もしもMyGoのそよが百合営業カフェでバイトを始めたら   作:りょーへい

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63.  救い

 

 

 非常階段に腰掛けたまま膝を抱いて顔を伏せ、真っ暗な世界に逃げて純加さんを拒絶する。

 ここまで独りよがりで面倒くさい私なんて、放っておけばいいのに。

 

「……あたしにもさ、許せない人っているんだよね」

 

 暗闇の外から優しく語り掛ける声があった。

 耳までふさげなかった私は無言で耳を傾ける。

 だってそれは、ライブ後のカフェでは話してくれなかったことだったから。

 本当は話したくなかっただろうに、話す義理も筋も必要も無いのに。

 私のために、抱えているものをさらけ出してくれてるって分かったから。

 

 (私のため、だけに……)

 

 またしても合理に反した優しさに、何か引っかかる。 

 純加さんにはリスクしかないのに、私を受け入れようとしてくれたり、話したくないことも曝け出してくれたり。

 こんな自分のためにならない優しさ、私にはできない。

 そんな優しさが、リーベに入る前からの悩みを思い出させる。

 ずっと苦しみながら向き合ってきた、偽善な自分への答えに繋がってる気がした。

 

「そいつも昔サロン係だったんだけど、遊び半分で人を弄ぶようなクソ野郎だったよ。途中から加入したくせに当時あたしの妹だった人に恋愛をちらつかせて近づいて。籠絡された妹はあたしから離れていった。そうやってリーベの人間関係を壊すだけ壊しときながら、あいつはその妹をあっさり捨てて消えたよ。それがきっかけであたしは恋愛が嫌いになったんだ。あたしの大切な妹をおかしくして傷つけた身勝手な恋愛を憎んで、恨んですらいたよ」

 

 知らなかった。

 明るくて陽だまりのようなこの人が、女の子なら大概が好きそうな恋愛をそんな風に思ってたなんて。

 というかそんな魔女みたいな人、現実にいるんだ。ドラマとかでしかあり得ないと思ってた。

 

 (……って、私そんな最低な人と同じようなことしたんだよね……)

 

 ショックで心がベコッと凹む私を余所に、純加さんは話し続ける。

 

「あのときは恋愛のせいで大切な人が奪われて、恋愛のせいで大事な場所がめちゃくちゃにされて、恋愛なんてクソだと思ってた。なのにそんなあたしが新しい妹に恋しちゃって。でもその子はひめちゃんが好きで、どうしても嫉妬しちゃうから。今度は恋愛のせいで、守りたい妹を傷つけるかもしれないことが怖かった。……そうだよ、あたしだって身勝手な恋愛で、周りを傷つけて振り回したんだ。それもあるからだろうな、確かにそよちゃんが悪いんだろうに責める気になれないのは」

 

 今さら私を嫌いになれない理由に気付いたらしくて、間が抜けてるように思った。

 そして私なんかよりも人として強く優しいこの人ですら、恋愛に振り回されて悩むなんて意外だった。

 人間関係のことなら、全般スマートにこなすと勝手にイメージしてたから。

 

「そんなあたしを、果乃子ちゃんが助けてくれた。恋愛に囚われて1人で勝手に苦しんでたあたしは、果乃子ちゃんのおかげで救われたんだ。確かに勝手だよね。他に好きな人がいるのに、あたしを突き離さないで恋を続けさせるなんて」

 

 純加さんに振られる前までなら、その通りだと憤って仕方なかっただろうな。

 でも今は、私にここまで親身になってくれる純加さんのおかげで考え方が変わり始めていた。

 

「でもね。あたしに恋愛感情を抱いてないのに、何度も突き放すあたしへ手を伸ばし続けてくれた果乃子ちゃんに、すっごく感謝してるんだ。だって他に好きな人がいるのに、そこまで他人の恋に向き合おうとするなんてありえないんだからさ」

 

