もしもMyGoのそよが百合営業カフェでバイトを始めたら 作:りょーへい
10月26日 木曜
放課後を報せるチャイムに、ここまで嫌な緊張を覚えたのは初めてだった。
ついにリーベへ向かうときが来たのだ。
今の今までなかなか覚悟が決まらなかったのだけど、なんとか出した答えを実行していくことになる。
(夏八木さんが何かしたっていう証拠も根拠も何もないし、かといってこの疑いを抱えたままも気持ち悪い。なら、とりあえず怪しいところがないかの事実確認までやってみよう。その後のことはそのとき考えればいいか)
昨日の夜から、大きな選択肢の狭間で散々悩み迷った割に。
ようやく出した方針が妙に軽いもので微妙に肩透かしな気分だけど。
ウジウジ迷ったままや、盲目的な逃避に走るよりはずっといい。
(……ひめちゃんのためなんだから。本当の意味でひめちゃんに向かっていけるようになるため、本当の意味で助けになるために。そのために2人の仲直りを目指すんだ)
これからする私らしくない行動に対して、言い訳みたいに心の中で言い聞かせる。
この理由が1番私らしい。自然。おかしくない。
別に、あの人との仲を取り戻すためなんかじゃない。
「果乃子、行こー」
「うん、行こっか」
準備ができたらしいひめちゃんが私の席まで来てくれたから、一緒に学校を出てリーベに向かった。
リーベのバックヤードに入ると、純加さんと夏八木さんが2人で話していた。
2人と形ばかりの挨拶を交わす。
ちなみにひめちゃんの夏八木さんに対する態度は前と変わらず、普通に会話に混ざっていく。
対して私は、とある疑いをかけてる夏八木さんや喧嘩してる純加さんと一緒の空間が落ち着かない。
どうしようかと迷ったとき、モニターに映る矢野さんを見かける。
(矢野さん1人でサロンの掃除か……好都合かも)
空いてる更衣室で素早く着替え、そのままサロンに向かうことにする。
当然ひめちゃんは連れて行かない。いると話がこじれそうだから。
ひめちゃんは都合よく純加さんたちとしゃべっているからちょうど良かった。
バックヤードから出てサロンまで来ると、景気の悪い顔で掃除してる矢野さんが見えた。
「矢野さん、ちょっといいですか」
「……何かしら? 掃除中だからあまり悠長にできないのだけど」
妙に刺々しい矢野さんに、私の神経は早速逆撫でされる。
(もしかしたらあなたとひめちゃんが仲直りする手助けになるかもしれないのに……こんな態度されてまで……!)
一瞬で投げ出しそうになりつつ、なぜこんなことをしようと思ったのかを思い出す。
もちろんひめちゃんのためでもある。
でも最終的にあの人の顔が浮かんで、私は踏み止まった。
一呼吸して気持ちを落ち着かせる。
「なら私も掃除手伝います。そして空いた時間で話を聞かせてください」
「え、えぇ……」
反抗的だった矢野さんの顔は驚き、というか意外そうなものになっていた。
その反応を無視して、矢野さんの反対側から黙って掃除を始める。
それからお互い一言も話すことなく黙々と作業したおかげで、かなり早めに掃除も終わった。
(……思ったけど、ここじゃいつ人が来てもおかしくないな)
「矢野さん、2人でゴミ捨てに行きましょう」
「いえ、それくらい私1人で十分……」
「いいから。
「……」
話の分からない矢野さんに、いつだったかのお返しをすると露骨に嫌そうな顔をされた。
まるでそのときの私を見てるみたいだ。あとやっぱりこの態度は凄く腹立つ。
さっきよりイライラが増しつつ2人で外に出るためバックヤードを経由する。
ちなみに部屋にはひめちゃんしかいなかった。
ひめちゃんは私たちが一緒にいるところを見て驚いたらしく、訳が分からなさそうな顔をしてる。
