もしもMyGoのそよが百合営業カフェでバイトを始めたら   作:りょーへい

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美月ストーリー
06. 夏八木そよと綾小路美月


 

 

 朝。女の子は高層マンション最上階の一室で、学校へ行く前にお気に入りの紅茶を飲んで心を整える。

 学校のためじゃない。バンドのためでもない。

 

(一番仲良くなりやすそうな子は、やっぱり美月ちゃんかな。真面目な働き者って感じだから、仕事を手伝いに行ったら仲良くなれないかな?)

 

 まだ学校に行ってもないのに気が早過ぎる気持ちの準備だが、そのくらい女の子の中では重要なことだった。

 一番仲良くなれそうな人ですら、いまいちキャラが掴めずどう接するべきか不安が大きい。

 とてもじゃないが、気楽に構えられなかった。

 

「……大丈夫。私独りっきりってわけじゃないんだから」

 

 紅茶に映る不安げな女の子を励ますように呟きが漏れた。

 女の子は昨日勇気づけてくれた先輩の笑顔を思い出す。

 紅茶に映る表情は、幾分和らいだものになっていた。

 

 

 

 時を同じくして。

 

 朝。()()()は3階建ての一般的なアパートの一室で、紅茶を飲んでいた。

 飲みながら考えていたのはこれから登校する学校のことではない。

 

(新しい人が入ってきた。私が、フォローしなきゃ。前は私のせいで、あんなことになったのだから……。純加さんが誰も欠けないようにって、ブルーメの決まりを作ったのに)

 

 自分の身勝手な行動がきっかけとなってその決まりが危うく破れかけ、リーベのみんなにもたくさん迷惑をかけた。

 

(あのときの贖罪を、今こそ果たすべきよ)

 

 女の子は心の中で決意を固くするが、顔や肩に力が入り過ぎてることに気付いてなかった。

 

(私が頑張らなきゃ。長崎さんの負担を少しでも減らしてあげて、働きやすくなるように……)

 

 

 

 

 

 10月3日、火曜日

 

 由緒正しいお嬢様学校として知られる名門、月ノ森女子学園。

 その評判を裏付けるかのように、富豪のお嬢様やコンクールで賞をとるような一流の生徒が多い。

 そんな、他校の生徒から憧れの視線を集める月ノ森の放課後に。

 私はクラスメイトから宿題を手伝って欲しいという、急なお願いに応えていた。

 今日もリーベでバイトがあるから可能な限り急いで、さりとて急いでる素振りは決して見せずに手伝う。

 用事があるというときに煩わしいな、という気持ちも少なからずある。

 でも頼られるのは嫌いじゃないし、クラスメイトとの関係だって疎かにはできなかった。

 

「ありがとーそよちゃん! 助かったよー!」

「どういたしまして♪ それじゃ、ごきげんよう」

「ごきげんよう」」

 

 実にお嬢様学校らしいやりとりを当たり前のように交わす私たち。

 ふざけて言い合ってるわけじゃなくて、この学校の挨拶は基本ごきげんようなのだ。

 今ではすっかり馴染んだ言葉に何を思うわけでもなく、私は急足で教室を出てリーベに向かった。

 

 遅刻ギリギリにならないか心配だったのだけど。

 お店がある雑居ビル前に着いたとこで時計を見ると、思ったより余裕があった。

 

(よかった。2日目にして遅刻ギリギリなんて感じ悪いもんね)

 

 反感を買いそうな出勤時間にならなかったことに安堵して、鉄製の非常階段を2階まで上る。

 裏口の鉄扉を開けようとして、ふと思い出した。

 

(そういえば、リーベでの挨拶も『ごきげんよう』なんだっけ?)

 

 昨日帰りがけに純加先輩から教わったことを思い出す。

 まさかあんなマンガみたいな挨拶を月ノ森以外でも日常的に使うことになるなんて思いもしなかった。

 

(でも。営業以外でお嬢様らしい習慣があるなんて、なかなかこだわってるお店なんだな……)

 

 ごきげんようという挨拶に躊躇いを覚えるわけでもなく、新人のくせして生意気な発想をしてしまう。

 こう思うのも、3年以上毎日使ってるから今さら抵抗のての字もないからだろうな。

 

(とにかく、今日も頑張ろう。仕事もだけど、美月ちゃんとの仲のことも)

 

 どちらかというと後者に対して意気込みながら、裏口の扉を開けて挨拶しようとして

 

「ごきげん、よーぅ…」

 

 意気込み虚しく途中で尻すぼみしてしまったのは、圧の強い話し声が飛んできて気圧されたからだった。

 バックヤードで美月ちゃんと陽芽ちゃんが話をしているのだけど、明らかに穏やかな雰囲気じゃなさそうなのだ。

 

「——大体ねぇ! ホントはアンタもフォローするくらいじゃないとダメなのよ!? もう半年もいるんだから!」

「そ、そうはいっても相手はサロンじゃ上級生だし難しいって……」

「それは理解できるから、私がその分フォローするって言ってるのよ! ……それで、しばらくは前ほど姉妹できないかもしれないって話をしたの」

「いやだからさ! 別にそこまで神経質に考えなくてもいいんじゃ……」

「ダメよ。ていうか……ア ン タ が 楽 観 的 す ぎ る だ け で しょ!!」

「ソ、ソンナコトナイッテ…」

 

 ゴゴゴゴゴゴ……!

 そんな効果音が聞こえてきそうなくらいの迫力で美月ちゃんが陽芽ちゃんにガミガミ詰め寄っている。

 喧嘩するほど仲がいい、とは言うけれど。

 昨日のサロンでの小芝居で見たのとはベクトルが違いすぎる()()()に戸惑いを禁じ得ない。

 というか、昨日の美月ちゃんから豹変ぶりが凄くて私はそっちに目がいってしまう。

 

(美月ちゃん……いくらなんでも厳しいっていうか、こんなに怒る子だったの……?)

