もしもMyGoのそよが百合営業カフェでバイトを始めたら   作:りょーへい

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60.  告白

 

 

「2人とも……そこまでだよ!」

「純加さん!?」

 

 お互いの胸倉を掴みながら拳を振りかぶる私達に、その人は息を整えつつもう一度制止してきた。

 荒い息遣いで階段を上りながら近づいてくる人の顔は、眼鏡をはたき飛ばされてるから見えないけれど。

 その声は半年聴いてきたから、誰なのかは分かる。そもそも私達がここにいると知ってるのは純加さんしかいない。

 でも、いくらなんでもこんなに早くは来れないだろうと思っていた私は驚き以上に疑問が強かった。

 

「どうして……さっき電話したばっかりでこんなに早く……」

「偶然この近くにいたんだ。……ったく、さっきの電話で嫌な予感がしたから急いで駆けつけてみれば……」

 

 天気の悪い日だから、でっきり純加さんは家にいると思って電話したのに。

 とんだ誤算だ。馬鹿正直に喋ったのが裏目に出てしまった。

 純加さんには見せたくなかった醜態に、私と、どうやら同じ思いらしい夏八木さんもバツが悪そうに黙るしかなかった。

 

「とりあえずお互い離して。あたしが来たからには喧嘩はもうなしだよ」

 

 仲裁しようと私達の間に入る純加さんの厳しい表情もようやく見えてきた。

 まだ話は済んでないからお互い不完全燃焼だけど、言う通りにするしかない。

 純加さんはお互い睨み合いながらも黙って従う私たちを見ながら、呆れた顔で嘆息する。

 

「それで、なにが——」

「純加さん、ごめんなさい!」

 

 そんな純加さんに、夏八木さんは頭を下げて謝罪の形で割り込んできた。

 私はそれが、ただの謝罪じゃないことだけは一瞬で悟る。

 

 (この人……何のつもりで……!)

 

「そよちゃん?」

「果乃子ちゃんと喧嘩なんかして、心配かけてごめんなさい。お互い言い合ってたらこうなっちゃって……。でも純加さんが来てくれたからには、もう喧嘩しないように、今からします」

「今から? どういうこと?」

 

 妙な言い回しに首を傾げる純加さん。

 夏八木さんは目を閉じ静かに息を吐いた後、真剣な顔ではっきり言った。

 

「——好きです、純加さん。恋愛として。私はあなたが好きです」

「……ッ!」

「そ、そよちゃん、急に何言い出して……」

 

 純加さんは面食らってるみたいだけど、夏八木さんが酔狂で言ってるわけじゃないことは察している。

 たぶん、状況が混沌とし過ぎてすぐには飲み込めないんだろう。

 

「ふざけてませんし、本気です。……たぶん、初めて会ったときから惹かれていて。一緒に仕事して、話して。純加さんに助けてもらって。どんどん好きになりました」

「そう言ってもらえるのは、嬉しいけど……」

「私なら純加さんに悲しい思いをさせません。あなただけを愛します。……私は!」

 

 夏八木さんは最後に語気を強くしながら、私を睨みつけてきた。

 どういうつもりが大体わかってきた私は、血の気が引いていくのを感じる。

 

「恋人関係結んでるのに別の人が好きとか。自分の恋愛の話を聞いてもらうために特別でいるとか。そんな都合よく純加さんを扱ったりしません、私は!」

「……そよちゃん」

 

 最近入ったばかりの後輩がここまで深く事情を知っていることに、純加さんは驚きを通り越して戸惑ってるみたいだ。

 そしてその夏八木さんは、私にだけ聞こえるぐらいの小声で話してくる。

 

「さっき純加さんから離れないって言ったよね? なら純加さんから離れたら?」

「な、なにを……」

 

 言ってるのか問おうとして、私の返事なんてハナから聞く気のなかった夏八木さんは純加さんの方に一歩踏み出す。

 

「純加さん、選んでください」

「え?」

「私か、果乃子ちゃん。どっちを恋人にとるか、今ここで選んでください」

「え、選ぶって……」

 

 突然こんなこと言われたら答えに窮するのは、向こうも折り込み済みなんだろう。

 どちらかを恋人に取れ、という行き過ぎた迫り方が、この場で通るわけないことも含めて。

 彼女の本当の目的は、純加さんに考え直してもらうことだろうから。

 

「もう純加さんが傷つくの、私嫌なんです。私が辛いんです! 果乃子ちゃんは陽芽ちゃんが好きなのに、うまくいかないときだけ純加さんに頼って、陽芽ちゃんのことばっかりであなたをずっと傷つけて。それじゃ純加さんは果乃子ちゃんのことがいくら好きでも報われない。そんなの、不毛なだけじゃないですか!」

「……不毛、か……」

「あ……す、すみ——」

「私はあなたを一番に愛してます。あなただけが好きです。だから、私を選んでください。もうこれ以上、傷つかないでください。これからは私が、あなたを守りますから」

 

 夏八木さんの正し過ぎる言い分に、純加さんも納得しそうな雰囲気で私は焦る。

 黙ったままじゃ失いそうな予感に駆られて、なんとか対抗しようと口を動かしたけど。

 彼女の言い分に何にも否定できず弱々しくなる私の声は、対照的に力強い告白に掻き消されるだけだった。

 

「約束します。どっちかでも選んでくれれば、もう喧嘩しないって。仲良くするよう努力します。私だって本当は果乃子ちゃんと喧嘩したかったわけじゃ……」

 

 純加さんから顔を逸らして辛そうな顔をする彼女に、私は歯噛みすることしかできない。

 その表情が、純加さんの同情を誘うための演技と分かってるのに。

 このまま黙っていれば、純加さんがいってしまうと分かってるのに。

 

 (……なんで? この人がひめちゃんたちにやったことを言うだけで大きく変わるのに。この人は好き放題言ってるんだから遠慮はいらないのに。なんで、まともに反論できなかった私に暴露する資格が無いなんて意地を張るの? このままじゃ、純加さんが私から離れていっちゃうのに……なんで私は純加さんに何も言えないの!?)