「ひめちゃん。ゴミ捨てに行ってくるね」
「う、うん……」
そんな不安そうなひめちゃんに一声かけて扉から外に出た。
その間矢野さんは何も言わないし、ひめちゃんと目も合わせない。
お互い気まずいのもあるだろうけど、どうしたらいいか分からない。そんな空気を感じた。
矢野さんと一緒に無機質な鉄階段を無言で降りていく。
先を行く矢野さんの背中を見ながら、私は話を切り出す心の準備を整えていた。
一方矢野さんは一切こっちを見ない。
ズカズカと早足で降りていく様子から、こちらを拒絶をしてるようにさえ感じる。
一番下まで降り切ってゴミ箱に袋を突っ込みながら、矢野さんが嫌そうに切り出す。
「……話というのは何なのかしら?」
ため息交じりで憂鬱なのを隠そうともしない態度に再びムッとなりかける。
(……今だけはひめちゃんのため、ひめちゃんのため……)
心にひめちゃんを唱え、気持ちを落ち着かせる。
この切り札を始める前から使わされたことに辟易しつつも、ようやく聞き取り調査に移った。
「もう察してるみたいですけど。ひめちゃんと喧嘩してる件ですよ。どうしてあんなことになったんですか?」
ゴミ箱の方を向いたまま矢野さんは振り返らない。
「……なたが……うの……?」
「?」
だからなのか、独り言のような呟きははっきり聞き取れない。
「あの……?」
「それをあなたが言うの!? 私をそこまで侮辱したいの!?」
振り返った矢野さんは本気で怒っていた。
急に烈火の如く怒鳴り出す彼女に驚くばっかりで、何にそこまで怒ってるのか全く分からない。
「侮辱? なんでそんな話に……」
とにかく怒りの原因をはっきりさせようとするけど、矢野さんは私に被せるようにまくしたてる。
「そういうつもりならこっちも遠慮する必要ないわね! 私と陽芽が喧嘩してる状況は間宮さんにさぞ都合が良いのでしょう!?」
「……何勝手に決めつけて——」
「なのにわざわざ話を聞こうだなんて、煽ってるつもり? 馬鹿にするのも大概にして!」
よほど怒ってるのか、さっきから私の言う事も耳に入らないみたいにぶつけてくる。
矢野さんは普段の落ち着きなんて微塵もなく、会話を成立させる意思だって欠片も感じられず。
今まで何度も怒りをぶつけてきたひめちゃんにすらしない形相で、まさに怒り狂ってるような状態に近い気がする。
そんな常軌を逸した彼女の様子に理解ができず、対処の仕方も思いつかない。
(……でも、流石に成果ゼロのまま引き下がれない! 何か情報を引き出さないと……)
この意地がなかったら一瞬で会話をぶった切るくらいには、心も脳も限界に近かった。
「私が原因なんですか? 私とひめちゃん両方に何か言いたいことがあるんですか? はっきりしてください。あなたがそんなだから……」
「だから! 誤魔化さないで本音を、本当のことを言ってって! ずっと言ってるのに……あの約束を守ってくれるだけで、私は十分だったのに……」
急に怒ったかと思ったら今度は悲しそうに嘆きだした矢野さんに、もうついていけなくなった。
見てる感じ、彼女もはぐらかそうとしてるわけではないんだろう。
本気で怒りながら本心を訴えてる。そこだけは認める。
つまり、もうそこしかもう認められなかった。
「……ひめちゃんも言ってました。言ってることが意味わからなくて会話にならないって。その意味がよく分かりましたよ」
どうしてこんな人とひめちゃんの仲直りのために、ここまで心を折りながら頑張ってるんだろう。
心を折りきった私はため息と共に、我慢して溜めていたストレスを思いっきり吐き出す。
「そんなにひがみたいんだったら好きなだけひがんでいてください。でも私達には迷惑なので二度と近づかないでください」
