もしもMyGoのそよが百合営業カフェでバイトを始めたら 作:りょーへい
お馴染みのライブハウス、Ringに着いた。
スマホを出してチャットを見る。楽奈ちゃん以外のメンバーは、昨日純加さんと一緒に行ったカフェに集まってるらしい。
「…………ふぅ」
未練がましい感傷をかぶりをふって追い出し、私もカフェに向かった。
カフェの自動ドアを抜けると、いつもの定位置にメンバーたちはいた。立希ちゃんはお店の制服だからまだバイト中かもしれない。
「あ、そよりーん!」
「……立希ちゃん、まだバイト?」
「もうすぐ終わるから、その後スタジオ行って練習しよう」
「分かった」
必要最低限の会話で立希ちゃんに状況を確認する。
ここの私は、リーベじゃ絶対しなかった澄ました顔で淡泊な感じにどうしてもなってしまう。
それくらいにはまだ振る舞いに迷うけど、前までと違って安易な救済に逃げようとは思わない。
席に座った私に、立希ちゃんは珍しく伺うように話しかけてきた。
「……そよ。お前、大丈夫か?」
「何が」
「いやだって、昨日は——」
「その話は今後一切しないで。あと、バイトも辞めてきたから前くらいにはバンドにも集中できる」
「……そっか」
「なになに? そよりんバイト辞めちゃったのー?」
止めてと言ってちゃんと引いてくれる立希ちゃんに密かに感謝する。
あとこんなときまでいつも通りうるさいのは無視する。
「……立希ちゃんが前に言った通りだった。私はまだ危ういところがあって。自分のことなのに分かってなくて。ほんと、情けない……」
「お前……」
あのとき突っかかったことを謝ろうと思ったのに、愚痴っぽくなって余計始末が悪い。
そんな私に立希ちゃんは驚いたような顔をしている。
「なに、立希ちゃん」
「いや……そよの弱音みたいなの、初めて聞いた気がする」
「…………」
「また
「……ありがとう、立希ちゃん」
「ねーちょっとー! あたしのことずっと無視してなーい!?」
私の弱音を受け止めてくれたことも、頼れと言ってくれたことも嬉しかったけど。
やっぱり最後に言ってくれた言葉が、一番心に響いた。
壊れてしまっても、元には戻らなくても。
失くしてなかったものがあったんだと、改めて思えた。
「もういーや。ねぇともりんは何してるの?」
「……歌詞、書いてる……」
「あー、新曲作るって言ってたもんねー」
ずっと1人黙ってノートに書いていた燈ちゃんを見る。
すると、燈ちゃんが私を見て話しかけてきた。
「そよちゃん。今日は紅茶頼まないの?」
「あ……そう、だね……」
昨日純加さんとお茶したばかりだ。今はまだここで紅茶を飲むのは、想像しただけでも耐えがたいものがある。
初めて好きな人と2人っきりで遊んだ記憶が、あんまりにも幸せ過ぎたから。
もう二度と味わえない時間を思い出すのは、辛い。
(……さっき立希ちゃんの話を遮ったときもそうだけど。やっぱりしばらくは純加さんのこと引きずっちゃいそうだな……)
当たり前だ。私は本当に純加さんのことが——
……好き、なんだけど……。
「……ねぇ燈ちゃん。ラブソングとか、恋愛系の歌詞書こうとか思ったことないの?」
燈ちゃんの質問をはぐらかすために思いついたことは、かなり私らしくない話題だった。
純加さんへの想いに何か引っかかりを覚えたのが関係してるんだろうか。
「えー、ともりんに恋愛系って似合わなくなーい?」
うるさい。どうせあんたも未経験のくせに偉そうなこと言わないで。
「ウザ。お前もどうせしたことないんだろ。燈に偉そうなこと言うな」
「ちょ、決めつけひどくない!?」
ナイス立希ちゃん。思ってたことをそのまま言ってくれて。
いやでも。
「じゃあ愛音ちゃんは、恋人とキスとかその先もしたいと思う?」
「キスの先って……へっ!? 急になに言ってんのそよりん!?」
「いいから答えて。想像の話でもいいから」
「そよりんが真顔で恋バナ強要してくるー、怖いー。……でも、まぁ……たぶんしたくなる、んじゃない?」
「どうして?」
「えっ!? どうしてって……やっぱり、愛してるから? なーんてー!」
「……ふーん」
「キモ」
「コラリッキー! キモイっていうなー! 半分以上そよりんに無理やり言わされたんだからー!」
恋に恋する乙女みたいな顔で言ったシンプルな答えは、たった今抱いた疑念を深くするくらいには参考になってくれた。
この手の話がつまらなさそうな立希ちゃんが話を元に戻す。
「燈は無理しないで、書きたい歌詞を書けばいいよ。それで十分最高だから」
「うん、ありがと立希ちゃん……」
べた褒めだけど、立希ちゃんの言うことに異論はない。
恋愛系の歌詞は、私が思いつきで望んだだけ。
燈ちゃんの歌詞は自分と向き合わせるだけじゃない。
その歌に、救われたことだってあるから。
「そうだよね。変なこと言ってゴメンね、燈ちゃん」
「……」
笑顔を作って謝る私をじっと見てくる燈ちゃん。
あんまり見ないで欲しいな。上手く笑えてる自信はいつもほどないから。
「……恋愛は、したことないから分かんない、けど……」
