もしもMyGoのそよが百合営業カフェでバイトを始めたら 作:りょーへい
この章は視点が2人の間でコロコロ入れ替わります。
ご了承ください。
57. 間宮果乃子と長崎そよ
昼過ぎにひめちゃんたちと別れてカラオケを出た私は、これまでの経緯を整理しながら街を彷徨っていた。
その整理が一区切り着いたとき、分厚い暗雲からとうとう雨が降り始まる。
意図せずリーベの近くまて来ていた私はスマホで時刻を確認した。
(……まだかなり早いけど、他に時間潰しも思いつかないし、もういいや。裏口前で待ってよう)
そうして私は、待ち合わせ場所である雑居ビルへ逃げ込むことにした。
雑居ビルに着いた私は非常階段を2階まで上る。
リーベ裏口前に着いたと思ったら、本降りまで強くなった雨風に横から晒される。こんなところであと2時間近くも待つことになってしまった。
(どうしてこんな天気の日に、こんな場所を、あんな時間に指定しちゃったんだろう……)
溜息をつきながらさらに非常階段を上り、雨に濡れない中3階の踊り場に腰掛ける。
遠く空の方を見やると分厚い雨雲に覆われていて、雑居ビル街の風景はより一層薄暗く、陰鬱に映っていた。
その風景は今の心境とシンクロし過ぎていてマズかった。
鉄製の階段は勢いの強い雨に打ち付けられていて、バチバチと煩い音に塗れながら膝を抱いて縮こまる。
鬱屈した天気が醸し出す鈍重な雰囲気に心が引っ張れて、私はどうしてもネガティブな考えに浸ってしまう。
彼女がこういう暴挙に出たのは、十中八九私の身勝手のつけだ。
私とひめちゃんを共依存させようと企んだことが何よりの証拠だった。
だったら。私に彼女を批判する資格は無いんじゃないか。
彼女を真っ向から止められる自信が持てない。
けど、いくら私に非があろうが彼女のやったことは許されるものじゃない。
そして馬鹿な私は純加さんとの喧嘩を引き起こし、酷い裏切りを犯したんだ。
だからこそ。他の誰でもなく、根本の原因たる私が止めなきゃいけない。
でも、どうしても不安と罪悪感で心を強く持てないから。
顔を膝に埋めて、一向に止む気配のない雨をBGMにウジウジと迷っていた。
ジジジ……ビカッ
という音と共に白い光を感じて顔を上げると、リーベ裏口の蛍光灯が点いていた。
辺りが暗くなったから自動点灯したんだ。
いつの間にそんな時間が過ぎていたのかと驚いて、慌ててスマホを見る。
もう指定した時刻の10分前だった。
10月末の雨天となると辺りはすっかり真っ暗で、おまけに相変わらず雨足は強い。
そんな陰湿さが増した光景が、私の心をどんより重くした。
もうすぐ、リーベの人間関係をめちゃくちゃにした犯人と話さなきゃいけない。
自分がいかに筋違いでも、私が彼女を止めないといけない。
いつまでもウジウジしてるわけにいかないし、雰囲気に吞まれてる場合でもないんだ。
分かっているのに縮こまったまま立ち上がれない私は、スマホを取り出して電話をかけていた。
しばらくコールが鳴った後、久しく話してなかった人の声が聞こえてくる。
「……もしもし?」
「……純加さん……」
「果乃子ちゃん? ……どうかしたの?」
最近碌に目も合わせなかった相手からの電話に、どこかぎこちない声の純加さんは戸惑ってるみたいだった。
こんな時こそ電話をかけた私がしっかりしないといけないのに、何て言おうか迷って言葉が出てこない。
(……このままじゃ不安に押しつぶされそうだからつい純加さんに電話かけちゃったけど……何話すかまで考えてなかった……どうしよう……)
「……果乃子ちゃん、もしかして今外にいるの? こんな雨の中?」
普通電話で雨音なんて拾わないはずなのに。
本降りに加えて雨音の響く非情階段にいるからだろうか。
私は誤魔化す口上も思いつかず嘘をつく余裕もないから、余計とは思いつつ正直に言ってしまう。
「……今、リーベの裏口前です」
「へっ? 今日リーベ休みなのに? なんで?」
「夏八木さんと待ち合わせしてるからです」
「果乃子ちゃんが……そよちゃんと? それもこんな時間に、わざわざそこで!? 待ってよ、色々意味わかんないんだけど……」
確かに、今の状況を口にしてみると凄くカオス地味てる。純加さんの驚き様ももっともだ。
でも、決着が着く前にこれ以上漏らすのは違う気がして。私は話を逸らした。
「純加さん。私、今日ひめちゃんとカラオケ行ってきたんですよ?」
「……へー。相変わらず順調にいってそうでよかったね。まぁ、あたしも今日そよちゃんとライブ行ったし? 寂しい休日にならなくてよかったなー」
「…………そっちこそ随分と順調そうで良かったじゃないですか」
「いや、あたしのは果乃子ちゃんたちのデートと違うでしょ」
明らかに拗ねた声色で否定する純加さんに、相手はそのつもりだったんですよ、とは言わずに。
純加さんにとっての朗報をまず1つ、先にお知らせすることにした。
「私だって純加さんが想像してるものと違いますよ。矢野さんもいたんですから」
「矢野ちゃんも!? ……どーゆーこと?」
「2人を仲直りさせたってことです。喧嘩の原因をはっきりさせて、お互いの誤解を解いて。あの2人はもう大丈夫です」