あまり言葉を交わせなかったけど、我ながら努力した方じゃないだろうか。
そんな風に自分を慰めながら、踵を返して店に戻ろうと階段へ向かう。
その私へ背中から、捨て台詞のようなものが投げかけられる。
「……そもそもあなたに頼るつもりなんてこれっぽっちもなかったわよ。私にだって、そよさんがいてくれるんだから」
「…………」
そう吐き捨てて、矢野さんは早足で私を追い抜きながらガンガンと階段を上がって行った。
(……いつも1人で抱え込む矢野さんが、自分から夏八木さんに頼る、か……)
別に私を頼るつもりがないのは納得できる。
だけど最後の発言はあの人らしくない。
ひめちゃんが辞めると言い出したあのときだって、この人はただ悲観に暮れるだけで自分から誰かに相談したりしなかった。
というか、基本どの場面でも誰かを頼ったりしない人だ。
そんな彼女が誰かに頼るようになったなら、それ自体を否定するつもりはない。
でも今までの状況を顧みると、問題解決よりも現実逃避のために感じてしまう。
(……おかしくなった原因は分からないけど、今思うとおかしな様子はいくつかあったな)
後先考えず言いたいことを言う矢野さんが、一番遠慮しないひめちゃん相手にずっと話さなかったり。
ひめちゃんと喧嘩する前から夏八木さんと一緒にいるようになったり。
極めつけがさっきの発言だ。
それらに裏があると考えるのも、矢野さんが頼ってる相手を昨日から不穏に思い始めていたから。
矢野さんが全部自発的にやってるなら、そこまで不審なことじゃない。
けど。もし仮に、夏八木さんがそうなるよう仕向けていたとしたら?
(……全くの徒労、にもならなかったかな)
できれば話題に上げたいと思っていた彼女のことを向こうから漏らしてくれたのは不幸中の幸いだった。
そして、幸か不幸かよく分からないのだけど。
どちらかと言えば、私の中で彼女への疑惑は濃くなった。
……ただ矢野さんが夏八木さんを頼ってる事実しか判明してないのに。
(私って、こんなに疑り深かったっけ……?)
疑心暗鬼になってるようで嫌気がさし、またも重い溜息を吐き出した。
あれからお店もオープンして、今日も私達は姉妹どうしで絡むことなく仕事し終えた。
終業後着替えてからリーベを出て、今は帰りのバスの中。
「ねぇ果乃子。営業前に矢野と一緒にいたでしょ? 何話してたの?」
「うん……。ひめちゃんへの態度がどうして変わったのか聞いたの。ひめちゃん以外にならもしかしたら話すかなって思って」
「それで、矢野は何て言ってたの?」
「前にひめちゃんから聞いた通りだった。言ってる意味が分からなくて会話にならなかったよ」
「やっぱり……ていうかまだそんな感じなんだ……」
ひめちゃんは怒る気力もないのか、声にも表情にも力がなかった。
そんなひめちゃんを見てられなくて、なんとか励まそうと頭を回す。
「でも今までだって何度も矢野さんの態度がおかしくなったけど、なんだかんだ解決したでしょ? 今回もその内なんとかなってるよ、ひめちゃん」
「ありがと果乃子」
元気はなかったけど、それでも笑顔を向けてくれるひめちゃん。
私もひめちゃんもここまで振り回して。矢野さんにはいつかこの報いを受けさせたい。
「……でも。今回の矢野は、今までと何か違うんだよね」
真面目な顔で考え込むひめちゃん。
ずっと避け合ってるのにそれでも矢野さんのことを考えてるのは、やっぱり今でも特別に思ってるからなんだろう。
そんな姿を見せられて、もう知らない、なんてできなかった私は。
(矢野さんとの会話にうんざりして正直もうやめたくなったけど……。やっぱり、あの人にも話聞かなきゃ何も変わらないよね……)
明日は別の相手に話を聞きに行くことに決めたのだった。