから……終わったことでしかないんだ……)

 

 純加さんは私にするみたいにわざわざ密着して芝居をしてたし、夏八木さんは恥ずかしそうだけど満更でもなさそうだった。

 それを見てもお客さんはなんか盛り上がっていたから、お店的にも上々なんだろう。

 お客さんは誰と誰が絡んでも喜んでそうだったり、一部過激な人もいるのは置いといて。

 ともかく、お店的に良いことなら非難する点が見当たらないということだ。

 私がこれ以上なく気分が最悪なだけで、問題は何もない。

 

「果乃子ー、こっち手伝ってー」

「……うん! 今行くね!」

 

 ひめちゃんに呼ばれた私は、喜び勇んで近づいていく。

 その間もひめちゃんだけに集中したい私の意思を無視して、眼球があの2人に引き寄せられる。

 昨日は本気で激怒していたのに、さも何でもないことのようにいつも通りキザに微笑むあの人と。

 いつもは人当たりのいい作り笑顔みたいなのに、今は顔を綻ばせながらはにかんで、()()()()()()()()()夏八木さん。

 お互い親しげだし、両想いみたいだと思ったら心がどうしようもなくざわついて、すぐにひめちゃんだけを視界に映す。

 すぐにでも忘れたいのに、その光景は脳にこびりついて消えてくれそうになかった。

 

(……もうたくさん。あっちがそのつもりなら……私だって一切遠慮しなくていいってことだよね!)

 

 さっきから募ってばかりの苛つき解消するためにも、憚るどころかサロン中の人たちに見せつけるつもりで、私はひめちゃんとの絡みに没頭した。

 

 

 

 リーベの仕事終了後、着替え終わった私はバックヤードでひめちゃんの着替えを待っている。

 

「お疲れさまです、純加さん」

「お疲れそよちゃんー。もうすっかり、リーベには慣れたみたいだねー」

「ふふっ、そうですね! みんなと、純加さんのおかげです♪」

「謙遜しなくていいって。あたしとの絡みだって、お客さんに喜ばれてたでしょ?」

「あ、今日の小芝居は確かに盛り上がってましたよね! 私たちの姉妹を良いって思ってくれるお客さんもいたくらいですもんね♪」

「あはは、お客さんはそういう想像が好きだからなー。でも、あたしもやってて楽しかったよ?」

「私もですっ! またしましょうね♪」

「お、積極的だねーそよちゃん!」

 

 2人のそんな会話を無感情で機械的に聞き流し、じっとひめちゃんの着替えを待つ。

 

(……外で待つのは……流石に変かな……)

 

 今まで考えもしなかったことが頭を過ぎりながらも、聞こえてくる会話を聞き流す作業にひたすら集中する。

 

「純加さんはやっぱり自分からリードするのが好きなんですか?」

「んー、好き嫌いというより、始めた頃から周りが下級生ばっかりだったし、自然とそういうキャラになったって感じかなー」

「そうなんですね」

「まぁ性格的に合ってるのもあるけど? やってて楽しいし!」

「そうですね。楽しそうに小芝居してる純加さん、私……す、好き、ですよ?」

「ハハッ、ありがと! あたしもそよちゃんと絡むの好きだよ!」

 

(ひめちゃん遅いな、まだかな……)

 

 早くも限界がきて、ずっと更衣室のカーテンが開くのを今か今かと待っていた。

 

「そういえば純加さん、そのギャルメイクって毎回するの大変だったりするんですか?」

「えっ、これ? そーだなー……好きでやってるから大変とか思わないんだけど。何、興味あるの?」

「純加さんを見てると、ちょっとだけ……あ、うちの学校にもギャル風の先輩とかいるので」

「え、うそ!? お嬢様学校にギャルいるんだー!」

「あはは、たぶん純加さんが想像してる程派手じゃないかもですけど。それで、何か始めやすいメイクとかあれば試すのも面白いかなって」

「そっか……あたしに影響受けてくれたってのも嬉しいし、よし! そよちゃんに合いそうなギャルメイク考えとくよ!」

「ホントですか? 嬉しいです! 楽しみにしてますね♪」

 

