もしもMyGoのそよが百合営業カフェでバイトを始めたら 作:りょーへい
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一生という言葉は、言葉が持つ重みを無視して軽率に、無責任に扱われ過ぎてると思う。
よく聞く『一生のお願い』なんて大概ふざけて使われたり何度も繰り返されるし。
結婚式を挙げる大人たちでも一生愛し合う誓いを全うしない、なんてありふれてる。
でもそれは、一生という言葉を現実にするのが困難である、という表れでもあって。
なのに私たち子どもが一生を誓って本当に成し遂げようとするなんて、もはや奇跡に近いんじゃないだろうか。
実際高校生にもなると誰も冗談以外じゃ使わないし、誰も言葉通りになんて受け取らない。
そんな普通に縛られず、本気でその子供騙しが使われてる場面に遭遇したのは、今年の春のことだった。
去年にCRYCHICが壊れて以来、私が燈ちゃんと立希ちゃんの3人で再会したあの日。
燈ちゃんはバンドをする条件として、約束して欲しいとお願いしてきた。
「
真剣な顔で、重々しく零れたそのお願いを私は即了承した。
半分はCRYCHIC復活のために燈ちゃんたちを繋ぎ止めるため。
もう半分は、本当にCRYCHICが復活したら一生続けばいいなって思ったから。
そしたらもう、あんな別れは訪れないから。
あのときの私は、都合の悪い部分は無視しつつ自分で創った都合の良い夢に魅せられて。
半分以上、自分から騙されにいった。
その後、私は最悪な形でCRYCHIC復活という夢から覚めた。
自暴自棄になってバンドに関わる全てから逃げようとした。
そんな私に会いに来た立希ちゃんは「一生バンドやるって言った」と、そのときの約束を持ち出す。
「あんなの嘘だよ。燈ちゃんを繋ぎ止めるためだけの嘘」
私はさもなんでもない風に言い放った。
立希ちゃんたちバンドメンバーに二度と会わなくて済むように。ここできちんと決裂するために。
立希ちゃん相手なら燈ちゃんを騙したと主張するのが一番効果的だと考えたから。
そういう打算的で冷えきった思考の裏で、ギザギザに尖った感情もあった。
それは一生なんて言葉を軽々しく使って、余計な期待を膨らませた燈ちゃんへの八つ当たり気味な怒りだった。
そうして私は、半分は本心から想っていた願いまで嘘にしてしまった。
あのときの私は唯一の願いをズタズタにされたばかりで自棄になっていた。
だから立希ちゃんへの決裂宣言以降、しばらくスレた考えにばっかり堕ちていた。
そもそも、一生なんて言葉自体がまやかしなんだ。
血の繋がった家族ですら、一生の繋がりが保証されてないというのに。
※ ※ ※
「純加さん。私、夏八木を含めると3つ名字があるんですよ?」
「……それって……」
「私は、小学5年生まで『一ノ瀬そよ』でした。そこから親の都合で、母方の名字に変わったんです」
流石に親の離婚を明言できなくて、どうしても迂遠な言い回しになってしまう。
でも純加さんは無遠慮につっこんでこないから、たぶん察してくれてると思う。
「お父さんがいなくなって。ずっと変わらないと思っていた関係があっさりなくなって。どれだけ近しかろうが、不変の関係なんてないんだって知りました。自分がどれだけ信じていても、相手次第で簡単に捨てられる。そう思ったら、怖くなったんです。人に嫌われることが」
「…………」
「それからは誰にでも、お母さんにすら顔色を伺うようになりました。嫌われないように、受け入れてもらえるように。相手の望みに応えよう、頼られる存在であろうって。そうすれば……裏切られないんじゃないかって……」
ずっと、自分のために人に優しくしてきた。
自分の心を守るために、自分の本音よりも他人の望みを優先して。
いつしか心の声を無視した言動が上手になっていった。
おかげで嫌われるようなことはなかったけど、代わりにずっと孤独で心細かった。
あの居場所に出逢うまで、心が満たされることはほとんどなかったから。
「月ノ森に入ったのもお母さんの希望に応えるためだけだったんです。吹奏楽部に入ったのもクラスメイトに頼まれたから付き合って信用を得るため。中学になっても相変わらずでした。でも、3年生になって突然話したことないクラスメイトから誘いがあったんです。バンドやらないかって」
「……そっか。そこでCRYCHICに入ったんだ」
ずっと静聴してくれた純加さんが、優しく微笑んで相槌を打ってくれた。
私もほとんどない気力を振り絞って微笑んで頷く。
「今日、カフェで5人組に会いましたよね? そこにいた、水色の髪で両サイドをリボンで結んだ子がいたのを覚えてますか?」
「うん、一番最初に店から出て行った子、かな」
「はい、あの子が私たちを集めたんです。学校の垣根さえ越えて、私たち5人は喫茶店で集まって、CRYCHICは結成されました」
その後も思い出話をさせてもらった。
ボーカル担当の子が歌えないから練習ついでにカラオケで遊んで、そこからみんなと仲良くなり始めたこと。
オリジナル曲を作って、スタジオで練習を重ねたこと。
SNSでCRYCHICのアカウントを私が作って、5人で撮った写真をあげたこと。
その頃にはそこが唯一心から笑える居場所になっていて、人生で一番幸せだったこと。