燈ちゃんはノートに視線を落としながらつぶやく。
そのあと、もう一度私にまっすぐ向き合ってはっきり言ってくれた。
「そよちゃんたちのこと、好きって歌詞なら。……書けそう、かも……」
「…………」
(やっぱり、贅沢過ぎたんだよね。辛いこともあるけど、こんな居場所があるのに他に拠り所を求めるなんて……)
「うん。じゃあ楽しみにして待ってるね」
「う、うん!」
「そよ。お前に対してだけの好きじゃないんだけど」
「またリッキーが怒ってるー!」
「お前ホンットウザいな」
「うざくないですー」
気が合わないところもあるけれど。今はまだ心の拠り所なんて胸張って言えないけど。
なんだかんだ馴染んできている居場所の騒ぎをボーっと見ながら、ふとさっきの疑念について考える。
私の純加さんに対する好きは、本物の恋だったのだろうか。
純加さんと付き合いたかった。私だけを見て欲しかった。いつも傍にいたかった。
じゃあ恋人らしいことをやりたかったのかと言われればそうでもない。
確かに純加さんを喜ばせたり、笑顔にしたり、恋人として幸せにできたらいいな、とは思っていた。
でもキスとかセックスなんて興味なくて、ただあの人の隣を可能な限り独占できれば十分満足できた。
それは、結局純加さんのことを拠り所としか見てなかったということじゃないのだろうか。
実際、昨日に過去の傷から解放してもらえてから、前ほど純加さんへ執着しなくなったところはあって。
昨日までだってそうだ。あれだけ純加さんのことで頭がいっぱいだったのに。
純加さんのしたいこと、望むことをあまり考えられてなかった気がする。
——好きだからという理由で、純加さんに性的欲求を抱いたこともなかった。
『なら好きじゃないんでしょ』と言われてもそれはそれで納得できない。
橘モードの純加さんを初めて見たとき、一目惚れするくらい惹かれたことは今でも鮮明に思い出せる。
純加さんにハグしてもらったとき、私はいつもドキドキしてフワフワと心地よくて幸せいっぱいだった。
純加さんの快活で素敵な笑顔が好きで。人のことばっかり気にかけるお人よしで優しいところが好きで。
大切にしてる場所で自分らしく堂々と生きる純加さんが、私は大好きだった。
こんなこと、他の誰にも思ったことない。
例え他人から歪に見られても、間違ったものだとしても。
私はこの好きを否定したくないし、誰にも否定されたくない。
ただ、この好きが恋愛として認められるかどうか自信がないだけ。
(いつか、本当に出会えるのかな。純加さんが言ってくれたように、本当の意味で私を好きになってくれる人に。私も、そんな人に本当の意味で恋できるのかな?)
今は想像もできないけど。
そんな日が来た時にきちんと向き合えるように。
まずは今大切にするべき居場所を、私の仲間達を大事にしよう。
少しずつでも、あの2人に近づいて生きたいから。
入口の自動ドアが開く。楽奈ちゃんが来た。これでみんな揃ったことになる。
「立希ちゃーん、もう上がってもいいわよー!」
「ありがとうございます。——よし、スタジオに行こう」
「……立希ちゃん。何から、練習する?」
「あぁ、ゴメン燈。実はまだ決めてなくてさ。スタジオに着くまでには……」
練習モードに切り替え始めるメンバー達。みんなもう席を立って4人で固まっていた。
私もベースを持って席を立とうとして、楽奈ちゃんが発した曲名にピタッっと止まる。
「じゃ、春日陰」
「ちょ、お前……」
「ら、楽奈ちゃん。それはそよりんが……」
私の地雷原に平気で踏み込む元野良猫に、焦った様子で窘める立希ちゃんと愛音ちゃん。
前までの私なら間髪入れず却下していた。
でも、今だけは春日陰もそこまで悪くない気分だった。
CRYCHICの大切な曲である春日陰。
この5人の初ライブで期せずしてやるはめになって。
結果的に祥ちゃんたちとの決別の意味合いになってしまった曲でもある。
もうあの人から離れることにしたんだ。
その決意に未練が残らないよう、自分の中でけじめをつけたい気分だった。
色々あったけど、私を満たしてくれた大切な日々へ、愛したまま別れを告げるために。
「そよちゃん、もしかして……嫌じゃ、ない?」
「えっ!?」
「じゃ、やろ」
燈ちゃんの問いに心底驚いた声で立希ちゃんと愛音ちゃんがハモる。同意が得られたと思ってるらしい楽奈ちゃん。
4人に変に注目され、ふぅ、と静かに溜息をついた。
悪くはないけど、やっぱり癪だ。
CRYCHICの頃への執着は昨日流した涙と一緒に溶けて消えたけど。
それでも、あの頃の思い出を大切にすることは別の話だと思うから。
だから私は、肩の力を抜いて清々しい気分で、でも表に出すのは負けた気がして嫌だから意地を張って。
自分でも良く分からない心境で微笑む。
「春日陰は、やらないから」
お決まりの台詞を返して、私は
*後書き*
ここまで読んで頂き、誠に感謝しております。
これで本編は完結です。
ターニングポイント前時空のサイドストーリーは思いついたらまた書くかもしれないです。