もしもMyGoのそよが百合営業カフェでバイトを始めたら 作:りょーへい
サロンに行くと昨日と同じように美月ちゃんが掃除をしていた。
昨日と全く同じシチュエーションに失敗しそうなイメージがよぎるけど、リベンジだと意気込むことで打ち消した。
(よし、今日こそは!)
「美月ちゃんごきげんよう。掃除、手伝うね~。どうしたら良いかな?」
「ごきげんよう長崎さん。でも手伝いは必要ないわ。1人で済む範囲の掃除だし、長崎さんはゆっくりしていて大丈夫よ?」
「あ……そ、そうなんだ……あはは……」
(一人で済むって言われちゃうと、それ以上食い下がりにくいな……)
気を遣ったつもりが、逆に気を遣われてしまった。
ちなみにさっきまで怖い雰囲気だった美月ちゃんは今は微笑んでくれていてた。
その方が話しやすくて助かるけれど。
あのガミガミ怒ってたときから随分な変わりように、また違う怖さを感じなくもない。
この辺はもう慣れるしかないんだろう。
(……仕方ない、次の機会を待とう。さっきのキツい感じが続いてないことが分かって安心したし、収穫はあった、かな?)
~営業中~
美月ちゃんがたくさん皿やグラスのあるテーブルを片そうとしている。
トレンチ一つじゃ確実に足りない量だ。
(ここっ!)
こういう、明らかに1人じゃ大変そうな場面を待っていた。
「綾小路さん、1人じゃ大変でしょう? 私もお手伝い——」
するわ、といいかけて口が止まる。
美月ちゃんはトレンチ2つ使って大量にあった皿たちを乗せきっていた。そして当然のように
「夏八木さん、ありがとう。でもこれくらいなら1人で運べるから、心配しないで頂戴?」
(りょ、両手に2つともトレンチ乗せちゃうんだ……)
どちらも皿やグラスでいっぱいなのに、何でもない顔して危なげなく運んでしまう優秀な綾小路さん。
(……仕事ができる方とは思っていたけど、ここまで助けになれる場面が、ないなんて……)
営業中で人の目があるから私は笑顔を張り付かせながら、それでも想像以上の手強さに心の旗色が怪しくなるのを感じていた。
「………………」
「……ひめちゃん、どうかしたの?」
「ううん。なんでもないよ、果乃子」
「……そっか」
~営業終了後~
お店を閉めてからもやはり率先して掃除をする働き者な美月ちゃん。
(仕事で疲れてるから助けが欲しくなる、はずだけど……)
「美月ちゃんお疲れ様~。今日もすごい働いてたし疲れたでしょ? 私も手伝うから……」
「長崎さんこそお疲れ様。あなただってまだ慣れない環境で働いて、疲れてるでしょう? 私は大丈夫だから、ここは手伝わなくていいわ」
「私もそこまで疲れてない……んだけどな~……」
サッサッ……
今度は食い下がろうとするけど、どんどんその声は小さくなってしまう。
テキパキと掃除するのに集中している様子の美月ちゃんに、聞き入れてもらえる気がしなかった。
(今日3回アプローチして、全部断られた。今まで私の手助けをここまで断られたことも、なかなかなかったな)
しかも全部返しに悪意や妙な意地が微塵もなかった。
まるで自分1人で行うことが当然、みたいにこなしていて。手伝う余地がなかったのだ。
(働き屋さんだから仕事を手伝うのが、一番自然に仲良くなれそうって思ったんだけどな……)
生真面目でお堅いのはもう分かっているから、おしゃべりで仲良くなるのも難しそうだし。打つ手が見当たらない。
私がどう動こうか逡巡していると、明るい声が飛んできた。
「二人ともお疲れ~! お、そよちゃん手が空いてそうだね! こっちの掃除手伝ってもらってもいい?」
「あ、純加先輩……。はい、今行きます」
「純加さん、お疲れ様です」
純加先輩に呼ばれて、一瞬だけ迷ったけど従うことにした。
ここにいても、何もできそうになかったし。
「……ハァ。矢野って相変わらずだよねー」
「あら陽芽、いつの間にいたの?……というか、どういう意味よ」
「まぁ、私的にはいいんだけどね。変に仲良くなられてもなんか落ち着かないし」
「だから何のことよ? 分かるように言って」
「——なんでもないですよ、お姉さま♪ 掃除、手伝いますね!」
「必要ないわ。他の事やって」
「……矢野ってホントに私のこと好きなんだよね?」
「どうして急にそんな話になるのよ!?」
純加先輩についていくと、キッチンにゴミ袋が数個置いてあった。
先輩と半分こして、バックヤードを経由して裏口から外に出る。
私たちは非常階段を下りたところにあるらしいゴミ置き場に向かっていた。
階段を降りながら、純加先輩の方から話しかけてきた。
「どう? そよちゃん。まだ2日目だけど、少しは慣れてきたかな?」
「はい、仕事自体は少し慣れてきました」
「そっか。それにしても、仕事『自体は』、か。それ以外に苦戦してることでもあるみたいな言い草だねー」