 それはそうかもしれない。

 私があの子の立場ならそこまで踏み込めるだろうか。

 考えるまでもない。

 私はそれが自分のメリットに繋がらなければ、そんな面倒で重たいことなんて御免被る。

 目的のために上っ面の偽善でなら成せるかもしれない。

 でも、相手のためだけにって理由なら。

 やろうとも、しなかっただろうな。

 

 (相手のためだけに……そっか。こんな簡単なことも分からなかったんだ……)

 

 自分のために相手に優しくするのが私で。

 純加さんや……純加さんの恋に向き合おうとした果乃子ちゃんは、相手のためだけに優しくしていたんだ。

 例えそこに、見返りが一切なかったとしても。

 例え相手に、受け入られなかったとしても。

 

「だからね、そよちゃん。果乃子ちゃんは身勝手なところもあるかもしれないけど、決してそれだけじゃないんだよ」

 

 それはもう、認めざるを得なかった。

 果乃子ちゃんは自分の恋に都合よく付き合わせるために、純加さんを好きでいさせて縛ってるんだって決めつけてた。

 でもそうじゃなかった。自分のことなんて関係なく純加さんの心に寄り添おうとしたんだ。

 考えてみれば、純加さんの性格的に振った後も陽芽ちゃんのことは助けてくれそうなのに。

 むしろ純加さんのことが本当にどうでもいいなら、振った方が楽なのに。

 それでもどうして振らなかったのかは、今なら痛いほどよく分かった。

 

(きっと果乃子ちゃんも、純加さんにもらったものを返そうとしてたんだ。純加さんと同じ優しさを、あの子も持ってたんだ……)

 

 真っ向から告白した上で純加さんを取られて。

 よく知りもせずにあの子を勘違いしてたと気づかされて。

 私が求めてた優しさをあの子は既に持っていて。

 色々な負けに悔しく思うけど。

 偽善と本当の優しさの違いという悩みの答えをようやく見出せて、長くつっかえていたものがとれていた私は。

 顔を伏せたまま心境を素直に吐露する。

 

「……やっと分かりました。私になくて果乃子ちゃんにあるものが。……ずっとあの子を非難して見下してばかりだった私の方こそ、本当の身勝手だったって……」

 

 ようやく独りの世界から一歩踏み出した私は、悔しさ、罪悪感、後悔、劣等感、色んな感情でぐちゃぐちゃだった。

 そんな感情の渦を抑えきれなくて、情けない顔になってるから顔は上げれない。

 でも声は上ずっていて、鼻もすするから。

 泣きそうになってるのは純加さんにはバレバレだったみたい。

 

 純加さんは黙って頭を撫でてくれた。

 振った相手に優しくする残酷さを分かってて、それでも放っておけない純加さんらしさに、私は顔を伏せたまま少し笑ってしまう。

 どうせ格好つけたところで今さらか、と思い直して。

 不格好な顔でも純加さんに安心してもらうために顔を上げて。

 みっともない素顔を曝け出して、精一杯の笑顔を創って大好きな人に向けた。

 

 でも。せっかく涙を堪えて笑顔になったのに。

 見栄を張り続けることは、純加さんのせいで出来なかった。

 

 

 

「あたしにはさ。昔のそよちゃんが……無くなったCRYCHICを取り戻そうとしたそよちゃんが間違ってるって、どうしても思えないんだよね」

「……あ、あはは……そんな嘘までついて気を遣わなくっても……もう大丈夫ですから……」

「ううん。CRYCHICっていう居場所が大好きだったこと、そこが壊れて凄く傷ついたこと、傷ついたまま誰にも頼れず1人で守ろうと足掻いてきたこと。悪いことをしたからって、それまで全部否定されるのはあたしが嫌なんだ。……大切な居場所を理不尽に壊されたことがあるから、他人事には思えないんだよ……」

「……すみかさん……そんなこと言われたら……わたし……」

「そよちゃん。その時のこと、たぶん誰にも愚痴れなかったよね。めちゃくちゃ孤独で、辛かったよね。他の誰も認めなかったとしても、あたしはそよちゃんを認めるよ。辛い思いを引きずりながら、それでも大切な物のために一生懸命頑張ったんだって」