 これ以上大人しく聞いてるのも、いい加減我慢の限界だった。

 密かに歯噛みし全身に力を入れて耐えるけど。

 あとどれだけ耐えればひめちゃんが来てくれるか分からないのが、余計に私の忍耐力を削ってくる。

 今にも爆発しそうだった私は、第三の声によって助けられた。

 

「……お先に失礼します」

 

 矢野さんだった。

 彼女のおかげで会話が途切れて、私は心身の緊張を解く。

 

「あ、矢野ちゃんごきげんよー!」

「美月ちゃんごきげんよう」

「えぇ……ごきげんよう」

 

 声にも、表情にも覇気がない矢野さんが裏口から出ていく。

 ひめちゃんと喧嘩中の彼女は夏八木さんと話すとき以外あんな感じで、いかにも傷心してますって雰囲気だけど。

 その被害者面は違うんじゃないかと思う。

 

(……思えば、今のおかしな人間関係の始まりは矢野さんだった。しかも自分で何とかしようともしないし。ひめちゃんをずっと苦しめて、何がしたいんだあの人は……)

 

 気分が極限に悪かったから丁度よかった。

 再開された不快な会話が耳に入らないよう矢野さんへのやつあたりで頭をいっぱいにしてると、ひめちゃんが更衣室から出てきた。

 矢野さんが帰ったすぐ後のタイミングで。

 

「お待たせ果乃子。帰ろっか」

「うん! 帰ろ、ひめちゃん」

 

 よかった。ようやくここから解放されるんだ。

 気が楽になると、今さらのように疑問を抱く。

 

(あの2人が話してるだけで、どうしてここまでイライラしなきゃいけなかったんだろう……)

 

 でもきっとそれはどうでもいいことのはず。

 だって今の私には、ひめちゃんがいるんだから……。

 

「お疲れ様でーす」

「……——まです」

 

 ひめちゃんの挨拶に紛れ込ませるように誤魔化す私。

 

「うん、2人ともごきげんよう」

「……ごきげんよー」

 

 中途半端な挨拶でよかったみたい。あの人の挨拶だっておざなりな声だったんだから。

 清々した気持ちで、ひめちゃんと一緒に帰ろうと裏口に向かう。

 その途中も、2人の会話がしつこく耳に入ってくる。

 

「純加さんって休みの日はどうしてるんですか?」

「えっ、知りたい?」

「はいっ! 純加さんがどういうことが好きなのか気になります♪」

「ははっ、そこまで興味持ってもらえるとなんか嬉しいなー! えっとー……」

 

 私はいつもひめちゃんの後ろに控えて、誰かの前を歩くような人間じゃないのだけど。

 今日は1秒でも早く、この会話を遮断したかったから。

 ひめちゃんを抜き去って早足で扉までの距離を詰め、そのまま開放して外に逃げ込む。

 

 私の後から出てきたひめちゃんが扉が閉めたあと。

 いきなり加速した私を訝しんで声をかけてくる。

 

「どうしたの果乃子? もしかして急いでた?」

「……違うよひめちゃん。気にしないで?」

「そっか……」

 

 帰りのバスで、今日のひめちゃんはあまり話そうとしなかった。

 私は私であまり聞き出そうとしなかった。

 せっかくずっとひめちゃんと一緒にいられてるのに。

 どうしてこんなむしゃくしゃした気持ちに振り回されなきゃいけないのか。

 

(今、ひめちゃんの隣は私だけの場所なのに。ひめちゃんと喧嘩してるわけでもないのに。むしろ前よりいい関係なのに……)

 

 あの人の活発な笑顔が頭に浮かぶ。

 あの人の隣には私じゃない人がずっといる。

 あの人との記憶が、私の心を搔きむしる。

 

(なんで、これでいいって思えないんだろう……)

 

 いつか取り戻そうと躍起になっていたものが現実になっているのに。

 幸せ色に染まっているはずの世界は、むしろモノクロみたいに味気なく映っていた。

 

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