 

 何を言うべきか迷うから何も言えない。

 何を言いたいか分からないから何も伝えられない。

 喉元で想いがこんがらがって、言葉を出せないのがもどかしくて情けなかった。

 肝心なところで優柔不断な自分自身に呆れ果てて、諦観の念さえ生まれてくる。

 

 (こんな私なんかより、夏八木さんを選ぶんだったら……もう、仕方ない、のかな……純加さん……!)

 

 抵抗を諦めて、それでも縋るように純加さんを見つめる自分をみっともなく思う。

 しばらく沈黙があって、やっとその人は返事をした。

 

「そよちゃん。好きって言ってくれてありがとう。自分よりも他人を気遣うところ、すっごく好きだよ。お人よしなところがあたしと似てて、シンパシー感じてた。あたしも、そよちゃんのこと好きだよ」

「純加さん……!」

 

 声を聞けば分かる。嬉しさと、勝ちを確信したような喜びの感情。

 私とは正反対の心境の彼女と、やっぱり離れていこうとする人から目を背けるみたいに俯く。

 観念しつつも胸に風穴をあけられたような喪失感に耐え切れず、目を瞑って現実から逃避しかける。

 

「でもごめんね。ここで恋人としてどちらかを選べっていうなら、あたしは果乃子ちゃんを選ぶよ」

「……え?」

 

 自分が選ばれると信じていた夏八木さんの、間の抜けたような声が聞こえる。

 暗闇に逃げ込んでいた私は、俯いたまま目を見張った。

 圧倒的に正しいはずの彼女より私を選んだことに理解が追いつかず固まっていると。

 わなわなと震える声が純加さんに何故を訴える。

 

「な、なんで……? どうしてそんな自分勝手な人を選ぶんですか? その人は純加さんを選ばないんですよ!? 全然慕わないし、いくら純加さんが気にかけても何も返さないのに……どうしてなんですか!?」

 

 顔を上げると、狼狽しながらも歪に笑顔を保ってる夏八木さんがいた。

 それをいかにも彼女らしいな、なんて呑気にも思ってしまう。

 実際なんで私なんかを選んだのか分からなくて、私も固唾を飲んで純加さんの言葉を待つ。

 

「……困ったなー。ほんとになんでだろうね?」

 

 苦笑いであっけらかんと言ってのける純加さんに、私たちは唖然とした。

 

「そよちゃんの言ってる通りなんだよね。果乃子ちゃんはひめちゃんが好きだし。ひめちゃんの話を聞いて欲しいときや気まずいときだけあたしを頼るし。実際あたしは……ひめちゃんに嫉妬して、辛かったときもあったな。って、ここ最近もそうだっけ?」

 

 夏八木さんの告白に真摯に返すためか、純加さんが思ってることを包み隠さず言おうとしてるのが分かる。

 事実、そうやって私は純加さんを傷つけてきたし、もしかしたらこれからも……

 

「果乃子ちゃんの恋を不毛って思ったこともあったけど、まさか自分に返ってくるなんて。しかも言い返せないでやんの。ざまあないよね」

「……そこまで分かってて、どうして……?」

 

 またも、もっともなどうしてに。

 純加さんは悲しいような、慈しむような、複雑な表情で言い切った。

 

 

 

「果乃子ちゃんのことが、好きだからだよ」

 

 

 

 ストレートな告白(答え)に私だけでなく、夏八木さんも呆然としたまま何も言えない。

 純加さんは、そんな夏八木さんにありったけの思いやりを込めるように優しく語りかける。

 

「そよちゃん。いつか君のことを、本当の意味で愛してくれる人が絶対現れるよ。そよちゃんはそれだけ魅力的だからね。だから……まずは自分を好きになってあげてよ。——他人を貶めなくても、自分を保っていられるようにさ」

 

 純加さんと夏八木さんは似ているところが結構ある。

 気遣い屋で、人と仲良くあろうと自ら行動する人で——本当に、誰かの助けになれることが好きな人。

 夏八木さんが今回の件を裏で糸引いてるって察していても、純加さんもそうやって信じられるんだろう。

 彼女は、本当はそんな悪い人じゃないって。

 

「……それでも……私は……」

 

 たった1か月足らずで純加さんからそこまで信じてもらえた本人は、笑顔のまま泣いていた。

 自身を支える最後の糸が切れたように。

 ガクっと膝をつき女の子座りになってもなお、柔らかい微笑みを浮かべたまま涙を流し続ける様に。

 壊れてしまったんじゃないかと危惧するほどの危うさを感じる。

 

「それでも私は……純加さんに、選んで欲しかったんです……!」

 

 笑顔を張り付かせたまますすり泣く彼女を、他でもない私が見ているのは憚られて。

 私は心配そうに彼女を見守る純加さんにも声をかけずに非常階段を降り始め、静かにその場を後にした。

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