もしもMyGoのそよが百合営業カフェでバイトを始めたら 作:りょーへい
10月27日 金曜
いつもは真面目に聞いてる授業も、今日ばかりは他の考え事を優先していた。
もちろん、今日話を聞こうとしている人物についてだ。
(リーベでおかしくなってる矢野さんに一番寄り添ってる人で、そのおかしくなった原因を唯一知ってるだろう人で、ひめちゃんと矢野さんに要所要所介入してきた人で、……勘違いでなければ、純加さんといるときが一番楽しそうな人)
矢野さんを除けば一番事情に精通してそうな人は、表向き事態の改善のために動いてるように見えていた。
でも実際はむしろ悪化するばかりなのに、誰かと協力する等、他に手を打とうとしない。
(いや、あのとき純加さんは夏八木さんと協力してるみたいなこと言ってたっけ? ……でもその割に純加さんが動いてる様子はないし、少なくとも状況が変わらないのは確かだよね)
そもそも、前の彼女と何か違う気がする。
私達と仲良くなろうとしたときは、自分から積極的に関わりにいってたはず。
でも今、特に今週辺りからは。
不和を解消するため動いてるらしいのに、そのときのような積極性が感じられない。
つまり、現状を好ましく思ってる可能性がある。と、言えるかもしれない。
でも……
(……証拠も根拠もないのに、ただそう思うってだけじゃ詰め寄れないよね……)
流石に情報不足過ぎて、自分でも飛躍してると思うくらいだった。
だから、今の時点で彼女が裏で糸を引いてる黒幕だなんて決めつけはしない。
それでも、とりあえず話は聞きにいこう。
(彼女が何も企んでなかったとしても、いい加減知ってることを教えてもらうべきだよね)
やっぱり聞きたいのは、昨日聞けなかったひめちゃんたちの喧嘩の原因について。
もっと言うと、矢野さんの言う隠し事とやらが何なのかはっきりさせたい。
それ次第で解決のしようもあるはずだから。
本当にひめちゃんたちの仲直りを望んでるなら素直に教えてくれるだろう。
1人で動くより2人で協力し合えば好転するかもしれない、と説得すれば向こうも賛同してくれるはずだから。
そういう形でひめちゃんたちの仲直りを果たすのが、個人的に一番無難だった。
初めはあの人と仲良く協力なんて抵抗があったけど、矢野さんがあんな感じじゃもうそんなことも言ってられない。
どんな形でも仲直りに貢献したなら、少しは純加さんも見直してくれるだろうし。
そうすれば私達の仲直りのきっかけぐらいにはなるはず。
いや、なってもらわないと困る。
(……って、純加さんとの仲直りなんてついでで……私はそもそもひめちゃんのために動いてるんだけど)
——でも。もしも、何も教えてくれなかったら。
それは彼女が現状の打破を躊躇っている証拠で。
彼女への疑惑が、黒寄りのグレーへと濃くなることを意味する。
そして、それは
(……どうか、素直に教えてくれますように……協力してくれますように……)
彼女が
静かにため息を吐きつつ、頭の中の整理を打ち切った。
放課後。ひめちゃんとリーベに向かう。
裏口からバックヤードに入ると、今日は誰もいなかった。
と思ったけど更衣室が1つ使われてるから少なくとも無人ではないみたい。
「ひめちゃん、先に更衣室使って」
「うん、分かった」
念のためひめちゃんをもう片方の更衣室に送りこんでおく。
果たして、入れ違いで出てきたのは期待していた人だった。
「あ、果乃子ちゃん。ごきげんよう~」
「……夏八木さん、おはようございます。あの、今ちょっといいですか?」
「え? う~ん……今からサロンの掃除しようと思ってたんだけど~」
「分かりました。私もやりますから、その前に少しでいいので話をさせてください」
「うん……」
渋々といった感じで了承する夏八木さんを連れて裏口から非情階段に出る。
とりあえずひめちゃんに聞かれる空間から離れたことで、ほんの少しだけど心に余裕ができた……と思う。
今、夏八木さんを前にして話すのはなんだか落ち着かなかった。
彼女を確証もなく疑ってることに罪悪感でも働いてるんだろう。
——いや。それだけで彼女に刺々しい反発心を抱くのはおかしい気がする。
心がささくれ立つようにざわついてるのは、そういう引け目からじゃないように思うけど、これ以上深くは考えたくない。
(……関係ないことは無視して、とにかく聞きたいことを聞こう)
「……夏八木さんは矢野さんからひめちゃんと喧嘩してる原因を聞いてるんじゃないですか?」
「えっ?」
突拍子なく本題に入った私に、驚きつつも夏八木さんは答える。
「う、うん。一応美月ちゃんから聞いてはいるけど……」
「教えてくれませんか? 私も、いい加減2人の喧嘩をなんとかしたいんです」
心から思っていることを口にした。
話したくもない相手に辛抱強く付き合ったり、今みたいに変な疑いをかけながら話を聞き出そうとしたり。
いい加減、面倒くさくて仕方ない。
だけど返ってきた回答は望んでいる方向のものではなかった。
「ごめんね果乃子ちゃん。それは言えないんだ~」