「それって……果乃子ちゃんがなんとかしたってこと? でもどうして……果乃子ちゃんはそうなったら困るんでしょ?」
「……全く困らない、と言えば嘘になりますけど。とにかく、純加さんとしては嬉しいことでしょう?」
「そりゃそうだけど……」
ひめちゃんが大事な私らしくなくて納得がいかないんだろう。
でもスマホの時間を見ると、もう約束の時間に近い。そろそろ切らなきゃいけなかった。
だから、ここで宣言しよう。
私が自分の引け目に負けて怖気付かないように。
相手の罪をきちんと糾弾して、ここで止めるために。
勇気を奮い立たせたかった。
「純加さん。明日になったら、元のリーベに戻ってます。純加さんが大好きなリーベに、私が戻しますから。また明日からよろしくお願いしますね——お姉様」
「果乃子ちゃん……。——待って、そよちゃんと待ち合わせてるって言ったよね? まさか——」
ブツッ。
まだ話を続けたかっただろう純加さんとの通話を切る。
どうやら何か勘付いたみたいだけど、まだ話すわけにはいかない。
説明も、謝罪も……仲直りも。全部決着した後だ。
(絶対、純加さんと仲直りする。胸張って仲直りするために、あの人を私自身で止めるんだ)
18時ジャスト。私はようやく戦う覚悟を決めた。
もう陰鬱な景色にも、煩わしい雨音にも惑わされてはいなかった。
女の子が雑居ビルの非常階段で、決意を固める5分前。
そのビル前にもう1人の女の子が、傘を差しながら姿を現した。
あの頃からいくら時が経っても。雨は変わらず大嫌いだった。
何よりも大切だった宝物の崩壊を思い出して、未だに癒えない古傷が痛む。
よりにもよって今日このタイミングで土砂降りなんて、お天道様が本当にいるなら私にだいぶ意地悪らしい。
傘が鳴らすボツボツ音に塗れながら、私はすっかり見慣れた雑居ビルを歩道から見上げる。
でも雨で見ずらいのも相まって、相手が既にいるかどうかの確認ができない。
スマホを見る。予定通り、指定の時間5分前にビルの目の前まで来れた。
あとは非常階段を上がるだけ。なのに、意味もなく立ち尽くしている。
スマホはしまったのに、視点は下に向いたままだった。
陽芽ちゃんたちの件が全部分かったと言った以上、向こうは私が何をしたか裏まで知ってるはず。
美月ちゃんに嘘を吹き込んで陽芽ちゃんと仲違いさせた。
表向きはさもみんなのためにって振る舞っておきながら、本当は2人が仲直りしないよう意図的に唆していた。
それらがバレた以上、私の悪は言い逃れようがない。正義は完全にあっちにある。
(それでも……このまま黙って負けを認めるなんて、絶対できない! いくら私が悪かったとしても、ずっと間違いを押し通してきたあいつにだけは、純加さんを渡せない! 私が純加さんを苦しめる間違いを成敗して、陽芽ちゃんたちの仲だって元に戻して、あいつには今までの報いを受けさせなきゃ!)
これが身勝手な言い分なのは重々分かってる。
それでもこの怒りを、誰に否定されても曲げるつもりはなかった。
純加さんを、私の大切な人を、ずっと都合よく振り回してきたことが許されていいはずがないのに。
そいつがのうのうと認められて、その理不尽を正そうとした私だけ許されないなんて……惨めすぎる。
(……いや、展開次第じゃまだ立て直せるんだ。あいつを味方に……都合の良い駒にできれば……)
向こうに大義があっても、付け入る隙が無いわけじゃない。
むしろ、圧倒的有利な立場に似つかわしくないほど大きな弱点を抱えている。
そこを的確に突けば、この窮地から逃れるだけでなく純加さんと結ばれることだって不可能じゃない。
例え言い逃れできない負い目があっても、誰にも縋れず生きてきた私が、誰かに縋って生きてる女に負けるわけがないのだから。
崖っぷちな状況のはずが、考えてみればそれなりに勝算があるくらいだった。
きっかり5分かけて、強く強く怒りを滾らせつつ逆転のための糸口を見出す。
(私は純加さんだけが好き。他に好きな人がいる女と違って、純加さんだけいればいい。あんなやつと比べものにならないくらい、純加さんを大切に思ってる。絶対に……渡さない!)
ジャスト18時。私は傘をたたんでビルの非常階段を上り始めた。
カン、カン、と階段を踏む音を聞いて。
内気そうな女の子は、強気を保ったまま緊張を走らせる。
それでも、このままじっとしていたら吞まれそうだから。
負けられない理由を思い返し、戦意を奮起させる。
立ち上がり、階段を降りて裏口前へと向かった。
階段を上りながら、自分のとは別の足音が上から聞こえてきて。
おしとやかな女の子は既に相手が待ち構えていることを察した。
攻撃的な覚悟を胸に秘めていても、一瞬ズクンと嫌な脈動が心臓から全身に駆け巡る。
不快な感覚に気が弱らないよう、怒りのエネルギーで跳ねのけながら階段を上った。
女の子が裏口前から踊り場を見下ろしたのと。
女の子が踊り場から店の裏口を見上げたのは。
ほぼ、同時だった。
「待たせちゃったみたいでゴメンね~? ——果乃子ちゃん」
「待ってましたよ。全部話してもらいますから——夏八木さん」