「そ、そんなことは……」
「矢野ちゃん、仕事できる上に働き者だよね。しかも必要ないからって、手伝おうとしても無下にされちゃうでしょ?」
(……これは、全部見た上で言ってそう、かな)
「……また見てくれていたんですね。ここじゃ先輩には隠し事できなそうです」
「そりゃアタシは初期からいるリーベ大好きなサロン係だからね! アタシの目から簡単に逃れられるなんて思わない方がいいよー?」
「そう、なんですね……。始まってから、ずっと……」
「?」
初期からいるなら、人一倍愛着あるのも当然だろう。結成してからずっといるってことだから。
口角を上げて笑顔を保っているつもりだけど、私は心の中が曇っていくのを止められなかった。
(その大好きって気持ち。よく分かりますよ……嫌になるくらい)
古傷が甘く疼く。今浸るのはマズい。意識を逸らさないと。
そのために話自体を逸らしたかった私は、先輩との会話を頭の中で遡って本題へと戻しにかかる。
「……えっと、美月ちゃんの話でしたね! その、美月ちゃんと仲良くなろうと思ってお仕事手伝おうとしたんですけど、ご存じの通り上手くいかなくて。おしゃべりでもどんな話したらいいかわかんない、から……。どう仲良くなろうか、悩んでたところだったんです」
嫌な感傷から逃れるために、勢いに任せて口走っていると結果的に今の悩みをほとんどさらけ出してしまった。
あまり他人に悩みを零すことなんてなかったから、落ち着かなくてつい爪をさすってしまう。
(また、この人に愚痴っちゃったな……2日連続で聞かされて、迷惑に思われないかな? って、先輩から聞き出してきたんだった)
普通こんな面倒くさい相談なんて、されても敬遠されるぐらいだろうに。
自分から関わりにくるなんて、純加先輩は結構なお人よしみたいだった。
でもお人よしの人相手だとしても相談なんて慣れてなくて、落ち着かない私はつい取り繕いにかかってしまう。
「なーんて! まだ2日目なのに、私焦りすぎですよね? そんな悩まなくても、その内勝手に仲良くなってるかもしれないのに……」
そんな話をしていたら階段を下まで降り切っていたので、すぐ近くにあるゴミ箱を開けて袋を放り込んでいく。
迷惑になってないかどうしても心配してしまい、チラっと先輩の顔色が気になって伺ってみる。
でもやっぱり杞憂だったみたいで、純加先輩は嫌な顔一つせずゴミ袋を突っ込んでいく。
「矢野ちゃんは鈍くて不器用だからなー。そよちゃんのそういう気遣いに気付かなかっただろうね。というか、気を遣ってるのはたぶん矢野ちゃんも同じだと思う」
「え? どういう意味ですか?」
「たぶん、矢野ちゃんはそよちゃんの負担を減らしたいんだと思うよ。入ったばかりで慣れない中大変だろうから。ここで少しでもストレスなく働けるように、少しでもこの店を好きになってもらえるように、ってね」
「美月ちゃんが……ですか?」
そう、なのだろうか。
彼女は責任感が強いというか、自分ですべきことは自分で、みたいなお堅い理由で断っていたように感じてたのだけど。
「それが、矢野ちゃんなりの気遣いなんだよね。不器用だけどさ」
「……美月ちゃんには真面目で厳しいイメージがついちゃって。少し、ピンとこないです……すいません」
「いやー、それも合ってるっちゃ合ってるから、気にしないでいいよ。まぁとにかく。向こうも負担減らそうと気遣ってるから、仕事を手伝おうって方針だと噛み合わなくて上手くいかないかもねー」
「……どうしたらいいんでしょう…」
心の底からどうすべきか分からなくなって、考え込む私はついゴミ袋を片付ける手が止まってしまった。
それに純加さんは文句も注意もせず、ゴミ袋を捨てながら明るい表情で私にはっきり助言を託してくれる。
「簡単だよ。矢野ちゃんがそよちゃんの助けになりたがってるなら、なってもらえばいい。素直にね」
「……手伝うんじゃなくて、頼る、ってことですか?」
「そういうこと! 難しいことじゃないでしょ? ぶっちゃけ、リーベについてよく分からないこととかあると思うし。あたしに聞かなくていいからさ、矢野ちゃんに聞いてみ?」
「そう、ですね……」
せっかくもっともなアドバイスをもらったのに。
苦手な部類の方針に、私はつい歯切れの悪い返事になってしまう。
「……まぁ機会があったらで、いいよ、っと! よし、これで最後のゴミ袋だね。手伝ってくれてありがとー! もう上がっていいよー♪」
最後のゴミ袋を片付けながら労ってくれる純加先輩。
釈然としない私の態度にあえて触れないでくれて、本当に何から何まで気を遣わせっぱなしだな。
(だから、せめてさっきの話をよく考えてみよう)
「いえ、こちらこそありがとうございます、純加先輩。お疲れ様です♪」
そしてお礼ぐらいはちゃんと伝えようと、私は言葉と笑顔に心を込めた。