「……どうしてですか?」
「美月ちゃんのプライバシーに関わることだからだよ? 美月ちゃん誰にも言ってないのに、私から言いふらす訳にはいかなくて……」
申し訳なさそうに眉を下げる夏八木さん。
そう言われるとこれ以上食い下がりづらい。
(……でも、ここで引き下がったら何にも変わらない)
「そのプライバシーって、矢野さんのひめちゃんに対する気持ちについてですよね? 私も以前矢野さんとそれについて話したこともありますから、知らない訳じゃないので話してくれませんか? 私も気づいたことがあれば教えますし、これからは2人で協力し合いましょう」
知りたいのは矢野さんのことだけではないのだ。
せっかくわざわざこの人に絡んだからには、何でもいいからちょっとでも引き出したい。
「——意外だね」
「え?」
どう答えてくるか待っていると、予想してない言葉が来て面食らってしまう。
目の前で驚きを主張している人は、言葉通り驚いてる顔でもなく、さっきの困り顔でも、いつものように微笑んでもなかった。そもそも感情が伺えない。
初めて見る冷たい無表情に、本当に夏八木さんかと疑うくらい背筋が凍った。
基本感情豊かに表す人だから余計に言外の圧を感じる。
いい子の仮面をはぎとった、本当の彼女を垣間見た気がした。
「果乃子ちゃんって美月ちゃんと全く話さないから苦手なのかなって思ってたんだ。だからあの子のことでそこまで言うなんて思わなかったな」
「……ひめちゃんがこれ以上苦しまないようにするためですから」
彼女の発する寒々しい圧に呑まれないよう、本音の1つを毅然と言い返した。
「そっか、果乃子ちゃんらしいね。でも、2人が元の仲良しに戻るのは果乃子ちゃんにとっては不本意だよね」
「…………」
言いたいことは分かるけど、既に散々迷い終わったことだからそこは問題じゃない。
それよりも、今の発言はどこまで分かった上でのものなのかが気掛かりだった。
この人は私のひめちゃんに対する想いについて、どこまで勘付いてるのか。
返答に窮してると、相手は尚も畳みかけてくる。
「私も前から2人が仲直りするために動いてるけど、それはみんなが仲良くいて欲しいからで。でも果乃子ちゃんは2人に仲良くされると嫌な気持ちになるんじゃないかな」
「……どうしてそんなこと聞くんですか?」
「気を悪くしたならごめんね。前から果乃子ちゃんの様子を見てるとひめちゃんに特別な感情を持ってるんだろうなって思ったから」
「別に、私は……」
はっきり言われてるわけじゃないけど、暗に「ひめちゃんが恋愛として好きなんでしょ?」と言われてるようで私は不安に駆られる。
焦って否定しようとすると、そのタイミングで夏八木さんは豊かな表情に戻った。
「あ、一応言っておくけど、恋愛感情かどうとか疑ってるわけじゃないよ? ほら、特に仲の良い友達が他の人と仲良くしてるの見ると落ち着かなくなるじゃない? そういうことが言いたかったんだけど……勘違いさせちゃったかな?」
どうやら取越し苦労だったらしい。
紛らわしい言い方を、とも思ったけど。
気づかれてなくてよかった、という安堵の方が大きかった。
「……いえ、大丈夫ですので」
「よかった~。それで話を戻すけど、やっぱり美月ちゃんのデリケートな部分に関わってくる話だから。やっぱり私からは言えないかな~。どうしても知りたいなら美月ちゃんに直接聞くのがいいんだけど……」
「聞こうとしました。でもわけのわからないことを並べるばっかりで……」
「それじゃやっぱり聞き出すのは難しそうだね……。察してるかもしれないけど、この問題は結局美月ちゃん次第だから。もうしばらく私に任せて? 少しずつだけど解決できるように話をしてるところだから!」
「…………」
そしてもう一度断りを入れてくる夏八木さん。
ひめちゃんのことで一度心を取り乱した私は、粘るための言葉も出てこない。
「もういいかな? そろそろ掃除しにいかないとオープンに間に合わなくなっちゃうよ?」
「……わかり、ました」
「じゃ先にサロンに行って掃除してるね~」
そうして店に戻っていく夏八木さんの背中を見送る。
1人になれた解放感からふぅ、と息をつく。
そして、
ここで少しでも私に共有して一緒に事態の解決を図ろうとしてくれれば、その分疑いも晴れたのに。
(ひめちゃんの話を出してきたのも……私の追及をかわすため?)
今まで見たことない彼女の一面と、一転して角が立たないように私の質問から逃れた対応の上手さ。
私の質問を煙に巻くために、それらを一部の隙もなくこなしてきたように感じる。
私と彼女がマシな関係になったときのことを思い出す。
2人っきりのサロンで話したときは、真摯に胸の内を曝け出そうと必死な印象だったけど。
今日はそのときと別人のような振る舞いだった。
結局、何の事実も確認できないまま夏八木さんへの疑いが濃くなる、という結果に終わる。
でも、打つ手がなくなった訳じゃない。まだ話を聞ける人は残っている。
私には、魅惑的な幸せが惜しくて話を聞けなかった人が、今も傍にいてくれてるのだから。