 

 なんだか初めて見た優しそうな印象からどんどん離れてきて、怖くなってきたな。

 うん、もはや今の美月ちゃんは怖くて、普通に近寄り難い。

 昨日見たはずのあの柔和な雰囲気はどこかに置いてきちゃったのだろうか。……そんなわけない、と思いたい。

 

(……いやいや、真面目が過ぎるかもってのは想定済み! こんなことで挫けてちゃダメだよね。きっと大丈夫、大丈夫……)

 

 弱気にならないよう内心で自分を励ましてると

 

「相変わらずだねーあの二人も」

「純加先輩」

 

 いつのまにかバックヤードに来てた純加先輩が、私の隣でぼやく。

 昨日最初に見たギャルモードじゃなくて、リーベの制服に着替えた橘様モードだった。

 

「こぎけんよう、そよちゃん! あの2人はいつもあんな感じだから気にしないでいーよ」

「ごきげんよう。……美月ちゃんがいつもあんな感じって、本当ですか?」

 

 実際目の当たりにしてるからもうそういう面は疑わないけど、そんな頻繁になるのは流石に第一印象や昨日の小芝居の様子からかけ離れすぎてる。

 もはや二重人格を疑うレベルで信じられない。

 

「うん、ひめちゃんが絡むとしょっちゅうだね。サロンではもちろんそんなことないよ。でもホント、営業中とそれ以外じゃ矢野ちゃんは全然違うよねー」

「あ、あはは……」

 

 それはあなたもですよね、と強く思ったがもちろん口にはしない。

 純加先輩の別人っぷりはともかく、美月ちゃんが陽芽ちゃんと絡むときとあんな激しくなるなんて。

 喧嘩気味だから本当は仲が悪いのかと一瞬思ってけど、これがいつものことなら不仲なわけじゃないんだと思う。

 ここまでぶつかり合えるのも、それだけ陽芽ちゃんと気の置けない仲だから、なんだろうか。

 

(それにしたって、今も尚ガミガミ責められてて陽芽ちゃんも可哀想だし、気にするなって言われても……あ、頃合い見て純加先輩が宥めるつもりなのかな?)

 

 なんて先輩としての良心を当てにしてたのだけど。

 

「そーだ、そよちゃん。舞さんから聞いたけど部活やってるんだってー? バイトと掛け持ちで大変だったりしない?」

(えっ、全然気にもしてない!? 2人の間に入るどころか放置する気満々なんだ……)

 

 純加先輩は2人の騒ぎなんかより私の部活、とばかりに話を変えてきた。

 陽芽ちゃんと美月ちゃんがまだギャイギャイ騒いでるのに止めようともせず、日常のようにどこ吹く風で。

 あんまりにも当たり前のことのように流すから、もうあの2人はそういうものだと割り切ってひとまず置いておくことにした。

 

「えっと……部活は今忙しい時期じゃないので、大丈夫ですよ? 顧問の先生に相談したら無理に出なくてもいいって言ってもらえましたので」

「そっか。ならいいけど……何か問題があったらいつでも言ってね。舞さんはあんなナリでも店長だし、言いづらかったら私に相談してくれてもいいから」

「あはは……ありがとうございます」

 

 確かに店長は社会人のはずなのに、小柄な陽芽ちゃんと同じくらいの身長でしかもかなりの童顔でいらっしゃる。

 何も知らなければ成人女性にはとても見えない。

 言いたいことは分かるし同意もするけど、流石に表立って協調できず愛想笑いで誤魔化した。

 

「てかさ、部活ってなにやってるの?」

「吹奏楽部です。楽器はコントラバスを担当してます」

「コントラバスって……低音で、おっきなバイオリンみたいなやつ? 弾くの難しくないの?」

「そうですね……でも家でも練習もしてたので、おかげで早めに慣れたと思います」

「家で練習って、自分の楽器持ってるってこと? へぇ〜……」

「ど、どうかしましたか……?」

 

 しみじみした表情で私を見てくるので、私は落ち着かなくて尋ねてしまう。

 

「いや、やっぱお嬢様らしいなーって。あんまり周りにそんな人いないから感心しちゃった!」

「いやいや、そんなことないですよ~」

 

 先輩の本気そうな感心に、とりあえず笑って謙遜を返しておいた。

 私は月ノ森に通う多くの子たちと違って、名家とか富豪の家の子じゃない。

 お母さんが仕事を頑張ってくれてるおかげで他より少し裕福な、ごく普通の一般家庭の子。

 だから、こういう風に言われるのは正直複雑なのだけど。

 わざわざ訂正するほどでもないと思って適当に流すことにした。

 

 なんて話してると美月ちゃんがバックヤードから出ていった。たぶんサロンに掃除しに行ったんだろう。

 私も着替えて手伝いにいこう。少しでも仲良くなれそうなチャンスを大事にしなきゃ。

 

「私もそろそろ着替えて準備しますね」

「うん。今日もよろしくね!」

「はい。よろしくお願いします」

 

 純加先輩に挨拶して更衣室に入る。

 着替えながら、改めてさっきまでおしゃべりしてたギャルな先輩について考える。

 

(やっぱり、ここのバイト仲間で唯一話しやすい人だな。最初の自己紹介のときは先輩とこんなに話せるなんて想像もできなかったけど。でも本当に、このお店に純加先輩がいてくれて助かったな……)

 

 あの人がいなかったら、あの3人と一緒に働き続けていくのは気が重かっただろうから。

 そんな状況にならなかったことに胸を撫で下ろしつつ、着替え終わった私はそのままバックヤードからサロンに向かった。

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