「……………………わたし、ずっと誰かにそう言ってほしかったっ! 結局間違ってたけど、みんなのためって本気で頑張ったから……! そこだけは認めてほしかった! でも全部自分で台無しにしたからっ、そんな資格ないって……その罪といっしょに……わたしはこのきずを、一生ひとりでせおって生きてくんだって……。ずっと、ずっとくるしかった! たすけてほしかった! すみかさんっ、わたし……!」

「うん。今は思いっきり吐き出していいんだよ。我慢しなくていい。あたしが傍で受け取めるから」

 

 あの頃から溜め込んでいた痛み、悲しみ、憤り、苦しみ、虚しさ。

 思いっきり吐き出すように泣きじゃくった。

 純加さんの腕の中で、純加さんにしがみつきながら、夏のライブのときぐらい涙がボロボロと溢れて止まらない。

 ずっとこの想いのやり場がなくて。

 吐き出す相手もいなかったから、心に傷みたいにこびりついて、思い出す度に私を蝕んできた。

 溜まりに溜まった苦痛を嗚咽に換えて漏らす私を、純加さんは優しく抱きしめて頭を撫で続けてくれた。

 

 

 

 ひとしきり泣いた私が落ち着いた頃。純加さんは話し始める。

 

「そよちゃんの好意には応えられないし、CRYCHICの傷痕も、自分に自信を持てないところも。今この場では助けてあげれないや。情けない先輩でゴメンね……」

「……純加さんが謝ることなんて何一つないじゃないですか。それに純加さんたちのおかげで大切なことが分かりました。だから、ありがとうございます」

「そっか。でもやっぱりこのままそよちゃんを放っておけないよ。先輩として、友達として。これからあたしが、少しずつでも助けになるから。だから、今回のこと、みんなに謝ろう? 辛いかもしれないけど、これからもリーベで一緒に頑張ろう?」

「……純加さんは優しいだけじゃなくて、厳しい人ですね。ここまでしでかした私を、これからもリーベに残そうとするなんて……」

「うん。そよちゃんならきっと変わってくれるって、もうこんなことしないって信じてるから」

「やっぱり……純加さんは強いですね。大切な居場所を壊されたのに許して、手を差し伸べるなんて。私には……」

「前までのあたしじゃムリだったと思う。でも自分を見失うあたしを助けてくれる人がいたから、そよちゃんの言う強さに繋がったんだと思う。 特別なことじゃないよ。そよちゃんだって、そうなれるから」

 

 やっぱり、この人の隣には並べそうにない。

 やっぱり、あの子には勝てそうにない。

 この人の強さを一番支えてるのは、間違いなく果乃子ちゃんだと思い知ったから。

 自分のことばかりな私と違って、お互いを本当の意味で大切に想い合える2人に割って入るなんて、とてもできなかったんだ。

 

「ありがとうございます純加さん。こんな時間まで付き合わせてごめんなさい」

「いいのいいの。そよちゃんが少しでも楽になれたんならお安い御用だよ」

「はい、おかげさまで。今日はこれで帰りますね」

「うん。そよちゃん、また明日ね」

「……はい。純加さん、ごきげんよう」

 

 

 

 あのライブ振りに、今日はたくさん泣いてしまった。

 でもずっと胸の奥に感じていた傷は、涙で洗い流されたようになくなっていてた。

 純加さんたちに本当の優しさを教えてもらって。

 CRYCHICの傷を癒してもらった心は、今までと別物みたいに感じる。

 なぜなら正しい意味で自分のために選ぶべき道を、分かっているから。

 結局、あの人からもらった言葉を袖に振ってしまうのは心残りだけど。

 逃げるためじゃなく。もう後ろに縛られないために。前へと進むためだから。

 自分を必要としてくれた人たちに今度こそ向き合って、いつか本当の意味で優しくしたいから。

 それが正しい道かどうかなんて、まだ私には分からない。

 それでもこの道を歩んでいくんだと、私は決心を固めた。

 

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