そして、初ライブを大成功させて、みんなで感動を分かち合ったこと。
気の合わないところもあったけど、その子たちのことを本当に運命共同体と思えてきたところに……突然CRYCHICを作った張本人が脱退して、バンドが崩壊していったこと。
「そのときの私は、認められませんでした。あんなにみんな楽しそうにして、仲良かったのにって。こんなの間違ってる、みんなも元通りになることを望んでるって、勝手に決めつけて疑わなかったんです。……結局、私の独り相撲だったんですけどね……ふふっ、おかしいですよね」
少しでも重くならないようにって意識したら、思わず自嘲気味になってしまった。
そんなことしても無駄なのは純加さんの顔を見れば分かるのに。
ほら、なんと言っていいか分からないみたいに困惑してる。
「1人でCRYCHIC復活のために散々足掻いて、結局無理なんだって思い知ったあと、なんだかんだ今のバンドに落ち着いて。CRYCHICへの執着はなくなったと思ってました。そう、思いたかったんですけど……やっぱり、忘れられる訳なかったんです。宝物みたいにキラキラ眩しかったあの頃が……」
だから。代わりを求めずにはいられなかった。
「前にバイトを始めたきっかけはバンド資金のため、みたいなこと言いましたよね? 嘘ではないんですけど、リーベを選んだ本当の目的は別にあって。ここがCRYCHICの代わりになりそうな予感がしたから、飛び込んでみたかったんです」
ようやく昔話を終えた私は、純加さんから顔を逸らして遠くの空を見つめる。
雲に阻まれて見えないだけで、確かにあるはずの一等星を幻視して。
心の奥底にしまいながらずっと溜め込んできた願いを、独り言みたいに呟いた。
「どうしても……あの頃の私に戻りたかったんです……」
「……そよちゃん」
「アハハ、結局全部がぜーんぶ、自分を満たすための卑しい偽善だったんです。お嬢様を演じて働くことも、サロン係1人1人と仲良くなろうとしたことも、その先でみんなと楽しく働こうとしたことも。全部私の心を満たすためってだけ。そんなヤツだから……好きな人が奪われたくらいで、メッキが剥がれたんです。純加さんが私の、一番の拠り所になってたから……」
「……だから、なんだ。恋愛で、振り切っちゃったんだ……」
「……だから、純加さんに気を遣われるような人間じゃないんです。私のは、優しいなんて言われる資格の無いものだったってことですね」
ここまで話してから、嫌われるのが目的なんだから愛想を無くしたり憎まれ口叩いた方が合理的だったな、と気付く。
それでも私が根っからの偽善者で、同じ状況になったらまた繰り返しかねない人間であることはよく分かったはず。
純加さんが大事にしてきたリーベの人間関係を二度と壊されないように、こんな危険因子でしかない私を突き放しにかかるだろう。
むしろなじらたり責めらたり、幻滅した憤りをぶつけてくることを覚悟して黙った。
その権利が純加さんにはあるし、この人からなら甘んじて受けたかった。
なのに。
「違うと思うな。そよちゃんは、やっぱり本当に優しい子だよ。少なくともあたしはそうとしか信じられない」
少しも難しい言い回しじゃないのに、意味を理解するのに時間がかかる。理解しても到底納得できなかった。
こんな話を聞いて、どうしてまだそんなこと言えるのか。
何を考えてるのか分からなくて純加さんの顔を覗く。
何かの皮肉か、嫌味かと勘繰っていたけど。
真剣な眼差しからその推測が間違いなことだけは分かった。
「例え自分を受け入れてもらうためでも、それだけ器用なら他にやり用があったはずだよ。なのに人のためになろうとしたり、あたしたちとも仲良くなろうしたのは、そよちゃんの優しさだよ」
「でも……私は……」
「そうだね。昔も、今回も、酷いことした。それを擁護するつもりなんてないよ。でもね、だからってそよちゃんが積み重ねてきた行動全部を否定したくないな。これからちゃんと謝って、許してもらえるように頑張って、あとはもう繰り返さなければいいだけだよ」
ここに至って、私は怖くなった。
だって、この優しさは損得勘定が度外視され過ぎててあり得ない。
いくら純加さんの言葉でも、全く信じられない。
私を残したら、また大切なリーベが壊されるかもしれないのに。
どうしてまだ私を慮るようなことを言うのか。
メリットどころか、リスクしか招かないのにまだ受け入れようとしてくれる優しさなんて、今の私は外面でも受け取れない。
「……なんでなんですか? 仮にみんなと仲良くなろうとしたことが本物だったとしても……みんなの仲を引き裂いた時点で、私なんて受け入れてもらえるわけないじゃないですか! 私はもう……ここにいちゃいけない存在なのにっ!」
ここまで話せば嫌われると思ってたから。拒絶されると思ってたから。
見捨てられると、思ってたから。
逆に私へ手を差し伸べてくれる理由が分からなくて、それが怖くて。
大好きな人でさえ、拒絶してしまった。
自分からここを立ち去ればいいのに、もう1歩も動く気力が湧かないからうずくまることしかできない。
いっそ離れて行って欲しくて。放って置いて欲しくて。
私はふさぎ込むように膝を抱いて目をギュッっと閉じ、独り暗闇の世界に逃げ込んだ。